「パンデミック条約」ゼロドラフトの全貌が明らかに

パンデミックに関わる幅広い領域を「公平性」を鍵にカバー

発表されたゼロ・ドラフト

およそ1年前、2021年の11月末から12月初頭に開催された世界保健機関(WHO)の臨時世界保健総会で、2024年を目途に策定する方向性が示された「パンデミック条約」は、この総会で設置された「多国間交渉主体」(INB)が主導して6月に「ワーキング・ドラフト」が公表され、幅広い関係者への意見募集や公聴会、WHO各地域事務所の理事会の機会に開催された地域コンサルテーション、さらにテーマ別の専門家への非公式なコンサルテーションなどを経て、11月16日、ついに多国間交渉のベースとなる「概念的基礎草案」(Conceptual Zero Draft)が各関係者に送付された。18日には、同草案に関する説明会がオンラインで開催され、12月5-7日には、INBの第3回会合で、この草案をめぐる各国の交渉が開始されることになる。

文章の性格上、野心的なものとなった「概念的基礎草案」

国際的な公衆衛生上の緊急事態が生じた場合の具体的な対処方法については、WHO憲章第21条に基づく国際約束として、「国際保健規則」(IHR)が既に存在する。同規則は2005年に改定され、より普遍的な内容となったが、今回のCOVID-19パンデミックを経て、今後のパンデミックにより適切に対処できるようにするため、パンデミック条約の制定プロセスと並行して、2024年を目途に改定プロセスが進みつつある。「パンデミック条約」は、このIHRを尊重しつつ、パンデミックと国際保健に関する、より幅広い領域について、各国の主権を尊重しつつ、国際的な合意を形成しようという試みである。

今回公表され、交渉の最初のたたき台となる「概念的基礎草案」は、パンデミックの予防・備え・対応(PPR)に関連する極めて幅広い分野について、各国が交渉によってどのような合意にもたどり着けるよう、幅の広い選択肢を用意するものとなっている。従って、一見して非常に野心的な内容が含みこまれている。実質的に内容を規定しているのは第3部(公平性の達成)、第4部(能力の強化と維持)、第5部(調整・連携・協力)、第6部(財政)、第7部
(機構)の5つの部になるが、特に注目されているのは、第3部の「公平性の達成」である。

第3部では、まず第6章「地球規模の供給連鎖と物流ネットワーク」(global supply chain and logistics network)で、医薬品をはじめとするパンデミック対策製品の世界的な流通の確保を定めた後、第7章「技術へのアクセス」で、医薬品の世界規模での製造能力強化や技術移転の促進について定める。ここで、2020年以降、大きな問題となってきた知的財産権の免除や、パンデミック対策医薬品の国際公共財化についても、かなり野心的な内容を含めて記述されている。そのうえで、第8章「研究開発能力の強化」で、公的資金によって研究・開発がなされた製品に関する国際公共財化や技術の共有などについての記述があったのち、第9章「公正・公平で時宜を得たアクセスと利益配分」で、生物多様性条約の名古屋議定書(遺伝資源へのアクセスと利益配分)などの条項を援用した、パンデミックに関する医薬品や、病原体に関する情報などへの公正なアクセスと利益配分などが規定される形となっているのである。

今回提示された「概念的基礎草案」は、今後、各国が交渉して、どの様な結論にも導けるよう、想定できるあらゆるオプションを示し、もっとも開かれた内容となっている。草案が一見、極めて野心的に見えるのは、「交渉の最初の基礎」としてのこの文書の性格による。今後、各国はこれをベースにしながら、課題の優先順位付けや、選択肢の取捨選択について交渉していくこととなる。

市民社会は基本的に歓迎、創薬業界からは強い警戒感

これまでパンデミックに関わる医薬品への公正なアクセスを求めてきた市民社会は、基本的に、この草案に歓迎の意を表明している。「保健政策ウォッチ」(Health Policy Watch)の記事によると、ピープルズ・ワクチン連合の共同政策担当者(policy-co-lead)を務めるモーガ・カマル・ヤンニ氏(Mohga Kamal Yanni)は、「この条約は、世界のコロナ対策を病ませてきた強欲と不平等に風穴を開けるものとなりうる。しかし、交渉の流れによっては、未来世代にコロナ同様の壊滅的結果をもたらすものともなりうる」と、期待を寄せつつ、その両義性に警戒感も怠っていない。一方、創薬系製薬企業等でつくる国際製薬団体連合会(IFPMA)は、この草案について極めて否定的な声明を発表し、露骨に警戒感を示した。「この草案の通りに国際約束が実施されたなら、パンデミック対策の能力を開花させるというよりも、それを失速させることにつながるだろう」。IFPMAの声明は、知的財産権の免除や公平なアクセスに関する、途上国の患者や脆弱層の期待に対して、露骨に水をかけるものとなっている。

同草案は、今後、12月5-7日のINBの第3回会合、2023年2月の第4回会合を経て、2023年5月の世界保健総会に向けて交渉の中身が草案に反映されていく形となる。