「飢餓を考えるヒント」から「食べものの危機を考える」へ

座談会

Where we are now on food security in Africa
Challenges for access to safer, more tasty and more reliable foods in Africa and Japan

『アフリカNOW 』No.97(2013年2月発行)特集記事

出席者

渡辺直子(わたなべ なおこ):日本国際ボランティアセンター(JVC)南アフリカ事業担当。大学卒業後、海外でのボランティア活動を経てイギリスの環境保護NGOスタッフとなる。2005年からJVC南アフリカ事業担当、2009年度からHIV/エイズプロジェクトマネージャー、2010年4月より南アフリカ現地代表、2012年度より再び現職。

儘田由香(ままだ ゆか):ハンガー・フリー・ワールド(HFW)啓発事業担当。筑波大学国際総合学類卒。在学中より学生ボランティアとして活動に参加。企業などでの勤務を経て、2009年より現職。私たちの暮らしや食生活から世界の飢餓や食料問題について考えるイベントやワークショップを企画・実施するほか、毎年10月にNGOや国連機関などが連携して行う「世界食料デー」月間の事務局を担当している。

勝俣誠(かつまた まこと):明治学院大学国際学部教授、国際平和研究所(PRIME)所長。1969年、早稲田大学経済学部卒業、1978年、パリ第一大学開発学博士課程卒業。セネガルのダカール大学客員教授、カナダ・モントリオール大学招聘(しょうへい)教員などを経て現職。日本国際開発学会常任理事。

津山直子(つやま なおこ):1980年代に反アパルトヘイト運動に参加し、南アフリカの民主化組織であるアフリカ民族会議(ANC)東京事務所に勤務。1992年にJVC南アフリカ事業立ち上げに関わり、「変革への人づくり」をテーマに農村や都市貧困地区で活動。2009年に帰国後、AJF理事となり、アフリカの市民社会との連携などを担当している。動く→動かす(GCAP Japan) 代表、関西大学客員教授、明治学院大学国際平和研究所研究員。

斉藤龍一郎(さいとう りょういちろう):AJF事務局長、食料安全保障研究会担当。2001年以来、食料安全保障研究会の企画に携わる。AJF食料安全保障研究会ページ、生存学創成拠点ウェブサイト内「アフリカの食料・農業問題」ページの更新作業も行う。他に、「アフリカ障害者の10年」セミナー、「アフリカ熱帯林の課題と日本」に関わる事業も担当。

沖小百合(AJFインターン)
宇野春香(元AJFインターン)
宮下智衣(JVCインターン)
星野未来(PRIMEメンバー)


2008年からAJFと日本国際ボランティアセンター(JVC)、ハンガー・フリー・ワールド(HFW)、明治学院大学国際平和研究所(PRIME)の共催で行っている連続公開セミナー「飢餓を考えるヒント」(2011年度まで)と「食べものの危機を考える」(2012年度)を振り返り、今後の課題について考える機会として座談会を開催した。参加者は、連続公開セミナーを企画・実施してきた各団体から渡辺直子さん(JVC南アフリカ事業担当)、儘田由香さん(HFW啓発事業担当)、勝俣誠さん(PRIME所長)、斉藤龍一郞さん(AJF食料安全保障研究会)、そしてAJF理事の津山直子さんに加えて、JVCとAJFのインターンと勝俣ゼミが実施したセネガル・スタディツアーに参加したPRIMEメンバーの計9人。それぞれの体験や感じたことをもとに、このセミナーの到達点と今後の課題について話し合った。この座談会で出た話題や課題を紹介し、アフリカの食料安全保障を考えることと私たち自身の生活のあり方を考えることの関係について問題提起をしたい。

世界的な食料価格高騰がアフリカに及ぼす影響を考えることから始まった

斉藤(司会) 2008年に「食料価格高騰がアフリカ諸国に及ぼす影響」というテーマで始めた連続公開セミナーを、「飢餓を考えるヒント」「食べものの危機を考える」と名称を変えながら、2012年度まで開催してきました。昨年末に私と渡辺さん、儘田さんで、2012年度のセミナーを踏まえた冊子づくりと2013年度のセミナーについて相談し、2013年度もセミナーを継続していこうと確認しました。セミナーを企画・運営してきたメンバーは、セミナー開催によって得るものが大きく、今後も継続して開催していきたいという思いを持っていますが、もっと違う観点からもセミナーを振り返り検討することも必要ではないかと考え、座談会の開催を呼びかけました。
また、今年(2013年)6月に横浜で開かれる第5回アフリカ開発会議(TICAD V)に向け、関心を持つNGOが集まってコンタクト・グループを作り、外務省との政策対話や準備会合への参加などを実施しながら政策提言を行っています。この政策提言の中でも、食料安全保障は重要な課題となっています。こうした状況の中で、セミナーを振り返って言えることをまとめておくことは重要で、具体的な提言につないでいく必要もあると思います。
現在のアフリカの食料安全保障を考える際に、セミナーでも部分的に言及してきましたが、特に切実な問題になっている土地の収奪、国際的なアグリビジネスのアフリカ進出、農村から都市への大量の人口流出の問題について、今後、どのように取り上げていくのかを考えなくてはなりません。さらに、食料安全保障と雇用もこれから重要な課題になってくるでしょう。そうした現在的な課題との関わり方も念頭に置いて、意見を出し合えればと思います。
まず、『飢餓を考えるヒント』No.1~No.4(1)の内容紹介(pp.13-14に掲載)を作成した渡辺さんに、これまでのセミナーの目的と内容の紹介をお願いします。

