斉藤龍一郎さん 追悼

斉藤龍一郎さんアフリカ日本協議会(AJF)の事務局長、理事として、AJFの活動を広げ、深め、多くの人をつないできた斉藤龍一郎さんが、2020年12月19日に永眠されました。

葬儀に寄せられたメッセージには、斉藤さんを通してアフリカの知識や魅力に触れた人、斉藤さんに相談してアフリカでの活動や研究の道が開けた人、今はさまざまな場で活動する皆さんから、優しさと笑顔、鋭さ、熱い思い、分け隔てなく人を励ます、人と人をつなぐ達人、自分の今があるのは斉藤さんがいたからだ、というような言葉であふれていました。

アフリカの当事者の声を出発点に、同じ世界を生き抜こうとする人々の声を伝え、行動することこそが、斉藤さんが一貫して取り組んできた姿勢でした。2000年にHIV/AIDSの治療薬へのアクセスや特許の問題で大企業や政府と闘い、その壁を破った南アフリカの当事者の人たち。まさに20年後の今、コロナ禍でのワクチンや治療薬へのアクセスの問題とつながっています。
共に活動してきた斉藤さんの姿や表情が次々と思い起こされます。悲しみは深いですが、みんなで協力して、斉藤さんの作った道を前進させていきたいと思います。

                      津山直子(アフリカ日本協議会共同代表)


斉藤龍一郎(さいとうりょういちろう)さん経歴
斉藤龍一郎さん執筆集
斉藤龍一郎さんの講演記録


斉藤龍一郎(さいとうりょういちろう)さん経歴

1955年12月1日 熊本県菊池郡合志町にて、斉藤龍象(父)と斉藤フミヲ(母)の長男として誕生。
1974年 熊本県立済々黌高校を卒業し、東京大学理科二類に入学。 東大福祉研究会に所属し、普通学校への転
校を希望する障害児、金井康治君の運動に参加。その後、金井康治君の転校を実現する会の事務局メンバーになる。
1980年 東京大学教育学部教育行政学科を卒業。卒業後にいくつかの職業を経る。
1984〜2004年 部落解放同盟東京都連の書店、解放書店に勤務。部落解放同盟東京都連の様々な行動に参加。
1994年 AJF が発足した年に会員になる。
2000〜2016年 AJF 事務局長として勤務。その後も継続して理事を務める。
2003年から 障害学会会員となり、2011〜2017年は理事を務める。また、2004年からアフリカ学会会員になる。
2008年から 明治学院大学法学部で「NGO 論」の授業を担当。
2011年 健康診断で肝臓にB 型肝炎の痕跡があることが判明。2012年には初めて腫瘍の切除手術を受ける。その後、手術や抗がん剤での治療による闘病生活を送る。
2013年から 立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究所客員教授を務める。
2020年12月19日 入院先の日本大学医学部付属板橋病院で容態が急変し逝去。享年65歳


