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カメルーン:ヤウンデだより(第3回)

アフリカの現場から

Cameroon Letter from Yaoundé no.3

『アフリカNOW』110号(2018年3月31日発行)掲載

執筆:土手香奈江
どてかなえ:大阪出身。創価大学法学部卒後、大阪産業大学大学院にて博士前期課程(社会経済学)修了。2003〜2005年、在コートジボワール・日本大使館で専門調査員として勤務する。ベナンのアフリカ協同開発大学留学(2010〜2012年)を経て、2013年よりIPD(Institut Panafricain pour le Développement/ Panafrican Institute for Development)にてプロジェクト調整員として勤務。

交通手段は相乗りタクシーかバイクか

私のヤウンデでの移動手段は、もっぱら相乗りタクシーです。2003年から2005年にかけて暮らしたコートジボワールでは、相乗りタクシーやミニバス、大型バスなどもありましたが、日本と同じような料金メーターがついた車両貸しきりタイプのタクシーが多く走っていました。2010年から2012年にかけて生活したベナンでは、主にゼミジャン(Zemidjan)と呼ばれるバイクタクシーが主な市内での移動の手段でした。タクシーは市内から少し離れた地域にいくための手段でした。私がいた頃、多くのバイクタクシーの運転手はノーヘルメットで走行していました。後ろに乗る乗客は通常一人ですが、二人乗っている場合もたまにあります。小さな子ども二人を前にのせ、運転手の後ろにも一人乗っているというケース、運転手と乗客、そして生きた豚や羊がしばられながら乗っているケースも見たことがあります。
乗客は、ノーヘルメットでしかも胸の前で腕組みしているか、手を軽く膝の上に載せて後部座席にまたがっています。両足を開けにくいスカートをはいている女性は、横座りしていることもあります。私は当初、運転手の腰にしがみついてバイクに乗っていましたが、周りの人たちから笑われていることに気づき、その後、バイクの後部座席の一部をつかむだけになりました。ノーヘルメットでバイクに乗るというのは、日本人の私からすればありえない行為でありつつ、なかなか爽快でもありましたが、やはりたいへん危険なので、ヘルメットを購入し、外出の際は常にヘルメットを持ち歩くようになりました。そこでまた周りの人から笑われるのですが、自身の安全には代えられません。その後、ベナンではバイクタクシーの運転手にヘルメットの着用が義務付けられ、最近ではだいぶ定着していると聞いています。
ちなみに、雨が降ると、バイクに乗る女性たちはシャワーキャップやポリ袋をかぶり、髪の毛が濡れるのを防ぎます。アフリカの若い女性の多くは、通常、付け毛をつけて、自分の好きなヘアスタイルを楽しんでいます。人工の繊維でできた付け毛は、水にぬれると匂いや痒みが発生するので、女性たちは、頭部を雨から守る必要があります。
本当の女性の髪の毛をもとに作った付け毛も販売されており、それらは、人工のものに比べて値段が高いです。質、量、長さにもよりますが、人工のものが3,000FCFA(約600円)ぐらい、半天然のものが8,000FCFA(約1,600円)ぐらいなのに対して、天然のものは、10,000FCFA(約2,000円)ほどで、その中でも「ブラジリアン」と呼ばれるものは15,000FCFA(約3,000円)、インディアンと呼ばれるものは、20,000FCFA(約4,000円)ほどするそうです。長さや量によって、100,000FCFA(約2万円)ぐらいになることもあるそうです。ただ、天然のものは何度も使うことができ、使い捨てのものを買うよりも経済的であるという意見もあります。
私は、現在、長髪にしているのですが、そうすると、女性の友だちや同僚から、髪の毛を売ってくれ、と頻繁に言われます。はじめは冗談と思い、「いいよ、いくらで買う?」と受け答えしていましたが、そのうち一人の同僚が何度も言ってきて、本気だというので、彼女に売る約束をしました。その後、自分の身体の一部を売るというのはいいことではないとの考えに至り、時期が来たらプレゼントするか、長髪の維持費(シャンプーとリンス、洗髪の際の水道代)として3,000FCFA(約600円)ぐらいだけでももらおうかな、と思ったりもしています。
話を元にもどすと、ヤウンデでは、バイクタクシーと相乗りタクシーの両方が走っています。相乗りタクシーの料金は初乗り250FCFA(約50円)ですが、距離によって変わります。距離が短い場合は、100FCFA(約20円)に値切ることもできますタクシーに乗る前に、行き先と値段を運転手にいいます。走行中の運転手に聞こえるように、すばやく大きな声で言う必要があります。その声が運転手に届き、行き先と値段が運転手の都合に合えば、タクシーが停まり、乗せてもらえます。タクシーには、後部座席に3人、運転手の横の座席には2人まで乗ることができます。「デポ(dépôt)」といって、タクシーを貸し切り、一つの目的地まで送り届けてもらうこともできます。値段は2,500FCFA(約500円)になりますが、通常のタクシーが走らないわき道を入っていかないといけない、大きな荷物があるなどの場合、デポにする必要があります。デポも、距離によっては値切ることも可能です。デポと違い、「クース(course)」といって、車両を貸し切り、複数の目的地に連れていってもらうこともできます。この場合、一時間3,000FCFA(約600円)となっています。
私はもっぱら相乗りタクシーにのっていますが、渋滞があるとき、タクシーが通常走っていないところを移動する場合など、バイクタクシーに乗ります。ただ、ヘルメットの着用が義務づけられておらず(安全意識の高い運転手は自主的に着用しています)、重大な事故も多く、なるべく乗らないようにはしています。
カメルーンの経済都市であるドゥアラでは、タクシーもありますが、バイクタクシーの数が恐らくその倍近くになります。市内は常に大渋滞しており、バイクタクシーの利用は必要不可欠です。ドゥアラはヤウンデに比べ降雨量も多く、雨季には一日中雨が降っているので、人々は雨であろうと、バイクに乗ってでかけます。ドゥアラのバイクには、運転手の後ろに座る乗客まで覆る、巨大な傘がバイクにくくりつけられています。傘を支える棒は傘の中心にあるのではなく、前方についています。どこで製造されたのかわかりませんが、現地のニーズに合わせた一つの発明だなと、初めて目撃した際には感心しました。一方、ヤウンデでは、私はまだその巨大な傘をみかけたことはありません。

