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アフリカ支援とつなぐ

Linked with the support of African people

アフリカNOW 92号(2011年10月31日発行)掲載

※本稿は、2011年6月19日にAJF主催で開催したシンポジウム「東日本大震災被災者支援とアフリカ支援をつなぐ」における発言をまとめたものです。

津山: この後は、AJF代表理事である林達雄さんと理事の稲泉博己さんからコメントをしていただきます。

林: 皆さん今日はどうもありがとうございました。アフリカ支援と被災者支援のどちらにも同じような手法が使えるということ、また人と人が引き裂かれていく状況に対して、再び人と人をつなげていくことが大事であるということがわかりました。その意味でも、両者ともに大事な活動であると言えるでしょう。
その一方で私が危惧しているのは、震災に対しては世界中から支援のお金が集まるのに対して、日常的な世界の問題、たとえば飢餓やエイズなどに対する支援額は、日本では減少しているという傾向があるということです。世界エイズ・結核・マラリア対策基金(Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria)は、人の命を救うために、毎年毎年の資金が必要ですが、その支援額は減っている、少なくとも今年は予算額を満たしていないといった状態が続いています。日本国内でも、国際協力に割り当てられるはずだった資金が多くの団体の被災者支援にまわされている。東日本大震災があり、被災者支援に資金をまわす必要があったことは確かです。ただその一方で、世界の貧困による犠牲者を救う必要があることも確かです。被災者支援は大きな課題ですが、それだけの一辺倒になってしまってはいけないと、私は考えています。被災者支援に最善の努力をつくす一方で、病気で死を待つ人々に対しても断固として手を差し伸べ続けることが必要です。AJFは、双方の活動の状況がわかるわけですから、これからも双方の活動に関わり続けていくべきであると感じました。
AJFは、双方の活動の状況がわかるわけですから、これからも双方の活動に関わり続けていくべきであると思いました。先ほど小山さんから、ニバルレキレの団体名の説明がなされましたが、同じく南アフリカのズールー語には、相互扶助を表すウブントゥ(ubuntu)ということばがあります。このウブントゥを忘れずに危機を乗り越えていきたいと思います。

稲泉: 私は東京農業大学の教員ですが、今年の新入生は、昨年までに入学してきた学生と少し意識が違っているように感じました。3月11日に東日本大震災が起こりその直後に入学したということで、アフリカに限らず日本に対する意識というものが違っていた。しかし、やはりと言うか、ゴールデンウィークが明けるころからだんだんと意識が薄れているように見受けられます。今回の震災に関連して、大学の授業で4月に気仙沼のかき養殖のビデオを見せ、森と里と海がつながっているという話を学生にすると、かなり熱心に聞いてくれました。ところが6月になると、だんだん「○○してほしい」「政府が○○すればいい」「こういう人がもっと増えたらいい」といった他人事的なリアクションが増えてくる。この現状をどうにかしたいと、私も含め教員同士で話し合った結果、4点の提案が出てきました。
まず一点目は、今日のように現地からの情報や活動に基づいたシンポジウムを行う。二点目は、実際に被災地に行った学生から直接に話を聞きながら考えるゼミナールを行う。三点目は、岩井さんたちがやっているようなボランティア活動に実際に行かせる、ということです。岩手県二戸市に、東京農業大学の卒業生が経営している「南部美人」という日本酒の蔵元があり、その卒業生からぜひとも学生に泥かきやがれき撤去のボランティアにきてほしいという要請がありました。その人は、「この被災の状況を、いまの学生そしてわれわれは、後世に伝える義務がある」と言われています。
そして、被災地から東京農業大学に進学している学生からは特に「今このような現状であるからこそ、本当のことを知るために私は勉強したい」という声を聞きますます。そして大学は、このように勉学を追求する学生を支援・応援していく義務がある。そこで四点目として私たちが考えたのは、大学在学中のボランティアの単位化を検討するということです。私が学生のときは、学生というのはもっと時間があったから、なにかあればボランティアなどに行ける環境がありました。しかし現在では、授業の欠席や休講に対する制限がかなり厳しくなり、平日に授業を休講すると休日であっても補講をしなければならない。しかも、9割以上の学生が出席します。こうした現状の中で、こうしたシンポジウムやボランティアに参加する機会を提供するためにも、授業の振り替えとしてシンポジウムやボランティアに参加してレポートを提出することを認める、そのことによって「後世に伝えていく義務」を果たしていくという方法があるのではないかと、今日お話をうかがいながら、改めて考えました。

