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薬物問題とエイズがタウンシップに落とす影

The drug abuse problem and the HIV /AIDS cast a shadow over township in South Africa

『アフリカNOW』105号(2016年6月30日発行)掲載

執筆:小山 えり子
こやま えりこ NGO ニバルレキレ代表。社会福祉士。精神保健福祉士。サウスアフリカ大学にてHIV/エイズ・ケア・カウンセラーコースを修了。HIV/エイズや貧困の影響を受ける人々のエンパワメントを目的に、エイズ孤児や遺族の生活支援、コミュニティセンター運営等実施。2014年からは薬物乱用防止とリハビリの活動を現地NGO と一緒に始めている。


南アフリカの若者の薬物乱用と依存の現実

近年、南アフリカでは若者の薬物乱用と依存の問題が表面化している。政府はCDA(Central Drug Authority) を立ち上げ、すべての自治体に薬物問題対策を行う義務を課している。タウンシップ(アパルトヘイト時代に都市に設置された黒人居住地区)やその周辺にあるインフォーマルエリア(1994年の民主化以降に農民や失業者が流れついて居住区にしていった地区)ではエイズ治療薬を大麻やヘロインに混合させたものが流行しており、「エイズ治療薬を売るとお金になるらしい」「診療所に強盗が入りエイズ治療薬が略奪された。治療薬がもらえなくなったらどうしよう」などの会話も耳にするようになってきた。

私は、ジョハネスバーグの郊外でHIV/ エイズや貧困の問題に取り組んでおり、特に子どもから青年期までの若者との関わりが多い。私自身の活動の原点も幼いエイズ孤児との出会いにある。

長年、南アフリカではエイズ治療薬が貧しい人の手に届かず500万人以上のエイズ患者が命を落としてきた。彼らを支援する中で出会ったエイズ孤児は数えきれない。長い年月をともに過ごしたエイズ孤児には20歳を過ぎた若者も増えた。幸せをつかもうと努力しても、貧困地区では日々を生き抜くことにすら苦難を伴う場合が多い。ドロップアウト(中途退学など)した若者やエイズ孤児らは犯罪へのハードルが低いと言われており、薬物乱用者が身近にいればその影響も受けやすい。また成人のHIV 感染率が18.9%(1) と高い南アフリカでは、薬物使用時の注射針の回し打ちや判断力を失ったときの性交渉は感染拡大の危険をはらむ。そのような危うい現実を綱渡りしている若者の顔が何人も浮かぶ。

彼らはなぜ薬物乱用をしてしまうのだろうか。また現在HIV 陽性者はどのような暮らしをしているのだろうか。私は、南アフリカに滞在しているときにはHIV陽性者やエイズ孤児のいる家庭だけでなく、薬物乱用者の治療リハビリ施設で寝泊まりをさせてもらっている。HIV/ エイズと薬物乱用は絡み合っている、そう感じている。しかしその問題をまだ十分には整理できていない。そのことをわびつつ、いま伝えられることを書いてみたい。

 

乱用が広がる薬物「ニャオペ」とは

南アフリカのタウンシップやインフォーマルエリアでは「ニャオペ」(通称)の問題がクローズアップされている。これまでは、使用されるメインの薬物はガンジャ(大麻)だった。ガンジャはサンゴマ(伝統医術師)が祈祷や儀式で利用する薬草であるため使用に躊躇のない若者も多い。近年乱用され始めたニャオペはヘロインにガンジャ(大麻)を混合し、さらにエイズ治療薬やその他の薬、ときには殺鼠剤が混ぜられる。エイズ治療薬は必ず混合されるわけではないが、使われる頻度が高い。

ニャオペは地元での通称で呼ばれることが多く、乱用している当事者も自分がニャオペを使用しているのか否か気づいていない場合がある。それもニャオペが広がる理由の一因になっている。また売人から1パケット50ランド( 約500円。ランドは南アフリカの通貨)くらいで買えてしまう手頃さも若者が手を出しやすい理由かもしれない。

