先進国と途上国の隔たりで困難さを増すパンデミック条約交渉

交渉の透明性の低下、国連ハイレベル会合の成果文書交渉との重複も

公平性が焦点に:団結するグローバルサウス

PPPRハイレベル会合の交渉舞台はニューヨーク

「期限」とされる来年(2024年)の5月の世界保健総会まであと10カ月を残すのみとなったパンデミック条約交渉は、6月12~16日に「政府間交渉主体」(INB)の第5回会合と、起草グループ(Drafting Group)の会議が同時並行的に行われ、特に先進国と途上国との間で考え方に大きな違いのある課題を中心に討議が行われた。

実は第5回会合自体は4月3~6日に開催されており、今回の会合は「再開された」(resumed)第5回会合、いわば「延長戦」にあたる。この会合では、日本を含む6ヵ国で作るINBの進行役である「ビューロー」が6月2日に発表した新たなドラフトについて、特に第2部「公平な世界を共に:パンデミック予防・備えと対応および保健システムの回復における公平性の達成」の特に第9章(研究開発)、第10章(賠償責任リスクの管理)、第11章(技術とノウハウの共創と移転)、第12章(アクセスと利益配分)、第13章(サプライ・チェーンとロジスティックス)、第14章(許認可体制の強化)について、参加国が意見を表明した。いずれも、先進国と途上国の利害が衝突しかねない難しい課題である。

多くの国々がビューローの努力に謝意を表明したものの、アフリカ諸国を代表するアフリカ・グループは、新たなドラフトが公平性などについて後退した内容となっていることに不満を表明した。アフリカ・グループはパンデミックに関わる技術共有や製造能力強化、病原体情報へのアクセスと利益配分などについて、拘束力のある協定を目指している。このアフリカグループを構成するボツワナ、南ア、ケニア、タンザニアなどと、ブラジル、コロンビア、中国、インド、メキシコ、タイなど20か国は交渉の中で「公平性のためのグループ」(Group for Equity)を組織し、特に公平性に関わる内容を強く主張する声明を発表した。

公平性をめぐるテーマが先進国と途上国の対立で膠着する中で、何とか打開策を見つけようと、7月17-21日に予定される第6回のINB会合より前に、研究開発、アクセスと利益配分、サプライチェーンとロジスティックスの3点について、会期間(intersessional)の非公式会合を設けることで合意した。これらの会期間会合で妥協点が見つかるかどうかが課題となる。

交渉の透明性が低下:警鐘を鳴らす市民社会

一方、議論の膠着が見られる中で、交渉自体の透明性が低下し、交渉の中で政府以外の主体が参加できないことが多くなっていることについて、市民社会は警鐘を鳴らしている。実際、今回のINB会合も、一部はウェブキャストで実況中継され録画が掲載されているが、同時並行で行われた「起草グループ」は、そもそも加盟国参加できない枠組みとしてセットされ、会合自体非公開で行われた。こうした傾向について、多くの市民社会団体が批判の声を上げている。特に、英国のセーブ・ザ・チルドレンとストップエイズの2団体は「パンデミックはコミュニティに始まり、コミュニティに終わる:パンデミック条約のガバナンスへの市民社会参加は不可欠」という包括的な報告書を出し、現状のパンデミック条約交渉の透明性の低下に警鐘を鳴らした。また、新たなドラフトに対しては、パンデミック行動ネットワーク(PAN)や、グローバルファンド活動者ネットワーク(GFAN)など幾つかの団体が、公式に意見を表明している。

国連PPPRハイレベル会合:一体何のため?

もう一つ、パンデミック条約交渉に影を投げかけるのが、この9月の国連総会時に開催される「パンデミック予防・備え・対応に関するハイレベル会合」(UN HLM on PPPR)の政治宣言に関する交渉である。政治宣言のゼロドラフトは6月6日に公表されたが、14ページからなるドラフトはかなりパンデミック条約のドラフトに似通っており、公正性に関しても、研究開発、技術共有を始め、重なった内容となっている。この政治宣言の内容に関する交渉は7月末には終わらせることになっている。これが意味するのは、ジュネーブでのパンデミック条約交渉に加えて、ニューヨークでも、似たような交渉を、こちらはかなり短い期間でやらなければならないということである。

一方、このハイレベル会合の方は、WHOではなく国連総会の枠で進めるものとなる。その場合、特に、パンデミックに関わるグローバルなガバナンスの部分で国連自身がどのような役割を果たすのかが本来、大きな課題になるはずである。実際、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)へのWHOの対処を検証し、将来のパンデミック対策について提言することを目的に、ヘレン・クラーク・ニュージーランド元首相とエレン・ジョンソン・サーリーフ・リベリア元大統領を共同議長として設置された「パンデミックへの備えと対応に関する独立パネル」(IPPPR)は、パンデミックに関する最高レベルの政治的リーダーシップの確保と、保健にとどまらないパンデミックの社会的・経済的影響への対処を実現することを目的に、国連安全保障理事会や経済社会理事会と並ぶ「世界保健脅威理事会」を独立した形で設置すべきと主張している。ところが、ハイレベル会合の政治宣言ドラフトには、こうした主権国家の高いレベルの指導性を動員できるような機構の設置は「グローバル・ガバナンス」の章にも明示的には記述されていない。

これについて、IPPPRの共同議長のサーリーフとクラークを始め、数名の委員が、「世界保健脅威理事会」について、政治宣言に含めるべきとの提言書を発表した。また、パンデミック行動ネットワーク(PAN)も、同様の内容を含む提言書を発表し、世界84団体の署名を得ている。実際、政府間交渉においても、この部分はかなりインプットがなされているようで、各国のインプットを得た「コンピレーション・ドラフト」では、この「グローバル・ガバナンス」の章は原形をとどめないほどの大量のインプットがなされた状況となっている。今回のハイレベル会合において、WHOの指導性を尊重しつつも国連総会側で主権国家を動員し、「保健にとどまらない」要素で指導力を発揮しうるような枠組みの設置に向かうかどうかは、まだ予測できない状況である。