津山: それでは会場の皆さんからの質問やコメントなどをお願いします。

Moses Abia: I have a question to Professor Iwai. How did you persuade students to go to Tohoku for the volunteer work? (岩井さんが勤めておられるWAVOCでは、どのようにして学生を被災地ボランティアに勧誘されているのですか。)

岩井: (英語で質問に答えた後で)日本語で答えます。学生には、被災地ボランティアの活動内容や注意点などについて説明します。WAVOCでは毎週、被災地に行くためのバスを2台用意していますが、バス代は大学が負担しているので、学生が負担するのは基本的に自分自身の飲食代のみになります。私も正直なところ毎回、被災地ボランティアが集まるのかと心配しながら募集をしていますが、今のところはすぐに多数の学生の申し込みがあり、バスは毎回いっぱいになっています。交通費がかからないということが、学生が手軽にボランティアに参加しやすいことのひとつの理由になっているのかもしれません。これからも引き続き、被災地ボランティアへの関心の高さを維持できるようにしていきたいと思っています。

米川: 米川正子といいます。田中さんの報告に関連してコメントをします。先ほど、被災地ではなかなか女性支援のチラシを受け取ってもらえないと言われました。私も人権団体に所属していて、その団体の関係で宮城県の被災地に行きましたが、被災者にアクセスすることが困難だということを感じました。外部とのコンタクトがほぼシャットアウトされていて、私たちが行ってもなかなか迎え入れてもらえない。メディアではあまり取り上げられていませんが、被災地ではパワーカルチャーや権力関係の強さを感じました。避難所では男性が完全に仕切っていて、女性はなかなか発言したり、自ら主張することができない。そのことがあまり問題視されていないことこそが問題ではないでしょうか。
私は、コンゴ民主共和国やルワンダなどで、難民や避難民を支援する活動をしていましたが、難民キャンプでも現地の人にアクセスすることは容易にできました。武装勢力が仕切っているような状況であっても、なにかしらのアクセスはできます。それに対して、東日本大震災の被災地は同じ日本の中にありながら、ここまでアクセスが絶たれていることにカルチャーショックを受けました。海外で活動していたNGOが日本で活動することには、実際のところ海外よりもある意味もっと難しい側面があると思います。

田中: 私もネパールのキャンプで活動をしてときは、キャンプの中にいくらでも入ることができたので、米川さんのおっしゃっていることはよくわかります。ただし、私が訪れたところでは、男女の力関係の差というよりは、婦人会長と若妻会のメンバーという女性の間での力関係の差が目立ちました。また、私の行った避難所はたまたま女性も運営に携わっていましたが、同じように津波の被害を受けていても、公務員として図書館などで働いていた女性と一般の女性の間でも力関係の差があることを感じました。その意味では、単にジェンダーだけの問題ではないのではないかと思います。
その一方で、避難所にいる被災者の皆さんが外部から来た人によって相当に嫌な思いをされたという話も聞きました。特にさまざまな相談やカウンセリングなどの名目で、聞き取り調査などに来る人がいるために、避難所に行くにも、現地の受け入れ側の許可を何重にも取ってからでないと行けなくなったようです。逆にこの経験を通して、海外で活動をしているときは、自分がすごく無神経だったんだなと反省しました。

津山: 会場の皆さんに配布した資料の中に、「国際協力NGOの苦悩、震災をどう乗り越えるか」という記事があります。この記事の中で「動く→動かす」事務局長の稲場雅紀さんがインタビューに答えていますので、稲場さんにコメントをお願いします。