南アフリカではヘロインは比較的新しい薬物である。タウンシップにまで広がったのはこの数年と考えられていて、多くのタウンシップの人は近年までヘロイン自体を知らなかった。そこで利益をあげたい売人がヘロインに様々なものを混ぜた粗悪な薬物を作り販売し始めたのだと思われる。都市部に居住する、経済力が高い人は純粋なヘロインを常習するため、治療リハビリ施設では、粗悪なニャオペ乱用者を見下している様子も見られる。またタウンシップからリハビリに来た薬物乱用者にも「ニャオペだけは怖いからやりたくない」と言う者は多い。施設利用者の使用薬物の割合を見ていくとニャオペの乱用者が増えているが、ニャオペ自体への情報はまだ少ない。

エイズ治療薬という側面から考えてみると、HIV 陽性者の生活困窮が治療薬の売買という事象を起こし、薬物問題の拡大につながっている。エイズ治療薬が2004年に無料化され、治療を受けられる人が増えた一方で、政府は免疫力のあがったHIV 陽性者の障害者手当(2015年=1,350ランド/ 月。約13,500円)を次々に打ち切ってきた。健康状態が改善しきらない中で収入源を持てないHIV 陽性者が、例えば高齢の親の年金にすがって暮らしていたりする。障害者手当の打ち切りを恐れて治療を拒否し続ける人もいる。シングルマザーの中には生活のために売春している人もいる。労働省が個人の学歴やスキルと求人会社とのマッチング事業を行っているものの、その情報をほとんどのHIV陽性者は知らないし、事業にも手ごたえが見られない。

そのような背景の中、タウンシップではエイズ治療薬とニャオペそれぞれの取引が行なわれるようになったのではないか。活動の中で私たちは治療薬を売り生活の糧にしたことのあるHIV 陽性者とも実際に出会った。エイズ治療薬を売るために複数の病院に通い、薬を多く処方してもらう人も続出したため、行政は受診の際に身分証明書だけでなく居住地を確認するように医療機関に指示を出しており、改善が待たれる。

薬物のディーラーには他のアフリカ諸国からの移住者が多い、と人々は口にする。他のアフリカ諸国からの移住者が売人にいることは確かだが、ドロップアウトした若者や子どもを育てる母親が売人になっている場合もある。警察も賄賂によって取り締まりを行わない場合があり、なかなか問題は解消されない。

薬物使用の方法はタウンシップやインフォーマルエリアでは吸飲がほとんどで、注射針によるHIV 感染の危険性は少ないと思われる。「注射は痛いので嫌だ」と言う人が多かった。使用すると痛みを感じないことを理由に乱用するHIV 陽性者もいた。ニャオペは酩酊状態に近くなる薬物らしく、乱用していた本人や乱用者を見てきた人によると、幻覚体験者、奇異な行動や暴力行為をする者もいるが、気だるさを感じる場合が多い。「何も考えず何もせずにいられる。そうやって日々の精神的苦痛から逃れられることが使用の理由だ」と複数の乱用者が語っていた。

これらは聴いてきた話の一部に過ぎないが、問題の根は深いと感じられた。根気強く薬物乱用者とHIV 陽性者それぞれに啓発と治療教育をしていくことが求められており、改めてドロップアウトや失業問題への対策が必須であると知らされた。私も何人かの薬物乱用者を治療につなげたりしてきたが、以前から関わり続けている人たちで、10年越しの訪問でやっと治療を受けた人もいた。治療リハビリを受けた若者が自分の友人をリハビリに連れてくることもあり、回復者がエンパワメントされたときに持つ力を感じる。

 

トゥメロと語り合ったこと

私の息子と同じ名前のトゥメロ(Tumelo)という青年と、リハビリ施設ですぐに親しくなった。施設では薬物乱用の心と体への害を知るだけでなく、犯罪の側面、人生全体への悪影響、南アフリカでの薬物問題の経緯や現状を具体的に学んでいく。そして自分の薬物乱用までの経緯や過去に受けた心的外傷(トラウマ)の振り返り、薬物使用衝動の制御方法の学習、ストレスマネジメントなど、メンタル面のケアが重視されている。依存症者のリハビリで世界共通の「12 ステップミーティング(学び体験する学習ステッププログラム)」や「匿名グループ(実名を明かす必要がない自助グループのことで、様々な依存症の治療に有効とされている)」などもプログラムに入っている。またソーシャルワーカーによる生育歴の丁寧な聴取やカウンセリング、家族問題調整を目的とした個別支援も近年実施するようになった。