渡辺 2008年のセミナーの開始時から企画・開催に関わってきました。この年は国際的に食料価格が高騰し、大きな問題になりました。セミナーの開始に先立って5月23日に、現場を持って活動しているHFWおよびJVC、アドボカシーなどを行っているAJFの三者で共同記者会見を開きました。HFWはアフリカでの活動経験をもとに、AJFは食料安全保障の課題から、そしてJVCはアフリカだけでなくアジアの活動経験も踏まえて、食料価格高騰の問題をメディアに紹介しました。この記者会見を行った後で、もっと食料価格高騰の背景や具体的な問題を追いかけていく必要があると考え、PRIMEに相談してセミナーを開始しました。
こうした問題意識から開始したセミナーでしたので、まず食料価格はなぜ高騰したのか、本当に食料が不足しているから高くなったのかについて、東京農業大学の板垣さんに話を聞きました。次いで、やはり東京農業大学の稲泉さんに食料価格高騰の背景にあるバイオ燃料の問題、それまで食料であったものが燃料に加工されることの問題点について話してもらいました。その後、投機マネーの食料市場への乱入の問題、砂漠化が進む地域や都市部で食料価格高騰が及ぼした影響についてのセミナーを開催しました。
この年は、実は食料の量は足りている、なのに足りているはずの食料が必要とする人のところへ届かないということを学びました。そして、それがなぜなのかを考える中で、分配や流通の問題にも視野が広がりました。そこで、2009年度にもセミナーを開催しようということになりました。
2009年度はまず、2008年後半の世界的な経済危機で国際的な食料価格が下落した中で食料価格高騰から1年経ってアフリカ諸国での食料価格はどうなっているのかについて、津山さんから南アフリカの状況を、HFWで当時ベナン支部・ブルキナファソ支部を担当していた冨田さんからブルキナファソの状況を聞きました。食料価格高騰は生産者にとってチャンスというような議論を聞くことも多かったのですが、二人の話からは、国際価格の下落によって生産者の販売価格は下がっているにもかかわらず、消費者が食料を買う際の価格は下がっていないことがわかりました。生産者から消費者に食料を届くまでの流通の過程で一度上がった価格が下がらないという状況があったのです。
この年は、女子栄養大学の磯田さんに食料不足と栄養の問題について解説してもらうセミナーも行いました。微量栄養素の不足が健康の問題にもつながっていることや伝統食の重要性にも目を向ける必要を感じました。食料生産と関わりの深い水の問題についてアジア太平洋資料センターの佐久間さんから、南アフリカの土地問題についてアジア経済研究所の佐藤さんから聞くセミナーも開催しました。水の問題を通して気候変動にも注意を向けるべきことを感じました。
アフリカの食料問題だけでなく、日本で暮らす私たち自身の食料問題についても考える必要があるということで、2010年度には勝俣さんから、安全でおいしいものを安心して食べる食料への権利とはどのようなものか、この権利を確立するためには何が必要という問題提起を、日刊ベリタ編集長の大野さんには日本の農村の現状報告を受けました。他方、アフリカで起きている食料問題への政府の取り組み、先進国・新興国の企業の活動の影響について、AJFの林さんとNHK記者の辻さんから、エチオピアとタンザニアに関する報告を受けました。
2010年後半から国際的な食料価格の再上昇が問題になり、2011年度最初のセミナーでは、国連食糧農業機関(FAO)日本事務所の横山さんから食料価格高騰のメカニズムの解説を受けました。このセミナーは、2011年3月11日の東日本大震災と直後の東京電力福島第一原発事故の影響で明治学院大学など多くの大学が授業開始をゴールデンウィーク後に延期する中でのセミナーになりました。3・11後の日本で、安全でおいしいものを安心して食べるという課題にどう向かっていくのかを考えるため、コモンズの大江さんから日本の有機農業の取り組みを紹介してもらい、勝俣さんとフランス現代日本研究センターのアンベールさんに脱成長の経済に関する問題提起を受けました。
またこの年は、私自身が南アフリカで活動しながら実感していた貧困層の間に肥満が広がっているという状況を考えるため、『肥満と飢餓』(2)を翻訳した佐久間さんに問題提起をしてもらいました。さらに、現在も大きな政治課題の一つとなっており特に農業への影響が取りざたされている環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について考えるために、PRIMEの中田さんに北米自由貿易協定(NAFTA)が人々の生活に及ぼした影響について話してもらいました。
2012年度の最初のセミナーでは、私が南アフリカで有機農業研修を行なう中で気になっていた「自給のその先」の行き詰まり感について、ジンバブウェの事例と比較しながら、ローカル/スモールマーケットの不在・存在という視点で提示して、討議を呼びかけました。2回目のセミナーでは、日本の有機農業流通の現状、つながりの見えるマーケットとしてのスモールマーケットの可能性と課題を、コモンズの大江さんと明治大学院生の小口さんに提起してもらいました。続いて、HFWの活動地でもあるブルキナファソの食料不安の実態を、帰国したばかりの緑のサヘルの岡本さんに報告してもらいました。
その後、バイオ燃料や国際市場向け作物の生産拡大と遺伝子組み換え大豆などの導入によって農業大国になったブラジルの農業と食料安全保障の問題について話を聞こうということで、オルタトレード・ジャパンの印鑰(いんやく)さんに話してもらいました。さらに、ブラジルで日本も支援して進められたセラード開発をモデルに、モザンビークで熱帯サバンナ農業開発プログラム(ProSAVANA-JBM)という大規模な農業開発計画が進められようとしていることについて、開発を支援している国際協力機構(JICA)の坂口さんに事業の概要と進展状況を紹介してもらい、一方で、開発対象地となっているモザンビーク北部の研究者である東京外国語大学の舩田さんに現地の状況を踏まえてコメントしてもらうというセミナーを開催しました。

