旧来の援助の概念を揺るがす「グローバル公共投資」理論は真の多国間主義に行きつけるか

一方で進む主要国の「一国主義化」や多国間主義を忌避するネット世論に向き合えるかが課題

世界の援助業界を揺るがす「援助の未来」

いま、パンデミック対策・対応をはじめとする国際保健政策、さらに開発協力全体に関連して、一つの考え方が注目されている。「グローバル公共投資」(Global Public Investment: GPI)がそれである。「国際協力が今ほど必要とされている時はない、しかし、現行の『援助』というシステムは時代遅れで非効率的であり、それ自体を21世紀の世界に適合的な新たなモデルに再構築しなければならない」…この考え方は、現在、南米のコロンビアに在住している英国の開発理論家、ジョナサン・グレニー氏(Jonnathan Glennie)が昨年刊行された著書「援助の未来」(The Future of Aid)で詳述されたものである。

パンデミック対策・対応金融仲介基金(PPR-FIF)のガバナンス構築に影響力発揮

先月(2022年9月)の「パンデミック対策・対応金融仲介基金」(PPR-FIF)設立にあたっては、もともと世銀が提案していた、ドナー(資金拠出国)のみが理事会を担う、という案に対して、この基金設立にもとから最も熱心だった米国政府を始め、多くの国やセクターから「全てのアクターがガバナンスに関わるべき」との主張が多数を占め、結果として、理事会は、資金を拠出する国と受け取る国が同数(各9議席)、これに民間財団1議席と市民社会2議席(一つは資金受け取り側の国の市民社会)の21議席で構成されることになった。米国政府がマルチステークホルダーによるガバナンス構築を強く主導した背景には、市民社会の働きかけもさることながら、この「グローバル公共投資」の考え方を支持する流れがあったとされる。実際、「グローバル公共投資」については、2020年に、国際機関関係者、専門家・研究者、市民社会などからなる「グローバル公共投資有識者ワーキング・グループ」(Expert Working Group on Global Public Investment)が組織され、「援助」から「グローバル公共投資」への変革に関するコンサルテーションが何度か行われている。

背景にある「国際協力」の課題のパラダイム転換

これまでの「援助」の枠組みが時代遅れで非効率的、とする「グローバル公共投資」の主張の背景には、リーマン・ショック、気候変動の影響拡大と「パリ協定」、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックなどによる世界の大きな変化がある。

まず、ミレニアム開発目標(MDGs)のトレンド下でサハラ以南アフリカを含む多くの貧困国の国家基盤が一定再構築され、2008年のリーマン・ショックと先進国を中心とする金融危機の中で世界の資金の流れが先進国中心から中所得国・低所得国に大きくシフトした。これらの変化の結果として、アジアや中東・北アフリカ、ラテンアメリカの多くの国が「中所得国」に分類されることとなり、また、サハラ以南アフリカもかなりの国が「中所得国」入りするに至った。ここには二つの問題がある。まず、これらの「中所得国」にも、膨大な貧困人口が存在していること。たとえば、下位中所得国で世界第5位のGDPをもつインド一国で、サハラ以南アフリカより多くの子どもたちが栄養不良による発育阻害(stunting)や消耗症(wasting)の状況にある。もう一つは、取り残された低所得国は、戦争や、近現代史に根差した困難かつ個別性の高い問題を抱えており、一般的な「開発協力」では浮上は難しい、ということである。

もう一つは、気候変動や生物多様性の喪失、COVID-19に代表されるパンデミックなど、持続可能性に関わる危機が、国の所得区分を超えてダメージを与えているという現実である。例えば、コロナの死亡率が最も高く、多くの命が失われたのは、低所得国の多いサハラ以南アフリカではなく、中南米や東欧などの上位中所得国、そして何よりも100万人の死者を出した米国など高所得国であった。また、2018-19年に気候変動を原因とする巨大な台風や豪雨に見舞われた日本は、両年において、気候変動による被害額が世界最大となった。

「垂直」から「水平」へ、「自立」幻想から「相互依存」へ

このような、21世紀に入ってからの「世界の危機のパラダイム転換」は、必然的に国際協力のあり方のパラダイム転換を引き寄せる。即ち、これまでのような、単線発展史観に基づいた、「高所得国が低所得国を援助し、これらの国が『上位中所得国』になったら援助は終わりにする」という垂直的なモデルから脱却し、「高所得国から低所得国まで、全ての国がその開発段階に応じて資金を拠出し、資金を必要とする国が必要とする額を受け取る」という水平的なモデルへの移行である。

また、「グローバル公共投資」は、「全ての国が自己充足できるようになったら援助は終わり」という国民国家ベースの援助モデルからの脱却を狙う。COVID-19に代表される、現代のグローバルな「持続可能性の危機」は、一人当たり国民所得が相当額になった国は、その国に生じるすべての問題を解決できる、との幻想を打ち砕いた。グローバルな危機は、各国の経済規模を越えて協力し合うことなしには克服できない。その意味で、国際協力も、幻想としての「自立」モデルを越えて、世界の本来の在り方である「相互依存」モデルへと移行することが必要である。「グローバル公共投資」は、こうした意味で、既存の垂直的な援助モデルから、より水平で対等な協力モデルへと変革することで、国際協力の「脱植民地化」(decolonization)をも射程に置く、と主張する。

世界の「国民国家」志向や多国間主義を忌避するデジタル世論にどうこたえるか

「グローバル公共投資」の考え方は、SDGsの推進や、現在のところ特にグローバルなパンデミック対策のメカニズムの構築において影響力を発揮しつつある。一方、国際協力において、より多国間主義を強めようというこうした動きと一見、相反する動きも存在する。それがいわゆる「地政学的転換」の危機と、成長して経済規模が大きくなった中所得国の多くで顕著になっている、政府の権威主義化と民主主義の退行の問題である。また、デジタル化の進展とともに、高所得国を含め、多くの国で顕著になっている世論の一国主義化、また、多国間主義を否定する動きは、「援助からグローバル公共投資へ」の流れを大きく阻害しうる。「グローバル公共投資」がその流れを加速するには、この考え方が、グローバル化の利益を享受する一部のエリートのみならず、あらゆる人々にとってメリットとなるということをどれだけ具体的にアピールできるかにかかっている。