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書評:国際協力成功への発想-アジア・アフリカの農村から

『アフリカNOW』87号(2010年2月28日発行)掲載

廣瀬 昌平著 農林統計協会 2006年2月10日 
B6判 209ページ 1,900円+税、
ISBN:4-541-03323-2

評者:津山 直子
つやま なおこ:1986年スウェーデン留学中に反アパルトヘイト運動に関わり、日本帰国後にアフリカ民族会議(ANC)東京事務所に勤務。1992年より日本国際ボランティアセンター(JVC)の職員になり、1994年から南アフリカに駐在、2009年4月まで南アフリカ現地代表を務める。2006年に『ニューズウィーク』誌の「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれる。


私が国際協力の仕事をしてきた南アフリカで人々は、英語でいう”RESPECT”(リスペクト)にあたる価値観をもっとも大事にしています。それは、「相手のことを尊び、敬意を持って理解しようとする」ことです。「リスペクト」を持っているかどうかは人を評価する大きなポイントとなり、国際協力や援助の関係者でも、「リスペクトがない」とされた人は、現地の人からリスペクトを得ることはできず、プロジェクト(事業)や活動がうまくいくことはありません。このリスペクトについて、友人の次の言葉が思い出されます。「小さい頃から、リスペクトする心が大きければそれだけ自分にリスペクトが返ってくるって教えられるんだ。そして、その分だけ長生きできるってね。だから、(アパルトヘイト撤廃後の1994年に大統領に選出された)マンデラはあんなに長生きできているんだよ」。リスペクトと現在91歳になるマンデラさんをつなぐいい言葉だなと思い、心に残っています。
少し長い前置きをしたのは、今回、紹介する『国際協力成功への発想~アジア・アフリカの農村から~』を読み進む中で、著者の廣瀬昌平さんが、現地の社会と農業、人々に対する「リスペクト」を持ち続けた方だと感じたからです。アジア・アフリカでの農業、技術協力、そして国際協力に関わる上で大切なことが、ていねいに選ばれた言葉で書かれ、それは、著者から直接語りかけられているようにも感じられます。
本書の「あとがき」では、「この書は、『国際協力のための農業技術』という縦糸と調査対象地域(東南アジア、アフリカ)の伝統的畑作・水田作栽培の実態を横糸として組み上げた、いわば著者30年の調査・研究の記録です。30年とは、JICAの専門家としての6年、大学での24年間であり…」(p.196)と述べられています。大学においては、日本大学生物資源科学部教授として熱帯農学や作物学などを専門として教え、JICA西アフリカ地域別支援委員会の委員も務められました。
本書の「第1章 熱帯農業との出会い-インドネシアの7年」では、1970年代にJICA専門家として関わったプロジェクトについて詳しく紹介されおり、「技術協力の成否は、現地の自然、社会・経済環境を理解し、それに適応してきた在来技術の存在理由を農民に学び、農民のニーズを知り、彼らとともに技術の改良を組み立て、彼らの自助努力を引き出すことを私は学んだのです」(p.12)と述べられています。
次の「第2章 農業技術と国際協力」では、1970-80年代に世界的な議論として、効果を急ぐあまり現地にそぐわない技術の導入を行った反省から「適正技術」確立が高まったこと、そして、著者自身の経験から、現地に適応できる技術協力をどう組み立てていくかが、説明されています。常に耕地を観察し、農民の話を聞くことを大切にされ、「そこで採用されている農法が永い時間のなかで取捨選択された安定した機能を有している」(p.28)ことを認識した上での技術協力のあり方が示されています
著者は、1973年に“Small is Beautiful – A Study of Economics as if People Mattered”を刊行したシューマッハーが「自然や社会・経済的環境条件のもとでニーズに合致する技術とは何かを認識することが必要」(p.28)であると説いたことを紹介して、援助供与にあたって「何を与えるかを持たなければならないが、まず自分自身の知識の不足を認めることである」(p.28)という彼の言葉を引用しています。シューマッハーは、マハトマ・カンジーの「伝統的技術の向上をめざすうえで近代的技術の導入は地域の環境に適合的でなければならない」(p.32)という思想に強く影響されたそうです。21世紀になってもなお、「現地にそぐわない技術の導入」は頻繁に行われており、この思想は、常に私たちが立ち返るべき原点だと気づかされます。
