• info@ajf.gr.jp
  • 〒110-0015 東京都台東区東上野1-20-6丸幸ビル3F

アフリカゾウの保護がもたらす村の被害

Communities attacked by carefully-protected African elephants

アフリカゾウから村を守る方法
How to protect communities against African elephants

『アフリカNOW』111号(2018年8月31日発行)掲載

岩井 雪乃
いわい ゆきの:早稲田大学・准教授、博士(人間・環境学)、専門は環境社会学。AJF 副代表、アフリック・アフリカ理事。アフリカゾウによる獣害問題について研究・対策プロジェクトを展開中。 西欧由来の自然保護政策に翻弄されながらも、たくましく柔軟に生きるアフリカの人びとに魅了されている。国内でも狩猟免許を取得して、獣害問題に取り組んでいる。


アフリカゾウが生息する国々では、近年、ゾウが農作物を食い荒らしたり、人間に危害を加える事態が増えている。一方で、密猟によってアフリカゾウの数が減っている地域もある。国際社会と各国政府は、アフリカゾウの保護には資金を費やしても、ゾウによる被害への対策はほとんど講じられていない。この状況のもとで、毎日ゾウに襲われている農民は、どうやって自分たちの生活を守っているのだろうか。

ゾウが害獣?

日本では、多くの人たちが「ゾウは賢く温厚な動物」というイメージをもっているのではないだろうか? しかしそれは、飼育されているゾウの場合であり、調教されているゾウにしか当てはまらないイメージなのだ。自然の中で生きるゾウは、「野生動物」である。「温厚」というのは、とんでもなく誤ったイメージだ。例えば、日本の山にいる野生のクマを思い起こしてほしい。ふだんは、人間の目を避けてひっそりと暮らしている。しかし、何かのきっかけで人に出くわしてしまったら、自分や子どもを守るために人間を襲ってくることもある。それはゾウも同じだ。そして、ゾウが本気で攻撃したら、人間などひとたまりもなく簡単に殺されてしまう。

そんな野生のゾウが害獣化する問題が今、アフリカのゾウが生息する国の多くでおこっている。その原因と現状については、拙著『ぼくの村がゾウに襲われるわけ。-野生動物と共存するってどんなこと?』(2017年、合同出版)に著した。本稿では、前掲著を出版したあとに、さらに進んでいる現地の最新の状況を伝えたい。舞台は、わたしが過去20年にわたって研究とボランティアプロジェクトを続けてきたタンザニアのセレンゲティ国立公園(Serengeti National Park)である。

タンザニア・セレンゲティにおけるゾウ害

ゾウによる被害(ゾウ害)は、human-elephant conflict と呼ばれている。タンザニアは、アフリカ大陸の中でもゾウの個体数が多い3つの国の一つである(他の2国は、ボツワナとジンバブエ)。そして、全国の動物保護区にゾウは生息しているため、全国各地の保護区周辺でゾウ害が発生している。

そもそも、ゾウによる被害とはどのようなものなのか? タンザニア・セレンゲティ県の中でも被害の多いミセケ村A 地区の場合を見てみよう。A 地区は、8km にわたってイコロンゴ猟獣保護区(Ikorongo Game Reserve)に隣接している。その猟獣保護区の背後は、セレンゲティ国立公園という四国と同じ面積をもつ広大な動物保護区につながっている。村と保護区の境界には柵など囲いはなく、ゾウを含めてすべての動物は自由に行き来

することができる。その A 地区の人口は約1,500人で、ほぼすべての世帯が農業を主な生業とし、補完的に家畜飼養もしている。1世帯の平均的な耕作面積は5エーカー(約2.2ヘクタール)で、主たる作物は、トウモロコシ、ソルガム、キャッサバである。農業では年2回の収穫期があり、2-6月の大雨季と9-12月の小雨季に耕作している。降水量は年間900mm ほどあるため、順調に収穫できれば販売して、農作物から大きな収入を得ることも可能である。しかし、数年おきに干ばつがあり、まったく収穫できない年もしばしばある。

このようなA 地区でゾウの害が出るようになったのは、2005年ごろからであった。はじめのころは、1 頭や数頭のゾウが、年に数回、村に入ってくる程度だった。それが、年とともに群れのサイズが大きくなり、村に侵入する回数も増えていき、2010年からは甚大な被害を出すようになった。2017年2-8 月のわたしの調査データでは、平均群れサイズは10頭で、多い時には70頭もの群れがきていた。侵入回数は、13回/月で、平均すると2-3日に1回ゾウが来ている。これは、そこに生活している住民の感覚からすれば、ほぼ毎日ゾウに襲われているのと同様で、ゾウにおびえながら暮らしている状況なのである。ゾウ群が畑に入ると、数時間であるだけの作物を食べ尽くしてしまう。

