「市民7」政策提言書:昨年半ば以降の市民社会の国際保健政策を整理

=国際保健政策の変革に向けた議論にどう生かせるか=

※政策提言書(国際保健):日本語版はこちら 英語版はこちら(English HERE)

4月12日、C7提言書が総理に手渡された

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを受けて、国際保健政策の変革が世界レベルで議論されている中、国際保健を含む世界の主要課題に関する先進国の合意形成システムの核をなすG7広島サミットの開催が5月に迫ってきた。今年のG7は例年に比べて1ヵ月以上早く開催されるため、本来、合意形成に必要な熟議、検討の時間が1ヵ月以上足りない状況であり、9月にインドで開催されるG20が、国際機関や専門家との熟議を踏まえて政策形成にいそしんでいる状況と比較して、「時間に追い詰められた」感があることは否めない。

G7に対して、関連ステークホルダーとして政策提言を行う7つの公式エンゲージメント・グループの一つである「市民7」(C7、市民7)は、サミットの1ヵ月前の4月13日~14日、東京で世界各国の市民社会の参加のもと、「C7サミット」を開催する。これに向けて、議長国である日本の内閣総理大臣に提出する「C7政策提言書」の作成が進んでいる。C7は国際保健を始め、経済正義、気候正義、開かれた社会(Open and Resilient Society)、人道支援、核廃絶の6つのワーキング・グループを擁しており、政策提言はこの6つの課題で構成される。国際保健に関する政策提言もこのほど、ほぼ完成をみるにいたった。

国際保健ワーキング・グループ(以下国際保健WG)は、日本と次期開催国であるイタリアの市民社会の代表が国内・国際コーディネイターを務めるほか、昨年のドイツG7サミットでコーディネイターを務めたドイツ・カナダの代表、およびグローバル・サウスから長らくC20のプロセスに関わってきたアルゼンチンの代表の5名で「調整委員会」(Coordination Body)を設置し、全世界250名の登録メンバーとともに、政策提言書を作成してきた。政策提言書の作成に当たっては、同グループの中にユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、パンデミック予防・備え・対応(PPPR)、国際保健アーキテクチャー、プラネタリー・ヘルス(地球環境と保健)、ジェンダーと保健の5つの分科会を設置して提言書をドラフトした。結果として、同政策提言書は、パンデミックや気候危機、地政学的課題などに対する市民社会の考え方を包括した、市民社会による総合的な政策ペーパーとなっている。

提言書は前文、G7の過去及び現在の政策や誓約のまとめ、および上記5分野の現状と課題、および政策提言の3つで構成されている。提言では、世界規模での公正な医薬品アクセスの実現に失敗したCOVID-19パンデミックの教訓を踏まえて、先進国の製薬企業等の独占による既存の医薬品開発や生産・供給の在り方を変革すること、また、国際保健政策の変革についても、グローバル・サウスおよび市民社会、きびしい状況に置かれたコミュニティの実質的な参画を担保することについて、全般的に強調されている。

さまざまな保健課題とUHCの関係を整理

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)については、現状で20億人以上が、高額な医療費による貧困化や、予防・治療可能な疾病による死亡リスクに直面しながら生きているという現実からして、その実現にほど遠い状況にあるということを確認したうえで、資金の増額、プライマリー・ヘルス・ケアの強化、および、これまで予防や治療へのアクセスの面で途上国が取り残されてきた非感染性疾患(いわゆる「生活習慣病」)や精神疾患などの予防や治療へのアクセス、また、高齢化に伴う認知症やそれ以外の疾病等への対策の必要性が強調されている。さらに、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツ(SRHR)等を含め、人間のライフサイクルに応じた保健・医療サービスへのアクセスの実現が強調されたうえ、保健医療施設における水・衛生へのアクセスの拡大や、飢餓と肥満が同時に存在する状況に関して、多様なニーズに応じた栄養政策の実現なども簡潔に記述されている。そのうえで、G7の国際保健政策が、国連の保健関連ハイレベル会合やパンデミック条約交渉などの世界規模の政策形成プロセスに適切な形で調和化、統合されることを求めている。

パンデミック対策医薬品の開発への公的資金投入について「公正なアクセス」実現のための政策との紐づけを提言

パンデミック対策・対応および国際保健アーキテクチャーについては、まず、COVID-19に関する「公正な医薬品アクセス」に関する国際社会の対応の失敗を踏まえ、G7が2021年に打ち出した、パンデミックの開始から100日以内にワクチンや医薬品を開発することを目指す「100日ミッション」について、研究開発への公的資金の投資にあたっては、開発される製品について、透明性と公開性の確保、技術移転の促進、知的財産権による保護の緩和、地域レベルでの製造能力強化につながるように、予め条件付けをしておくこと、地球規模の公共財産である、パンデミックに関わる医薬品について、世界各地域での製造能力の強化について、政府開発援助(ODA)およびそれ以外の公的資金の投入による支援を行うこと等を求めている。また、全ての国が参加して保健政策を形成・実施・評価するプラットフォームの機能を有している世界保健機関(WHO)を国際保健政策の調整の主要な調整機関としつつ、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)やその他の政策・資金拠出・実施にあたる各種国際機関の連携強化を促進すること、市民社会や途上国の参画を積極的に保障すること、ODAに加えて、金融取引税などの新規の革新的資金メカニズムの形成を促進することを求めている。

保健セクターにおけるジェンダー・環境の主流化を提言

ジェンダーと保健については、COVID-19パンデミックで著しい被害を受けたのが女性や少女、LGBTQIAなど、脆弱な立場に置かれた人々であったことから、保健に関わるジェンダー関連の取り組みの強化を求めている。特に、国際人口開発会議や北京国連女性会議の行動計画、女性差別禁止条約などでの誓約の実現、ジェンダー主流化、保健医療従事者やケアに携わる人々に女性が多いことから、そのエンパワーメントや安全な職場環境、正当な賃金の保障、ジェンダーに基づく暴力の防止への取り組みや司法サービスへのアクセスの保障、SRHRへのアクセスの拡大などが主張されている。また、「地球環境と保健」については、保健セクターも気候変動の緩和策について責任を果たすこと、保健と食料安全保障・栄養とのシナジーを強化すること、多くの人の健康に脅威を与えている大気汚染や水質汚染といった環境汚染の克服に取り組むことなどが強調されている。

この提言は、昨年半ば以降の市民社会の国際保健政策へのさまざまな主張を統合的に表現したものとしては、ほぼ初めてのものといえる。これは、他の分野の提言とともに「C7提言書」としてまとめられて、C7サミットに合わせて公開されるとともに、4月中旬のC7サミットの時期に岸田文雄・内閣総理大臣に提出されることとなっている。