第11回INB会合、パンデミック条約採択に向けた合意形成に向け一定の進展

「関連するステークホルダー」参画の拡大に向けた取り組みには一定の評価

本年中の採択に向け期限迫る

各国の合意の程度を示す色分けされたテキスト案

5月に行われた世界保健総会(世界保健機関(WHO)の総会)で交渉の最長一年延長が決まったパンデミック条約交渉は、その後、7月に第10回の「多国間交渉主体」(INB)交渉で、交渉をリードする「ビューロー」の選出国の一部変更や共同議長の改選が行われたのち、9月9日~20日の12日間にわたって開かれた第11回INB会合でようやく、条約の内容や文言に関する本格的な討議が行われた。第10回INB会合で決定された工程表によれば、今後、10月に色々な形で非公式の会合や折衝が行われた上、11月4日~15日に第12回INB会合が行われ、ここで、12月半ばに世界保健総会の特別セッションを開催して条約案を採択するか、それとも、さらに交渉を継続して来年5月の世界保健総会で条約案を採択するかが決まることになる。この特別セッションの開催をWHO執行理事会が決定する期限は、第12回INBの開催中の11月11日、ということになっている。

市民社会などステークホルダーへの公開性は向上

市民社会はパンデミック条約交渉において政府代表のみが参加できることになっている「起草グループ」会合への参加などを含め、「関連するステークホルダー」(relevant stakeholder)の参画拡大を求めてきたが、今回の会合から、文言交渉中の条文テキストを、加盟国の名前を抜いた形で、会合の終了後に配布することや、会合中は毎朝、関連するステークホルダーが参加できるオープン・セッションを開催することになった。報道によると、今回から始まった、透明性や説明責任の拡大は、市民社会から一定の評価を受けている。WHOのプレスリリースでは、DNDi(顧みられない熱帯病に薬をイニシアティブ)のミシェル・チャイルズ氏の以下のコメントが紹介されている。「DNDiは、(第11回INB会合で始まった)草案や日々のブリーフィングの共有を歓迎します。利害関係者が交渉をフォローしたり、意見表明する能力を向上させるとともに、実際に何が議論されているかに関して、偽情報などに対抗する上でも役に立ちます。私たちとしては、透明性を高めるためのさらなる努力を応援していきます」

細部は条約策定後に設置される「締約国会議」(COP)で?

パンデミック条約のテキストは、いまだに多くの分野で加盟国の合意が形成途上にあるが、それでも、いくつかの報道によると、今回の交渉では、各分野について、様々なノン・ペーパーが回覧され、早期の合意に向けた努力がなされている。実際のところ、一番の難題である「病原体情報へのアクセスと利益配分」(PABS)を含め、条約の早期採択に向けた基本的な合意は徐々に進みつつある様子である。条約の第3部「制度的取決めと最終規定」(Institutional arrangements and final provisions)では、この条約に基づく機関として、「締約国会議」(COP: Conference of Parties)が設けられ、また、WHO事務局が締約国会議の事務局を務めることになっているが、PABSのように、詳細なところまで合意できない課題については、合意できるところまで合意を進めたうえで、制度の創設に関わる具体的な決定等については、条約自体の制定以降に、COPを通じて決定していく、という方向性になりつつあるようである。

最大の難関「PABS」:「病原体情報へのアクセス」には先進国・業界も熱視線

PABSについては、病原体情報へのアクセスによって開発された医薬品への利益配分の権利をめぐって、途上国と先進国の対立が続いている。途上国はこの制度について、公平性の担保という観点から協力に設立を求めている。一方、先進国やその医薬品業界は、この制度によって設けられるであろう「病原体情報へのアクセス」の仕組みや、これがもたらしうる研究開発上のメリットについて、熱い視線を注ぐようになりつつある(例えば以下の記事参照)。特に、先進国の医薬品産業界やデジタル業界にとっては、AIによる病原体情報のビッグデータ解析を行い、医薬品開発を迅速に進めるうえでは、「病原体情報へのアクセス」の仕組みの存在は重要であり、先進国の認識は、「PABS反対」というよりも、上記のメリットと、「利益配分」による先進国や業界への「デメリット」をはかりにかけて判断するアプローチに変わりつつある状況が生じているようである。

公平性と透明性・公開性という制度の本来の趣旨にそったPABSを求める市民社会

こうした、交渉の経過とともに生じつつある「PABS制度の変質」について、一部の途上国や市民社会は懸念を持って受け止めている。INB会合中の9月16日、医薬品へのアクセスの公平性を要求する女性運動のネットワークである「人々のワクチンのためのフェミニストたち」(Feminists for a People’s Vaccine)は、国際保健に関わる主要な市民社会ネットワークを含む94団体の連名で、「意味のあるPABSシステムの採用でパンデミックを防げ:INBビューローおよび第11回INB会合の参加国への市民社会声明」を発表した。この声明では、パンデミック条約の交渉テキストにおけるPABSの内容が、透明性や説明責任の面、また、開発された医薬品への時宜を得た公平な分配といった面で後退していることに警鐘を鳴らし、途上国におけるパンデミック対応医薬品への時宜を得た配分の拡大を含め、病原体情報へのアクセスによって開発された医薬品の時宜を得た公平な分配を含む公正な利益配分の実現という、制度の本来の趣旨にのっとったPABS制度を創設すべき、という主張が展開されている。

PABSを含め、パンデミック条約のテキストをめぐる各国の考え方や思惑の隔たりは依然として大きい。一方、12月に世界保健総会の特別セッションを開催して条約を採択できるかどうか、その試金石は、次回の第12回INB会合と、その前に何度か開かれるINBの非公式会合や各種折衝にかかっている。