地方発信の農業が若者の潜在能力を生かす
Organic farming in rural KwaZulu-Natal develops the potential of the local youth
アフリカNOW105号(2016年6月30日発行)掲載
執筆:平林 薫ひらばやし かおる 派遣会社からANC 東京事務所への勤務がきっかけで南アフリカを知る。1997年から同国在住。TAAA 南アフリカ事務所として2003年よりクワズールーナタール州において学校への支援活動を行っている。海とズールー人が何よりも好き。地元の人たちと地域おこしに携わるのが夢。地方発信の農業が若者の潜在能力を生かす。
ヒバディーンに暮らす
南アフリカ・クワズールーナタール州の港町、第3の都市ダーバンを離れ、約100km 南の小さな町ヒバディーンに移って4年半になる。この地域の人たちにとってダーバンに出て仕事をすることが「成功」と言えるため、何でわざわざダーバンを離れて田舎に来るのか、ましてなぜ日本からこの場所に移住するのか、疑問に思う人もいるようだが、その質問にはいつでも「私はずっとここに来たかったの」と答える。
私がこの地域に惹かれたのはもう20年以上前、初めて南アフリカを訪問した時だった。サーフィンが好きな私は、「いい波があって美しいビーチ」をそれまでに幾度となく見てきたが、この地域は海だけでない、何か特別な印象を受けた。土地に関して何の知識もなかったが、「ここに住みたい」と思ったことを鮮明に覚えている。だから私にとって「やっと自分の故郷に戻れた」気分なのだ。
ズールーは天と言う意味で、クワズールーはまさに「天国」。この地域の景色を見ると、ここは天国だ、と名付けたのが納得できる。私が住むヒバディーンは、四季はあるけれど冬はそれほど寒くなく、夏も日陰に入ればさわやかで、日本で言えばちょうど沖縄くらいの気候だろうか。「アフリカに住んでいる」と言うと「大変でしょう」とよく言われるが、実はとても住み心地のいい場所なのだ。
私は南アフリカでの最初の数年をジョハネスバーグで過ごした。2015年3月に久しぶりにジョハネスバーグのサントンを訪問したが、何だか別の国にいるような感覚だった。開発が進み、先進国の都市と変わらぬ姿にうれしく思う反面、もうかつてのジョハネスバーグではないのだな、と少しさみしくも感じた。やはり私にとって、クワズールーナタール州の南部地域が「世界中で一番素敵な場所」なのだと再確認した。
さてその「世界一の地」なのだが、他の南アフリカの遠隔地域同様にこれと言った産業がないため失業率が高く、高齢者に支給される年金に頼って生活する家庭が圧倒的に多いのが現状である。地域の人々、特に若者が仕事に就くためには、産業のない村から町に出ることをまず考えるが、町に出ても仕事を得られる保証はなく、地元で生活できる道を模索することが緊急の課題となっている。
今、南アフリカでは「社会の抱える問題をもうアパルトヘイトのせいにするな」という声を耳にする。成功するか否かは人それぞれの能力や努力によるものだ、と。しかし、アパルトヘイトが終了して新しい国へと再出発したとき、すでに教育や経済面で大きな格差があり、スタートラインは平等とは言えなかった。アパルトヘイト政策の下で心身共に傷つけられ、経験の機会も奪われてきた人たちが、自分たちで仕事を始めたくても何をどうしたらいいのかわからない、というのは当然であろう。この地域で農業と言えばサトウキビ栽培のような大規模農業のことであり、「農業に従事する」ということは、「大農場の労働者になる」ということなのだ。だから、政府が「農業で雇用拡大を図る」と言っても、季節労働が主であるサトウキビ畑の労働者を想像していては、人々にはピンとこないのだ。
TAAA の有機菜園活動と若者の意識変化