アフリカと日本、共通の課題に取り組んでいるのではないか

斉藤 学ぶことや得ることの多いセミナーであったので5年間、継続することができたと思います。とはいえ、アフリカの食料安全保障の課題から見たとき、適切な時期に開催できたのか、ふさわしい内容であったのか、担当者にとってではなく共催団体それぞれにとって意味のあるセミナーであったのか、また誰にとって意味のあるセミナーであったのか、などの点が問われていると思います。この点について、皆さんから率直な意見を出してください。

儘田 このセミナーに関わってきて、個人として学んだことはたくさんあります。また団体としても、これから問題になるだろうと思われる課題についていち早く情報を得る機会、そうした情報を整理する機会として活用できてよかったとつねづね感じています。HFWは、名前のとおり「飢餓をなくす」ことを目的に活動していますが、アジアやアフリカで住民の自立を支援する開発事業を行うだけでなく、飢餓や食料問題の現状をわかりやすく伝える啓発事業を日本で行っています。アフリカの食料危機は遠いところの話、日本には飢餓がなくて実感が湧かないという人たちに、自分の問題でもあると気づいてもらうきっかけとして、セミナーで取り上げたバーチャル・ウォーターの移動という形で日本が他国の食料や資源に影響を与えていることや、肥満と飢餓とが同時に起きており相互に関係があるといった事例は、参考になりました。
また、日本の食料をめぐる状況と途上国の食料をめぐる状況は一見すると大きく違って見えるけれど、実は共通する問題と向かい合っていることにも気づかされました。

勝俣 まず、明治学院大学国際平和研究所(PRIME)が、なぜこのセミナーの開催に関わってきたのか、どういった点に留意しているのかを説明し、その後で、年度ごとのセミナーを振り返ります。平和研究というのは、もともとは冷戦下で核戦争をどうやって起こさせないかという問題意識で生まれたものです。しかし現在では、何を対象とするのかという課題は幅広くなっています。
私がPRIMEに関わるようになって、開発や貧困の課題も平和研究の対象となるのではないかと提起し、具体的な取り組みとしてNGOであるJVCとHFW、AJFと一緒にこのセミナーを開催してきたという経緯があります。調査・研究を行う大学の研究所ですから、NGOとは違って運動体ではなく、平和研究の一環としてこのセミナーに関わってきたわけです。運動体ではありませんが、象牙の塔に閉じこもるというのではなく、広く社会に開かれた存在として声を聞き、問題提起をしていこうという姿勢を持っています。具体的には、一昨年の3・11以降、PRIMEは所員の総意をもって、人間の未来は、核エネルギーとは共存できないのではないかと広く問いかけていこうとさまざまな取り組みを進めています。
実際にセミナーを開催してきて、取り上げる課題や取り上げ方が深化してきていることを実感します。2008年にセミナーを開始した当時は、PRIMEの所員にも理解を促すために、食料問題と平和研究とがどのような関係にあるのかを考えることが主な課題になっていました。『飢餓を考えるヒント』の「はじめに」に、食べるということは人間の尊厳の現れであり、食べることを保障することは人権を守ることにつながる、といった趣旨のことも書きました。食料価格高騰によって多くの人々が食料を入手できなくなるというのは人権問題なのです。
2009年度には、先進国における過食と途上国における栄養不足、過剰な発展と低開発(over development & under development)が併存している現代世界をどうするのか、という南北問題と通じる問題意識が深まっていきました。その観点から見れば、農業人口が小さくなった先進国の農業問題と、多くの人々が農業に関わっているアフリカ諸国を始めとする途上国の農業問題とは一律に語ることができないでしょう。途上国に広がる栄養問題に注目したことなどが重要だったと思います。
2010年度には、渡辺さんも紹介してくれたように、食料への権利に焦点をあてました。食料不足が発生するのは分配に問題があることは広く指摘されています。しかし、経済の問題や技術的な問題として考えているだけでは、食料不足の問題を解決することはできません。人間には生まれた瞬間に権利が与えられます。食べることは人間の尊厳の現れであり、政府やさまざまな機関はこの尊厳を尊重し、人々の食料への権利を守るための努力をしなくてはなりません。私は、世界人権宣言の第25条を参照しながら、食料問題は「お恵み」の問題ではなく「権利」の問題であることを提起し、今後さらに具体的にどうしていくかについて研究が必要であることを呼びかけました。
東日本大震災と東京電力福島原発事故が起きた2011年、私たちは食べものの安全性に関して大きな不安を感じ、どうすれば良いのかについて試行錯誤を始めました。日本にいる私たちが安全な食べものを求めている時、食料不足のアフリカにはまず量が必要という考え方には問題を感じます。アフリカにおいても、人々が安全でおいしいものを安心して食べることができるようにしていくために何が必要か、これまで以上に試行錯誤を重ねていかなくてはなりません。
これまでは都市の食料ニーズにどう応えるのかといった技術的な問題設定に立ち入らないようにしていましたが、今年度はスモールマーケットをセミナーで取り上げ、地域の人々のニーズに応じるマーケットのあり方を考えたことはよかったと思っています。
昨年夏にセネガルの農民たちの取り組みを見て、「考える農民」「物言う農民」が登場していることを感じました。私のこれまでの見方が不十分だったので、今回気がついたのかもしれませんが、農民組合や協同組合の運動が再構築されないと彼らが政治的に潰されてしまうのではないかという不安も持っています。

