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シネマ・アフリカ2007 ルワンダから届くルワンダの声

『アフリカNOW』 No.76(2007年発行)掲載

吉田 未穂:シネマ・アフリカ2007実行委員会代表。
「アフリカン・ドキュメンタリー2003 ~エイズ・HIV問題を描く100の映像」や「アフリカン・ドキュメンタリー2005~アフリカ音楽万華鏡」などの運営に携わる。


「ルワンダ」という言葉が、瞬時に理解される、少なくとも聞いたことがある、と思われるようになったことを日々肌で感じるこの頃だ。 2006年の『ホテル・ルワンダ』(1)の影響はやはりそれほどに大きかったようだ。 今年は1月に『ルワンダの涙』(2)が封切られ、ルワンダへの関心がふたたび静かに広まっているが、4月には、ルワンダ自身がルワンダを描いた映画が日本に到着し、ルワンダ映画祭「シネマ・アフリカ2007~ルワンダの記憶」が開かれる。 届き始めたルワンダの声を紹介しよう。

発信し始めたルワンダ

昨年夏にルワンダを訪れた際に、新たなカナダ映画の撮影現場にいくつか出くわした。 1994年当時、ルワンダに駐留していた国連部隊UNAMIRのダレール司令官の著書”Shake Hands with the Devil”を映画化しているという。 キガリから車でしばらくの郊外では、街の目抜き通りを通行止めにして、国連軍用車が通過するワンシーンを撮影中であった。 ロケ現場は、街の人々すべてが出てきたかのような人だかりで、商店は軒並み開店休業状態、強い陽射しと人いきれの中、ロケは忍耐強く進められていた。  ロケ現場には、ルワンダの若き映画人もスタッフとして参加し、カナダ流の映画製作技術を習得しようと奮闘中であった。 その一人が、アユーブ・カサッサ・マゴ。 ルワンダでの若手映画人育成研修に選抜され、2006年に第一作の短編『卒業、ふたたび~僕らは未来に向かって歩き出す』を撮り終えたばかりの新人監督だ。 アフリカで映画というと、西アフリカや南アフリカが目立つが、近年では東アフリカ諸国も次々と映画祭を立ち上げるなど、映像製作が徐々に活発化してきている。  ルワンダでは、2001年にエリック・カベラらが中心となってルワンダ・シネマ・センターを設立し、若手の育成やルワンダ国内での映画振興にあたってきた。 2005年からは、スウェーデン等の協力を得て、脚本作りや、撮影技術、演出、編集にいたる映画作りの過程を若者たちに教えている。 アユーブ・カサッサ・マゴが作品を作ったのも、この研修プログラムの中で、彼を含む3名の若手が選ばれ、麻薬に手を染めるキガリのエリートや、都会を夢見て上京した若者、フツ男性とツチ女性の祝福されない愛など、三者三様に現代ルワンダを描いた佳作が登場した。 この3作は4月のルワンダ映画祭でも上映される。

ルワンダ映画界を牽引するカベラ監督

この映画センターの設立者の一人であり、ルワンダ映画界を牽引しているのは、エリック・カベラである。 1970年、旧ザイール(現コンゴ民主共和国)生まれのカベラ監督は、BBCなどで活躍するジャーナリストであったが、自身の映像プロダクションを立ち上げ、2001年には前述の映画センターを設立し、海外での評価も高い(3)。  『ホテル・ルワンダ』以降、ルワンダをテーマにした映画や書籍が増えてきたようにも見えるが、虐殺を題材に始めて作られた映画は、『ルワンダ虐殺の100日』(2001年、イギリス/ルワンダ)である。 ワガドゥグ全アフリカ映画祭はもちろん、世界各地の40以上の映画祭で上映された作品だ。 監督は、ニック・ヒュージス、ナイロビを拠点にするイギリス人ジャーナリストで、カベラは製作者として作品に大きく関わっている。 実際に虐殺の起こった教会を舞台に撮影され、俳優も虐殺生存者から起用している。 虐殺事件に翻弄されたツチの若いカップルを軸に物語りは進行するが、包み隠さず描かれる虐殺の実像は衝撃的である。