特に、収穫直前の畑に入られた時の農民の怒りと悔しさは、言葉では言い表せないほど大きい。5ヶ月にわたって、毎日、炎天下のなか労働して育ててきた作物が、収穫を目前にして、一夜で食い荒らされてしまうのである。そして、その後の生活は食糧不足に陥り、食糧購入を優先させるために子どもの教育費や医療費を削減して、生存するためにやりくりしなければならない。生活の質が、ゾウによって大きく下げられてしまうのである。また、村の中まで侵入してきたゾウと出くわして、村びとがゾウに襲われて殺されてしまう事件が起こることもある。2015年は、セレンゲティ県で4名がゾウによって殺された。このような状況では、「ゾウが憎い、殺したい」と語る農民の心情はもっともである。

農民たちの命がけの対策

このように生活と生命を脅かすゾウに対して、農民はどのように対策しているのだろうか。農民たちは、なんとかゾウを畑から追い払おうと努力をしている。これは命がけだ。ゾウは体高4-5m、体重6-7トンもある。そんな巨大な動物に襲いかかられたら、人間などひとたまりもない。しかし、その相手に、タンザニアの農民は何の武器も持たずに立ち向かわなければならない。ゾウはタンザニアの法律で厳重に保護されている動物なので、農民がゾウを殺すことは許されていないからだ。かつては、この地域の民族イコマは弓矢を使っていた。動物を狩猟して食べたり、護身用の武器にしていた。しかし、自然保護政策にともなって弓矢による狩猟は禁止されてしまい、1980年代からは弓矢をもっていると密猟者とみなされて逮捕されるようになってしまった。

昨年(2017年)、ゾウが村に入ってきた時に、ある農民が護身用に弓矢を携えてゾウを追い払いに行った。ゾウを攻撃することが目的ではなく、あくまでも、ゾウが自分に向かってきた時の自衛が目的だった。ところがその時、動物保護区の職員が、弓矢をもっている農民を逮捕しようとしたのである。農民たちと保護区職員の間で小競り合いが起きて、一触即発の事態になった。保護区職員は、農民が弓矢でゾウを傷つけようとしている、すなわち密猟者だと言うのだ。しかし、そこは村の土地で、今、目の前で、畑の中にゾウが入って作物を食べている状況だ。農民が命がけで生活を守ろうとしている、まさにその最中に、保護区職員はゾウを追い払うのを手伝うどころか、弓矢をもっていた農民を逮捕しようとしたのだ。それ以来、農民は追い払うときに弓矢をもつことができない。追い払っている過程で、ゾウが彼らに向かってくることもあるというのに。その時は、ゾウにやられて死ぬしかない。それが、セレンゲティの農民が置かれている状況なのだ。

ワイヤーフェンスと追い払いチーム

それでも、畑を食い荒らされるのを黙って見ていたら自分たちが生きていけない。なんとか、ゾウを傷つけずに脅かして追い払う方法はないかと、農民は試行錯誤を重ねている。ゾウがまだ少ない頃は、懐中電灯が有効だった。ゾウは、人間を避けて夜に畑にやってくるのだが、懐中電灯で照らすと、怖がって保護区へ逃げていった。しかし、3年ほど経った2014年には慣れてしまって、恐れなくなった。

そこで、2015年から導入している方法は、ワイヤーフェンスである。ワイヤーフェンスは、たった1本のワイヤーで、電気が通っているわけでもない。「こんなものをゾウが恐れてくれるのか?」と半信半疑ながらも、効果があったと言う農民からの情報をもとに、保護区と村の境界線に設置した。驚いたことにその効果は絶大で、今のところ、ほとんどのゾウがワイヤーを警戒して大きな効果を挙げている。2016年には8割の畑は被害を受けることなく収穫することができた。農民たちは「こんなに大量に収穫できたのは5年ぶりだ」と喜んでいた。

しかし、ワイヤーフェンスを設置したからといって安心することはできない。ゾウは頭がいいため、ワイヤーに近寄って嗅ぎ回り、危険がないと判断すると壊して入ってきてしまう。そのため、ワイヤーの効果を持続させるためにも、人間が出て行って脅かして、ワイヤーから遠ざけて保護区の中までゾウを追い返す必要がある。A 地区では、2016年から青年たちが「追い払いチーム」を組織して、協力し合いながらゾウを追い払う活動を進めている。チームメンバーは、保護区との境界にある大きな岩山を見張り台にし、雨の日も風の日も寒い日も、毎晩そこで寝泊まりして、村に近づいてくるゾウを見張っている。ゾウを発見すると、携帯電話で連絡してメンバーを集め、20人ほどのチームになって、銃声のような大きな爆音のする爆竹器を使ってゾウを追い払うのである。フェンスを嗅ぎ回っている段階では、ゾウは比較的簡単に保護区に帰っいく。村の中まで入って作物を食べはじめてしまうと、ゾウも目の前にあるおいしい餌を食べたい欲求が高まっているので、追い払うのがとても難しくなる。