稲場: いま紹介していただいたのは、DEVEX JAPANという会社の長光大慈さんという方が書いた文章です。この記事は割と単純化しているところはありますが、いまの国際協力NGOの現状について、それなりに的確に指摘しているのではないかと思います。特に国際協力と被災者・被災地支援の両方の活動を行っているNGOは、3つの点で存在意義が問われていると思います。
第一に、国際協力NGOは、被災地・被災者に対して本当に必要な支援ができているのかというすごくシビアな問いです。東日本大震災の被災地の多くは過疎地であり、高齢者の比率がかなり高い。ところが国際協力NGOは、主な活動地域である途上国では若年層が多いために、基本的に高齢者に対するサービスを提供することに慣れていません。高齢者や慢性病患者、あるいは遠い地域に避難して精神的に不安定になっている人たちに対して、国際協力NGOが適切な支援やサポートができるのかということが問われています。その一方で、国際協力NGOに対して、被災者・被災地支援のため寄付が膨大に集まっています。集まった寄付は使わないといけない。しかし、その資金をうまく活用できるのかということが課題になります。その一方で、地元の高齢者や慢性病患者への対策を行ってきた地域のコミュニティ団体や社会福祉法人などには、そのような巨額の資金は届いていません。
第二に、では国際協力NGOとして本業の国際協力活動はどうするのかという問題があります。国際協力NGOは、そもそも国際協力を担うためのNGOで、現在も途上国でたくさんのプロジェクトが進行しているわけです。ところが、そうした本業の国際協力に対して集まるお金がやせ細っている。現状では、国際協力機構(JICA)と外務省からの助成金や支援金くらいしか主要な財源がない。民間企業や個人では、支援のお金の多くを被災者・被災地支援に振り分けている。その結果、国際協力への資金があまり集まらない一方で、被災者・被災地支援の資金はあり余っている。では、いつまでこの被災者・被災地支援をいつまで続けるべきなのか、本業の国際協力とどのようにバランスをとるのかというとても大きな課題が浮上してきます。さらに、いつ国際協力という本業に戻れるのか、どのタイミングで、どのようにして戻るのかということも問われます。今年度については、財政規模を保つために被災者・被災地支援をしなければならないということになっています。では、来年度以降はどうするのか、国際協力の重要性を寄付者や支援者に再び理解してもらうためにはどうすればよいのか、という課題も生じてきます。
そして第三に、日本のアカウンタビリティに関わる問題です。国際協力NGOに、被災者・被災地支援のために寄付として集まったお金は、その目的にしか使えないことになっています。その寄付金が残ったら、アフリカなどの途上国・地域の支援に使うかもしれないと言ったある団体は、たいへんなバッシングを受けました。こうしてバッシングされた団体がすでにある以上、今後は他の団体が同じようなことを言明すれば、同様のバッシングを受けることは確実です。そうなると、集まった膨大なお金をどうやって使い切るのかという話になるわけです。実際にある団体に特定の活動のための寄付が集まるということは、寄付者の側からは、その団体がその寄付金をきちんとその活動のみで使い切ることが期待されているということを意味しています。この点で、日本の寄付者のアカウンタビリティはかなり短絡的であるという側面があります。そのアカウンタビリティを守るために期待されたどおりのお金の使い方をしないといけない。ところが、そうしてアカウンタビリティを守っていると、本当にいまお金を必要としている団体・個人にはお金がまわらないないという矛盾が生まれてきます。

この3つの問題に、国際協力NGOはいまさらされています。こうした問題を解決するための糸口として、国際協力NGOが集まって、このような問題に関して話し合う必要があるのではないかと思います。そして自分たちが公共に対しどういう責任を負っているのかということを真摯に見つめ直す必要がある。実際に批判があるとしても、国際協力を柱とする団体は、その目的に沿った活動をつくり上げていかなくてはならないはずです。しかし現状では、こうした話し合いのためのコーディネーション機能を担う団体やそのためのネットワークは、残念ながら存在しない。そうした意味合いにおいて、国際協力NGOはいまとても難しい現状にあると言えるでしょう。

津山: 最後になりますが、南アフリカなどにピアノを送る活動をしておられる河野康弘さんがいらしてます。被災地にも行かれたそうなので、話をおうかがいします。

河野: ピアニストの河野康弘です。日本にはピアノが600万台あると言われていますが、実際に使われていないピアノも少なくありません。せっかくピアノがあるのにもったいないから利用しようということで、2年前からアフリカにピアノを送る活動をしています。現在までに南アフリカに45台、エチオピアに12台(?)など、10ヵ国に80台あまりのピアノを送りました。音楽が何になるのかという人もいますが、僕はピアノがあると心の栄養になると思っています。
被災地に行くと、テレビにも出演するような有名な音楽家が集まって、大きな会場で大規模な支援コンサートなどを開いています。僕は一人で動いているので、被災地では、そうした大規模なコンサートなどが行われていない、小学校や小さなコミュニティの会場などを中心に訪れています。そうした場所で何度か演奏しましたが、両親を亡くした小さな子どもや自宅を流された人が、音楽を聞くことで少しは悲しいことを忘れることができた、前より元気になれた、前向きになれたと、話してくれました。僕は、そのことがとてもうれしかった。今度は被災地にピアノを届けたいと願っていますし、そのための募金集めなどもしたい、そして、自分自身もまた被災地を訪れたいと考えています。
また、歌うこともすごく大切です。昨年は南アフリカでサッカーのワールドカップが開催されたので、自分で南アフリカの国歌を覚えました。被災地で南アフリカの国歌を歌ったところ、子どもたちが喜んでくれました。ピアノに限らず、いろんな面から音楽を通して被災者・被災地にも関わっていこうと思っています。

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