• info@ajf.gr.jp
  • 〒110-0015 東京都台東区東上野1-20-6丸幸ビル3F

ケニアでの児童保護活動と新型コロナ感染予防の取り組み

Community based child protection and intervention for prevention of COVID-19 in Kenya

『アフリカNOW』114号(2020年9月30日発行)掲載

執筆:橋場 美奈

はしば みな:「ケニアの未来」の創設者。英大学院修了後、タンザニア青年海外協力隊員、AJFの職員、アフリカ地域開発市民の会のケニア調整員を経て、2010年、ケニアにてJICA「少年保護関連職員能力向上プロジェクト」専門家。2014年にケニアの未来プロジェクトを設立し、2016年からケニアの未来として再スタート(http://kenyanomirai.org)。


ケニアで少年保護関連プロジェクトに従事

2006年から3年余り私は、アフリカ地域開発市民の会(CanDo)ケニア事務所で働いていました。CanDoはケニアの地域社会での住民参加を通じた開発を目指していて、ケニア人による意思決定や活動によって地域社会の問題解決が図られることを徹底的に重視しています。CanDoでの経験により、国際協力では、地域の人々の力が生かされることが大切だという考えが骨の髄まで染み込みました。ケニア人は単に支援を受取るだけではない、という考え方です。また、ケニアの農村部の地域社会に入り込んでの活動で、草の根の人々の視点を学ぶことができました。

2010年から再びケニアで、国際協力機構(JICA)の技術協力事業「少年保護関連機関職員能力向上プロジェクト」に従事することになりました。それまでケニアに住みながら、全く知らなかったのですが、JICAと法務省の共同で、1990年代から少年司法制度にかかるODAとして「法務省の国際研修所からの教官派遣、ケニア人官僚に対する本邦研修」が長年行われていました。

このプロジェクトは、日本に呼ばなくとも、司法分野の公務員が少年の事案を適切に取り扱うことができるように、ケニアでの研修制度を作り上げることが目標でした。JICA専門家という名前はついていましたが、司法分野のことは全く分からず、一から学んだような感じです。ただ、予備知識がなかった分、この事業で知ったケニアの子どもたちの問題はショッキングでした。子どもの遺棄や虐待は日常茶飯事。非行少年についても、学校に行かずにふらふらしていただけで捕まり深刻な犯罪をした触法少年と同じ矯正施設に収容、大人の犯罪を助けただけで8歳の男児を矯正施設に収容するなど、多くの課題があることを理解しました。

プロジェクト終了時には、教材やマニュアル、研修運営体制もでき、後はケニア政府で研修を継続していくというところまで達成しました。しかし、私のなかでは、このプロジェクトの終わりが始まりという感覚がありました。

そもそも児童専門官が県に1名しかいないような状況では、ケニア各地で見られる膨大な子どものケースに対応できるはずがないと感じていました。またCanDoで得た草の根レベルの視点から見ると、ケニア人の地域住民にとって、県の行政サービスというのは手の届かない、アクセスを尻込みするレベルです。実際には子どもの虐待や非行は家庭や地域の中で起こるのに、なぜ地域のアクターがこの事業の中で対象になっていないのかと思っていました。

非行少年は施設ではなく社会で

ケニアの児童局は、日本で言えば地方自治体にある児童相談所と非行少年の問題に対処する法務省が一緒になったような機関で、ケニアの児童法(Children Act)も児童福祉法と少年法が混ざったような法律です。日本では行政制度の区分で要保護児童と非行少年を分けてとらえますが、ケニアの子どもの状況を見る限り、この両者には差がほとんどありません。要保護児童が年齢が上がって非行に走ったり、犯罪を含む仕事に就かざるをえないケースも多くあります。

低年齢の無垢なアフリカの子どもたちにひかれる人は多いですが、支援の網の目からこぼれ落ち、施設で保護されることもなく、家の中で必死に虐待に耐えながら児童労働に従事している保護観察対象者の少年もいます。誰の目もかけられず、むしろ犯罪者としてのレッテルを背負い、社会からも疎外されています。

少年司法に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)では、子どもの施設送致は最後の手段と定めています。子どもは施設ではなく、普通の家庭・地域・学校で育つべきとされているのに、現実的には、児童養護施設への支援の多さに比べ、地域での子育てや親支援、子どもへのプログラムがないことが問題だと思うようになりました。「非行少年」を中心とした特別なケアや保護を必要とする子どもを「地域社会」で支援できるように、JICA事業終了の半年後の2014年8月にケニアの未来プロジェクトを立ち上げました。

