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ウクライナの事態で明らかになる「パンデミック下の不戦」の必要性

=歴史の教訓:パンデミック下での戦争行為は、感染症の急拡大や変異株の発生のきっかけとなる=

オミクロン感染の最大期にウクライナ侵攻

ロシア軍のウクライナ国境への大量動員は、オミクロン株の蔓延によりロシアの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染数が最大化したのとちょうど同じ時期に行われた。ウクライナ侵攻が開始された2月24日、ロシアの感染数は15万人を記録していた。一方、ロシア軍による侵攻の日、ウクライナもオミクロン株による感染拡大が山場を迎えていた。ウクライナは侵攻から1週間を経過した3月3日以降、新規感染数の報告が出来ていない。ロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナにおけるCOVID-19対策を麻痺させている。ここで懸念されるのが、ウクライナにおけるCOVID-19の拡大と、新たな変異株の登場である。

戦争による大量動員や対策の停止が変異株形成の温床に

米国の週刊誌「タイム」の記事「なぜウクライナのCOVID-19問題は全ての人の問題なのか」(Why Ukraine’s COVID-19 Problem is Everyone’s Problem)では、もともとウクライナにおけるCOVID-19ワクチン接種率は36%と周辺諸国よりも有意に低かったことや、戦争により、マスクや三密回避といった予防行動がとれないこと、軍による大量動員や、戦争からの避難など大きな人口移動の発生など、感染を拡大する要因が増えていることなどが、COVID-19の変異株を生じさせるきっかけになりかねない、と懸念を表明している。この懸念を裏書きするのが、ロシアの侵攻によりウクライナのコロナ対策が被ったダメージについてのレポートである。「ウクライナのCOVID-19のダイナミクスへの戦争の影響」(Impact of war on the dynamics of COVID-19 in Ukraine;ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルに掲載)は、ロシア侵攻下のウクライナにおける一日のCOVID-19感染数は3万件と推測される、としたうえで、診断については重症者しか把握できておらず、また、デジタルのデータ登録システムが動いていないため、感染者の登録も出来ていないと述べている。一方、米国戦略国際問題研究所(CSIS)のレポート「パンデミック下の戦争:ロシアのウクライナ侵略の公衆衛生の側面」(War amid a Pandemic: The Public Health Consequences of Russia’s Invasion of Ukraine)は、エイズや結核に取り組む市民社会のサービスがしぶとく運営されていることは指摘しながらも、もともと脆弱性が高かった保健システムが戦争により機能不全に陥っていることを指摘している。実際、ウクライナで治療にアクセスできているHIV陽性者の割合は戦争前でも50%程度である。オミクロン株が南部アフリカで確認された際、その大規模な変異について、治療を受けていないHIV陽性者の体内で連続して変異が生じたことが原因、と指摘されていたが、ウクライナやロシアは、アフリカに比べても、未治療の状態にあるHIV陽性者の割合が多いと考えられることからも、変異株の発生の懸念には一定の根拠があると言わざるを得ない。

歴史の教訓:戦争はパンデミックの契機となりうる

ウクライナやロシア以外にも、多くの国々で、COVID-19パンデミック下において激しい戦争や大量動員を含む政治変動が生じている。イエメンやシリア、リビア、エチオピア、サヘル地帯をはじめ、COVID-19下で戦争が行われている地域は、ワクチン接種率が低く、感染を減らすための公衆衛生措置も行われていないか、極めて不十分な状況である。

歴史を振り返っても、第1次世界大戦と「スペイン風邪」の関連をはじめとして、世界規模の感染症と戦争にはしばしば強い関連がみられる。論文「中央アフリカにおけるエイズの拡大と内戦」(Civil War and the Spread of AIDS in Central Africa)は、80年代にサハラ以南アフリカで最初にエイズの巨大な被害を経験したウガンダ西部・南部で、HIVの感染拡大をもたらしたのは、1979年にタンザニアがウガンダのイディ・アミン独裁政権を排除した「タンザニア・ウガンダ戦争」と、それに引き続いて生じたウガンダ政府とムセベニ現大統領を指導者とする「国民抵抗運動/国民抵抗軍」(NRM/A)の内戦であったということを、データを活用して明らかにしている。グテーレス国連事務総長は、COVID-19のパンデミックが始まって間もない2020年3月23日、「COVID-19下における地球規模の緊急停戦」を呼びかけた。その後、私たちは、デルタ株、オミクロン株など新たな変異株により、何度となく緊急事態の延長を余儀なくされている。これらに鑑みれば、現在交渉中の「パンデミック条約」に、「パンデミック緊急時における停戦の義務」を加盟国政府等に課す、という条項を入れる、ということを、市民社会として提案する必要があるのではないか。