トゥメロはどのプログラムでも沈黙を貫いていた。食事や休憩時間には元気にしており、雑談のなかでは自分がアルコールの依存があって施設に来たことを教えてくれるのだが、それ以上のことは話さない。そんな状態が続いていたが、施設のソーシャルワーカーの地道な働きかけによって、数週間後に彼とソーシャルワーカーと私の3人でセッションを行う機会をつくることができた。

トゥメロは「自分はずっとリハビリがしたい、抜け出したい。そう思ってきた」と話し出した。今回の施設利用はアルコール依存症の治療が目的だったが、元々は薬物を乱用していたことを打ち明けてくれた。彼の父親は重度のアルコール依存者だったが、厳格な祖父や熱心なクリスチャンの母親によって、父親がアルコール依存者であることは家庭の会話で無視されてきた。飲酒したときの父親はトゥメロに暴力を振い、言葉でも彼を傷つけた。兄は父親から虐待されなかったし、なぜか母親に溺愛されているように見えた。その兄が10代前半から飲酒するようになり、学業からドロップアウトしてしまった。

トゥメロは家族への違和感を覚えながら育ってきた。高校卒業資格試験も合格したが、進学は家庭の経済事情から無理だった。無料で通える6ヵ月のコンピューターコースを地元の学校で履修し終えた頃、大学に進学した友人が薬物ガンジャ(大麻)を勧めてきた。トゥメロは友人と一緒に週末はガンジャを吸うようになった。それが次第に、新しく流行し始めたニャオペに変わっていった。

それでも彼は、家族の暮らしのために仕事だけは絶えず見つけて働いてきた。恋人との間に子どもが生まれたので薬物を止めた時期もあったが、今度は兄がガンジャ(大麻)やニャオペを乱用するようになり、結局兄は蒸発してしまった。兄の姿を見て薬物は止めてみたものの、他の生き方は見つからず、今度は自分がアルコールを日々浴びるように飲む生活になったのだった。

施設へ来て皆の話を聴いている中で、私の場合は、親戚にもアルコール依存者がいることを思い出した。それから子どもだった自分が父親や親戚のためにお酒を買いに行かされていたことなど。

この日のセッションで彼は生育歴を語るなかで、自分の感情を加えることができなかった。ただ「依存症になったのは自分が弱いから」とだけ語った。

HIV/ エイズに関する質問もさせてもらうと、「HIVの検査は受けたことはなかった。施設へ入所する際に初めて検査し、幸い陰性だった。異性関係は派手ではなかったので不安に思ったことはなく、HIV/ エイズは他人の話。身内にエイズで死んだ人がいないからかもしれないし、薬物とアルコールのことで頭が一杯だったから」と述べた。

その後セッションを続けていくなかで、父親や母親、兄それぞれへの自分の気持ちに気づき言葉にしていく作業がわずかに進んだ。「愛されていない自分」「家族に注目されていない自分」と感じてきた悲しみを癒すには時間がかかるだろう。でもそれを言葉にできたことで、トゥメロは回復のスタートラインに立てたのではないかと思う。

依存症になった自分が悪いとトゥメロは感じてきたが、回復過程にある依存者は自分自身を責めがちだ。自分だけなく周囲の環境も彼を依存症にした原因の一部であることを知る権利がトゥメロにはある。そう伝えたとき彼は驚いていた。驚きながらも「酒を飲んだり薬物を使用すること以外の人生の手本が自分にはなかったことがいまわかった」と彼は語った。

またトゥメロの場合に限らず薬物乱用で身体が受けるダメージに無知な若者が多い。トゥメロは自分の身体に無関心だった。だから内臓や脳へのダメージを考えることなく、薬物を乱用し浴びるように飲酒したし、HIV の感染予防のことを考えることもなかった。「自分を大切にする」とはどういうことか。「自分の人生を選び、引き受ける」とはどういうことか。トゥメロに限らず施設にいる若者たち皆が葛藤していた。

 

若者たちの抱える苦しみ

薬物乱用に至る若者の多くは生育歴に苦しみを抱えている。機能不全の家族の問題が目立っており、親が本来の役割を果たしてくれないために幼少時から家庭の中で子どもらしく育つ権利を奪われ、精神的な不安定さの中で薬物に手を出してしまったケースとたびたび出合った。若くして子どもを産む親がロールモデルとして生き方を示せないためにドロップアウトしていった若者も多い。仲間外れにされることを恐れて手を染めてしまう場合も多く、家庭で愛情を受けられなかったと感じている若者にその傾向が見られた。また精神疾患を患った親の両価的な言動に振り回されるストレス、あるいは家庭内暴力の辛さを忘れるために薬物使用する若者もいる。離婚・離別などの家庭崩壊や家族の死去、HIV に感染したショック、さまざまな喪失・失敗体験など、不遇な環境に置かれたフラストレーションや悲しみが若者の人生に影を落としている。

