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南アフリカ障害者自立生活センター設立事業に至る経緯

Background of the establishment of Independent Living Center in South Africa

『アフリカNOW』112号(2019年3月31日発行)掲載

執筆:降幡 博亮
ふりはた ひろあき:長野県出身。1982年に柔道によるけがで障害者となる。2006年から東京都八王子市にある自立生活センターのヒューマンケア協会にて、国際支援業務を担当。フィリピンやベトナムなどでの障害者の自立生活支援活動を経て、2013年4月からJICA 草の根技術協力事業による南アフリカ共和国ハウテン州での自立生活センター設立支援プロジェクトの国内調整員を担当する。1997年からAJF の会員。


はじめに

2013 年4 月に始まった国際協力機構(JICA)の草の根技術協力による「障害者地域自立生活センター設立に向けた人材育成」事業を通して、南アフリカ共和国ハウテン州のヨハネスブルグ市ソウェトとエクルレニ市ジャーミストンの2ヵ所で、重度障害者の地域での自立した生活を支援するための自立生活センターが設立された。この事業は2013年4月から2016年4月までは東京都八王子市にある自立生活センター、ヒューマンケア協会が、2016年7月からは「アクセシブルなまちづくりを通した障害者自立生活センターの能力構築」と題して、DPI 日本会議が実施を担当している。

2013年4月から2016年4月までの事業(第1フェーズ)では障害者リーダーの育成とピア・カウンセリング、自立生活プログラム、介助者派遣といった地域生活に必要なサービスのモデル的な実施についての支援が行われた。現地でセミナーや研修を行うとともに、リーダー候補を日本に招しょうへい聘して研修を行った。また現地にプロジェクト・マネージャーが駐在し、障害者リーダーたちの地域支援活動や自立生活センターの運営ついて、適宜支援を行っている。

自立生活センターへの支援に注力する一方で、障害者の地域生活支援は福祉制度の一環であるべきという認識から、自立生活センターのあるハウテン州の社会開発局を中心に行政との関係強化にも取り組んだ。自立生活センターの提供するサービスの有効性をアピールするとともに、行政官を日本に招聘しての視察研修も実施している。その結果、2016年7月から自立生活センターの介助者派遣について、ハウテン州から助成金が出るようになった。

2016年7月から始まった事業(第2フェーズ)では、自立生活センターの運営とサービス提供活動のフォローアップを行うとともに、建築物や交通のバリアフリー推進に向けて、住宅の改修に必要なノウハウの提供や、車椅子のままでも乗車可能なリフト付きバンによる地域での循環型移送サービスの試験的な運用を始めるための支援を行っている。

設立以来、自立生活センターは地域の障害者や支援者のみならず、行政側からも注目される存在となったが、この状況が生じたのは事業が始まってからの活動に加えて、事業が始まるまでの長期にわたる南アフリカを含めたアフリカと日本の関係構築や、南アフリカおよび国際的な障害者を取り巻く状況の変化があると考えられる。そこで本稿では、アフリカ-日本との人的関係の構築、日本側の国際協力のノウハウの蓄積、自立生活についての国際的なトレンド、南アフリカ国内の状況といった、自立生活センター設立事業に至る経緯や背景について記したい。

自立生活センターとは何か

本論に入る前に、自立生活センターとは何かを簡単に説明したい。自立生活センターとは、ピア・カウンセリング、自立生活プログラム、介助者派遣、相談支援といった、重度の障害者が地域で自立した生活を営むために必要なサービスを提供する組織である。サービス提供の一方で、権利擁護や行政交渉、政策提言をふり行うといった社会運動体の側面も有している。

ここでいう「自立」とは、経済的に自立するということや身の回りのことをすべて自分で行うという自立ではなく、介助や手当といったサポートを受けながらも、地域の中で自らの人生の中で何を行うのか、どのように行うのかを自ら選択して決定していくという、「自己選択・自己決定」の面での自立である。

自立生活センターを特徴ある組織としているのは、自らも福祉サービスへのニーズを有する障害者が主体となって運営しているということである。ニーズを有する障害当事者が運営とサービスを提供することにより、常にサービスを必要とする障害者側につき、障害者としての経験を活かしてサービスの質を担保している。社会運動においても、障害当事者自身の声を前面に押し出すことが可能となるのである。