「第3章 熱帯アフリカにおける伝統的農業」、「第4章 営農システムと作付体系」、「第5章 熱帯アジアにおける『緑の革命』とその技術」、「第6章 農民はどのように農法を組み立て実践しているか」と読み進めていくと、東・西アフリカを含む各地の営農システムが長期的な観察・調査・分析・研究からまとめられています。
アジアにおける「緑の革命」については、高収量品種、多量の施肥、農薬の投入、灌漑設備のパッケージ技術がもたらした在来種の喪失や環境の劣化などの問題点を指摘した上で、「ポスト緑の革命」として、農地生態系における生物多様性をもたらす多様な品種、作物構成と作付体系の事例が紹介されています。
また著者は、アフリカ各地で高度に発達した「混作」についても各所で触れ、ケニア、コンゴ、ナイジェリア、ガーナなどでの事例が取り上げています。また、Vandermeer (1989) “The Ecology of Intercropping”を引用して、「アフリカで栽培されているササゲの98%は他の作物(トウモロコシ、ソルガム、トウジンビエなど)と間混作されている」と引用しています(p.97)。私も南アフリカの農村での経験から、食料安全保障の観点から見ても混作が重要だと実感してきました。
南アフリカでは、トウモロコシとインゲン豆、カボチャを混作し、トウモロコシも数種類の在来種を少しずつ時期をずらして植えています。それはバランスのとれた栄養や土壌、飢えをさける生産につながっています。干ばつでトウモロコシの収穫が悪い年は、豆が豊作になるなど、多様さは「危機管理」にもなっているのです。南アフリカ政府が2002年から小農支援として実施している「食糧増産プログラム」は、この伝統的混作を無視したF1種子や遺伝子組み換え種のトウモロコシの単一栽培を推進するもので、豆やカボチャは買うしかなく、補助金があってもなお高価な化学肥料や農薬、種の代金を払うと、それらを買うお金もないという家族が続出しました。
最終章の「第7章 伝統的農民技術で学ぶ」では、熱帯アフリカ、東南アジアでの小農民の農耕実態調査から、「その基本は地域資源の利用循環による伝統的(在地的)農法から成り立っている、ということです。この事実は、農民が彼らの生産現場である農地の生態環境の特異性を的確にとらえ、現存する生物資源や土壌養分・水分状態を維持・保全するとともに、利用循環することの重要性を理解しているということを表しています」(p.182)と述べられています。
そして、発展途上国を対象にした農業技術、特に栽培技術について自らの経験から、「(1)農民が何を望んでいるか、(2)そのおかれた自然的、社会・経済的環境の理解を通して、(3)地域の伝統的技術(農法)をどのように改善するかが最重要であるということです。やたらと最新あるいは先端技術を過信し、そのモデル化した技術を鵜呑みにすることの危険にも注意を払わなければなりません。現地に派遣された専門家は農民とともに、農民の耕地での試行錯誤を通して、対象地域にとって最適な技術の構築に助言することが要求されます。そのさい最適技術とは、地域資源の利用・循環によって環境を保全し、生産性、収益性を豊かにする持続可能なエコテクノロジーを指すのです」(p.189)という貴重なメッセージを私たちに残しています。このメッセージには、農業・栽培技術だけでなく、すべての支援の根底に通じるものがあるでしょう。
この本は、2006年2月に発行され、その年の7月に廣瀬さんは、AJF食料安全保障研究会のセミナーで、「アフリカ農村開発における留意点」というテーマで話をされています(※1)。残念ながら、私は日本におらず参加できませんでした。その後、廣瀬さんは他界され、直接に話を聞くことはもうかないません。それでも、この本を通して私たちは、長年の研究と経験の蓄積を学ぶことができます。そのことへの感謝を心から感じています。

(※1) AJFのウェブサイトに概要が掲載されている。
https://ajf.gr.jp/foodsecurity-study-vol20/

https://ajf.gr.jp/book/bk-food-security/6-2/


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