しかし苦悩の多い環境であったとしても、薬物乱用は誰かのせいではなく自分自身が選択したものであり、依存症になった人は自分の人生を引き受けなければならない。そして今後は、別の人生を選択する必要がある。

南アフリカで依存症からの回復に求められているものは何よりも本人のエンパワメントや自己肯定感情の回復だが、若者の場合は治療後に戻る家庭への教育(特に親のペアレントスキルの向上)や学業継続や職業訓練・就業なども必須であろう。

治療リハビリを受けた若者たちにとって、施設でのプログラムが終わってからどう生きていくかは困難を伴った大きな挑戦である。これから先の人生において彼らは「依存症である自分」と向き合っていかなければならない。復学や復職、あるいは新しい環境に身を置くことは生き直しの助けになる。しかし貧しい彼らは同じ環境へ戻る場合がほとんどだ。薬物乱用に至った際の人間関係がそこでは待っている。薬物を絶つ意志が揺らいだ場合に、彼らを支えるキーパーソンや自己肯定感情を支える手立てとなる居場所があるかどうか。自分を助けてくれるものが「何もない」と思ってしまったときに、人は自身への大きな罪悪感や嫌悪、フラストレーションを感じてしまうものだ。そのような感情を抱いた時の自己管理を学び、再びの薬物乱用につながらないようにするためには、自助グループ参加は孤立防止にもなり効果的である。ただ薬物依存症者の自助グループはタウンシップやインフォーマルエリアには存在していない場合がほとんどで、交通費をかけて町に出なければならず、継続するモチベーションと交通費の確保が必要とされる。個別にソーシャルワークやカウンセリングを行なう支援者も欠かせないが、活動が十分に行われるための社会での仕組みは整っておらず、マンパワーや財源が支援機関で不足していることも課題である。

依存症の治療は当事者同士のピアサポートに任せきりの時代が長かったが、治療現場は専門職によるグループセラピーに加え個別支援を必須とする流れに変化しつつある。連携先の施設やコミュニティセンターのあるインフォーマルエリアのNGO では、薬物乱用を本人だけの問題にせず、家族や環境への取り組みが必要な社会全体の問題と考え支援を行っていく視点を共有するようにしている。

 

「自分の人生を生きたい」という願いに応えて

支援の難しさや、治療後の生き方の難しさを伴うHIV/ エイズと薬物乱用問題が互いに絡み合って、南アフリカ社会により深刻な課題を作り上げている。一時期改善していた若者のHIV 感染率は再び高くなっており、並行して薬物乱用問題が起きている。これらの問題への取り組みはこれからも時間をかけなければならないだろう。

ニバルレキレは「あなたはあなたであるだけですばらしい」ということを意味している。HIV に母子感染しエイズを発症していた孤児が「活動には名前があった方がいいよ」と名づけてくれた名前だ。月日を重ねるなかで、その言葉の持つ意味を何度も自分自身に問いかけ、そして出会ったエイズ孤児やHIV 陽性者、薬物依存症の若者たちと語り合ってきた。

私の目の前には「自己肯定感情の回復や向上」というテーマが常に横たわっている。さまざまな人や事柄との出合いに欠けていたり、人生の岐路で選択肢を持つ機会が少ない状況を少しでも変えられないかと感じながらこれまで活動してきた。その中で多くの人の秘めたポテンシャルに気づくこともできているが、果たしてそれを充分に引き出しているだろうか。自分への問いかけが続く。

自分たちが生きていく場所に人と人がつながるコミュニティをつくり、未来を担う子どもや若者が「生きる目標」にしたい誰かを身近に見つけることのできる環境を整えたい。そう願う住民がタウンシップやインフォーマルエリアを支えている。その場所で出会う「自分の人生を生きたい」と願う若者たちの声をこれからも聴いていきたいと思う。

(1) http://www.unaids.org/en/regionscountries/countries/southafrica/


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