2023年のG7とG20プロセスが本格始動

パンデミック対策に「違い」を作り出せるか?

日本は政策、インドは巨大な製造能力で国際保健に貢献

G20インドのロゴ

2023年は、新型コロナ(COVID-19)パンデミック経験を踏まえた国際保健政策の変革のための検討プロセスが佳境を迎える年となる。WHOの枠組みで検討されている「パンデミック条約」制定と「国際保健規則」改定に向けた交渉は、2024年5月の世界保健総会をゴールに、今年本格化する。国連は今年9月、結核、パンデミックへの備えと対応(PPR)、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の3つのハイレベル会合を集中的に開催する。一方、G20財務トラックの枠組みで検討され、昨年9月に設立された、「パンデミック基金」(The Pandemic Fund)は、資金不足が懸念される中、本年、第1回の案件募集・形成プロセスに入る。

G7、G20は、それぞれ主要国の協議体として、政策と資金の面で、これら多国間協議のプロセスに直接、間接に影響を与えてきた。今年、G7は日本、G20はインドが議長国を務める。日本は2000年の沖縄G8サミット以来、G7開催のたびに国際保健を主要議題として位置づけ、政策面で一定の影響を発揮してきた。一方、インドは、巨大な医薬品製造能力をもって、世界の医薬品へのアクセス確保に実質的に大きな役割を果たしてきた。この2国がG7、G20の議長国として、国際保健にそれぞれ何を打ち出し、国際保健政策の変革にどのような影響をもたらすか、注目されるところである。

岸田総理のランセット投稿:国際保健政策の流れをうまく整理

G7に向けた日本の国際保健政策方針は、1月21日に公開された、岸田文雄総理による英医学誌「ランセット」への投稿で明らかになった。2ページの論文で打ち出された保健政策の3本柱は、(1)公衆衛生緊急事態に対応するための国際保健アーキテクチャーの整備、(2)強靭(resilient)で公正、持続可能なUHC、(3)様々な保健課題に対応するための保健イノベーション、である。G7国際保健作業部会のプロセスも年明けと同時にスタートし、国際機関やその他のステークホルダーからの意見聴取なども行われている。

この3つの柱は、これまでG7レベルで検討・実施されてきたパンデミック対策のイニシアティブと、国連の3つのハイレベル会合のテーマ、さらに様々な保健課題への取り組みの流れをうまく整理し、吸収する形で作られている。WHOのパンデミック条約・国際保健規則交渉や、国連のハイレベルなパンデミック対策枠組み等については、(1)の「国際保健アーキテクチャー」で受ける。一方、G7は、これら多国間で進む政策形成をにらみつつ、より実際的なイニシアティブを打ち出してきた。21年に英国が打ち出した「100日ミッション」は、パンデミック発生(WHO「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」宣言)から100日以内にワクチン・治療薬・診断薬を開発することを目標に、特に研究開発能力の強化を目指す。また、22年のドイツの「パンデミックの備えのためのG7合意」(G7 Pact for Pandemic Readiness)は、特にパンデミックに関わる病原体のサーベイランスと早期警戒システムの形成およびパンデミック時の保健人材の強化などを目指す。これらについては、「百日ミッション」は(3)の「保健イノベーション」、サーベイランスやパンデミック対策保健人材強化は(1)で受ける。一方、日本が一貫して政策的に主導してきたUHCについては、既存の様々な保健課題と共に(2)で受ける形となっている。

「では、何をするのか」が課題

このように、日本の主要アジェンダ設定は、現在進むパンデミック対策の流れをうまく整理して位置づけ、これまでの保健課題と調和させるということについては成功している。一方で、そのうえで、日本がG7を開催することで、どのような「違い」を作り出すのか、という点は若干見えにくいものとなっている。UHCについて、岸田総理は論文で推進のための拠点の設置について言及し、また、保健作業部会では、G7のUHC行動計画の策定が言及された。しかし、これらは現状では具体的な形を伴っていない。一方、岸田総理の論文では、「人間の安全保障」の文脈で、低・中所得国の医薬品製造能力の強化の必要性を強調し、「G7は未来の脅威に対する新規技術への公正なアクセスを確保する方法を探る必要がある」との主張が展開されている。日本がG7を主導して、医薬品の世界規模での公正なアクセスに道を開くことを目指すのであれば、積極的な方向づけとなるが、このことを日本のイニシアティブとして、どの程度具体的に打ち出すかについては明らかになっていない。

「何をするか」に貪欲なインドの課題設定

一方、インドはG20保健作業部会の会議をインド南部ケーララ州の州都ティルバナンタプーラム(旧トリパンドラム)で1月19-20日に開催し、インドとしての主要課題4点を示した。インド政府が発表したプレスリリースによれば、以下のとおりである。(1)保健緊急事態の予防・備え・対応(ワン・ヘルスと薬剤耐性問題を含む)、(2)安全で効果があり、質が高く入手可能な価格の医薬品(ワクチン・治療薬・診断薬)へのアクセスと有用性に注目した製薬セクターの協力の強化、(3)保健サービスの供給とUHCを支援するためのデジタル・ヘルスの革新と課題解決。これに(4)伝統医療を加えた4つが、インドの国際保健の主要課題となる。G20のアジェンダは、課題整理の面では洗練度の低いところはあるものの、国際保健におけるインドの「強み」をバックに、何を実現するかという点では、野心的なものとなっている。このアジェンダ設定から見えてくるのは、、インドが有する巨大な製造能力と高度なデジタル能力を、よりストレートな形で、多国間のパンデミック対策や保健枠組みに「接ぎ木」するということである。また、インドはこれらのアジェンダの実現に向けて、WHOの政策的インプットをかなり直接受けているようである。

日本はG7サミットを通常に比べて1カ月以上早く、5月19-21日に開催する。保健大臣会合はその直前の5月13-14日で、それまでに合計4回の保健作業部会が予定されている。一方、インドは、G20サミットを9月9~10日にニューデリーで開催する。保健大臣会合の日程は公表されておらず、保健作業部会の会議は合計4回開催されることとなっている。