パンデミックへの関心低下の中で進む「パンデミック条約」策定・「国際保健規則」改定プロセス

課題の重複を整理するため、それぞれの交渉枠組みの合同会議の開催が決まる

コロナの「緊急事態」、パンデミックへの関心低下の中でひそやかに解除

改定に向けて審議が進む「国際保健規則」(2005年版)

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は5月5日、は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について2020年1月30日に宣言した「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)を解除した。宣言された当時の喧噪とは比較すべくもない、注目度の薄い中での解除であった。パンデミックをめぐる世界の議論は、これでほぼ完全に、「パンデミック予防・備え・対応」(PPPR)を軸とした国際保健アーキテクチャーの構築へと移った。しかし、これに関する議論も、COVID-19が世界に与えたインパクトに比して、充分な注目を集めているようには思えない。一方、PPPRに関しては、数多くの交渉ラインが開かれており、世界的に注目が薄い中、各国の外務省や保健省の交渉団は大きな負担を強いられている。

粛々と進むパンデミック予防・備え・対策の条約交渉

PPPRの交渉の本筋は、WHOの設定した枠組みの中で、2024年5月の世界保健総会(WHA)を目標に進められている、「パンデミック条約」策定交渉「国際保健規則」(IHR)の改定交渉である。パンデミック条約交渉は2月に「ゼロ・ドラフト」が発表されたのち、4月3-6日に第5回政府間交渉主体(INB)会合が開催され、各国がインプットを行った。「ゼロ・ドラフト」への各国の文書提案の期限は4月22日まで延長された。これらの提案はINBの進行役を務める「ビューロー」によって5月22日までにまとめられ、世界保健総会に提出される予定である。これを受けて起草グループの作業が続けられ、次回のINB会合は7月17-21日に開催されることとなっている。

一方、「国際保健規則」の改定交渉については、「国際保健規則」改定作業部会(WGIHR)が交渉の舞台となっている。4月17-20日に第3回の作業部会会合が開催され、幾つかの重要な提案が米国やアフリカ・グループなどから行われた。次回の作業部会会合は7月24-28日となっている。一方、この二つの交渉には重複する内容が多いことから、整理が必要との意見や、このままでは来年5月の世界保健総会というタイムリミットに間に合わないとの意見が強く出されており、交渉を成功させるために新たな対応が迫られている。

米国とアフリカ・グループの積極的な提案

「国際保健規則」改訂作業部会は事前に、国際保健規則の改定に向けて各国が提出した提案をまとめた「条文ごとのまとめ」を公開しており、今回の作業部会会合では「法令遵守・実施」(compliance / Implementation)と「公衆衛生対応と中核的能力」(Public Health Response and core capacities)などが討議された。「法令遵守・実施」については、米国が「法令遵守委員会」(Compliance Committee)の設置、アフリカ・グループが「実施委員会」(Implementation Committee)の設置を提案している。米国の提案は、加盟国の取り組みや、国際保健規則に基づいて各国から提出された情報等が実際に国際保健規則に従ったものであるかをモニターしたり、国際保健規則に関わる加盟国の能力強化について助言したりすることを目的とする「法令遵守委員会」を新たに設置するというもの、アフリカ・グループの提案は、同様に加盟国の取り組みが国際保健規則に従っているかどうかをモニターしつつ、加盟国が国際保健規則に従って行動できるような技術協力や資金援助などの提供について助言したり、促進したりすることを目的とする「実施委員会」を新たに設置するというものである。

アフリカ・グループはこれに加えて、「保健緊急事態への備えと対応の公平性のための資金メカニズム」をWHOに設置することも提案している。これについては、国際保健規則によって以前から設置されている「レビュー委員会」が、昨年9月にすでに「パンデミック基金」が世界銀行に設置されていることや、WHO自身が「国際保健規則」第44条に従って資金を集める権限があり、それを行使もしていることから、資金メカニズムの新設は好ましくないとの見解を示している。にもかかわらず、途上国が「国際保健規則」の関係で資金メカニズムの設置を求めるのは、パンデミック基金が現在、時限付き(5年)で設置されたものであることや、本来の資金ニーズに対して、充分な資金を集められていないことに関する懸念があるものと考えられる。

重複を避けるため、合同会議の開催に向け努力することが決定

アフリカ・グループとバングラデシュは、これらの提案に加えて、「公平性」の文脈で、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)に関わる医薬品の製造や流通等に関して、「国際保健規則」の文脈で、一定の強制力のある規定を定めるべきとの提案を行っている。これは、「国際保健規則」自体が、一定の強制力・執行力を有する国際条約であることを踏まえた提案である。また、同様の規定について審議している「パンデミック条約」では、これら合意困難な課題については、本体から外し、締約国会議(COP)での議定書の策定に委ねられる可能性があることから、途上国側としては、「国際保健規則」の交渉においても、この課題について議論の俎上に乗せよう、ということであろうと考えられる。パンデミックに関する二つの条約の策定に向けた討議プロセスで、課題の重複が数多く生じていることから、米国は国際保健規則改定の作業部会とパンデミック条約の政府間交渉主体の合同会議を行うことが必要だと提案した。この提案は受け入れられ、作業部会(IHRWG)と政府間交渉主体(INB)が合同会議の開催に向けて努力することが決まった。合同会議は、パンデミック条約の政府間交渉主体の起草グループの会合が行われる6月中旬より以前の、6月上旬に行われる予定である。ここで、課題の重複の問題について、一定の議論が行われる予定となっている。

※本記事については、国際保健政策に関する独立調査・報道機関である「Geneva Health Files」の複数の記事を参考にしました。関心のある方にはご購読をお勧めします。