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ロンドンで大ヒットした南アフリカ発のモーツァルト

イサンゴ/ポートベロー・カンパニーの《魔笛》

London: Mozart’s “The Magic Flute/ Impempe Yomlingo”

 

『アフリカNOW』No.81(2008年6月30日発行)掲載

森岡 実穂
もりおか みほ:中央大学准教授。専門分野は19世紀イギリス小説、ジェンダー批評、オペラ表象分析。現在の研究テーマはオペラの諸演出の中のジェンダーやポストコロニアルな問題に関する政治的表象の分析。論文:「プッチーニ《蝶々夫人》における『日本』の政治的表象とジェンダー」(柏書房『日本近代国家の成立とジェンダー』収録)。


モーツァルトの名作《魔笛》は、彼のオペラの中でも特に愛されている作品です。シンプルだけれども魅力的なメロディの有名なアリアでいっぱいのこの作品は、いままでにも各国語・各種楽器に翻訳され、また子供用の短いバージョン、マリオネット劇場バージョンなどいろいろな形で上演されてきましたが、2007年冬にロンドンのヤング・ヴィック劇場に登場した《魔笛》は、南アフリカのケープタウンを本拠地とするイサンゴ/ ポートベロー・カンパニーによる「アフリカン・バージョン」でした。この公演は連日立ち見が出る盛況で、すぐに2008年初頭、ロンドンの劇場街ウエスト・エンドのデューク・オブ・ヨーク劇場での再演となりました。私も評判を聞いてから行ったので、2階で立ち見でしたが、そんな条件の悪さもなんのその。イギリスの誇る名指揮者サイモン・ラトルがこの舞台を観て「きっとモーツァルトも気に入ると思うよ」と言ったというのも、また英国演劇界でもっとも権威ある賞のひとつ、ローレンス・オリヴィエ賞の最優秀再演ミュージカルに選ばれることになったのも納得!という楽しさを味わうことができました。

その魅力は? と問われれば、ひたすら「すごくモーツァルトなところ!」といいたくなってしまうこの舞台。音楽は、ずらりと並ぶマリンバと各種打楽器、それにドラム缶やコーラのビンなどまでつかって演奏されます。マリンバにしても歌手にしても音が外れることはよくあるし、なにより全編アフリカのリズムにのって演奏されるので、「正確な」演奏が欲しい人向きではないのですが、演奏から発するこのいきいきしたパワーはまさにモーツァルト! 舞台から発するビートにのって、劇場全体がおもわず身体をゆすりながら聴いてしまうようなあのうきうきした感じはちょっと得がたいですよ。特にヤング・ヴィック劇場は、客席に三方を囲まれた平台の舞台設定だったので、役者と観客の立ち位置がとても近く、客席との一体感がより強く感じられました。

私のお気に入りは、まずパパゲーノの最初のアリア「おいらは鳥刺し」。ピンクのつなぎを着た女性コーラスが一列に並んで、身体を揺すりながらアカペラで「パパゲノパパゲノパパパパパ♪」と分散和音で伴奏のリズムを刻み、そのコーラスに乗っかるように、中央で気分よくパパゲーノがメロディを歌うところは、まるでミュージカル映画のレビューシーンです。また、タミーノがパミーナの肖像画を見せられて恋におちるアリアでは、彼の高揚する気持ちが自然にひろがっていくかのように、人々がどんどん歌に参加してフロア全体が歌い踊りだすような流れがつくられていました。声は動きをさそい、動きは踊りになってすぐ祭りになっていく。通常のオペラの世界では、アリアのときには歌手の動きがニブくなることもまだまだあるので、「油断すると踊っちゃうよ!」といわんばかりの、歌と動きの垣根の低さには純粋に感動しました。

また、凶悪なはずのモノスタトスの部下がかわいらしく踊りだしてしまうところは、普通に上演しても楽しい部分ですが、今回の魔法の鈴は、コーラのビンに水を入れて音程を変えたものを持った10人弱がずらっと並んでハンドベル隊のように演奏するというもので、音色面でも視覚面でもものすごくチャーミングでした。

