パンデミック条約交渉、4月下旬に新たな交渉日程を設定

「公平なアクセス」をめぐる先進国と途上国の溝はいまだ埋まらず

第9回INB交渉で結論出ず

第9回INB前に公開された新交渉テキスト

パンデミック条約の策定に向けた多国間の協議体「多国間交渉主体」(INB)の、予定されていた中では最後の会合である第9回会合は3月28日、10日間の討議スケジュールを終えて閉幕した。最大のテーマとなったのは「病原体情報へのアクセスと利益配分」(PABS)であったが、途上国と先進国の溝は埋まらず、結果として、新たな討議日程が4月29日から5月10日まで組まれ、その前の4月18日に、既存の交渉テキストを踏まえた、新たな「収束テキスト」(convergence text)が示されることとなった。

第9回INB会合は、3月13日に示された「WHOパンデミック合意の交渉テキスト改定ドラフト」(Revised Draft of the Negotiating Text of the WHO Pandemic Agreement)をベースに、18日から28日まで、日曜日を除いた10日間開催された。初日の18日の全体会はウェブ録画で公開されているが、各国および市民社会や業界団体などを含む「適切なステークホルダー」による、上記ドラフトに対する意見表明がなされ、その後、19日から21日まで、加盟国のみが参加出来る「起草グループ」会議での各章の逐次検討が行われた。21日の夜に、全体会で、ステークホルダーと加盟国の主要な論点に関する対話が行われたのち、交渉は再び「起草グループ」による各章討議が27日まで行われ、28日の全体会で今後のプロセス等に関する議論が行われ、討議を踏まえた新たなテキストの提示と追加的な討議日程が承認された。主要論点における途上国と先進国の溝を埋め、合意を目指す討議は、5月末の世界保健総会(5月27日~6月1日)という期限に向け、4月末に持ち越されて、さらに続くことになる。

交渉テキスト、「公平性」の文脈で途上国の主張を組み入れる

2月の第8回INB会合を踏まえて、3月13日に出された交渉テキストは、パンデミック交渉を通じて課題となってきた「公平性」(Equity)の増進の観点に照らして、一定、前進した内容を含むものとなっていた。例えば、以下の点である。

◎第9条「研究・開発」:政府資金を活用した研究・開発の成果について、時宜を得た公平な形で世界規模でのアクセスを推進する条項を導入。

◎第11条「技術とノウハウの移転」:知的財産権の貿易の側面に関する協定(TRIPS協定)の柔軟性の活用や、パンデミック時における知的財産権の免除などに関する記述を導入。

◎第12条「アクセスと利益配分」:遺伝子配列など、病原体情報への迅速なアクセスを保障しつつ、それによって開発された医薬品や、それによって得られた利益の一部を公正なアクセスのために配分する「病原体情報へのアクセスと利益配分」(PABS)の制度の内容を、これまでの検討を踏まえて詳細に記述。

初日のプレナリーセッションでは、途上国の多くはこれらの前進を概ね歓迎し「討議の出発点にする」と発言。市民社会の主要な団体も、人権に関する記述の脆弱さや、一部、後退した論点について指摘しつつ、このテキストを一定評価する論調であった。一方、先進国は、米国・英国や日本と大陸欧州諸国の間には若干の温度差があったものの、多くの国が違和感を表明した。プレナリーセッションの中継・録画から各国の発言内容が判明している。

先進国は軒並み厳しい発言

米国は「(新テキストは)不幸にも多くの点で後退した。これでは、INBは議論を収束に向かわせる機会を逸してしまう。この最終段階で、『共通だが差異ある責任』(CBDR)や知的財産権の免除、新規資金メカニズムなど、コンセンサスに至る可能性のない課題を再度持ち込むべきでない。我々はあらゆる機会に、これらは『譲れない一線』を超えていると明確に述べている」と、かなり強い表現で途上国を牽制。英国も「このテキストは後退しており、分科会で作ってきた前進が失われている。技術移転やPABSの条項はコンセンサスからほど遠いうえ、これらの制度は機能しない。予防に関するテキストは重要だが、テキストの文面は非常に弱い」と述べた。日本は具体的な問題を指摘することなく「我々の代表団が受け入れることのできない多くの論点が含まれている」と述べた上、「なるべく多くの国が参加できるよう、コンセンサスのない表現やコンセプトは持ち込まないでほしい」と警告した。

一定の拘束力のある規定を盛り込むか、今までと同じか

交渉の多くを占める「起草グループ」における討議は公開されていないため不明だが、専門インターネットメディアなどによると、途上国・先進国側共に「譲れない一線」となっているのはPABSである。実際、この条約からPABS条項がなくなれば、公平性を義務的に担保できる条項はほぼなくなってしまう。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、ワクチン・医薬品は迅速に開発されたが、資金力のある先進国がこれを買い占め、『公平なアクセス』を謳う多国間枠組み(ACTアクセラレーター、COVAX)は出来たものの、最も厳しい時には資金不足・供給不足でワクチンは届かず、特に東欧や中南米などの中所得国で多くの貧困層の人々の命が失われることとなった。だからこそ、この条約策定においては、「公平性」が焦点になったわけだが、一定の拘束力のある形で「公平性」を担保する仕組みが導入されなければ、次のパンデミックでも同じことが繰り返されることになる、というのが途上国の懸念だ。

一方、先進国は、米英などを筆頭に、拘束力のある規定はとにかく受け入れない、という主張を強めているが、これでは、妥協の要素はなく、4月末の新たな討議においても合意にたどり着けるのか心もとない。また、これまで提案され討議されてきた様々な仕組みが排除され、公正なアクセスや技術移転といった事項がすべて「自発的で相互に合意された」ものに限定されるのであれば、この条約が今後のパンデミック予防・備え・対応(PPPR)に向けてもたらしうる価値は何なのかがみえなくなってしまう。

人権や医薬品の副作用の責任などについても対応が必要

一方、市民社会は、現行ドラフトについて概ね評価しながらも、幾つかの論点について問題を指摘している。一つは、人権の記述が弱いことである。現行テキストでは、尊厳と人権、基本的人権を「完全に尊重」するとあるが、これを「完全な実現」に変え、透明性やアカウンタビリティについての規定を設け、また、パンデミック時における人権の制限についても、具体的な規定を設けること、市民社会の積極的な参画を認めることなどを求めている。また、人道支援に関わる団体は、難民など国家の庇護下にない人々の医薬品アクセスに付随して、副作用や健康被害が生じた場合に、人道支援団体にその責任がすべてかかってこないように、「責任と補償の管理」について明確なビジョンを示すように求めている。これらの論点についても、4月18日に発表される「収束テキスト」に反映されるかどうか、注目が必要だろう。