新型コロナ・ワクチンを「国際公共財」にできるか

COVID-19克服には「国際公共財」化は必須だが、課題は山積

1.幸先良い「中間発表」からみえるもの

公的資金を含む潤沢な開発資金を得ながら開発が進められてきた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ですが、米国大統領選の結果がほぼ固まって以降、主要な開発プロジェクトの治験の中間結果が次々と出されています。11月10日、米国のファイザー社およびドイツのビオンテック社(BioNTech)が、開発中のmRNAワクチンについて「90%以上の有効性」を示したと発表し、17日には米モデルナ社が米国国立保健研究所(NIH)と開発中の同種のワクチンについて、94.5%以上の有効性を示したと発表しました。一方、23日には英アストラゼネカ社とオックスフォード大学が開発中のウイルスベクターワクチンについて、平均70%の有効性が確認されたとの発表がありました。いずれも、今後に向けて「希望が持てる内容」と評価されています。ファイザーとモデルナはこの発表で株価を上げましたが、アストラゼネカは発表後、株価の上昇はみられていません。

幸先の良いスタートを切ったかに見えるCOVID-19ワクチンは、今後、世界でのCOVID-19克服の取り組みにおいて、ゲーム・チェンジャーとしての役割を果たすことができるのでしょうか。COVID-19に政策面で取り組む世界の市民社会グループは、多くの克服すべき課題を挙げています。

2.情報公開と透明性の課題

より高い成績を示したファイザーとモデルナのmRNAワクチンを途上国で活用する場合に、物理的に問題になるのが保管の難しさです。ファイザーのワクチンは氷点下70度、モデルナも氷点下20度での保管が必要であり、途上国も含めた世界的な流通には、少なくとも、新たなコールドチェーンの構築が必要となります。

こうした、実用化に関わる物理的な課題とともに、市民社会が強調しているのは、これらの製品を、必要とするすべての人がアクセスできる「国際公共財」とすることができるか、ということです。COVID-19はグローバルな課題であり、途上国を含めたグローバルな解決が必要です。さらに、ワクチンは治療薬等と比較して、より公衆衛生的な性格が強いものです。また、副反応の危険性がすべてのワクチンにおいて存在する以上、全ての人に対して、リスク情報を含め、接種の可否を判断するうえで必要なすべての情報とともに、アクセスの機会が提供される必要があります。

これらの点について、市民社会が提起しているのは、まず情報公開の不十分さです。上記3ワクチンの「成果」は中間発表の段階ですが、開示された情報はいずれも不十分なものです。「効果」についても、対象者数が少なく、人種、性別、所得、生活状況など異なった条件で、実際にどの程度効果が発現するのか、また、リスクがどのように変化するのか全く定かではありません。また、アストラゼネカのワクチンについては、効果が高いと判断された成果の対象となった治験の参加者が55歳以下で、主に高齢者が重症化するとされているCOVID-19において適切とは言えないことが明らかになり、アストラゼネカは追加的な試験が必要であることを認めています。医薬品の透明性を求めるフランスのNGO「OT-MED」代表のポーリーン・ロンデイさん(Pauline Londeix)はロイター通信に「出された情報は極めて不十分で、医薬品メーカーが競争に勝ち抜くために都合の良い情報を出しているだけにすぎない。治験の方法と結果が全て公開されるべきなのに、逆行している」と述べています(注1)。データの透明性については、米国の人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチも、最近発表した報告書「ワクチンを発見した者はだれであろうと、シェアしなければならない=COVID-19ワクチンの人権と透明性の強化=」において、詳細に述べています。(注2)

