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本の紹介:はじめてのジェンダーと開発~現場の実体験から

 

『アフリカNOW』110号(2018年3月31日発行)掲載

はじめてのジェンダーと開発

『はじめてのジェンダーと開発』
田中由美子・甲斐田きよみ・高松香奈 編著
親水社
横組み 本文160ページ
定価:1,850円+税
初版:2017年1月10日 
ISBM:978-4-88385-190-4

書評執筆:加藤(山内) 珠比
かとう(やまうち)たまひ:専門は貧困削減、ジェンダー、平和構築など。サセックス大学大学院開発学博士号、同修士号取得。東京外国語大学卒業後民間企業で働いた後、留学し、UNDP 人間開発報告書室や国連グアテマラ監視団、JICA タンザニア事務所での勤務を経て、ODI / 慢性的貧困調査センターでの勤務を経て、開発コンサルタント会社で多くのJICA技術協力案件の評価を担う。現在、一橋大学社会科学高等研究院特任助教。


本書は「ジェンダーと開発」に関わる、政府開発援助(ODA)、住民主体の開発、男女共同参画、人身取引対策、人口・家族計画、日本の性教育、女性グループの起業支援、農業・農村開発の8つの分野について、主に途上国の開発というコンテクストからそれぞれの専門家が豊富な現場での実体験をもとに分析している。分野ごとにその専門家のインタビュー記事が載せられおり、わかりやすい。それぞれのインタビューの後に、関連するキーワードや研究ノート、関連の参考文献などが盛り込まれ、各分野について体系的により深く理解できるような構成になっている。また、最終章ではジェンダーと開発の分野での専門家による座談会の記録が盛り込まれ、各章で出された実務者・研究者への質問についての意見が述べられている。筆者は、ジェンダーやエンパワーメントに関心を持ち、今までその視点で学び、実務でも扱ってきたが、本書により改めて多面的にジェンダー視点を再発見し、確認することができ、挙げられている参考文献など読み進めたいと思った。

エピソード(1)「政府開発援助(ODA) とジェンダー」では田中由美子さんが、国際協力機構(JICA)におけるジェンダー視点に対する変化について述べている(pp.15-17)。さらに田中さんは、「最近は日本社会が表面的にはジェンダー平等に近づいているように見え」るが「特に雇用や労働でのジェンダー差別は根深いものがあり」(p.21)、「(JICA の)ジェンダー担当部署の人員が増えない」(p.22)と述べている。日本人のジェンダー意識を振り返る必要があるだろう。

エピソード(2)「住民主体の開発とジェンダー」では西川芳昭さんが、エチオピアの農家における種子の生産・流通や使われ方の調査に基づいて、ジェンダーの違いによる種子や作物の選択の違いや、種子は誰が管理するのかなどの問いに応えている(pp.35-39)。西川さんが重要視する「内発的発展」については、「地域の発展のためには、地域の人たちが地域の資源を自分たちが、どう使うのかを決めて発展させていく、(中略)しかし自分たちだけでやればいいというわけではなくて、あくまで外の人との連携の中でやっていくことが重要です」(p.39)と提起されている。

エピソード(3)「男女共同参画:日本・アジアの拠点としての役割」では国立女性教育会館(NWEC)の方が、「女性が活躍するとは、誰でも能力を発揮できる環境になるから結果的に企業も成長します」(p.58)、「女性が働きやすい職場は実は男性も働きやすいのです」(p.59)と主張していることが、印象に残った。また、聞き手からの「(日本の)女性は高等教育を受けても労働の場で男女の間で深刻なギャップがあるということについて(アフリカやアジアからのNWEC の研修生に)どう説明しているのですか?」(p.62)という質問に関連して、「(研修生の多くは)日本人女性が直面している、家事・介護・仕事を担っている過重負担について驚きをもっています」(p.62)と応えている。

エピソード(4)「人身取引対策と国際協力」では百生詩緒子さんが、タイでは同じ人身取引の被害者であっても、性的搾取にあった女性と労働搾取にあった男性では、故郷に戻ってきた被害者に対する見方や扱われ方が異なること(pp.69-70)、また、人身取引の被害にあわないためには「正しい情報にアクセスでき、自分の力で考える力が求められると思います。しかし、教育を受けていなかったり、(中略)金銭的余裕がないと、それが難しいという現実があります」(p.73)と述べている。さらに百生さんは、日本人男性の「アジアの女性に対する蔑視」や「人権に対する意識が低い」(p.75)ことを指摘している。