斉藤 ここまではセミナーを企画・実施してきたメンバーによる発言でした。津山さんには、セミナーで報告してもらったこともありますが、今までの振り返りでは出てこなかった視点や論点を提示してもらえませんか。

津山 日本では、安心・安全・おいしいという食べものを求める動きが活発になってきました。それは健康に生きる基本でもあります。それと同じことをアフリカの人々も考え、各地でそうした取り組みが行われています。支援を行う際に、この安心・安全・おいしさを求める声に応えることはたいへん重要なことだと思います。
また、多様性(diversity)を生産の現場と食べる場のいずれにおいても重視することが必要だと思います。2011年に名古屋で開かれた第10回生物多様性条約加盟国会議(COP10)に向けた取り組みの中でも、そのことが重視されました。農業支援でも、支援によって多様性がより豊かになることが求められているのですが、実際には、遺伝子組み換え種子(GMO)の導入のように多様性を減少させる動きが加速されています。
遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシが大量に流通するようになり、かつては世界に何百、何千種類もあった大豆やトウモロコシの種類はどんどん減っており、このままではほんの数種類になってしまいます。特定の種子、特定の食べものしか選べないということは、私たちが生きる上できわめて重要な食べることと食べものを生産すること、そして、それらのことに結びついた文化や誇り、尊厳を損なうことだと思います。
私が活動していた南アフリカでは、アパルトヘイトによってアフリカ人が商売する権利を奪われていたためローカルマーケットがありません。地域のマーケットで販売されている食料のほとんどは白人大農場の生産物です。それに対して、昨年末に訪問したジンバブウェでは、生産者が自分の作ったものを持ち寄って販売するローカルマーケットがあちこちにありました。吉田昌夫さんがウガンダで調査した論文(3)でも指摘されているように、アフリカ各地にローカルマーケットがあり、地域での生産から流通があることに目を向け、ローカルマーケットを出発点にそれを拡大したり改善・向上していくことを考えなくてはならないと思います。支援する場合にも、まず、そこにあるものや取り組みに敬意を払うことが重要です。
現在、日本・ブラジル・モザンビークの三角協力で進められている輸出市場指向型の大規模農業開発事業ProSAVANA-JBMについて、農民主権や土地問題、食料安全保障などの問題を取り上げ、外務省との意見交換会を開催しています。事前の折衝では、食料不足の国での食料安全保障の実現について、NGOとして提言して欲しいといった要請も出ており、答えていく必要があります。これまでのセミナーの成果を含めて提言としてまとめ、具体的に提示していくことが求められていますし、それが現場で活動している人たちの取り組みに応じることになるでしょう。
他方、このセミナーが始まった2008年に比べて、また、2000年に日本のODAによる食糧増産援助(2KR)によってモザンビークに贈与された農薬が港の倉庫に放置され有効期限切れとなっていることが判明したことをきっかけに取り組んだ2KR見直しの運動の頃に比べて、アフリカの農民運動やNGOの活動、それらのネットワークが強くなっていると実感しています。アフリカの農民運動やNGOネットワークとさらにつながりを深めながら、彼らのめざすものにつながる取り組みを進めていくことが大切だと思います。

セミナーは誰に役立っているのか、多くの人に届いているのか

斉藤 津山さんが提言の形にまとめることも必要と提起してくれました。最初に述べたように、今年はTICAD Vが開催されるので、食料安全保障についてもNGOの提言をまとめています。また、津山さんの話にも出たProSAVANA-JBMに対しても、モザンビークの農民組合や市民団体の声をぶつけていくだけでなく、日本のNGOや市民社会としてどう考えるのかを提起していくことが求められていると感じています。
一方で、セミナーを5年間開催してきて、どれだけの人に問題提起が伝わったのだろうか、どういう風に伝わったのだろうか、という点も考える必要があると思います。明治学院大学で開催してきたので、明治学院大学の学生はけっこう参加しています。皆さんの周囲の反響などを共有し、考える手がかりとしたいと思います。

渡辺 セミナーを5年間企画・運営してきて、当初は漠然と使っていた「食べることの質」について視点が広がり、どんなことと関わっているのかを考える手がかりを得られたと感じています。
一方でいま、とても重要な課題だと感じているのは、食べものの問題に関心があるのにアクセスできないでいる人々、貧しいがゆえに、望まないのに安価なコンビニを利用せざるをえない人々とどのようにしてつながっていくのか、ということです。これまでセミナーに来た人たちや一緒に考えてきた人たち、あるいはセミナーで取り上げてきた人たちは、すでに関心を持ち、行動に関わっている人たちだったと思います。そうではなく、関心があるのに行動として矛盾をはらんでしまう人、このセミナーのような場にアクセスできない人たちとどうつながっていくのか、答えすぐには出ませんが、考えていきたいと思います。

