広島G7サミットは国際保健にレガシーを残せたか?

国際保健の政策形成の表舞台はG20やWHOのプラットフォームへ

MDGs時代以降のG7国際保健アジェンダに名をのこす日本

広島サミットのメディアセンター正面

日本は2000年以来、G7サミットの議長国を務めるたびに国際保健分野に力を入れてきた。2000年の沖縄サミットでは、世界的に深刻化していたHIV/AIDSの課題を焦点に、日米で世界的な感染症対策の強化を打ち出し、2002年のグローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)の設立に結実させた。2008年の洞爺湖サミットでは、個別疾病別の「垂直的な」対策と保健システム強化の「水平的な」対策の相乗効果を図る「洞爺湖国際保健行動指針」を打ち出したが、残念ながらその直後に生じたリーマン・ショックで国際保健への世界のコミットメントが揺らぎ、失速することとなった。2016年の伊勢志摩サミットでは、2012年以降大きくなった「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」のトレンドと13-14年に西アフリカのリベリア・シエラレオネ・ギニア3ヵ国で生じたエボラ・ウイルス病(EVD)への対策を教訓に、急性重篤感染症対策とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の二方向にメリハリを利かせた「国際保健のための伊勢志摩ビジョン」を打ち出した。こうした経緯もあり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)以降のパンデミック対策と国際保健アーキテクチャーの変革のプロセスの核をなす2023年に、日本がG7議長国としてどの様なリーダーシップを発揮するかについては、一定の注目が集まっていた。

自己完結した形で国際保健への貢献を示せなかったG7広島サミット

5月13-14日に長崎市で開催されたG7保健大臣会合、およびその一週間後の5月19-21日に広島市で開催されたG7首脳サミットでは、その総決算が試されることとなった。これら二つの会合では、国際保健政策にあてられた「広島G7首脳コミュニケ」の第33-35段落を筆頭に、国際保健に関する文書が「感染症危機対応医薬品等(MCM)への衡平なアクセスのためのG7広島ビジョン」、「UHC行動アジェンダのためのG7グローバルプラン」、「長崎保健大臣宣言」、および5月13日午前中に長崎と財務大臣会合が行われていた新潟をオンラインでつないで開催された「G7財務相・保健相合同会合」の成果文書である「財務・保健の連携強化及びPPRファイナンスに関するG7共通理解」の5つ発表された。それまでに外務大臣会合コミュニケ、財務大臣・中央銀行総裁会合コミュニケでも保健について言及されていたので、合計7つの文書が保健政策について言及したことになる。

このように、文書の量という点では、国際保健はG7の中でその労力が大きく割かれた分野となった。一方、内容面ではどうだろうか。

(1)サージ・ファイナンスはG20へ

発表された各文書を統合する、いわば目録的な役割を果たしているのが、首脳コミュニケの第33-35段落である。しかし、そこで打ち出されている様々なイニシアティブの中で、具体的な内容が自己完結的な形で示されているものはない。第33段落は国際保健アーキテクチャー、第34段落はUHC、第35段落はパンデミック対策医薬品(MCMs)を含む保健イノベーションに大まかに当てられているが、そこで字数を稼いでいるのは、「パンデミック予防・備え・対応」(PPPR)のうち、特に「対応」(response)に必要な巨額な資金をねん出する「サージ・ファイナンス」である。しかし、この「サージ・ファイナンス」は、G7の保健作業部会を中心で担った厚生労働省や外務省というよりは、主に財務省がリードしており、国際的には、この課題は「G20財務トラック」が主戦場となっている。結果として、この「サージ・ファイナンス」に関する記述は、8月19日にインドで開催される「G20財務相・保健相合同会合」に向けたWHOと世銀による資金マッピング調査等に紐づけられたものとなっている。また、G7として立ち上げると宣言されている「MCMに関するデリバリー・パートナーシップ」については、その中身が全く記述されていない。

(2)網羅的ながら実効的措置のないUHC

UHCについては、首脳コミュニケ第34段落で多くの保健課題について前向きの記述が並び、各課題に現場や政策提言で取り組む市民団体を喜ばせたが、その一方、G7としてコミットメントされた480億ドルという資金は、金額としては一定の規模はあるものの、民間による拠出や、過去の拠出も含み、また、年限が明らかにされていないため、この中にいくらの新規資金が含まれるか不明な、曖昧な内容に終始している。

(3)「自発的協力」の限界を突破できないMCMエコシステム

保健イノベーションの部分で、過去の英国・ドイツのサミットで研究開発や病原体サーベイランスなどに集中したイニシアティブを打ち出していたG7が、パンデミック時の公平な医薬品アクセスに向けた「エンド・トゥ・エンド」のMCMエコシステムを打ち出したこと自体は前向きな方向性と言える。しかし、G7はこの「エコシステム」について、公平性から迅速性にいたる8つの「原則」とは別に、この「エコシステム」は「自発的協力」に基づく、と明記した。これでは、COVID-19において公平なアクセスを実現できなかった「ACTアクセラレーター」(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)の歴史を繰り返すことになりかねない。膨大な公的資金の投入により開発され、公的資金により大半が買い取られるというMCMの性質に鑑みれば、これらを世界中に公平に供与される国際公共財とするための、より強力な措置が含まれること、もしくは、「自発的協力」を引き出すためのより強力な方法が導入されることが必須であると言える。また、残念ながら、COVID-19の教訓である、世界的な技術移転・技術共有の仕組みや、地域でのMCM生産を可能とする生産能力の強化について、G7としてのイニシアティブは打ち出されなかった。

グローバルに指導力を発揮したいなら開催までに十分な準備期間を

このように、広島サミットで打ち出された国際保健上の「成果」は、いずれも、そもそもこれらの課題が議論されているグローバルな舞台であるWHOのパンデミック条約・国際保健規則交渉や、特にG20の財務トラックに向けたいわば「一里塚」として打ち出される形にとどまっており、G7としてのイニシアティブの形をなしていない。その理由として、以下のことが挙げられるであろう。

(1)G7の経済力や政治力が相対的に低下し、G7以外のG20参加国やいわゆる「グローバル・サウス」の政治的規定力が拡大した。また、パンデミック対策においては、全ての加盟国が参加出来るWHOの枠組みや、G20、特にその財務トラックが国際保健政策の検討のためのプラットフォームとして位置づけられてきた。その結果、G7は、グローバルな政策を形成する場ではなく、G20やWHOの枠組みに向けた「グローバル・ノース」の作戦キャンプのようなものに変化した。

(2)G7サミットは通常、6~7月に開催されるが、今回のG7広島サミットは通常よりも1か月以上早い5月半ばに開催された。これは、48年におよぶサミット史上6番目に早い開催となる。その結果、G7諸国との十分な協議のもとに、G7として満を持してイニシアティブを打ち出すに十分な準備期間をとることができなかった。

G7は国際保健をはじめ、グローバルな課題にリーダーシップをとろうとするのであれば、主催国の国内政治などの都合で日程を決めるのでなく、G7が打ち出そうとするイニシアティブの形成に必要な充分な時間を確保する形で、その日程やロードマップを決める必要がある。そうでなければ、政策のゆがみや、イニシアティブを受け取る側の他の機関などに負担を生じさせることになりかねない。また、今回については、曲がりなりにも打ち出された各種イニシアティブについて、これらを受け取る側の枠組みで練り直していくプロセスを、G7のフォローアップという形で、マルチ・ステークホルダーでしっかりと形成していく必要がある。