最初に、少年司法機関の中でも保護観察局と組もうと考えました。保護観察局は、犯罪者の社会内処遇を担当し、ケニアでは成人だけでなく少年も扱います。施設ではなく、社会の中での子どもの育成の理念に合っています。社会内処遇と言っても、社会奉仕命令以外は、絵に描いた餅のようであることはわかっていたので、少年が居住する地域で支えられ、見守られながら更生するためのメンター役、保護司の導入を考えました。2015年の活動開始当初から2020年に終了したJICA草の根技術協力事業まで一貫して、少年の監督に保護司を活用することを訴え続け、保護観察局と協議しながら一緒に事業を行ってきました。

非行少年のバックグラウンドを知るにつけ、児童虐待や育児放棄の問題が山積みであり、根本のところに、子どもが子どもを産み育児がされていない状況があることを見逃せなくなってきました。保護観察処分の審判を受けた非行少年だけでなく、それ以前の子どもの虐待予防を地域で推進していくために、2019年から児童局の児童保護ボランティア(Child Protection Volunteers)たちへの研修も始めました。

新型コロナ感染予防の取り組み

地域の保護司や児童保護ボランテアが子どもの保護の担い手となり、早期の虐待発見や予防活動、また非行少年の監督や更生への手助けができるよう人材育成事業をしていましたが、ケニアで新型コロナウィルスの感染者が1名確認された2020年3月13日に状況が一変。3月15日には学校の閉鎖、バーや食堂の営業停止などが命じられました。保護観察官と共同で実施していたJICA草の根事業は、公務員の出張禁止と集会の禁止により事実上活動ができなくなりました。

日本政府から帰国を促されましたが、いつまで避難生活が続くかわからないなか、ケニアを離れることが想像できず、ケニアに残りました。私も隣人として何かできることはないかと考え、新型コロナ感染に関連した活動をしようという気持ちになりました。

私はナイロビ(Nairobi)近郊のアティリバー(Athi River)県ムロロンゴ(Mlolongo)地区に住んでいますが、現在ではここもナイロビ首都圏内に入っています。ナイロビの中の有名な大規模スラムには各国から支援が集まりますし、新型コロナに関連したKazi Mtaani(若者に対するスラム内の整備の仕事の提供)やPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査所の設置などもいち早く始まるのですが、ナイロビ郊外にまで広がったスラム地域ではこのような政府の対応も遅れますし、支援する人もいません。地元ムロロンゴのインフォーマル居住区にもコロナの影響で打撃を受けている人がたくさんいます。4月の後半、元々の事業で関わっていたムロロンゴの児童保護ボランティアに相談し、住民を集めての講習はできないので、家庭訪問で感染予防の情報を伝えていくことにしました。

感染拡大が深刻になる前だった5~6月に250世帯の家庭を訪問し、感染予防のための衛生指導、マスクと石けんの供与、そして家庭の状況を調査しました。家庭状況を見ながら、特に貧窮しているところには食料の補填を行いました。インフォーマル居住区の貧しい家庭を回る中でも、ケニア人自身による対処を垣間見ました。積極的に家族を田舎に避難をさせたり、手洗いに関しては、創意工夫で、流水が出るタンクを作っている家庭がいくつもありました。特に、慢性病患者や障がい者がいる家でそのような工夫をしていました。私たちも、当初は手洗い器を供与することにしていましたが、自分たちでできている家もあるので、他の家でも工夫を促すことにしました。このように小さいことですが、ケニアの人たち自身が、自分たちが持てるものの中で前向きに状況改善を図る姿勢を大切にしたいという点で、ケニア人ボランティアと意見が一致したことはありがたかったです。

7月7日にロックダウンが解除され、その後21日間は様子を見ることになりました。感染者は日に日に増える状況下ですが、大統領はロックダウンを再開せず、個人の感染予防の自助努力の要請にとどめました。

ムロロンゴ地区でも、一つの工場内で感染者67人が見つかり、感染による死者が出るなど感染状況は深刻になっています。経済活動ができず、生活が苦しいことは確かですし、スラムの生活環境では、密を避ける事が難しいことも事実です。また、子どもたちが学校に何ヵ月も行けず、状況が気になります。新型コロナ感染の対応はまだまだ長期戦が続きますが、最終的には、感染の可能性を低くする行動を一人一人がとることが大切ですし、ここケニアでも、それは同じことだと思います。


アフリカNOWリンクバナー