最初の自立生活センターは1972年に米国のカルフォルニア州バークレー市に設立され、その後、ヨーロッパ、日本へと広がっていった。当事者主体の運営や権利擁護活動を行う点は共通しているが、提供するサービスの形には国ごとに特徴がある。独自のピア・カウンセリング手法の開発や、介助者派遣サービスに重点が置かれているのが、日本の自立生活センターの特徴となっている。南アフリカで設立された自立生活センターは、この日本で運営されている組織をモデルにして作られている。

アフリカ障害者リーダーおよび行政官との関係構築

南アフリカでの自立生活センター設立事業実施への基礎となっているのが、アフリカの障害者リーダーおよび行政官との人脈である。障害分野におけるアフリカとの人的な関係を活用することにより、事業の準備と事業開始後の展開を進めることができたのである。

この人脈形成に重要な役割を果たしているのが、2002年からJICA 課題別研修の委託を受けてDPI(Disabled Peoples’ International)日本会議が実施しているアフリカ障害者リーダーの育成研修である。

2002年に「南部アフリカ地域障害者の地位向上」として始まった研修では、DPI 日本会議も加盟するDPI世界会議(DPI World)のアフリカにおける加盟障害当事者団体を通じて、研修生がノミネートされている。2007年からは「アフリカ地域障害者の地位向上」として、研修対象となる国々の範囲が広がり、2009年まで毎年実施された。2012年から本研修は「アフリカ地域障害者のメインストリーミングと自立生活」となり現在まで続いている。この研修ではまず東京において障害者運動、障害者福祉の制度・政策、自立生活支援に関する3週間の研修が行われ、続いてタイにおいてタイの自立生活センターの活動を中心のテーマにした1週間の研修を行っている。

2002年から現在にまで、本研修からは160名以上の帰国研修員が輩出されている。研修員の中にはマラウイのレイチェル・カチャジャ(Rachel Kachaje)氏のように障害担当省の大臣に任命されるなど、帰国後それぞれの国での障害福祉分野で重要な働きを担っている人が多い。南アフリカの場合は、2004年の帰国研修員であるトニ・ムゾルシ(Toni Mzolsi)氏が連邦政府の社会開発省の副局長を務めており、2013年の草の根技術協力事業の開始に先立ち、政府内の案件への理解促進に努めてくれている。

本研修のJICA フォローアップ調査が2010年8月に実施されたが、その調査団に、ヒューマンケア協会の代表でありDPI アジア太平洋の議長でもある中西正司と筆者が加わった。この機会にケニア、マラウイ、南アフリカのそれぞれで1日の自立生活セミナーを行い、障害者の自立生活および支援について話をしている。南アフリカのヨハネスブルグ市で行われたセミナーには、当時DPSA(Disabled People South Africa:南アフリカ障害者連合)の全国議長であったムジ・ンコシ(Muzi Nkosi)氏や、隣接するエクルレニ市にある障害者主体のグループホームのレメロスの代表であるピート・デ・ウイット(Piet de Wit)氏も参加し、日本側との関係を構築している。またフォローアップ調査では、南アフリカ大統領府の女性子供障害者局の副局長(当時)であったゼイン・ブルブリア(Zain Bulblia)氏や社会開発省障害担当課長のマンティピ・モラムゥ(Mantipi Molamu)氏、国連の障害担当特別報告官のシュエイブ・チャクラン(Shuaib Chalklan)氏といった、政府側の鍵となる人物との関係も得られている。

このンコシ氏とデ・ウィット氏は2013年6月の実施された本研修に招聘され、自立生活センターの活動と運営に関するプログラムを受けるとともに、自立生活センターの活動を実際に視察している。この後も南アフリカからは、自立生活センターと関連のある障害者リーダーや行政官を招聘するなど、課題別研修と草の根技術協力の二つのプログラムを関係つけて効果的にリーダー育成や、行政側の理解促進と自立生活センターへの関与を促している。