《魔笛》は、奇妙なねじれがあるお話なのですが、基本的には、選ばれた人間の共同体への参入資格の物語として考えられると思うんですね。裏を返せば排除の物語。かわいそうな母親として登場した夜の女王はいつの間にか「悪者」になっていて、この母親に頼まれて娘の救出に行ったはずのタミーノは、到着した先でも同じようにあっさり説得されて、そっちの共同体への参加資格を取るために頑張り始めます。でも、女性はそんなに無条件に愚かと考えていい存在なの? 彼にとってはどっちにしてもパミーナと一緒になることが最終目的だから、そこは大きい問題じゃないの?? 現代の人間としてその辺がいまひとつ納得できないので、ザラストロ教団がいかにも排他的・権威主義的だったりする上演は気に食わないのです。ワーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の若者ばりに、自分にお墨付きをくれた教団にでも疑問をもって「NO !」の意思を示してみせるタミーノがいたっていいんじゃないの?! (だから来日公演もあったペーター・コンヴィチュニー演出で、教団の権威自体が問われていたのはすごーく納得できました。共同体を続けるために人間がいるわけじゃないんだよ!)

今回の《魔笛》では、夜の女王の一団が脱出に際しザラストロ側の人間を殺めるというテロリスト的な描写まで入っていましたし、やはり女王を「悪者」扱いすること自体はどうにもならなかったようで、そこはちょっと残念でした。しかし、ザラストロたちのコミュニティについては、ここに具体的な人情味が描かれるとずいぶん印象が違うことに驚きました。終盤、水の試練をくぐり抜けようとしたタミーノとパミーナは、おぼれて意識を失った状態で救出されます。ここで村総出で、男女入り混じって皆で命を救うプロセスを入れることで、この共同体が彼らを形式や組織そのもののためではなく、まさにともに生きる仲間として受け入れようとしているように感じられました。同時に、モーツァルトの時代にはあって当然でも、今の社会だと多少疑問に感じられる徹底した身分や性による区別・差別の問題も、こうした全員での共同作業が前面に出ることで、いい具合に曖昧に解体されていたのではないでしょうか。

このときパミーナはすぐ息をふきかえすのですが、タミーノは最初、皆の呼びかけにも動かぬまま。大騒ぎの人々のなか、タミーノをこの集団に迎えるための試練にかけるのを最後まで反対していた男性が、ザラストロに向かって、「危険は分かっていたじゃないか」といわんばかりの、抗議するような視線を投げかけます。ああ単に排他主義で反対してたんじゃないんですね、彼なりにタミーノの安全を考えてくれていたのでしょう。いろいろな立場から照らしだされる、「ともに生きる」ことについての物語、そう考えれば《魔笛》も結構いい話かな、と思える公演でした。

制作のイサンゴ/ポートベロー・カンパニーの中心人物エリック・エイブラハムは南アフリカ生まれ、もともとBBCの特派員として働きつつ人権活動をしていましたが、1976年にアパルトヘイト下の政府に軟禁されその後亡命、イギリスでBBCのTVプロデューサーとして活躍してきたという経歴の持主です。2005年から劇場での舞台制作を開始して大きな成功を収めていますが、その一環としてこの南アフリカベースのカンパニーをプロデュースしています。作・演出のマーク・ドーンフォード=メイは、『ウ・カルメン・イ・カエリチャ』で2005年ベルリン国際映画祭金熊賞を獲り、本作以前にも『ミステリー』などの舞台で高い評価を得ていたイギリス出身の演出家で、現在はケープタウンに居を置いています。また、ロンドン初演時の上演劇場ヤング・ヴィック劇場の芸術監督デイヴィッド・ランも南アフリカ出身です。

彼ら自身も認めるように、今回の《魔笛》は、イギリスでの南アフリカ関係劇場人のネットワークが最良の形で作用した一作ではないでしょうか。ミュージカル『ウモジャ』や、来日公演もあった『モローラ』などに続き、いまの南アフリカの演劇界のパワーを伝えてくれる本作、きっと再演もされるでしょうし(国外ツアーの予定があるようです)、また新作も楽しみです。機会があったらぜひとも一度ご覧ください!

“The Magic Flute/ Impempe Yomlingo”
Adaptation and Director: MARK DORNFORD-MAY
Producer: THE ISANGO/PORTOBELLO COMPANY, THE YOUNG VIC THEATRE
Music Director: MANDISI DYANTYIS
Cast: MHLEKAZI ANDY MOSIEA (Tamino), ZAMILE GANTANA (Papageno), PAULINE MALEFANE (Queen of the Night), SIMPHIWE MAYEKI (Sarastro)
Debut Performance: THE BAXTER THEATRE in Cape Town (Oct. 12, 2007 – Nov.3, 2007)


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