儘田 HFWで働くようになったのが2009年で、それからこのセミナーに関わってきました。それまで会社員だった私にとっては難しいテーマを取り上げ、高度な議論が交わされることにハードルが高く感じました。セミナーというのは何かを教えてもらう場と思っていたからでしょうか。でも、問題があるから一緒に考えましょう、議論をしましょう、というセミナーのやり方に慣れてくるにつれて、これから重要になることが予測されるテーマを先駆けて扱う、貴重な場だと感じるようになりました。
昨年11月8日のセミナー「農業大国ブラジルの光と影」に参加したHFWのインターン(明冶学院大学学生)は、そのときがインターンとしては初めての参加だったので、報告者の印鑰さんの話の後、会場からいろんな立場の人が質問したりコメントしたりして白熱していたことに衝撃を受けたと話していました。そうした議論の場に学生が参加できる機会はあまりなく、とても刺激を受けたとも言っていました。この話を聞いて、何かを教えてもらうセミナーはたくさんあるけれども、わからないことだからセミナーを開いて議論をするという機会は貴重だと改めて思いました。

沖(AJFインターン) 一昨年、大学3年生のときにアフリカの農業問題に関心を持ち、AJF食料安全保障研究会のインターンになりました。インターンとして企画したセミナー(「ジェンダー視点からみた食料安全保障―南アフリカの農村のケース―」AJF食料安全保障研究会主催、2012年2月21日)の開催に向け、渡辺さんにいろんな話を聞く機会を持つことができ、昨年9月には南アフリカのJVCの活動地を訪ね、卒論のための調査も行いました。
こうして南アフリカへ行って話を聞いている中で、じゃ日本ではどうなのだろうと考えることが多くなり、日本の農業や農産物流通について知りたいと思うようになりました。アフリカへ行き、どこで作られたものを食べているのかという調査をしていながら、自分が食べているものがどこから来たのかを知らないことに気がつき、こわくなったのです。この1年あまりで、もっと日本の中のことを知る必要があると感じるようになりました。

宇野(元AJFインターン) 何度かセミナーに参加していると、参加している人たちの顔ぶれが決まっているような印象を受けました。また、学生が参加しやすい、わかりやすいセミナーはたくさんある中で、このセミナーはちょっと敷居が高いとも感じました。

すべての人に共通する「食べる」ことを通じてつながりを広げる

津山 日本とアフリカが離れていても、農民であれば農業という共通の経験や知識があり、理解を深めあっていけます。国際協力というキーワードで共通の理解や関心を持つつながりもあります。一方で、「食べる」ことは誰しもしていることなので、共通の話題・関心事項として理解を深め合うきっかけになると思います。沖さんが言われたように、自分の食事や生活を振り返ることにもつながります。

宮下(JVCインターン) このセミナーに最初に参加したのは、渡辺さんの南アフリカのマーケットの話のときでした。その次の回は日本のマーケットの話で、開発の勉強の場ではアフリカと日本が別々のものとして扱われるのに対して、つながって一緒に考えられるというのがおもしろいなと思いました。

斉藤 振り返りで出てきたことも参考に、今後、このセミナーで取り上げるべきこと、取り上げてほしいことを出してください。

儘田 HFWが事務局を務め、2008年から毎年、行っている「世界食料デー」月間という取り組みがあります(4)。10月16日の世界食料デーに合わせて、世界の食料問題について関心を高めようという取り組みです。一昨年からこの取り組みに日本栄養士会が関わることになり、国際協力に関心を持つ栄養士を対象としたセミナーを開催しました。たくさんの栄養士が集まり、みなさんとても熱心だったことが印象に残っています。2009年に磯田さんを講師に、栄養の問題に関するセミナーを開催しましたが、そのときとは違った参加者を想定して開催することもできると思います。

他の分野の取り組みと食べることとの関わりをもっと考えていきたい

渡辺 HIV陽性者が世界一多い南アフリカでは、2004年から公的医療機関で抗レトロウイルス薬(ARV)を使ったエイズ治療が始まっています。2005年には、治療を必要とするHIV陽性者のうち治療を受けている人の割合(カバー率)は12.4%でしたが、ムベキ(Thabo Mvuyelwa Mbeki)前大統領からズマ(Jacob Gedleyihlekisa Zuma)大統領への交代によって急速にエイズ治療実施が進み、2009年には64%に達しました(5)。現在はもっとカバー率があがっていると思われます。こうしたエイズ治療体制の構築によって、かつては「HIV感染=死」だったのが、現在では適切な治療を受けつつ健康に働き長生きすることができるようになりました。
ところが、先日の南アフリカ出張で会ったHIV陽性者から、家に食べものがなくて3日間食事がとれなかったので、エイズ治療薬の服用もやめてしまったという話を聞かされました。エイズ治療薬は副作用がきついので、食事を摂った後に服用しないと続けられないのです。エイズ治療の無料化などによって制度的にはエイズはコントロール可能な慢性病になっているはずなのですが、食事をとることができないためにエイズ治療薬の服用もできず、死の影が近づいてくるという状況があるのです。こうした問題と食料へのアクセスの関係についても、セミナーで取り上げていきたいと思います。
食べることはさまざまな人々との関係を表していますので、食べることを保障することは社会のあり方を考えることにつながっています。その意味でも、エイズ治療と食べること、教育と食べることなど、他のイシューと結びつけて考えていくことは重要です。

津山 種子については名古屋大学大学院の西川さんに話を聞こうというアイデアがすでに出されていますが、食の安全性への取り組みについては、日本の消費者運動の経験から学ぶこともできると思います。
アフリカの人々も、食べものの安全性には大きな関心を持っており、食べる人、消費者としてのアフリカの人々とのつながりも重要です。生産者と消費者をつなぐ生協運動などには農産物流通のルートという側面もありますので、もっと注目が必要だと思います。

