=グローバルファンドの主要資金受領団体「公衆衛生同盟」からの報告=
2月下旬のロシアによる軍事侵略で戦時下にあるウクライナは、90年代のソ連崩壊と体制移行のプロセスの中で、HIVと結核の状況が東欧の中でも深刻化した状況にあった。同国は2000年以降、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)を含む多額の国際支援の下、最新の知見に基づく包括的なHIV・結核対策を導入し、状況を改善してきたが、それでも2020年現在で26万人、15-49歳人口の1%のHIV陽性者人口を抱えている。
同国では、90年代に極端な経済の悪化と薬物の大量流入を経験し、薬物使用のための注射器の回し打ちのために最も多くの人々がHIV感染した。そのため、HIV治療以外に、ハームリダクション(健康被害軽減)のための「ニードル・エクスチェンジ」(清潔な注射器の供給と使用済み注射器の回収)や、依存症の治療のための「オピオイド代替療法」の治療薬の供給なども、グローバルファンドなどの支援により行われてきた。ロシア軍の侵略で戦時下となったウクライナでは、これらのサービスが危機的な状況にあるが、グローバルファンドによる案件の主要資金受領団体(Principal Recipient)の一つである「公衆衛生同盟」(Alliance for Public Health)は、戦時下の過酷な条件下でも、現場で取り組む当事者組織やNGOとともに、サービスの継続に尽力している。同団体の最新の報告書から現状を報告する。
ウクライナのグローバルファンド案件
現在ウクライナで展開されているグローバルファンドの資金によるプロジェクトはHIVと結核に関するもので、期間は2021年~23年の3年間。主要資金受領団体は保健省の公衆衛生センター、公益財団「公衆衛生同盟」(Alliance for Public Health)および全ウクライナHIV陽性者ネットワーク(All Ukrainian Network of People Living with HIV/AIDS、現「100% LIFE」)の3団体となっている。プロジェクトの内容は、HIVや多剤耐性結核を含む結核の治療、予防や検査など包括的な取り組み、および薬物使用者やセックスワーカー、男性と性行為をする男性(MSM)など対策の鍵となるコミュニティにおける疫学調査、コミュニティによる取り組みを含む、強くしなやかで持続可能な保健のためのシステム(Resilient and Sustainable Systems for Health)の形成、となっている。一方、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに伴い緊急対策の資金が追加されたほか、ロシア軍の侵攻に伴い、HIV・結核のための必須サービスの継続のために1500万ドルの緊急支援が3月10日に承認されている。
戦時下でもサービスを止めない「公衆衛生同盟」の取り組み
グローバルファンドの案件の資金受領団体の一つである公益財団「公衆衛生同盟」は、その資金で各地域でプロジェクトを行っている実施団体(Sub-Recipient)とともに、エイズや結核、ハームリダクションの取り組みを継続している。ロシア軍の侵攻で戦時下にある北部・東部・南部の各地域に在住するHIV陽性者は約10万人、その中でエイズ治療にアクセスしているのは約6万人である。戒厳令により1日のうちでサービスが提供できる時間が短縮され、また、戦争によりサービスが一時的に途絶した地域もある。首都キーウでは、治療アクセスが一部で回復しているが、激戦地となったブチャなどでは、治療アクセスの半分が途絶したままとなっている。物資は、公衆衛生同盟が所有する7台の車により、西部リヴィウから定期的に治療薬や人道支援用品をキーウに運搬し、これをさらに戦時下にある東部の地域に運ぶという形で、必要物資の供給が継続している。別の地域から逃れてきた避難民が、新たにHIVや結核、オピオイド代替療法の治療にアクセスする事例も増えており、3月18日段階で新たに400件の新規治療が実現している。
オピオイド代替療法は現在も、ロシアの占領下にあったり戦闘が行われている地域を除く全ての地域で継続しており、治療を受けている人は、現段階で、半月~1か月分の治療薬を確保している。これは、「公衆衛生同盟」を含む3つの主要資金受領団体による物資供給への最大限の努力の結果である。
一方、戦時下となったウクライナでは、多くの人々が精神的なショックを受けている。心理社会ケアのための電話相談を行っている「ヘルプ24」には多くの相談が寄せられている。
激戦地となっている南東部マリウポリ市の深刻な現状
日本のウクライナ戦争報道でもよく取り上げられている南東部マリウポリ市は人口43万人を数えるウクライナ第5の都市で、HIV陽性者人口はウクライナの都市で最も多い4700人となっていた。同市はこれまでの努力の結果、HIV陽性者の治療アクセス率が最も高く、4140人が治療にアクセスしていた。同市はロシア侵攻下で最も激しい戦闘が継続して行われ、建物の9割が破壊された状況にある。同市で「公衆衛生同盟」と連携してHIV、結核、ハームリダクションのサービスを提供しているのは「イストック」(Istok)と「アワーヘルプ」(Our Help)の2団体であった。ロシア軍のミサイル攻撃により、これらのNGOが入居していたビルが破壊され、サービスの提供は不可能となった。これらの団体のスタッフとも一時的に連絡がつかなくなったが、その後、何人かのスタッフが他の都市に避難して無事であることが確認されている。ロシア軍の侵攻が始まるまで、ウクライナで最大の治療アクセスを誇っていた同市の市民社会によるHIV、結核、ハームリダクションのサービスは、現状ですべて停止を余儀なくされている。
「公衆衛生同盟」は戦時下でサービスを継続するための国際的な寄付や資金的支援を求めている。詳細は同団体のウェブサイトを参照。
公衆衛生同盟(Alliance for Public Health)
https://aph.org.ua/en/donate4ukraine/