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『グローバル・エイズ・アップデート』200号を達成して

稲場雅紀インタビュー
E-magazine “Global AIDS Update” no.200 have been published

『アフリカNOW』 No.96(2012年11月発行)掲載

稲場雅紀
いなば まさき:1969年生まれ。1990年代初頭から横浜市寿町の日雇労働者の保健・医療の問題に取り組んだ後、1994年から動くゲイとレズビアンの会のアドボカシー部門ディレクターとして性的少数者の人権問題や国内外のエイズ問題などに取り組む。2002年より、AJF国際保健部門ディレクターとして主にアフリカのエイズ問題についての調査や政策提言に従事。2009年以降、ミレニアム開発目標(MDGs)達成のためのNGOネットワーク、動く→動かす(GCAP Japan)の事務局長。


2004年10月に創刊されてから今日まで約8年間にわたって、「主にエイズなど地球規模の感染症をとりまく、国際保健の最新情報をお届けすること」をモットーに隔週で発行してきたメールマガジン『グローバル・エイズ・アップデート』(Global AIDS Update)は、2012年7月16日号で創刊から200号を達成した。購読者も現在では1,300人を上回っている。ここでは、『グローバル・エイズ・アップデート』200号の特別企画として掲載された編集責任者の稲場雅紀さんへのインタビューの一部を紹介する。インタビューの全文と200号に寄せた寄稿は”melma!”の次のURL、または以下のブログに掲載されている。

http://www.melma.com/backnumber_123266/ (2020年3月13日:melma!のサービス終了)
http://blog.livedoor.jp/ajf/ (過去記事をカテゴリーごとに掲載したブログ)


『グローバル・エイズ・アップデート』を創刊するようになったきっかけはどういったものでしたか。

『グローバル・エイズ・アップデート』の創刊当時、国際的なエイズ問題の情報があまりにも日本国内で紹介されていませんでした。保健医療や援助業界に関わる人たちの間だけで、偏った情報が紹介されていただけでした。しかしエイズは、「医療」的なアプローチや上からの「開発」のアプローチだけでは解決のつかない課題です。とくにHIV感染の可能性に最も直面している、男性とセックスする男性(MSM)やセックスワーカー、移住労働者、薬物使用者などのコミュニティーについては、開発関係者や医療従事者が「上から」手を差し伸べるなどといったアプローチでは解決しない。当事者自身が「コミュニティーの健康を守る担い手になる」ということが必要です。

そこで、NGOなど市民社会がウェブサイトやメールマガジンなどで情報発信を担う必要性を感じたというのが発端です。また、青年海外協力隊のエイズ対策隊員や現場でエイズ啓発プロジェクトを行う人から、現地でアクセスできる情報だけでは限界があるので、マクロな視点での最新のエイズ対策の動向や他地域の対策方法も知りたい、というニーズを聞いていたことも創刊のきっかけになりました。実際にカリブ海の島でエイズ対策に取り組んでいるエイズ対策隊員から「参考になっている」というコメントをいただいたいたこともあります。

ということは、稲場さん独自の案だったのでしょうか。

8年前のある日、起きたときにふと発行を思いつきました。一方で、2002-2004年にAJFの事業として行った感染症研究会では、事務局長の斉藤さんが、グローバル・エイズ問題に関するさまざまな情報の翻訳を行っていました。そうした翻訳・編集作業をシステム的に行って、外部への定期的な情報発信としてシリーズ化したいという声もありました。

エイズ以外にも感染症全般を扱うのに、タイトルが「グローバル・エイズ・アップデート」なのはなぜですか。

最初のころはエイズの話題がほとんどでした。しかし2004年から、世界の三大感染症対策に迅速に資金を拠出する仕組みである世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の理事会に、私自身が先進国NGO代表団のメンバーとして参加するようになり、結核・マラリアの課題にもかなり関心をもつようになりました。実際、知的財産権や治療薬へのアクセス、二重感染問題など、重なる課題が多い感染症については、エイズだけでなく結核やマラリア、また、顧みられない熱帯病なども扱う必要が出てきたために、より多面的な情報を掲載するようにしました。

第100号記念号では、創刊した2004年から2008年にかけて、国際保健をとりまく状況がどう変化したかについて特集したそうですね。2008年以降についてはどうですか。

ミレニアム開発目標(MDGs)も中間地点が過ぎた頃の2008年9月にリーマン・ショック、世界金融危機が起こりました。さらに2011年以降に欧州経済危機も重なって、HIV対策への各国の資金拠出が先細りしつつあるのが現状です。特に問題なのは、「HIV/AIDSに分不相応に多額な資金が使われている」「MDGsの6番目の目標(HIV/エイズ、マラリア、その他疾病のまん延防止)は、保健分野のMDGsの中では一番成功しているから、ここへのお金は減らして、他の分野に使えば良い」というような風潮が、全体的な傾向として強くなってきていることです。実際には、これだけがんばっても、HIV治療は必要な人の4割強しか届いておらず、耐性の問題は深刻化しています。三大感染症でいえば、多剤耐性結核なども深刻です。新興国の発展に伴って大陸間の人口移動が拡大していますが、これと関連した国際的な感染症対策の動きはあまり見えていません。後になって「知らなかった」では遅いのです。

考えなければならないのは、「エイズばかりにお金が使われている」のではなく、「他の保健課題に十分な資金が投入されていない」ことが問題であるということです。世界基金が途上国に三大感染症対策として拠出した資金は、2013年7月までで合計で約170億ドルですから、年間平均で約17億ドル(1360億円)になります。この額で、途上国のマラリア・結核対策費の75%、エイズ対策費の22%を捻出しているわけです。これと比較すると、たとえばNHKの年間予算は毎年7000億円近くにのぼり、NHKだけで世界基金の5倍の資金を使っています。まして世界の軍事費の額と比較したら、国際保健に使われている資金量はごくわずかです。小さなパイを取り合うよりも、人々の健康を守ることにもっと多くの資金を、という取り組みこそが必要だと思います。