3.すすむ高所得国の独占的確保:ワクチン国家主義

途上国へのワクチンの供給も大きな課題となります。途上国へのワクチン供給に取り組む国際機関「GAVIワクチンアライアンス」のセス・バークレー事務局長は、ノースウェスタン大学が行ったシミュレーションの結果として、ワクチン20億本が世界人口に比例した形で供給されればCOVID-19による死亡は61%減少するが、世界で相対的に富裕な50か国に局限されれば死亡は33%しか減らないとの推測を明らかにしています。実際には、ワクチン供給はほぼ二つ目のストーリーに従って進んでいるようです。米国、欧州連合加盟国、日本などの富裕国は資金力によって製薬企業との事前買い取り契約を締結し、デューク大学国際保健革新センター(Duke Global Health Innovation Center)の調査によると、11月20日現在までに高所得国は37億本、上位中所得国は7億本、下位中所得国は17億本のワクチンを確保。このままいくと、低所得国の多くの人々がワクチンを手にするには、2024年まで待たなければならない、という推測が出ています。(注3)

COVID-19関連新規製品の開発と平等なアクセスを一体で手掛ける「ACTアクセラレーター」(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)の中でワクチンを担当するのは「COVAX」ですが、低所得国等にワクチンを配分する「COVAX-AMC」は、もともと、人口の20%をカバーすることを目標としています。また、ACTアクセラレーターが11月10日現在の資金動向を示した「2020年11月10日時点での緊急の優先事項と必要資金額」によると、COVAX-AMCが機能するためには、この年末までの間に少なくとも2億3300万ドルが不足しており、2021年については50億ドルが不足となっています(注4)。

4.公的資金で開発されたワクチンは「人々に属する」

こうした状況を打開するための一つの方法として提案されているのが、COVID-19蔓延状況下において、世界貿易機関(WTO)の「貿易関連知的財産権協定」(TRIPs)における医薬品に関わる知的財産権保護条項の一部を停止し、必要な物資の製造と供給の枠と量を広げてはどうか、というインド・南ア政府の提案です。10月に提出されたこの提案は、その後、ケニア、エスワティニ王国、パキスタンやその他の途上国に支持が広がっていますが、先進国については、一部欧州諸国が検討を始めたほかは、これを拒否する構えを崩していません。また、WTOにおいてこの「停止」を決定するためには、多くのプロセスが必要で、今回の事態の打開には「間に合わない」のではないか、というのが大方の予測となっています。南ア政府のジュネーブ代表部参事官のムスタキーン・デ・ガマ氏も「たしかにこの停止は今回の事態において人命を救うには間に合わないかもしれないが、加盟国の真のニーズにこたえられる新しいシステムをスタートさせることはできる」と述べています。一方、COVID-19に関する技術の特許をプールし、途上国のジェネリック企業とマッチングすることで低所得国での安価な供給を可能にするべく、WHOとコスタリカが40か国の賛同を得て設置した「COVID-19関連技術アクセス・プール」(C-TAP)も先進国の支持が得られず動き出していません。

米国の消費者運動団体パブリック・シチズンは、ファイザーおよびモデルナのワクチンについて、その核となる技術は米国の国立保健研究所(NIH)において、公的資金によって開発されたこと、また、モデルナのワクチンが米国食品医薬品局の承認を得る上で必要な資金を全額米国連邦政府が出していることなどを考えれば、モデルナのワクチンはモデルナではなく「人々に属する」と主張しています。COVID-19に関わるワクチン開発には、各国の研究機関のみならず、ACTアクセラレーターなど各国の拠出した公的資金も活用されています。そうである以上、これらのワクチンは開発した製薬企業のみの所有物ではなく、より公的な性格を有しているものであること、本来、ワクチンは「国際公共財」として、リスク情報を含むすべての情報とともに全ての人のアクセスに供されるべきものであることは、日本においても、もっと強調されるべきでしょう。

<出典>
(注1)Reuters, “Britain and other nations press on with AstraZeneca vaccine amid trial questions”, November 27, 2020

(注2)Human Rights Watch, “Whoever find the vaccine must share it: Strengthening Human Rights and Transparency around COVID-19 Vaccines”, October 27, 2020

(注3)Duke Global Health Innovation Center, “Mapping COVID-19 Vaccine Pre-Purchases across the Globe” 

(注4)ACT-Accelerator, “Urgent Priorities and Financing Requirements at 10 November 2020