独裁者か、親父か

さて、相乗りタクシーに乗っていて楽しいのは、運転手や他の乗客と議論したり、取り交わされている会話を盗み聞きしたりすることです。よく話題に取り上げられているのは、男女のいざこざであったり、カメルーン英語圏地域の独立問題、前日のサッカーの試合の結果だったりとさまざまですが、頻繁に耳にするのは、カメルーンのポール・ビヤ(Paul Biya)大統領についての話題です。よく、大統領のことを「親父(Père)」と呼んでいるのを耳にします。ビヤ大統領は外国、特にスイスに行き、長期滞在することが多いのですが、「親父は帰ってきたか?」「いや、まだだ。明日帰ってくるらしいよ」などと話しています。
現在83歳のポール・ビヤ大統領は、1982年にアマドゥ・アヒジョ( Ahmadou Babatoura Ahidjo)初代大統領の後に大統領に就任して以降、36年間現役の大統領を続けています。アフリカの多くの国で、独裁者と呼ばれる大統領が死去、政変、選挙、引退などでその場を去っていった中、いわば、最後の独裁者の一人といえるのかもしれません。
「独裁者」とは言いましたが、ビヤ大統領が強権的に何かを規制したり、何かの自由を規制したりという「独裁国」的な状況は、私がカメルーンに来て以降、おおっぴらには見かけたことはありません。反対者を投獄したりということはたまにあるそうです。複数政党制も導入されています。「親父」と呼ばれるビヤ大統領は私の中にあった「独裁者」のイメージを覆しました。
2017年2月、アフリカネイションズカップというサッカーのアフリカ大会で、カメルーンのナショナルチーム「不屈のライオン(lions indomptable)」が決勝戦でエジプトを2対1で負かせて優勝したときは、カメルーン全国が歓喜に包まれました。大統領を表敬訪問した選手たちに対して大統領がエジプトチームを「ソース(1) に入れてやった(dans la sauce )」と言い、カメルーン国民を大いにわかせました。この表現は、当時流行していたReniss という歌手の「ソース(La Sauce)」(2) という歌の歌詞から来ています。
かといって、カメルーンの国民がビヤ大統領を受け入れている、この状況を好んで選択しているとは言い難いとも思います。
大統領を乗せた車両が公道を走る際、外出予定の数時間前から、銃をもった憲兵隊が道路に配置されます。そして、大統領がその場を通る30分〜1時間前から道路は完全に封鎖され、道路付近での商業活動はすべて禁止されます。歩行者も道路を渡ることができません。炎天下のなか人々は、いつ封鎖がとかれるかもわからず、待つしかできません。私も何度か、封鎖された道路の前で大統領が通るのを待つはめになり、イライラしたことがあります。
封鎖された道路の前で道路の開放を待っていると、周りの人たちのあきらめ感のこもった深いため息や、舌打ちが聞こえてきます。あるとき、こんな会話を耳にしました。
「私たちに選択肢はないからね(On a le choix ?)」「まったく(Vraiment)」「彼はまだご飯食べ終わってないんだよ(Il n’ a pas encore fini à manger)」「まだ外出の準備ができてないんじゃない(Il s’ apprête encore.)」「これがカメルーンだよ。(C’est le Cameroun.)」「ああ、まさにカメルーンだね。(C’ est vraiment Cameroun.)」
私のように怒っている人は見当たらず、ただ嘆きやあきらめが感じられます。「大統領が通るから待たなければいけない」ということはすでに彼らの日常の一部になっているのかもしれません。