世界基金も大きく変わっていますね。

そうですね。2011年の欧州経済危機とあいまって、世界基金の拠出先の一部諸国での資金の不正使用などが喧伝され、世界基金は大幅な資金不足となりました。そこで、2011年11月の世界基金理事会で新規案件募集を2014年まで中止すること、G20の上層中所得国(ブラジル、インド、アルゼンチン、トルコ、中国、ロシア)には資金提供を行わないという決定をしました。

また、これまでの事務局長が辞任し、2012年に新設された事務局統括代表に、中南米の銀行界で活躍してきたガブリエル・ハラミヨ(Gabriel Jaramillo)氏が就任。「資金受託者の管理」(fiduciary control)の厳格化を中心とする組織の大改革を開始しました。すでに事務局は、部門配置を大きく変え、より多くの職員が案件の管理にあたる体制に変わっています。新規案件の形成のしかたも、これまでのラウンド制から大きく変わることになっています。この改革について、ドナー国側はいずれも歓迎の意を表し、かなりの額が拠出されました。結果として、新しい形での新規案件募集は2013年に再開されることになりそうです。

一方で、世界基金のあり方が、これまでの全員参加型から一部のドナー国主導の形にかなり変わったという批判もあり、市民社会も難しい対応を迫られています。

具体的なエイズ対策について、変化がありましたか。

ここ数年、予防・検査・治療のいずれについても、コミュニティーベースで人々の力を積極的に活用しようというものから医療ベースのものに大きく変えようという力が強まっています。予防では、サハラ以南アフリカでの男子亀頭包皮切除のように、個人の行動変容ではなく、HIV感染の可能性を一定程度減らせるであろう外部的処置によって、地域全体での感染リスクを減らし、個人ではなく国や社会の疾病負荷を軽減していこうという考え方が強くなっています。検査も、とにかくHIV陽性者を発見して治療につなげればよいと、これまでのプレ・ポスト・カウンセリングなどを強調する方法から、本人が拒否の意思表示をしなければ検査するという動き、さらには自宅でのキットによる検査まで推奨するなどの動きも出てきています。昨年、HIV治療を早期に開始してウイルス量を下げれば性的パートナーの感染を96%減らせるという研究が公表され、これを契機になるべく早い段階で治療を開始することが現在のトレンドになっています。

これは、国際保健における、最近のエビデンスベース(証拠に基づく/科学的根拠のある)の考え方の強化とも関係していると思いますが、コミュニティーレベルでのプライマリー・ヘルス・ケアと人権という要素が退潮し、大きな資金を費やした「実験」でエビデンスを作りだした上で、医療的なアプローチを主流化していこうという流れは、将来的に大きなリスクを生み出すのではないかと、私は懸念しています。この流れは、今よりもずっと巨大な資金を必要とする可能性があるので、これに乗るのであれば、エイズに対する資金が予測可能な形で恒常的に拡大する必要がありますが、その保証はどこにもありません。

国際保健に関わる課題も多様化していますね。

そうですね。2007~2008年ごろに、いわゆる個別課題対応型の保健アプローチに対して保健システムを強化するという包括的なアプローチが強調され、それに向けたイニシアチブが大きく作られようとした時期がありました。その時期に注目されたのが「保健人材」に関する課題でした。ところが、その後すぐに世界金融危機が訪れ欧米の経済が停滞したとたんに、この「保健人材」に関する課題の優先順位は急落し、その後、「ポリオ」「非感染性慢性疾患」「普遍的保健カバレッジ」などの課題に注目が集まっています。

これらの課題はいずれも重要ですが、さまざまな手法をミックスし、長期的に予測可能な形でコミットすること、また、対策を阻む各種の制度的・社会的な仕組みをうまく変え、政策一貫性(policy coherence)をつくり出していくことが不可欠です。最近の国際保健のトレンドは、減少する資金に対して、資金保有者への売り込みをねらった短期的な政策イニシアチブの乱立という傾向がいちじるしいように思います。現状のトレンドで、非感染性慢性疾患や普遍的保健カバレッジ、保健システム強化といった骨太な課題に本当に取り組めるのかどうか、はなはだ疑問です。

『グローバル・エイズ・アップデート』ではこれから、どのような問題に取り組んでいこうと考えていますか。

HIV/AIDSという課題にしっかりとこだわりつつ、この課題との関連で、前述した包括的な国際保健政策に関わる問題についてもフォローしていければと思っています。
また、英語だけでなく多言語の記事の翻訳に取り組む必要があると思っています。ロシア語やフランス語の記事を翻訳してくれるボランティアが、すでに制作に参加しています。196号でロシア語記事でウクライナのエイズ状況をお伝えしましたが、同国は東欧最大のHIV感染率を記録していることもあって、情報を追っていきたいと思っていたところでした。これからはフランス語やスペイン語、中国語と幅を広げて、中南米や西アフリカの地域の話題も、現地で話される言語で情報を集めていくことを予定しています。

ありがとうございました。最後に読者に一言。

エイズや感染症の問題を扱うことで、それらをとりまく社会状況全体を知る機会になります。エイズに関する一部のポジティブな評価の情報だけで、「感染症対策はうまくいっている」と軽視すべきではありません。エイズは、世界が国際保健に目を向ける最初のきっかけになりましたし、またMDGsの設定もエイズの問題が大きなきっかけになりました。このことを忘れないでほしいと思います。

2012年6月19日
聞き手:和田奈月(『アフリカNOW』編集部)


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