斉藤 AJFが今年取り組んでいるアフリカ熱帯林の直面する問題の一つとしてのブッシュミート問題、熱帯林開発問題も食べることと大きく関わっていることを思い出しました。『アフリカNOW』93号に掲載した西原さんの報告に詳しく書かれていますが、熱帯林に設定された伐採区での作業要員として入ってくる数千や万を超える人たちの食料として野生動物が密猟されているという問題があります。これに対して、伐採区内で養豚や養鶏をやったらどうかという提案や試みもあるそうです。またココアやパームヤシなどを植えるために熱帯林を伐採するという開発も各地で行われており、注目を促す必要があります。

勝俣 渡辺さんが言われたように、人々に食べることを保障することは、私たち自身がどういった社会にしたいと考えているのかという問題とつながっていますね。地球の反対側に食べることができない人がいることを考えることは、日本に暮らす自分自身の生活について考え、社会のあり方について考えることだと思います。開発支援に関わっている人たち自身がみじめな食事をとっていると、アフリカの人々に対しても、食べものなんてどうでもいいというようなことを言いかねないのではないかと思います。
津山さんが話しているように、食べることはすべての人に関わっています。誰しもが食べることのできる社会を実現するというのは、ここにいる人たち共通の目標であると言っていいと思います。でも、食べることが人の生きることに関わるすべてではありません。その意味では食べることは手段でしかありません。そういった食べることに関わる問題を考えることを通して世界のあり方を考えることが重要です。
フランスで”Le Monde selon Monsanto”(6)(モンサントが支配する世界)という本がベストセラーになりました。遺伝子組み換え種子メーカーであるモンサントは生物多様性を減少させ、食べものの選択肢を減らすという世界に向かって活動を続けています。私たちは、そうではない私たちの考える世界、私たちが臨む世界を、このセミナーを通して考えていきたい。それがセミナーの面白みだとも思います。

斉藤 2012年度のセミナーでは、ブラジルのセラード開発モデルをモザンビークへというProSAVANA-JBMの動きがあることから、ブラジルの農業開発の問題をセミナーで取り上げました。ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、ボリビアと広がる遺伝子組み換え大豆の大規模農場地帯で起きていることには、これからのアフリカの農業開発を考える上でもっと知るべきことがあると思います。
遺伝子組み換え作物の問題では昨年9月、フランスの大学が2年間、遺伝子組み換えトウモロコシで作られた餌をマウスに与える実験を行った結果を発表し(7)、大きな反響を呼んでいます。被験体となったマウスの多くは寿命を全(まっと)うできず、大きな腫瘍(しゅよう)を発症しているというのです。遺伝子組み換え作物導入に反対の声が強い欧州連合(EU)の一国フランスだからできた実験と言えそうです。また、勝俣さんが紹介してくれた”Le Monde selon Monsanto”には、英国の大学の研究者がモンサントの遺伝子組み換え作物について学会発表を準備していたところ、大学のポストから排除されたという事件が紹介されています。スペイン語、フランス語のよる情報への目配りも必要です。

津山 アフリカの伝統食の栄養価についてもっと知りたいと思っています。アフリカで伝統的に食べられてきたものに目を向けると、アフリカの食事は貧しい、栄養がないと言われているが本当なのかと思います。トウモロコシ以外の雑穀やイモ類、野草を含む野菜類、昆虫食、小動物など、地域に合った食べものは豊かな栄養を持っているのではないでしょうか。アフリカでも都市部では、昆虫食などは貧しい人々が食べるものといった考えが広がっていますが、そうした食事の栄養価についてきちんと調べると、国際的な食料価格の変動などの影響を受けない食料で、栄養のあるものとして再発見されるのではないかと思います。

宇野 日本や欧米諸国では、有機栽培の野菜は付加価値が高く農家の収入向上に結びついていると聞きます。途上国でも、そうした付加価値の高い農作物を農家がつくるといいのではないかと思います。そうすると栽培法の普及や農産物としての価値の普及教育などが課題になるでしょう。
また、津山さんが話していた伝統食の栄養問題に、私も関心があります。西洋的な価値観で栄養評価がなされ、あるいは離乳食を食べさせる期間が決められたりしていますが、伝統食はその土地にあったものがあるのではないかと思うので、伝統食の栄養問題についても知りたいです。

津山 地域に合ったものと言えば、アフリカ各地ではたくさんの種類の豆が作られています。栄養価も高いし、穀物との混作もあり、土壌を豊かにし、食べものの多様性を保つ上でも重要なものです。それぞれの豆の栄養価や利用法についても、地元の人たちに学びながらもっと知っていきたいと思います。

勝俣 日本にもその土地の気候や土壌に合ったさまざまな作物があって、地元の人たちは食べてきました。それらの作物の種子や栽培法、入手法、食べ方を知っている高齢者が亡くなると、それらの作物はどんどん失われていきます。アフリカの人々と食べものの話をするとき、日本の伝統食や地域に合った食べものについて何も知らないことを恥ずかしく思うこともあります。
セネガルの農家では、朝、畑に行く前にコーヒーに砂糖と胡椒(こしょう)を入れて飲みます。私はセネガルを何度も訪ねていて、セネガルの人々が朝飲んでいるコーヒーはみんなネスカフェだと思っていました。ところがあるとき、農家で朝にコーヒー豆をひいているのを見たのです。セネガルではコーヒーは作られていませんから、豆はギニア方面から通常の国際貿易とは違うルートで運ばれてきたものだと思います。そうして入手した豆をひいて朝に飲むコーヒーを作っていることをそのときに初めて知ったのです。まだまだ知らないことがたくさんあることを痛感しました。

