• info@ajf.gr.jp
  • 〒110-0015 東京都台東区東上野1-20-6丸幸ビル3F

ウクライナのエイズ・結核の取り組みを根こそぎ破壊するロシアの軍事侵略

=ウクライナ国内および避難民へのエイズ治療薬、ハームリダクションの必要物資、多剤耐性結核薬を含む結核薬の切れ目ない供給が必要=

ロシアによる軍事侵略で過酷な状況にあるウクライナは、もともと、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、エイズ、結核などが、東欧の中でも深刻な状況にあった。これらの感染症の影響がより深刻なロシアに対して、ウクライナは進歩的な政策をとっており、HIV陽性者や薬物使用者の当事者のネットワークの組織化も進展した状況にあった。ロシア軍の侵攻により、ウクライナのCOVID-19、エイズ、結核対策は実施が極端に困難な状況に追い込まれている。また、他国に避難したウクライナ難民における結核・HIVの治療薬へのアクセスについても、大きな課題が生じている。

人口4100万人のウクライナのHIV陽性者人口は26万人、成人人口の約1%にあたる。ウクライナのこの状況は、東欧の中でロシアに次いで深刻といえる。陽性者の相当割合が注射による薬物使用で感染した人々であり、薬物使用者の20.9%、セックスワーカーの5.2%、男性と性行為をする男性の7.5%がHIV陽性と推定されている。グローバルファンドの総合監察官事務所(OIG)が3月に発表した報告書によると、「陽性者の90%が陽性を知り、その90%が治療につながり、その90%でウイルスが検出可能値以下に抑制される」といういわゆる90-90-90目標と比較すると、ウクライナでは、2020年、ウクライナでは陽性者の69%が感染を知り、そのうちの83%が治療にアクセスし、その94%でウイルスが抑制された状況にある。これは2015年と比べると大きく進歩しており、ウクライナはこの5年のエイズ対策において一定の達成を成し遂げた、とOIGは評価している。

ウクライナでは結核も深刻である。同国は世界の中で多剤耐性結核が深刻な30か国の一つである。治療カバー率は2020年において55%である。同国の2020年の結核発生率は2010年と比較して34%減少したが、それでも欧州の中で4番目に深刻な状況である。ウクライナの結核対策は、COVID-19の影響を受け、かなり後退した。2020年の結核発症の捕捉数は、2019年に比べて32%減少した。OIG報告書によると、同国の政府の医薬品の調達・供給能力が十分に高くないことにより、多剤耐性結核の治療の成功率は51%にとどまっている。

ロシアの軍事侵略により、ウクライナのエイズ・結核対策は極端な危機に陥っている。2月25日、国連合同エイズ計画(UNAIDS)のウィニー・ビャニマ事務局長は「ウクライナのHIV陽性者たちには、治療薬は数週間分しか残っておらず、治療薬への継続したアクセスがなければ、命が危機にさらされる」と警告した。DEVEXの記事によると、ウクライナで使われるHIV治療薬の一定割合を占める米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)による治療薬は、ロシアの侵略下の現状では、近隣国に届けられ、それからウクライナ政府の手によって国内に持ち込まれ配分されなければならず、調達・供給はより難しくなる。また、薬物使用者に対しては、ハームリダクション(健康被害軽減)のためのオピオイド代替療法の治療薬や注射器などが必要であるが、こちらの供給はより厳しい状況にある。

また、ロシアの軍事侵略を逃れてきた避難民の人々の中にも、多剤耐性結核の患者が存在する。実際のところ、ウクライナからの300-500万人の難民のうち、約1400人の成人と160人の子どもが結核治療を必要としており、この30%は多剤耐性結核の患者と推定される。問題は、欧州連合の加盟国は、非加盟国に比べて多剤耐性結核の治療薬、特に新薬であるベダキリン(ジョンソン&ジョンソン)やデラマニド(大塚製薬)の価格が高く、アクセスがより難しくなる可能性があるということである。

グローバルファンドは3月10日、ウクライナでのHIV・結核の必須サービスを維持するために、緊急資金1500万ドルの拠出を承認した。ピーター・サンズ事務局長は、「紛争の影響を受けた人々が予防・治療サービスに継続してアクセスできるようにすることが、我々の最大の優先順位である」と述べた。この「緊急資金」は、災害や紛争の勃発に対して、影響を受けた人々のエイズ・結核・マラリア対策に供するためのもので、これまで、紛争が生じたエチオピアのティグライ州や、サイクロンの被害を受けたマラウイ、モザンビークに対して供給されている。

ウクライナをはじめ、旧ソ連圏の体制移行国においては、90年代の急速な体制移行と経済破綻の中で、社会主義公共医療体制が崩壊し、医療が有料となったことによって、多くの人々が結核治療を中断せざるを得なくなった。また、体制移行過程で大量の薬物が輸入され、経済破綻による絶望的な状況の下で多くの人が薬物を使用し、注射器の回し打ちによってHIV感染が急激に拡大した。この状況が最も深刻化したのがウクライナであった。その後、同国ではグローバルファンドによる資金的支援、当事者をはじめとするコミュニティの組織化と取り組みなどによって、ロシアよりも先進的な取り組みが導入されるに至り、一定の成果を見せていた。今回のロシアの軍事侵略は、ウクライナが感染症対策において達成してきた成果を根こそぎ破壊するものとなりかねない。