現場を見たものの目線から

ルワンダ虐殺は、突発的な民族衝突などではなく、国家により組織化された集団殺戮だったとよく言われるが、その説明を地で行くように、政府高官が人々の恐怖を煽り、殺戮を「市民の義務」とばかりに喧伝し、民衆を虐殺へと扇動する。 ツチのカップル、バプティスとジョセットは混乱の中、離れ離れになり、ジョセットは教会へ避難する。 だが、頼みの国連部隊も、武装民兵の包囲する只中に数千のツチ避難民を置き去りにし、撤退してしまう。 現場を見たものの容赦のない視線の向く先は、政治家や国連、外国人に留まらない。 避難先の教会では、権威を笠に着たルワンダ人神父が、若い女性たちを次々と強姦し、虐殺後の取調べにも平然と嘘を塗り重ねる。 扇動にうんざりするフツ市民もいる一方で、得々と「ツチはゴキブリよ」と教え込む親の下では、昨日までの幼馴染に唾棄する子どもが育つ。 何らかの救いが待っているラストシーンに慣らされた目には、衝撃的な映画だが、「事実を直視しない限り第二の悲劇は防げない」という製作陣の鬼気迫る叫びが聞こえてきそうだ。  ルワンダでは、上映後、会場は静寂に包まれ、人々は黙って家路に着いたという。 重すぎる過去がリアルに描かれ、心に封印した記憶と一人一人が対峙してしまう、そんな迫力をもった作品である。

語られない記憶のために・・・

ドキュメンタリー『記憶の守人たち』は、カベラ監督が、事件から10年目を契機に、記憶の風化を危惧して製作したものだ。 現在も依然として少数派であるツチの人々は、時に虐殺について語ることが非常に難しい状況におかれている。 『ルワンダ大虐殺~世界で一番悲しい光景を見た青年の手記~』(4)にも、その辺りの事情は詳しいが、加害者の告訴が阻まれたり、加害者に不利な証言を根にもたれ、激しい嫌がらせを受けることもあるという。 人々が重く口を閉ざす中、あの時起こったことを記録として留めておきたというのが、自らも数十人の家族を虐殺で失った監督の意図だ。  虐殺が起こったルワンダ全土の現場を訪ね歩き、犠牲者の遺族や、時に加害者が語る当時の状況を克明に記録している。 当時の恐怖から未だに逃れられず、今でも武器を肌身離さず携行する男もいる。 頼る身寄りもなく老いていく男は、記憶し続けることが精一杯の手向けと語る。 また、当事の映像も豊富で、軍事訓練を受ける民兵や、街中に散乱する遺体、国連の保護を受け脱出する修道女たちや、民兵と外国軍の親しげな関係などが要所要所に配される。 個々人の記憶も、そしてルワンダという社会の記憶も風化させてはいけないのだという監督の強い願いがそこにはある。  カベラ監督は、4月のルワンダ映画祭にゲストとして来日し、作品について、ルワンダについて、さらに熱く深く語ってくれる予定である。 アフリカ映画界には往年の名監督も多く、元来、豊穣な映像文化をもっているが、デジタル機材導入という技術的革命を経て、その熟した実が海外へも容易に届く下地が整ってきた。道具は揃った。 後は、使う側の私たちが知恵を絞る番だろう。

 

【注】
(1) 121分、アメリカ/カナダ/イギリス/イタリア/南アフリカ、テリー・ジョージ監督。2006年1月より公開開始。全国18都市で上映。
当初、配給会社がつかなかったが、若者を中心に上映を求める署名運動が高まり、メディア・スーツ配給により全国公開へ至り話題になった。
撮影は大半が、南アフリカのジョハネスバーグ郊外で行われている。
(2) 原題”Shooting Dogs” 。115分、イギリス/ドイツ、マイケル・ケイトン=ジョーンズ監督。2007年1月より公開開始。
(3) たとえば、Director’s Guild of America Inc.では「アフリカ映画の新しい視点を語るうえでの15人のアフリカ人映画監督」に選ばれている。
(4) 2006年12月、晋遊舎

 

シネマ・アフリカ2007-ルワンダの記憶-

いま明かされる虐殺の実像。「ホテル・ルワンダ」では語られなかった真実がそこにある…
URL http://www.cinemaafrica.com/

  • 2007年4月7日(土)~4月20日(金)/東京・渋谷 アップリンクXにて
  • 上映作品
    『記憶の守人たち』:52分、ルワンダ、エリック・カベラ監督、2004年
    『ルワンダ虐殺の100日』:96分、ルワンダ/イギリス、ニック・ヒュージス監督、2001年
    『四月の残像』:140分、フランス/アメリカ/ルワンダ、ラウル・ペック監督、2005年
    『私の目を通して』:43分、ルワンダ、カビラ・マツ監督、2004年
    短編 『卒業ふたたび~僕らは未来に向かって歩き出す』『サミィ、キガリへ行く』『ルワンダに捧ぐ聖歌』

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