大規模農業開発やアグリビジネスの動きにさらに注目を

斉藤 冒頭でも報告しましたが、昨年末に渡辺さん、儘田さんと私の3人で2013年度のセミナーの企画案を考えました。儘田さんから紹介をお願いします。

儘田 まず、2011年にCOP10が開かれたときに種子に関する冊子を作って配布していた名古屋大学の西川さんに、その冊子について話してほしいと考えています。次いで、地域に合った農業を中心にした村おこしで注目されていた福島県飯舘村の取り組み、そしてそれが原発事故による避難対象地区指定によって大きく変わらざるをえなかったという事態について、長らく飯舘村の村おこしに関わってきた日本大学の糸長さんの話も聞きたいという希望が出ています。
ベナンでHFWの支援を受けた女性グループがキャッサバ加工をしていますが、販路の拡大で壁にあたっていることもあり、作ると食べるとの間にある過程と課題をもっときちんと見ていきたいという話も出ました。一例として、石井洋子さんがケニアの大規模水田開発地区の歴史と新しい動きを紹介して論じた『開発フロンティアの民族誌』(8)の最後に出てくる女性たちによるコメ販売の様子などが参考になるのではという話もありました。
現在進行中のProSAVANA-JBMについても、昨年11月のセミナーを引き継いでフォローできればと考えています。また、TPPについてももっと掘り下げていくことも必要だと思います。
さらに、今年6月に、TICAD Vのために来日する食料安全保障の課題に取り組むアフリカのNGOから話を聞く機会も追求したいと考えています。

市場に頼らず食べていくことも可能にする農業のあり方をもっと考える

勝俣 少し違う話になりますが、農業の魅力や可能性についてももっと考えてみたいと思います。農業は大きく分ければ、自給農業と市場向け農業になると思いますが、自分で食べる分を自分で作って市場に頼らないで食べることができるところで、他の仕事と大きく違っていると言えます。また、農作物を育てること自体、あるいは生産物を加工したり調理したりすること自体が楽しみになるというところにも重要な特徴があると思います。
かつてロシアの作家トルストイ(Lev Nikolayevich Tolstoy)は『イワンの馬鹿』を書き、農民の持つ正直さ、おおらかさを賛美しました。そうした農民のもつ良さや力はアフリカにもあるのだと思います。アフリカの農民や農業の楽しさや意味についてもっと知りたいと願っています。

斉藤 日本では、障害者の作業所で農業をやっているところも多いそうです。農業には障害者も作業に参加できる場面がたくさんあるからです。アフリカの社会的弱者の雇用を考えるとき、農業も有力な就労先になるのではないかと思います。

津山 アフリカの農家の収入を考えると、自給農業の延長に市場向け農業があるという面もあります。食料安全保障という点でも、多様な作物を生産し、自給により十分な栄養が得られることが大切です。アフリカの農家は、日本と同じように家族経営が主流で、家族が食べるさまざまなものを作っています。その上で市場にも販売している農家は、収入を得るだけでなく支出も少なく抑えられることができ、国際的な食料価格高騰の影響をあまり受けません。自給農業=遅れた農業と捉えがちで、こうした農家の強みを、援助する側がきちんと評価していない場合も多いと思います。

勝俣 先ほどの発言が、自給と市場向けとをそれぞれ別々の農家がやっているという風に聞こえたのですね。私が言いたかったのは、津山さんが言っているように、自給には国際的な食料価格高騰の影響を受けにくいという側面だけでなく、もっと農業自体の楽しみがあるのではないかと言うことです。
開発経済学は、自給農業(subsistence agriculture)を「生存ギリギリの農業」と捉え、否定するところから始まっています。それはおかしいと考え、市場に依存しないで相互に助け合って農業を営み生活を成りたたせている人々に注目して、モラルエコノミーというテーマで研究会を行っている人たちもいます。

津山 自給の延長上で市場と関わり、誇りや楽しみを持って農業に取り組んでいる農家にもっと注目すべですね。

勝俣 そうした農家がアフリカに多いのは、土地は耕している人のものという耕作者主義があるからでしょう。日本では、戦後の農地改革のときに制定された農地法第3条で耕作者主義を明記しています。アフリカでは、法律上は国有地でも、実際にはそこで耕作している人の権利を認めているのが普通です。

渡辺 これまでのセミナーを振り返って、農業に従事することの楽しさを伝え切れていなかったのではないかと思っています。自分で試みたことだからうまくいけばうれしいし、ダメだったらやり直せばいいと言ったいい方で農業における工夫、そこからくる生きがいや誇りを語っている人たちと会っているのに、セミナーで話をするときは、問題があってNGOがそれに対してこんな活動をしたというような話になってしまっていたと反省しています。このセミナーのタイトルも「飢餓」「危機」と否定的な言葉になっていますね。
食べものを作っていることへの誇りや「安心して食べることの幸せ」をきちんと伝えて政策に反映させていくことが重要だと考えますが、どうやってそれをやるのかは難しい。当面は良い事例を集めて共有し、それが共通認識となるまで蓄積していくこと、農民の楽しみや誇りに共感できる人を増やしていくことが課題だろうと思っています。