またこの課題別研修やフォローアップ調査などを通じて、JICA の各部署と良好な関係を築くことができた。これにより自立生活センター設立事業の実現や実施において、JICA 南アフリカ事務所や現地で実施中の技術協力プロジェクトから、強いサポートを受けることができた。

国際協力のノウハウの蓄積

1986年に日本で第一号の自立生活センターとしてヒューマンケア協会が設立されて以来、現在は全国127ヵ所で自立生活センターが活動している。障害者自身が主体となった支援サービスを日本全国に広げるために、先発の自立生活センターが協力して各地での障害者リーダーの育成や新規のセンターの設立運営支援を行った。そのためにリーダー育成のプログラムやセンター運営のマニュアルが作成されるともに、支援体制の作り方や研修実施の経験が蓄積されていた。

また日本国内だけでなく、1990年代からアジアの国々を中心に日本の自立生活センターは自立生活の理念の普及、障害者リーダーの育成、自立生活センターの設立運営の支援を行ってきた。例えばヒューマンケア協会では1990年代の韓国を皮切りに、フィリピン、タイ、マレーシア、ベトナムなどにおいて自立生活に関するセミナーやワークショップを実施し、障害者リーダーの育成に努めるとともに、ピア・カウンセリングや自立生活プログラム、介助者派遣といった実際のサービス提供活動の支援も行ってきた。これらの支援には日本国内で培われた経験が生かされるとともに、資料の英訳化や支援先の状況も考慮した新規の資料も作られていった。

一方、DPI 日本会議は、1986年の設立以来、障害者運動を通して権利擁護や行政交渉などのノウハウを積み上げてきた。公共交通機関や建築物のバリアフリー化に関する分野では、駅や公共建築物へのスロープやエレベータの設置、車椅子でも乗車可能な低床バスの導入、当事者参画による法整備やバリアフリーガイドラインの策定などでの実績と知見を得ている。また障害分野における主要な政策形成においても参画し、政策提言や行政との交渉、ロビーイングなどの経験も豊富である。

さらに国際協力の分野では、前述のJICA 課題別研修の実施を通じて国際研修実施のノウハウを有している。また、2002年には札幌で第6回DPI 世界大会を開催し、世界109カ国から3,000人以上の参加者を集め、2002年から2006年まで国連「障害者のための権利条約」の特別委員会に代表団を派遣して条約策定に関わるなど、国際会議の開催や交渉についての経験および知識の蓄積がある。

南アフリカでの事業にも、これらの国際協力で蓄積されたノウハウが反映されている。事業実施スケジュール、プログラムのメニュー、行政との関係の持ち方など、他国での自立生活センター設立支援の経験やバリアフリー推進運動の経験が活かされた。また研修での講義内容や配布資料にも、それまでの国際協力の中で培われたものが多く用いられている。

自立生活推進の国際的な潮流

障害者の権利のための条約とDPI 世界大会

南アフリカとの自立生活に関する協力がスムーズに行われていった理由として、障害者の地域での自立した生活の実現が世界的なトレンドとなっていることも指摘することができる。このトレンドは、2006年12月に採択され、2008年5月に発効した国連「障害者の権利のための条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities)」(以下、「権利条約」)によるところが大きい。権利条約はDPI をはじめとする国際的な障害者団体が強く働きかけて実現した、さまざまな障害者の権利の実現を目指した条約である。権利条約の第19条「自立した生活及び地域社会への包容(Living independently and being included in the community)」において、地域での自立した生活は障害者の権利であることが明示され、本条約の締約国は自立した生活を可能にするための努力を行うことが求められている。

また権利条約の第32条「国際協力」では、権利条約の実施推進における国際的な協力についても言及されている。ここで言われる国際的な協力は、締約国の政府間だけにとどまらず、地域的な機関や市民社会(特に障害者組織)も含めたものになっている。そのため権利条約に関連する項目について、国際支援が行いやすい状況にもなっている。

