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マトマイニから始まる。いつかサバンナが緑になる日まで

『アフリカNOW』 No.10(1995年発行)掲載

ケニヤの首都ナイロビから南西24キロのオンガタロンガイ村の片隅に小さな孤児院マトマイニチルドレンズホームがある。菊本照子さんが4年前から経営するこの孤児院に暮らす子どもは50人。他に牛が3頭。犬と猫とノミとダニ(菊本院長談)が一緒に仲良く暮らしている。4月から5月まで一時帰国された菊本照子さんに活動状況をうかがった。   (インタビュー:尾関葉子)


午前5時。マトマイニの朝は早い。まだ暗い部屋の中で、起き出した子どもたちが身支度をし、部屋を掃除する。食事は当番制。トウモロコシの粉を炊いたものとミルクを入れたウジ(紅茶)だ。全員が公立の学校へ通っているが、学校は午前と午後の2部性になっている。午前組の子どもたちは食事を済ませると日本から送られたランドセルをしょって学校へ走っていってしまった。日本製のランドセルは丈夫で長持ちしているらしい。午後組の子どもたちは畑に出て、野菜に水やりをする。それでも育ち盛りの子どもたちを食べさせて行くには十分ではない。野菜を作っているのは自給だけではなく、近くの市場で売り、生計に役立てる目的もある。日本の野菜を作れば少し高くてもナイロビの日本人に買ってもらえる。ゴボウやニラ、日本葱もつくっている。

土を作る

マトマイニの土地はケニヤ政府から借りている。サバンナの真ん中、グレートリフトバレー大地溝帯が通っている地域である。マサイ族がずっと牛を追っていたところで、耕されたことのない土地だからか、少し掘ると大きい石がゴロゴロ出てくる。しかも火山灰地。雨が降れば表土が流れ、日が照ればカチンカチンに固まってしまう土だ。2年前に風車ポンプをつけたが、水だけでは作物は育たなかった。そんな時「牛を飼っているならそのフンを利用して土づくりを始めなさい」と言われたそうだ。『46歳まで土に触ったことのない』菊本さんはその時から『農夫』になったという。

可能性を試されるアフリカ

菊本さんは「アフリカが好き」だ。あの人が好きとかこの人が好きというのと同じように、アフリカが好きとしか言いようがないのだそうだ。ここでは努力をして、最大限の能力を全部引き出さないと、やってはいけない。自分の可能性を限りなく試されている。そしてその努力の分だけ喜びを与えられている。人間を育てるという喜びを(彼女はそう語る。)

たったの50人

生活の為にナイロビ町で働きながら、50人の子どもたちの面倒を見る。並大抵じゃない生活。それでも菊本さんは『たったの50人』と言う。25万人とも言われるケニヤのストリートチルドレン。最近では子どもだけでなく、老人までも路頭に迷う。人口増加率3.6%。田舎では食べていけずに都会に出たものの、仕事がなくスラムで暮らす人々。その数の前には50人は焼け石に水なのだと言う。それでも『ここから始めたい』と菊本さんは少しずつ活動を広げている。スラムの青年たちのための農業訓練も始めた。ホームの「長男」を農業の研修に出してもいる。教育の機会もなく、手に職も持たない彼らが自分で汗を流して畑を耕し、収穫物を売って貯金し、生活を自分で組んでいけるように。もしマトマイニで農業が成功するならば、いつの日かここから始まるサバンナが緑になるのだって夢じゃないはずだ。


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