エムポックス:第2の緊急事態宣言でドナーの動きは加速

明るみになったR&D体制のゆがみを早急に是正する行動が必要

グローバルファンド、エムポックスに950万米ドル拠出決定

エムポックス緊急事態宣言に関するアフリカCDCの声明

2024年8月のアフリカ疾病管理センター(Africa CDC)と世界保健機関(WHO)の「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)宣言以降、コンゴ民主共和国東部を中心に周辺諸国にも拡大しているエムポックスに関する国際機関などの動きが活発化している。途上国の三大感染症に資金を提供する国際機関、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)は9月18日、コンゴ民主共和国政府の要請に応じ、エムポックスに関して、中央部のサンクル州 Sankuru、北東部のツォポ州 Tshopo、北西部のエキャタール州 Equateurおよび南ウバンギ州 Sud-Ubangi、東部の北キヴ州および南キヴ州、さらに首都のキンシャサ州を対象に950万米ドル(約13億5000万円)を拠出することを決定した。これらの資金は、コミュニティレベルでのサーベイランスを含むエムポックスのサーベイランス体制の強化、ラボラトリー・システムと診断体制の強化、エムポックスに関するコミュニティレベルでのリスク・コミュニケーションや取り組みの強化、保健医療従事者における感染予防の取り組み強化、感染拡大地域における保健施設の能力強化などに活用されることになっている。

GAVIは新たな天然痘ワクチン50万接種分を購入:市民社会は契約価格に疑念表明

一方、GAVIワクチンアライアンスは9月18日、相対的に新しい天然痘ワクチンである、デンマークの製薬企業バヴァリアン・ノルディック社(Bavarian Nordic)のMVA-BN(ブランド名:JYNNEOSもしくはIMVANEX)ワクチンを50万接種分購入し、本年中に供給する契約を行ったと発表した。これは、8月のWHOの緊急事態宣言をうけてGAVI理事会が決定した5億ドル(約710億円)の初期対応資金(First Response Fund)の一部を活用して購入するものと思われる。同社のGAVIへの販売価格は明らかではないが、同社はカナダに対して同ワクチンを一接種当たり110ドルで販売したとされており、これについて、米国の消費者団体パブリック・シチズンは、同社に対して、非営利価格でのワクチンの供給を提言するとともに、同ワクチンの製造技術を途上国の製薬企業にライセンスし、途上国でジェネリック版を製造することで、各段に安価かつ大量に供給できるはずだと提言している。

日本の300万本のLC16贈与は高く評価されるべき、しかし…

日本の武見敬三・厚生労働大臣は9月20日の記者会見で、日本のKMロジスティックス社が保有する天然痘ワクチンLC16を300万本、コンゴ民主共和国に贈与すると発表した。これは、コンゴ民主共和国やアフリカCDCの要請に応じたものであり、実際に、現在感染拡大している、感染力や毒性が強いクレイド1b型のエムポックスにより、子どもの感染や死亡が多く記録されているが、現状では、上記のMBA-BNワクチンは子どもの接種における安全性の臨床試験の最中であり、WHOが子どもへの接種を容認しているエムポックス向けワクチンが日本のLC16のみであることを踏まえたものである。これは、エムポックスへのワクチン供給に関しては最大のものであり、日本政府の決断は評価されるべきである。

ただし、LC16は、免疫不全の状態にある人々(例えば、CD4値が350以下の人々)に関する安全性が確認されておらず、また、接種の方法が古典的な二叉針による多刺法によるもので、特殊な接種方法に関する訓練が必要であること、接種後一定期間は患部へのケアが必要であることなど、現在、感染が拡大しているコンゴ民主共和国等のような地域では接種において多くの問題が生じうることについて、念頭に置く必要があることも事実である。しかし、これについて厚生労働省においてどの程度の検討がなされたかは明確に表明されていない。また、ほかならぬ日本において、エムポックスの感染がここ数年で250例ほど確認されているにもかかわらず、検査、治療、ワクチンの体制が整っておらず、これについての啓発も十分にされているとはいいがたいことも、本来、指摘されるべきことであろう。