エピソード(5)「人口・家族計画とジェンダー」では佐藤都喜子さんが、「国家計画の枠組みで家族計画は捉えられているが、家族計画は極めてパーソナルな話です。(中略)子どもを産む産まないを決めるのはあくまでも個人です。したがって、決定に参画できるような男女の関係性を作る方向が重要で、そのために女性のエンパワーメントが必要だったのです」(pp.89-90)と述べている。また、「社会、文化、地域特性など、その土地にあったプロジェクトを行っていく必要がある」(p.91)と同時に「社会通念なども変えていく必要がある」(p.91)ことも主張している。さらに、家族計画のプロジェクトの中で「経験上、エンパワーメントの近道は所得創出活動」(p.86)であり、「所得創出活動に加え、エンパワーメントに関する知識を得た女性は、自尊心が高まり、夫との関係性も変わったと言っている」(p.86)と紹介されていることは興味深い。

エピソード(6)「グローバルイシューとしての日本の性教育」というテーマでは堀口雅子さんと堀口貞夫さんが、産婦人科医としての経験や、思春期の若者が抱える問題に接する中で、性教育やセクシュアリティに関する教育の重要性を取り上げている(pp.101-103)。HIV/AIDS の問題もそのことに関連している。日本でもきちんと性感染症の教育を行うべきだと認識した。

エピソード(7)「女性グループの起業支援」では黒田史穂子さんが、チリでの女性の収入向上活動やホンジュラスでの女性の小規模な起業の支援の経験から、これらの活動を通じて女性たちが自信をもったり、具体的な夢をもつなどの意識の変化や、人前で発言したり、自分の意見を持ったり、男性を含めた会合に参加したり、人と交渉するという行動の変化もあったと述べている(pp.112-116)。女性たちは「組織化することで情報や知識、技術を学び(中略)、そこから自信を得て、満足感をえることで人生を豊かにする」(p115)。黒田さんは「そうしたエンパワーメントの発現を測定し、可視化することを試みた」(p115)。女性たちにエンパワーメントに関する質問を詳細に行うことで、「今は何を聞かれているかわかるようになった」(p116)ことや、「モニタリング自体が女性たち自身のエンパワーメント、気づきに繋がった」(p116)と述べていることは印象的だ。女性のエンパワーメントには、女性自身だけでなく、夫や家族の意識の変化も必要だということがわかった。

エピソード(8)「農業・農村開発とジェンダー」で中村公隆さんは、タンザニアでは収益性の高い換金作物であるコメの栽培支援により農家は儲かったが、そのお金の使い道は「男性に決定権があったようで、(中略)ほとんどが男性のビール代に消えてしまった」(p.129)ので、「家計管理研修」により「女性・男性、そして家族のみんなが話し合ってお金の使い道を決める」(p.129)というやりかたを導入したと報告している。また、農作業では必ず性別役割分業があるが、マダガスカルでの「コメの生産性向上プロジェクト」では性別の役割に関係なく同じ作業を行うことで、「どちらか一方の相手に任せきりだった作業がどれだけ大変だったかわかる」(p.130)ことも報告している。また中村さんが「農村開発とジェンダー」に関心をもったきっかけとして、モルディブでのプロジェクトの経験が述べられている。このプロジェクトでは、女性が働いて得た共同農園の収益が男性によって管理され、女性は労働力を提供するだけで、その見返りはまったくもらうことができなかった。そのために、半分の女性はこのプロジェクトへの参加をやめ、残った女性の中には働きすぎて病気になった人もいた(pp.133-135)。