大統領と大統領夫人の乗る車両の周りには4台の白バイクが配備されており、彼らが車両を包囲しながら走ります。その前後には、御付きの人たちが乗っているのか、20〜30台の黒塗りの車両が走っています。大統領車のすぐ後には、高齢の大統領用と推測される救急車もついて走っています。まさに大名行列です。
30分以上待たされた後、20〜30台前後の車両がサイレンを鳴らしながら、待っている人たちの前を数秒の間に駆け抜けます。それはそれで見ごたえがあり、私もその一瞬は怒りを忘れて、(あ〜、あの中に大統領が乗っているんだな、見えるかな、ちょっと見てみたい)と、一瞬、目をこらしたりします。
また、女性たちのグループが、大統領を道端で待ち伏せていることもあります。大統領の顔写真、政権政党のカメルーン人民民主連合(Rassemblement démocratique du peuple camerounais : RDPC)の名前と同党のロゴがプリントされたパーニュで作った服を着た彼女たちは、大統領を乗せた車両が通ると、歓声を上げて「親父」への敬意を表します。彼女たちが義務的にやっているのか、自発的にやっているのか、見た目ではわかりません。そうした活動で、後でお小遣いをもらえるということも聞いたことがありますが、定かではありません。歓声を上げたあと、「一仕事終えた」的な顔をして、その場を去っていく女性たちの姿が印象に残っています。
カメルーンに4年半滞在し、「独裁者」を感じるのはその一瞬ぐらいです。

2018年は大統領選挙の年

今年、2018年にカメルーンでは大統領選挙が行われる予定です。大統領の任期は7年です。国民の多くは、ビヤ大統領に「疲れた」といえる状況にあると思います。最近では、テレビの討論会で、カメルーンの英語圏の南西部と北西部の独立問題をめぐる同大統領の対応がまずいと、野党支持者だけでなく、大統領を支持する与党の代表者が大統領を批判することも見かけます。公務員の友人たちは、同大統領にうんざりだ、大嫌いだと飲み屋でつぶやき、「彼がカメルーンを駄目にしたんだ」と批判しながらも、与党党員として地元地域をまわり、大統領支持を訴えています。そのほうが職場での自分の立場を守れるからです。
今年でカメルーン生活が5年目になりますが、多少の不便に目をつぶれば(少なくともヤウンデでは)問題なく暮らせ、「開発途上」国、「駄目」な国で暮らしているとの感覚は、私にはありません。友人の言う「駄目」の真意はカメルーン人でないとわかからないのかもしれませんが、36年かけてビヤ大統領が築きたかったのは、国民が「駄目」だというカメルーンだったのでしょうか。
2035年までの新興国入りを目指すカメルーン。そのために大統領が打ち出す針路は、農業だったり情報通信技術(ICT)だったりとさまざまです。今年の大統領選挙でビヤ大統領が立候補するのかどうか、全国民が注目しています。

(1) フランス語では「ソース」といいますが、実際は「スープ」に近いものです。
(2) 歌の動画はこちらからどうぞ。https://www.youtube.com/watch?v=fDSapcbf3_I

カメルーン:ヤウンデだより 第1回

カメルーン:ヤウンデだより第2回


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