「目覚まし時計がセットされた」:100日ミッション声明

新型コロナ・パンデミックにおいて、G7諸国は2021年、英国G7サミットにおいて「100日ミッション」を打ち出した。これは、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)を宣言して100日以内に診断薬、治療薬、ワクチンを開発すべく、政府、研究機関、製薬企業等等の連携を強化し、また、平時のサーベイランスや研究努力を倍加する、というものであり、独自の事務局なども設けられている。エムポックスについては、WHOは最初のPHEICを2022年に宣言している。ところが、それから2年たった現在においても、PCR法以外の診断方法は開発されておらず、治療薬もなく、ワクチンも、天然痘ワクチンの転用という状況である。

これについて、100日ミッションの事務局である「国際パンデミック準備事務局」(IPPS)は、WHOがエムポックスについて今回のPHEICを出してから1日が経過した8月15日に、「100日ミッションの目覚まし時計がスタートした」との副題がついた声明を発表した。実際には、ほぼ2年前の2022年7月23日に、WHOはエムポックス(当時「サル痘」と呼称)についてPHEICを出している。「100日ミッション」はすでに2021年には存在しており、同PHEICから起算すれば2年以上たっての声明であることに留意する必要がある。同声明では、エムポックスに関する診断・治療・ワクチンに関する資金がこの時点で6600万ドルしかなく、2022年一年分のCOVID-19へのR&D投資合計(37億ドル)の56分の1に過ぎないことを指摘しつつ、国際社会に向けて、サーベイランスやラボ機能の強化、ケア拠点での検査体制の強化、新しい天然痘治療薬として米国職員医薬品局が2018年に認可した治療薬であるテコビリマト(Tecovirimat)の許認可の調和化、エムポックスが最も影響を与えている地域での臨床試験の能力強化、既存の天然痘ワクチンの許認可促進とデータ確保、認可を得た段階でのワクチン、治療薬、診断薬の製造能力強化に邁進する、との表明がなされている。

パワーバランスと資本に左右されるR&D体制の歪みにこそメスを

今回のエムポックス感染拡大が浮かび上がらせた課題は何か。コロナ・パンデミックや「パンデミック条約」に関する議論で、医薬品開発やアクセスの衡平性に関する課題が再三にわたって提起されてきた。一方、エムポックスは、この議論が行われている最中の2022年に感染拡大が生じ、WHOが7月にPHEICを発出している。それから2年という年月を経て、エムポックスは抑え込まれるどころか、強力な変異株「クレイド1b」の登場で、より深刻な感染拡大が生じている。一方、この2年間というもの、エムポックスの診断、治療、ワクチンの研究開発はほとんど進展していない。すなわち、診断はPCR法しかなく、治療薬は存在せず、ワクチンは天然痘ワクチンに依存せざるを得ない状況である。付け加えれば、天然痘ワクチンのエムポックスへの適用についても、2年の年月が経過しているにもかかわらず、MVA-BNについては、子どもへの使用に関する臨床試験が終わっておらず、LC16については、特異な接種方法の改善も、免疫不全の状態にある人への臨床試験もなされていない。この事態が浮き彫りにしているのは、グローバルなR&Dの体制が、結局のところ、客観的な感染症のリスクよりも、世界の既存のパワーバランスと資本の偏在によって規定され続けており、G7が打ち出した「100日ミッション」も、残念ながら、今までのところ、その歪曲を補正する役割を十分に果たし得たとは言えない、ということである。

アフリカ連合やアフリカCDCは現在、ワクチンの確保に向けた交渉に積極的に取り組んでいる。アフリカCDCは加盟国におけるエムポックスの動向を積極的に把握し、WHOよりも前に自らの意思で「緊急事態」を宣言した。これは高く評価すべきことである。アフリカ連合とアフリカCDCはワクチン確保への取り組みと共に、既存のパワーバランスと資本の偏在によってゆがめられたR&Dの在り方を是正するためのアドボカシーを強める必要がある。これには前例がある。COVID-19パンデミックの際、アフリカ連合のワクチン特使を務めた世界的な携帯電話会社エコネット・グローバルの総帥、ストライブ・マシイワ氏は、アフリカへのコロナワクチンの配分の在り方について、欧米の製薬企業や国際機関を厳しく追及し、アフリカへのワクチン配分の是正や、地域レベルでの医薬品の製造能力強化をグローバルなアジェンダにすることに成功している。一方、グローバルな市民社会は、MVA-BNのオーナーであるバヴァリアン・ノルディック社のワクチン価格戦略を批判している。これはもちろん重要な取り組みであるが、それにとどまらず、エムポックスにおいて改めて明らかになったR&D体制のゆがみを全体として問題提起し、代替案を提示することが必要だと考えられる。