権利条約の締約国は、自立生活の実現も含めて、権利条約を実施するための法・政策の整備を行うこととなる。南アフリカは2007年3月に権利条約に署名し、同年11月に批准している。この批准を受けて、南アフリカ政府の障害者政策も権利条約を反映するようになった。例えば障害福祉を担当する社会開発省が2010年12月に提出した政策文章では、障害者へのサービスの権利条約へのすり合わせや、権利条約と親和性のあるアプローチといった言及がされている(1)。またこの政策文章では権利条約の各条項の政策へのインパクトについても言及され、第19条は政策に直接的な影響を与えるものと指摘されている(2)。

またそれまで重度障害者の施設収容が政策の中心であったが、権利条約の批准後に収容型施設への政府調査が行われ、現在は地域での生活支援へと政策がシフトしてきている。このような状況のため、地域生活支援を打ち出す自立生活センターの活動が南アフリカ政府から強い関心を持たれるようになったと考えることができる。

ダーバン市でのDPI 世界大会

権利条約の実施に世界的な関心が集まる中、DPI 世界会議主催の第8回DPI 世界大会が2011年10月、南アフリカのダーバン市において開催された。この大会のテーマ「国連障害者のための権利条約とミレニアム開発目標の完全実施を通したすべての人たちのための社会の創出における障害者運動の連帯(Disability Movement United in Creation of a Society for All Through the Implementation of the UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities and the Millennium Development Goals)」が示すように、権利条約の実施推進が世界の障害者団体の大きな課題となっていた。権利条約の主要な条項に則した分科会が開かれ、自立生活や地域での支援についての報告や議論も行われている。またサイドイベントとして、世界各地からリーダーが参加した「自立生活サミット」も開催され、南アフリカの四肢麻痺者も多く参加して交流を行っている。大会を通じて南アフリカから多くの障害者と関係者が参加し、自立生活を含め障害者の権利についての意識が高まる機会となった(3)。

またこの大会では、南アフリカのDPI に当たるDPSA が事務方で中心的な役割を担い、開催の準備や運営を取り仕切った。当時のDPSA 議長であった前述のムジ・ンコシ氏と、前事務局長のトニ・ムゾルシ氏がその中心にいた。DPSA は与党であるANC と強い関係を作ってきたので、その人脈を生かして、大会には連邦政府の社会開発省および女性・子供・障害者省(当時)のそれぞれの大臣が招待されている。この機会にDPI 日本会議の代表団も大臣と会い、自立生活センター設立支援の構想についても伝えることができている。

南アフリカの国内状況

自立生活推進の国際的な潮流の一方で、南アフリカ国内でも自立生活センターの実現に向けた状況が生じていた。幾つものポイントを挙げることができるだろうが、ここでは草の根事業のカウンターパートや行政の状況について言及する。自立生活センターの「再興」

南アフリカでは1990年代初頭にも「自立生活センター」と銘打った障害者支援団体を設立する動きがあった。この時はスウェーデンのNGO が資金を提供し、自立生活センター・ヨハネスブルグという、日常生活用具や補装具、地域生活情報を提供するセンターが設立された。センターは補装具の提供だけでなく、グループプログラムを通じた障害者の意識啓発や組織化も行っていたことから、このプログラムを通じて障害者運動に加わるようになったリーダーもいる。草の根事業で自立生活センター・ソウェトの代表となるムジ・ンコシ氏もこのプログラムに参加した一人である。

このセンターのソウェト支部としてSHAP(Self-Help Association of Paraplegics)(4) という障害者自身が運営する作業所の敷地内に自立生活センター・ソウェトが設立されている。スウェーデンからの支援終了後、この組織の活動は途切れてしまったが、自立生活センター・ソウェトの建物は残されており、ンコシ氏がその運営管理委員会の委員長を務めていた。自立生活センターを「再興」という意図もあり、ンコシ氏からは草の根事業でのこの建物の活用の申し出があった。そこでこの建物を改修し、新生自立生センター・ソウェトの事務所として使えるようになったのである。