斉藤 昨年12月5日にFAO主催、横浜市とAJFの共催で市民シンポジウム「アフリカの農業と農民のエンパワーメントを考える」を行い、勝俣さんが農民たちの新しい組織的な動きが始まっていることへの注目を呼びかけていました。農民たち自身が、農業に従事することの楽しみや誇りに立脚して運動を始めていることが重要だと思います。

津山 NGOや外部の団体が協同組合づくりを働きかけるケースは、必ずしもうまくいっていません。もともとどういった人々のつながりや動きがあるのかを十分に理解しないで働きかけをしているからだと思います。

斉藤 先ほど儘田さんに報告してもらった2013年度計画案でも触れられていましたが、TICAD Vのために来日するアフリカの農民団体や市民団体から話を聞くことを追求しましょう。

津山 先ほど勝俣さんが言われたモラルエコノミー研究に関わっている人たち始め、今日ここで話し合ったことに通じる研究や主張をしている研究者とのつながりも深めていく必要があると思います。

斉藤 最後に、土地収奪や国際的なアグリビジネスのアフリカ進出、農村から都市への大量の人口流出といった課題について、感じていることや考えていることを出し合っておきたいと思います。

勝俣 近年、アフリカの農村は都市の付属物になってしまったのではないかと感じることが多々あります。農村で暮らす人々は、都市の方を向いているし、さらには海を越えてヨーロッパや米国を見ている、そんな気がするのです。

渡辺 出稼ぎ社会の南アフリカでは農村から若者が離れていく傾向が強いのですが、よくよく話を聞いていると、必ずしも出たくて出るというわけではありません。カッコイイこととして都市へ向かうというのではなく、農村にいても何の選択肢もない。そういう中で仲間同士が集まると、お互いにまだここにいるのかというプレッシャーをかけ合って、都市に向かう若者がけっこういます。

勝俣 今の話に関わることなので、セネガルへのスタディツアーで聞いた話を星野さんにしてもらいます。そのときに私自身はいませんでしたので。

星野(PRIME) 農村出身のダカール大学の学生に話を聞きました。彼らは、長い休みに入ると必ず村へ戻って農作業に従事しています。家族が身を粉にして自分を大学に行かせているということを痛感しているからです。一方で、村では送り出した大学生を支援する仕組みを作っているのです。そうした相互の活動の循環があって、大学生たちは大学に行くことができるのです。ところが、現在のセネガルでは大学を出た後に就職先がないということが大きな問題となっています。都市にも村にも就職先がなく、家庭教師などのアルバイトをしている卒業生も少なくないそうです。

勝俣 南アフリカやジンバブウェのように巨大な白人農家が強引に商品農業を持ち込んだ地域と、西アフリカのように小農が自給しながら市場向け作物も作っているという地域では農業や農家のあり方がかなり違うのかなと思います。そうしたことも学んでいく必要があります。

津山 若者がさまざまな社会に触れるために生まれ育った農村を出ることは否定すべきではないと思いますが、一度農村を出ても、その人たちの力が生かされまた戻ってきたくなる村、戻ることができる村をどうやって作るのかが課題なのかもしれません。参考になるような例を見つけていければと思います。

斉藤 今日の話題につながる研究をしている人たちの名前を具体的に出し合っていくことが、2013年度以降の取り組みにもつながっていくでしょう。

津山 アフリカの伝統食の研究を行っているグループともつながっていきましょう。アフリカ人の研究者たちの仕事にも学ぶ必要がありますね。

斉藤 今回の座談会では重要な課題がいくつも共有されました。私からまとめると、

  • これまでの積み重ねを踏まえ、届いていなかった人たちのことも意識しながらセミナーを継続していく、
  • アフリカの農業、農民、人々の生活や伝統食についてもっと学んでいく、
  • 問題があることを前提にアフリカの農業や食べものを見るのではなく、人々の取り組みの積み重ねに敬意を持って向かい合っていく、
  • アフリカ人研究者の仕事に学ぶ、

ということでしょうか。
TICAD Vに向けた提言は、それぞれの団体の活動を踏まえて行っていきましょう。また、冒頭に私が提起した課題についてのセミナーや情報提供活動の具体的な進め方は、2012年度の成果物冊子作成と2013年度のセミナー準備の作業と並行して検討していきます。

【注】

  • 2008~2010年度のセミナーを踏まえて編集された『飢餓を考えるヒント』No.1~No.3のpdfファイルは「世界食料デー」月間のウェブサイトからダウンロードできる。
     https://worldfoodday-japan.net/tool/leaflet2/
  • ラジ・パテル著、佐久間智子訳『肥満と飢餓~世界フード・ビジネスの不幸のシステム』作品者、2010年
  • 吉田昌夫「アフリカの都市に対する食料供給問題?ウガンダにおける実態調査より」、高梨和紘編『アフリカとアジア?開発と貧困削減の展望』慶應義塾大学出版会、2006年
  • http://www.worldfoodday-japan.net
  • 南アフリカの団体Health System Trustが2010年に発表したレポートの表から発言者が計算。
     http://www.hst.org.za/sites/default/files/Chap9.pdf
  • Marie-Monique Robi, Le monde selon Monsanto. De la dioxine aux OGM, une multinationale qui vous veut du bien, Stanke, 2008/英訳版The world according Monsantoの書評を『アフリカNOW』93号に掲載。
  • http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2902178/9546114
  • 石井洋子『開発フロンティアの民族誌~東アフリカ・潅漑計画のなかに生きる人びと』お茶の水書房、2007年

 

2013年1月16日
明治学院大学国際平和研究所

 

 

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