国際保健に関わる言説の「ナンセンス」を警告

国際保健の抱える問題から目をそらす言説構造を指摘する論文が
「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」に掲載

筆者らが作った「国際保健ナンセンス」のビンゴ

国際保健に関する昨今の様々なイニシアティブや、それらを説明する為に用いられる用語や言説の在り方は、人々をむしろ情報不足や誤解に導き、国際保健に関するガバナンスの向上を妨げる「国際保健ナンセンス」となっている…このように警告する論文「国際保健ナンセンス」(Global Health Nonsense)が、英国の主要な医学誌である「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」に掲載された。ノルウェーのオスロ大学「開発・環境センター」および英国ケンブリッジ大学社会人類学部のフェリックス・シュテイン氏カテリーニ・ストレング氏アントワーヌ・デ・ベンジー・ピュイヴァレ氏の3名の研究者によって書かれたこの論文は、現在の国際保健に関する言説のあり方を厳しく風刺するものとなっている。

「真実への関心の欠如」がもたらす「ナンセンス」

「21世紀前半の国際保健に関わる言説の最も顕著な特徴は、ナンセンスにあふれていることである」…実際、国際保健の言説は、この論文で言うところの「延々たる長話、誇張、無意味な業界用語、技術至上主義的な専門用語」にあふれている。論者の分析によれば、これらは、人を欺くために行使されているのではない。むしろ、これらは「物事が本当はどうあるのかということについての無関心」「真実への関心の欠如」によってもたらされ、「不明快な不明快さ」により特徴づけられ、実際のところ、「無意味、不要、悪質」である。その意図はどうあれ、これらは人々を情報不足や誤解に導いている。

「混迷」「虚偽表示」「肝心な情報の省略」

論者たちは、「国際保健ナンセンス」の言説を「混迷」(obfuscation)、「虚偽表示」(misrepresentation)、「肝心な情報の省略」(omitting relevant information)に大別する。「混迷」の代表例として登場するのが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の診断・治療・ワクチンの開発と供給のための国際枠組み「ACTアクセラレーター」(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)である。「ACTアクセラレーター」は「促進者」「枠組み」「協力」「パートナーシップ」「イニシアティブ」「プラットフォーム」など様々な用語が適用される。これらの多種多様な表現は、物事を明確にするどころか、混迷を助長する結果となる。これらの業界用語は、ACTアクセラレーターが今後どうなるのかについても混迷をもたらしている。

「虚偽表示」の代表例が、ACTアクセラレーターのワクチン・パートナーシップである「COVAX」である。2021年のCOVAXのワクチン供給実績は8億2350万本で、「20億本」の目標に届かなかったにも関わらず、2022年春には「10億本達成」を祝福してみたり、「誓約本数」「確保された本数」「注文本数」等々を並べてみることで、実際に届けられた本数(administrated dosed)を示さずに済ませるために、様々な技法を行使してきた。GAVIアライアンスやグローバルファンドが成果として宣伝する「XX人の命を救った」とする数字も、二重カウントを放置したり、救われた命を一つの垂直的プロジェクトの効果だけに帰そうとするものであり、「虚偽表示」のそしりを免れない。

結局、「国際保健ナンセンス」は何に由来するのかを示すのが「肝心な情報の省略」である。COVID-19ワクチンに関する先進国の指導者や官民パートナーシップの行使する言説は、「多国間主義」「ワクチンの公平性」「みんなが安全でなければだれも安全でない」などと繰り返しながら、パンデミック時にも関わらず固執された知的財産権保護や、巨大製薬企業によるワクチン開発に投下された、税金を原資とする巨大な補助金と、これによる製薬企業の莫大な収益といった、本来問題にされるべき「肝心な情報」を省略し通した。

閉塞と寡占主体への従属:「今こそナンセンスを断ち切るとき」

こうした「国際保健ナンセンス」は、結局のところ、現実の国際保健課題の解決とは無縁である。実際のところ、国際保健の構造は、短期間の競争的な資金ラウンド、物神崇拝とすらいえるパフォーマンス指標への執着、短期的な投資効果の確保への強迫的圧力などによってますます閉塞的なものとなり、国際保健シーンを成立させる投資主体も寡占化が進み、政策立案者、シンクタンク、コンサルタント、さらにはNGOまでもが、これら寡占化された投資主体に凝集する状況が進んでいる。論者は論文の最後に明言する。「私たちは今こそ、デタラメを回避すること、見分けること、そして「それはデタラメだ」と警告することが必要だ。『国際保健ナンセンス』を断ち切るとき、それは今だ」