自主管理型グループホーム

南アフリカのもうひとつの自立生活センターであるレメロスだが、居住する障害者が自主的に管理するグループホームのセルフヘルプ・センター(Self-Help Centre)がその母体になっている。セルフヘルプ・センターは南アフリカ全体に14カ所あり、それぞれが独立採算で運営されているが、南アフリカ四肢麻痺者協会(QASA; Quad Para Association South Africa) のメンバーとして互いに協力をしている。いずれのセンターでも運営の中心となっているのは四肢麻痺の重度の身体障害者であり、介助者を住み込みで雇い、シフトを組んで利用している。

居住する障害者自身が自主的に管理してはいるものの、グループホームである以上、そこで暮らすためにはホームが設置されている地域に引っ越さなくてはならず、そのため配偶者や子どもと離れて暮らさざるをえない入居者もいる。また入居者同士の軋轢もあることから、草の根事業が始まる前に話を聞いた入居者の中には、介助サービスの制度が整ったらここを出て、地域で一人暮らしをしたい、と述べる人もいた。実際、草の根事業による介助者派遣が始まってからホームを出て地域で暮らし始めた四肢麻まひ痺の利用者もいる。

草の根事業においては、エクルレニ市やヨハネスブルグ市にあるセルフヘルプ・センターが、障害者リーダーの派遣や移動のためのリフト付バンの手配などでレメロスや自立生活センター・ソウェトに協力してくれている。

行政による障害者の登用

南アフリカの行政では、役職への政治的任用や公募が多く用いられている。そのため障害福祉関係の分野でも、意思決定のできる要職に障害者がついている。例えば、連邦政府で障害者問題を担当する社会開発省の副大臣は視覚障害の当事者である。また同省の障害担当副局長はJICA の課題別研修の帰国研修員でもあるトニ・ムゾルシ氏が務めている。ハウテン州政府には、知事室のアドバイザーとして車椅子利用者のゼイン・ブルブリア氏がおり、州知事や州の閣僚と障害分野のつなぎ役を果たしている。またブルブリア氏は、大統領府に設置されていた女性・子供・障害者局(後の女性・子供・障害者省。現在は社会開発省に統合)の局長を務めていた。

このような障害者行政官は民間での活動も豊富であり、障害者運動側と行政の橋渡しも行っている。この関係を活かすことで、草の根事業の起案段階から行政側に話を聞いてもらいアドバイスを受けることができた。また事業開始後も自立生活センターの活動に関する情報を常日頃から共有し、その支援の有効性について評価してもらうことができた。また行政側との関係性が構築できたことで、政策についての話し合いの場も持てるようになっている。

まとめ

南アフリカにおける自立生活センター設立支援事業は、第1、第2フェーズを通じて現地で受け入れられ、良い評価を得ている。この自立生活センター事業の進展にはもちろん現地の障害者リーダーを始めとする大きな努力があったが、本稿で述べたように国際、国内のそれぞれのレベルで、事業の進展に至るいくつもの要素があった。国際面では、国連「障害者の権利のための条約」という追い風とともに、ダーバン市で行われたDPI 世界大会を通して自立生活を含む権利条約への認識が高まった。国内面では日本側の国際協力に関する経験の蓄積とアフリカとの人脈の構築、南アフリカ側では権利条約批准に伴う政策動向の変化、障害者リーダーの政府への登用や自立生活に向かう障害者運動の動きなどがあった。南アフリカでの事業は続いていくが、現地障害者運動および政府の動向、行政チャンネルの変化などはいまでも活動に大きな影響を与えるので、引き続き注目していきたい。

(1) Department of Social Development (DSD), National Policy on the Provision of Social Development Services to Persons with Disabilities , December 2010, p.34.
(2) Ibid., pp.37-39.
(3) この大会の実現には資金面などでの南アフリカ企業の協力も大きく、企業側の障害についての意識啓発の機会にもなった。筆者の経験では、2010年に南アフリカを訪問した時には航空会社の車椅子対応に大きな問題を感じたが、大会開催時には空港スタッフから「大きな大会があることを知っている」と声をかけられるとともに、空港対応の改善を実感した。
(4) SHAP は南アフリカの伝説的な障害者リーダーであるフライデー・マブソ(Friday Mavuso)氏によって1981年に設立された。ここでは障害者運動のリーダー育成も行われ、1984年に結成されたDPSA の母体にもなっている。


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