私が駐在員を務めているアジア・アフリカと共に歩む会(TAAA)は現在、国際協力機構(JICA)草の根技術協力事業で学校を拠点とした有機菜園活動を行っている。対象校に菜園委員会を設置し、クラブ活動のような形で畑作りをする。活動を通して農業に興味を持ち、実力を発揮し始めた生徒がおり、将来就農につながる期待も出てきている。活動を行う中で強く感じるのは、地域の人たち、若者の持つ潜在能力だ。また、地域は気候が良くて土地も広く、特に農業に関して言えば土壌が良く、良質の作物がとれるなど、大きな可能性を持つ場所である。つまり、環境と人材はそろっており、あとは何をするか目標や方向性を定めること、それを実行するための具体的な方法と資金の確保が課題であると言えるだろう。
学校で生徒に「将来何になりたい?」と尋ねると、自分たちが見たり聞いたりしたことのある警察官、看護師、ソーシャルワーカー、教師など、限られた答しか返ってこない。小学生ならまだしも、高校生になっても職業に対する認識が低く、結果として将来の目標や進路が定まらない。生徒たちは菜園活動を通して畑作りが職業のひとつの選択肢となること、農業は決して大農場で行われるだけのものではなく、いろいろな関わり方があるということを学んでいる。
TAAA は学校での図書活動支援も継続して行っており、対象校で生徒ができるだけ多様な体験をする機会を設けている。最近では、学校図書室に有機農業や食糧、栄養などに関する本が欲しいというリクエストもあり、菜園と図書の2つの活動が相乗効果を生んでいることを実感している。
日本の若者と農業の地域力
今回の帰国(2015年12月)では、日本の地方における活性化が進んでいることに目を見張った。若い人たちが自分の故郷や思いを持った場所で農業や様々な産業に携わり、作物や商品を通してその土地の魅力を発信している。村で生まれ育った若者が都会で働いた後、実家の仕事を継ぐために帰ってくるケース、都会で生まれ育った若者が、何らかのきっかけで過疎化した村に移住して生活するケース。いずれにしても若い人たちの流入はその村を活気づけることになる。
テレビのドキュメンタリーで強く印象に残ったのは、地域活性化のために地方で有名シェフを招いてレストランを開業し、若手シェフの育成も行うという取り組みだ。東京など都会から来た若手シェフたちは、地元の野菜生産者から旬の素材について学び、それを最大限に生かした料理を作ろうと奮闘する。取り組み自体も興味深いものだが、若いシェフの卵たちが生産者と交流し、学んでいく姿は、これからの食のあり方について考えるきっかけともなった。私たちの地域でも長期的には若者たちが有機農業をベースに村おこしができたら、と考えており、日本での取り組みは大変興味深く、参考になる。
地方から豊かさを創造する
私たちに有機農業を指導してくれている専門家のリチャード・ヘイグ(Richard Haigh)氏は、農業とは環境に配慮しながら作物や家畜を育て、新鮮な収穫物をおいしく、栄養のある食事としていただくこと、と力説する。だから彼の研修会のプログラムには調理もあり、ほとんどの生徒にとっては初めての体験になる。研修会に参加した生徒のアンケートには、パンやマヨネーズ作りが楽しかった、と言う声もあり、これをきっかけに、将来シェフになりたい、という生徒も出てくるかもしれない。
都会育ち(?)の私は、学校菜園事業に携わるまで畑作りをしたことはまったくなかった。ジョハネスバーグやダーバンでは集合住宅に住んでいたため、せいぜい観葉植物を育てるくらいで、自分自身の「農業体験」に乏しかった。今、ヒバディーンではハーブや果物を育てており、今年の春は100%有機のイチゴを収穫した。また、食べた後にそこら辺にまいたパパイヤの種が育ち、今では自分の顔くらいの大きさの実を収穫している。ただ、うちの庭はサルのテリトリーなので、サル対策には苦心しているが……。それでも収穫はモチベーションになり、実体験の大切さを学んだ。
現在、世界には経済のグローバル化に伴う弊害が蔓延しており、日本と南アフリカ、異なる文化や歴史を持つ2つの国でも程度の差はあれ、格差や貧困など同様の問題を抱えている。今こそ改めて地方の力を見直し、金銭では計れない豊かさや幸せを求める方向に進んでいくときではないだろうか。事業対象校の一つで山間部のカティ高校の生徒は、「将来、有機農業に携わり、おいしく栄養のある作物を育てて地域の人たちに食べさせたい」と言った。何とも頼もしい限りだ。私はこの地域の人たちと活動し、地域住民として生活できることをとてもうれしく思っている。