『アフリカNOW』99号(2013年10月31日発行)掲載
執筆:渡辺直子
わたなべ なおこ:大学卒業後、海外でのボランティア活動、イギリスの環境保護NGO スタッフ、大学院を経て、2005年から日本国際ボランティアセンター(JVC) 南アフリカ事業担当。2009年からHIV/ エイズ・プロジェクトマネージャー、2010年度と2011年度は南アフリカ現地代表、2012年度から再び現職。
今回の現地調査で、直接に現場で農民から話を聞いた土地収奪の事例を2つ紹介します。一つ目はザンベジア州グルエ(Gurue)郡の事例で、HoyoHoyoという外国企業が2011年に1万ヘクタールの土地の利用権を取得し、大豆などの生産を行なっています。二つ目はナンプーラ州メクブリ(Mecuburi)郡の事例で、LurioGreenというノルウェー企業が、2012年に住民との協議・契約によって870ヘクタールの土地の使用権を取得し、ユーカリの植林や大豆生産を行なっています。
両社とも住民との事前協議は行っていました。そこで約束されたことはほぼ同じであり、土地へのきちんとした補償、学校・病院・工場などの建設、雇用の促進というものでした。HoyoHoyoはらに、土地を奪うのではなく地元農民組織を支援するという約束もしましたが、いずれの約束も守られていません。LurioGreenは、植林後も同じ土地で主食のトウモロコシやキャッサバを栽培できると言って、農民から土地の利
用権を得ましたが、この約束も守られておらず、雇用も生み出されていません。
HoyoHoyoが土地使用権を得たグルエ郡には、もともと内戦中に放棄され共同組合に使われていた国営農場があり、内戦が終結した後の20年間は帰還農民らが耕作していました。モザンビークには、10年以上土地を耕作した農民はその土地に対する権利を主張できることを規定した土地法があります。しかし、2009年頃から政府が「土地は政府のものだから政府が自由に企業に貸与できる」と主張し始め、2010年頃から農民が強制退去させられました。作物を引き抜かれ、ブルドーザーで土地を破壊されるということが起きたのです。移転先は約束されましたが、沼地で耕作できるような土地ではなかったようです。伝統的権威を持つチーフが新たな土地を探し、HoyoHoyoに整備の協力を依頼しましたが、補償金を支払ったので自分たちだけでやってくれと言われました。しかし、その補償金は適切に支払われたのではなく、10ヘクタール分を1ヘクタール分に減少させて支払われるなどしました。
一方でメクブリ郡においては、農民がLurio Greenから栽培できると言われていた作物が栽培できませんでした。また住民との契約では、土地の範囲は840ヘクタールだけであったにもかかわらず、最初に契約した土地の独占的な使用が既成事実化しただけでなく、現在人々が使っている最も肥沃な土地でも強制的に植林が開始され、住民は土地を使えなくなりました。補償金や代替地はないそうです。雇用に関して、契約時に男性と女性の仕事内容が違うと言われていたにもかかわらず、女性に重労働が課され、ノルマを達成しないと給料が支払われないということもありました。それに対して不満を述べたところ村人全員が解雇され、村の外から労働者が連れて来られたと聞きました。
こうして土地を失った農民の生活は、どのように変わったのでしょうか。グルエ郡において農民はかつ一日4回も食事をとることができました。農民は、「お金は畑から生み出されていた」と言います。かつてはそのお金で子どもたちは学校に通い、中学校の寮に入ることもできたし、大学に行くこともできました。いまでは深刻な飢えに直面し、学校に行けなくなった子どもや若者はすることがなく、食物が不十分であるために盗みを働くようになったそうです。
メクブリ郡ではかつて農民はさまざまな種類の作物を生産し、ストックも十分ありました。それを販売することで子どもの教育費を負担し、年中十分に食べることもできました。しかしいまでは、代替地も用意されておらず、かつて使っていた古い土地を使うしかなく、生産も上がらない。一日一食で常に空腹だ、このままでは飢えてしまうと、農民は訴えていました。肥沃な土地を求めてコミュニティーを離れる人もいて、コミュニティー崩壊の危機が叫ばれています。
土地収奪による問題は他にもあります。HoyoHoyoはグルエ郡で大豆を植えており、Lurio Greenもメクブリ郡でのユーカリの植林と同時に、現在ではすでに別の広大な土地で大豆を栽培しています。モザンビークのゲブーザ大統領のファミリー企業や、ブラジルの主要大豆生産企業Pincessoなどのプロサバンナ事業の関係者が関わっているAgroMozという企業も昨年からグルエ郡で大豆生産を行なっています。464人の農民が3,000ヘクタールの土地を手放しましたが、農民は1ヘクタールあたり約1,500円の補償金をもらっただけで土地を失いました。さらに、プロサバンナ事業のマスタープランを策定するブラジルのコンサルタント(FGV)の関与が指摘されています。今回調査したプロサバンナ事業の対象地では、事業の合意がなされた2009年以降に大豆の生産が始められており、現在、植林から大豆の生産に転換する事例が加速度的に起きているということがわかりました。そして、これらの企業が土地収奪を起こしているのです。
これまで見てきたとおり、農村においては日常的に人権侵害が、しかもそれが政府関係者によって起こされています。モザンビークでは土地法によって住民・農民の土地に対する権利は守られているにもかかわらず土地収奪が多発しており、政府が国民の権利を守っていないと指摘することができます。また、土地は足りているどころか奪われています。しかも、最も生産性の良い土地が奪われているのです。このことは、投資と小農が共存できていない実態があることを示しているでしょう。今後、事業の中で移転をした住民の権利が守られないことは容易に想像できます。小農の権利を守るためにプロサバンナ事業には何ができるのか。このまま事業を進めると、現在起きている問題を悪化させ加速させるだけになるでしょう。