「これからの『ジェンダーと開発』はどこへ向かうのか?」と題したまとめの座談会では、編著者を含む6人の専門家から、現場の実体験をふまえた貴重で多様な報告や意見が出されている。例えば、カンボジアでは、農業やビジネスに関する「研修の機会に(男女で)差があり不公平がある」(p.147)一方で、バングラデシュでは近年「女子が男子より優先的に学校に行くケースが増え、(中略)女子の就学が促進され、男子の就学が促進されないという新しいジェンダー課題も出てきた」(pp.147-148)というジェンダー差別に関わる課題が提起されている。世帯内の問題では、タンザニアでは「稲作から得られる収入については男性が使い道を一人で決めてしまう傾向が強くあり、女性には労働の見返りが少ない」(p.147)、ナイジェリア南部では北部に比べ就学率の男女差や女性の外出制限はないが、「女性の得た収入を男性が使ってしまう問題や、女性に対する暴力の問題があり、(中略)その場合には、女性が耐えることを良しとする風潮もある」(p.149)、バングラデシュでは「女性が収入を得るための活動をすることには制限やスティグマがあり、女性は夫から見捨てられた場合、収入がないという状況に陥ることもあります」(p.149)という現状が述べられ、女性が生きていくことの難しさを感じた。

また土地の問題について、ベナンでは、法律上は女性にも土地相続の権利があるにもかかわらず「伝統的な相続制度は男性間のみで相続が行われることになっているため、(中略)土地を必要とする農業や養殖などの大規模なビジネスを女性が行うことは難しい」(pp.149-150)現実や、アフリカでは「女性が土地の権利を所有し、自由に売買することは難しいです。(中略)多くの貧しい女性は担保にする土地などの財がないために、マイクロファイナンスやクレジットにアクセスすることも難しい」(pp.150-151)ことが述べられている。

女性の収入に関しては、「現在の、途上国に対する支援は、女性の完全な経済的自立やエンパワーメントを視野に入れるというより、世帯の貧困削減のために、女性に対して小規模な経済活動の実施を支援するもので終わらせているものが圧倒的に多い(中略)、もっと女性の経済的自立やエンパワーメントを視野にいれつつ、収入を大きく向上させるような取り組みが必要」(pp.153-154)であるという意見が出される一方で、様々な社会背景や女性自身のジェンダー規範の内面化などによって、女性の収入を大きく向上させることが難しいことも提起されている(p.154)。

宗教や文化とジェンダーの課題に関連して、「ナイジェリア北部のイスラーム圏でのジェンダーの課題と、実際にコーランで述べていることを提示して、その違いを示した」(p.157)調査研究が紹介され、「宗教が問題ではなく、解釈の問題」(p.157)であると提起されている。私自身はコーランを読んでいないが、宗教上の偏見を持ってはいけないことを実感した。

女性の経済的エンパワーメントを測る指標として、「女性の活動による世帯収入向上のほかに、世帯内の意思決定への女性の参画の向上、世帯内の関係性の変化、コミュニティ(活動など)への参画の向上を設定」(p.158)することが提起されている。また、「エンパワーメントは、一般的には、できないと思っていることができるようになることや、それによって自分の自信に繋がること、人との交渉ができるようになること、行動範囲が広がることなど」(p.158)と定義されているが、適切だと思う。

最後に日本でのジェンダー課題について、「(日本の)男性の開発専門家の(ジェンダーに関する)意識は他国の男性に比べて低い」(p.161)一方で、「途上国の公務員や開発関係者の方がよく理解していて、普通にジェンダーについての会話が成り立つ」(p.162)と指摘されている。そして、「ジェンダーと開発」に関わる仕事をするためには、「自分が持っているジェンダー差別意識に気づくこと、自分の中で、ジェンダー、民族、貧しい人などに対する差別意識や偏見に気づくこと、それらに向き合えることが大切である」(p.164)と述べられている。

本書を通じて、ジェンダーというのは多面的であり、実際の私たちの生活の意識の中にあるものであることを学んだ。途上国へのODA などのプロジェクトの中で、ジェンダーという観点を盛り込むことが常に必要であるが、その中では社会、文化、宗教などへの配慮も必要であろう。時にそれらを変えていかなければならないこともある。一方で、自分たち日本人自身のジェンダーに関する意識を自ら振り返り、変えていかなければならないことも多いということに気づかされた。本書から、現地の豊富な体験からの多面的なジェンダーの観点や知見を大いに学ぶことができる。また、生活の上で自らのジェンダーに関する意識や見方を振り返ることができる。ジェンダーと開発についての良質な入門書である。


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