「100日ミッション」は恒久的なパンデミック対策イニシアティブに成長できるか

=問われるG7議長国・日本の構想力=

100日で開発する計画

新型コロナ(COVID-19)パンデミックが始まった2020年、G7議長国となった米国はG7サミットを開催しなかった。一方のG20が、COVID-19の医薬品の開発から供給までを手掛ける国際機関・民間財団の連合「ACTアクセラレーター」(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)の設立に一定の役割を果たし、またその財務トラックが昨年9月の「パンデミック基金」設立を主導したことと比較すると、パンデミック対策においてG7が果たしてきた役割はこれまで限定的であったと言える。

パンデミック対策におけるG7のイニシアティブは、過去2年において、基本、G7の枠内にとどまるものであったと言える。英国が2021年に打ち出した「100日ミッション」は、G7が主導して、パンデミックが発生してから(WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した日から)100日以内に、ワクチン、治療薬、診断薬を開発することを目標に、(1)パンデミックとなりうる病原体等のサーベイランスや解析、予測される病態に応じた医薬品開発等の対策シナリオ作り、(2)サーベイランスや医薬品開発のためのG7各国の研究所の連携の強化、(3)国際的な臨床試験のプラットフォームの形成や、各国における医薬品の許認可システムの標準化、(4)開発された医薬品の製造に関するサプライ・チェーンの整備や製品の供給、といった課題に、主にG7諸国で取り組んできた。一方、2022年にドイツが打ち出した「パンデミック対応のためのG7合意」(G7 Pact for Pandemic Readiness)は、英国が「100日ミッション」によって体系的に整理した、パンデミック対策の迅速化の各要素のうち、G7各国の病原体サーベイランスの強化と、パンデミック時の保健医療人材の確保に向けた戦略の形成といった部分について検討し、昨年12月13日に「ロードマップ」を形成した。

G7はこれまで、議長国がそれぞれの「強み」を強調してそれぞれのイニシアティブを立ち上げる一方、これらのイニシアティブが実施に移されず、その年々の打ち上げ花火で終わる、ということが繰り返されてきた。こうした「断片化」は市民社会を始め様々なセクターからの批判に直面し、G7は「アカウンタビリティ作業部会」を設置して、自らの打ち出した各種イニシアティブの実施状況を評価することにはなった。しかし、それでも、この「断片化」の問題は解消されていない。今回も、「百日ミッション」や「G7合意」が、その後引き継がれ、少なくともG7全体で継続的に取り組むイニシアティブとして成長するのか、それとも、毎年断片的な「パンデミック対策」イニシアティブが打ち出されては引き継がれずに終わるのか、懸念されている。

こうした懸念を払しょくし、「100日ミッション」を、G7にとどまらない恒久的なパンデミック対策イニシアティブとして強化していこうという動きが始まりつつある。「100日ミッション」は、2021年末に発行された初年度の進捗レポートに続き、2023年前半に、2年目の進捗レポートが発行される見込みである。また、同ミッションの事務局は、英国の保健系財団「ウェルカム・トラスト」が務め、同財団と英国政府が資金を拠出していたが、この事務局を「国際パンデミック対応事務局」(International Pandemic Preparedness Secretariat)として独立させ、G7全体から資金を確保して強化していく方向性が確立しつつある。また、同イニシアティブはサーベイランスやR&Dの調和化に力を入れ、科学者や専門家、研究所や製薬産業等の動員に集中する一方、開発された製品の製造や供給といった、政治性の強い課題については、距離を置く傾向にあり、G7以外の、特に新興国・途上国の関係セクターとの連携についても消極的であった。しかし、特に2021年を通じて、先進国と途上国の医薬品アクセス格差が問題となる中で、「研究開発能力や製造能力の一部の国(先進国)への偏在・独占」が、解決されるべき問題として提起され、各地域への技術移転、技術の共有化、製造能力の強化が「パンデミックへの備えと対応」の主要アジェンダとなる中で、「100日ミッション」でも、これらの課題にどう取り組むかが徐々に検討されつつある。

「100日ミッション」が「英国が2021年に打ち出したイニシアティブ」から、G7全体のイニシアティブとなり、さらにこれがグローバルなパンデミック対策のイニシアティブに有機的に包含されるには、同イニシアティブが、これまでの、G7、とくに英・米および日本の研究開発セクターや製薬産業に閉じられたものから、市民社会等をはじめとする全てのセクターに開かれたものになる必要がある。また、臨床試験や医薬品製造に関わる政策についても、「グローバル・サウス」を単に先進国の医薬品産業の下請けとして活用するという姿勢から、全ての分野への「グローバル・サウス」の積極的な参画を位置づけるものへと変化させていく必要がある。

G7から生まれた「100日ミッション」がこのような形に生まれ変われるかどうかの試金石としてあるのが、WHOの「パンデミック条約交渉」である。交渉のたたき台となる「コンセプチュアル・ゼロ・ドラフト」は、「公正な医薬品アクセス」を焦点の一つとしており、これを実現するための様々な政策的手法の動員が記述されている。先進国は、先進国の医薬品産業ロビーに大きな影響を受け、11月に開催された第3回多国間交渉主体(INB)会合では、TRIPSの「ドーハ宣言」に記述された柔軟性の確保(強制実施権の活用)や、技術移転によって出来た製品の安全性に関する責任の所在、また、遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)アジェンダの導入についても消極的な議論を展開している。パンデミック条約交渉において、先進国がこうした立場に終始し、パンデミック対策における知的資源のマネジメントの在り方の変革に前向きに取り組めないのであれば、「100日ミッション」も、今の限界を越えられない。今年のG7議長国である日本の采配が問われるところである。