こうして、何とかかんとかこの3年間は、A 地区ではゾウの被害を少なく抑えることができている。しかし、それでも、まったくゼロにはできていないし、ワイヤーフェンスや爆竹器に慣れていくゾウも観察されている。フェンスを壊そうとする個体が増えてきているし、以前は爆竹器の音で一目散に走って保護区に逃げていたゾウたちが、最近は50mほど走ると止まって様子をみるようになってしまっている。賢く学習能力の高いゾウは、同じ方法をずっと使っていると慣れてしまう。その時に備えて、村びとと共に、わたしも頭をひねりながら、次の新しい対策を模索している。昨年は、追い払いチームの装備拡充の支援として、懐中電灯、それを充電するためのソーラーシステム、爆竹器を支援した。今年は、雨の日でも見張りがしやすくなるように、見張り小屋を建設している。今後も、試行錯誤しながら支援を進めていく計画である。

長期的対策の欠如

このように現場レベルでは、短期的な対策を次々と繰り出して、被害を抑えようとしている。では、この問題の長期的な解決はどのように可能なのだろうか?

日本の獣害対策では、3つの対策、すなわち1)誘因除去(野生動物の餌となるものを除去)、2)農地への接近防止(防護柵の設置など)、3)個体数管理(加害動物を駆除)を総合的に実施することが必要だとされている(鳥獣被害対策基盤支援委員会、2016)。1)誘因除去は、農業が縮小しつつある日本特有の状況で、放棄された果樹や畑の作物が野生動物を誘引している状況に対する対策である。セレンゲティ県では、食糧が不足しているので、作物が放棄されることはなく、誘因物は基本的に存在しない。また、2)農地への接近防止は、前述のようにワイヤーフェンスと追い払いチームで対策している。そして、農民レベルでは手をつけられないのが3)個体数管理なのである。

セレンゲティのゾウの個体数は増加しており、ゾウ害拡大の一つの要因と考えられる。セレンゲティのゾウは7,500頭いるが、これは8年間で2倍に増えているのだ(WWF 2014)。しかしタンザニア政府は、全国的にはゾウの個体数が減少していることを理由に、加害するゾウを駆除したり、計画的に個体数を減らす対策はとっていない。ここには、ゾウの密猟対策と保護に多額の資金を提供している国際環境NGO やドナー国への配慮も働いている。そのため、農民がゾウ害対策として個体数管理を求めても、政府は何の計画も出さないのである。

また、他の要因として考えられるのは、ゾウが人間を恐れない、人慣れしてしまっていることである。かつては、住民は弓矢を常にもっていて、ゾウを積極的に狩猟するわけではないが、村に近づいてくるのを発見したら弓矢で追い払っていた(イコマはゾウを民族の神として崇めているため、殺すことは慣習で禁じられている)。しかし、住民の弓矢による狩猟が禁止され取り締まりが厳しくなった1990年代からは、弓矢でゾウを脅かすこともなくなった。そして、国立公園の観光客数は急激に増加しており、ゾウに接近して写真を撮っている。そのような経験を通じて、ゾウが人間を安全な生物と認識してしまい、村にも出没してしまうのだろう。

日本では、人慣れして里に出没するサルの群れへの対策として「群れ管理」が推奨されている。これは、動物の分布や行動圏を「群れ」を単位として把握し、その上で計画的に管理する手法である。それは、無差別に捕獲して数を減らすのではなく、「悪質な加害個体の除去」「群れ規模の縮小」「群れの除去」など、捕獲の目的を明確にし、長期的計画のもとで実施するものである。セレンゲティにおいても、群れで行動するゾウに対して、このような群れ管理を実施することが求められる。しかしそのためには、群れの基礎データの収集が欠かせない。群れの数やその分布、年間の行動圏などを、GPS 発信機を使って調査する必要がある。それには巨額の費用がかかるため、タンザニア政府に実施予定はない。わたしの目下の課題は、この群れ基礎データを収集するための資金と技術をいかに集めるか、という点にある。さまざまな組織に連携を打診しながら、実現したいと考えている。

おわりに

本稿では、セレンゲティ県におけるゾウ害の深刻さを示し、それに対する農民の命がけの追い払いの様子を伝えた。その上で、長期的解決に向けて、ゾウ群に関する基礎データが必要であることを示した。

そして、わたしが読者に考えてほしい最大の問いはこれである。

「自然保護の利益を得ているのは誰か? 自然保護の負の側面を被っているのは誰か?」

セレンゲティには、多様なステイクホルダーがかかわっている。地元の農民、タンザニア政府、観光客、観光企業、環境NGO、ドナー国……。これらの中で、地元農民が不当に不利益を被っていることは明白だ。同じような構造が、世界の自然保護区で生じていることを、みなさんには想像してほしい。

【参考文献】

鳥獣被害対策基盤支援委員会 , 2016,『 野生鳥獣被害防止マニュアル:改訂版イノシシ・シカ・サル実践編』

Tanzania Wildlife Research Institute (TAWIRI), 2010, Tanzania Elephant Management Plan 2010-2015.

WWF, 2014, Aerial Total Count of Elephants and Buffaloes in the Serengeti-Mara Ecosystem.


アフリカNOWリンクバナー