斉藤龍一郎さん執筆集

※タイトルのリンクは投稿ページへ、PDFのリンクはアフリカNOWの該当ページに飛びます。
リンクは順次増やしていきます

2002/3/31(アフリカNOW60号掲載)
感染者が治療に応じることこそが最大の予防
2003/3/31(アフリカNOW63号掲載)
アフリカ諸国のエイズ危機が浮き彫りにした生命の格差
リチャード・フィーチャムGFATM事務局長との対話
2003/7/31(アフリカNOW64号掲載)
エイズ治療の実現に向けたグローバルな活動
2003/10/25(アフリカNOW65号掲載)
NEPADと市民よる国際協力(『アフリカNOW』編集部で)
2004/12/15(アフリカNOW68号掲載)
ケニアのCBO/エイズ遺児支援の取り組み
2006/10/31(アフリカNOW74号掲載)
砂漠と砂漠化は人びとに何をもたらすのか
2006/12/31(アフリカNOW75号掲載)
市民社会HIV/AIDS予防治療会議決議_冒頭(ジョハネスバーグで開催)
南アフリカにおけるエイズ対策年表
2007/7/20(アフリカNOW77号掲載)
『モザンビーク解放闘争史〜「分裂」と「統一」の起源を求めて』/著者:舩田クラーセ ンさやかさん、編集者:橋本育さんに聞く
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2007/10/20(アフリカNOW78号掲載)
座談会:視覚障害者が高等教育で学ぶ〜スーダンと日本の経験を語る
視覚障害者への情報保障の技術と課題
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2008/3/31(アフリカNOW80号掲載)
日本のアフリカ政策が問われるTIVAD Ⅳ
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2008/6/30(アフリカNOW81号掲載)
食料価格高騰のメカニズムは明らかになったのか(AJF食料安全保障研究会で)
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 2008/10/20(アフリカNOW82号掲載)
TICA Ⅳ:NGOと市民の力で何がかちとられたのか(谷村美能里さんとともに)
TICA ウオッチ:「横浜行動計画に」実施に関して、アフリカと日本の市民社会組織の効 果的な取り組みをするための条件と活動について by Gustave Assah
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2009/1/30(アフリカNOW83号掲載)
資料ケニア:選挙後暴力究明委員会報告(要旨)(翻訳)
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2009/3/31(アフリカNOW84号掲載)
日本においてアフリカ人であること by Busi Puseletso Nkopane
ヒシャム・エルサーさんインタビュー:スーダン視覚障害者にもITを享受できる機会を (翻訳)
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2009/7/31(アフリカNOW85号掲載)
ジンバブエの障害者の現状 by Alexander M. Phiri(翻訳)
ウガンダにおける障害を持つ若者の状況 by Aggrey Olweny(翻訳)
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2009/11/30(アフリカNOW86掲載)
白木朋子さんに聞く:私たちが食べているチョコレートは児童労働によるものかもしれな い
FAOニュース:世界の児童労働の70%は農業に関わっている(翻訳)
アフリカでも侵攻する国際的な農地取引/誰にとってのチャンスなのか(『アフリカNOW』 編集部で)
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2010/2/28(アフリカNOW87号掲載)
平林史子さんに聞く:DNDi 顧みられない病気のための新薬イニシアティブ/アフリカそして日本
>>PDFで読む
2010/9/30(アフリカNOW89号掲載)
ユニバーサル・アクセス実現に向けさらに資金を(『アフリカNOW』編集部で)
私はここにいる by Micheael Gwaba(翻訳)
>>PDFで読む   原文PDF
2011/10/31(アフリカNOW92号掲載)
「アフリカ障害者10年」を支える同伴者・協力者相互の経験交流を
>>PDFで読む
2012/11/30(アフリカNOW96号掲載)
スーダンと日本をつなぐ視覚障害者の活動に学ぶ
読み上げツールが開く可能性/非識字者もメールが読める
>>PDFで読む
 2013/2/28(アフリカNOW97号掲載)
座談会:「飢餓を考えるヒント」から「食べものの危機を考える」へ他の参加者:渡辺 直子さん、儘田由香さん、勝俣誠さん、津山直子さん)
>>PDFで読む
2015/9/30(アフリカNOW103号掲載)
市民ネットワークforTICADの取り組み 何が変わるのか、どう変えていくのか
>>PDFで読む
 2017/2/28(アフリカNOW107号掲載)
TICAD Ⅵ :何が変わったの? どう変わったの?
TICAD Ⅵ の経験を振り返る by Wilibroad Dze-Ngwa
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2017/12/31(アフリカNOW109号掲載)
モザンビーク政府、NGOメンバーの入国を拒否
TIACD閣僚会合を揺るがした、サハラ・アラブ民主共和国の参加とモロッコによる実力行 使(『アフリカNOW』編集部で)
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2018/8/31(アフリカNOW111号掲載)
難民が帰還したくない国、ルワンダ/米川正子『あやつられる難民』を手がかりに
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2020/9/30(アフリカNOW114号掲載)
FAOの資料を読む学習会について
>>PDFで読む
2020/11/30(アフリカNOW115号掲載)
斉藤龍一郎さんが語る:AJFの2000年から2016年/人とつながる歩み
>>PDFで読む

斉藤龍一郎さんの講演記録

2015/3/21 AJF 20周年記念特別企画 「Non Super Global !?:斉藤事務局長が語るアフリカと世界と自分がつながる仕組み」