「国際保健安全保障」に関する議論、5月に向け加速化
3月30日、世界の主要紙に、欧州理事会のシャルル・ミシェル議長と世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長、ボリス・ジョンソン英首相、メルケル独首相やムン・ジェイン韓国大統領など23ヵ国の首脳の連名で、「パンデミック条約」の締結を呼びかける論説が掲載された。この「パンデミック条約」の構想は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを受けて、特に国際保健安全保障(グローバル・ヘルス・セキュリティ)について新たな認識のもとにグローバルな保健政策を構築する必要がある、との認識に基づくもので、昨年からミシェル欧州理事会議長やテドロスWHO事務局長などが表明していたものである。賛同したのは、欧州連合の国々に加え、首脳が以前から国際保健への取り組みに政治的コミットメントを示してきたルワンダ、ケニア、南ア、韓国、インドネシアなど各国で、米国やロシア、中国、日本などは署名していない。
この論説では、COVID-19を第2次世界大戦以来の危機と捉え、「どの国や国際機関も、単一でこの疾病に立ち向かえない」こと、「全ての人が安全にならない限り、誰も安全でない」ことを表明している。また、ワクチンは「国際公共財」であり、今後のパンデミックにおいて、できる限り速やかに開発・生産・供給する必要を指摘している。そのうえで、これらを可能にするために、パンデミック準備度向上と対応(Pandemic Preparedness and Response)に関する国際条約の締結を提唱している。
COVID-19を無視して、なぜ「将来の感染症」か? 市民社会の批判
この論説はパンデミック条約の必要性を総論として示したもので、具体的な規定などについては触れていない。これについて、現在世界貿易機関(WTO)で討議されている「COVID-19関連の知的財産権免除」提案を支持する立場から政策提言に取り組んでいる第3世界ネットワークは「世界の首脳はCOVID-19を無視しつつ『将来の感染症』に取り組みたいようだ」と皮肉り、署名した欧州連合諸国首脳が、「ワクチンは国際公共財」という文書に署名しつつ「知財権免除」に反対していることについて「二重基準」と批判した。
実際、COVID-19の脅威が最大化したのは、COVID-19の感染力や致死性に加え、感染症へのレジリエンス(復元力、弾力性)をやせ細らせるさまざまな要因が複合的に機能して疾病の脅威を高める「シンデミック」が生じたからに他ならない。これは特に、中所得国・先進国の都市貧困層がグローバルな食品・飲料産業のジャンクフードや清涼飲料水に依存させられ、肥満や非感染性疾患が急速に拡大したこと、公衆衛生・公共保健医療制度および社会福祉・社会保障制度が低投資と民営化により弱体化したことによる。グローバル経済のもとで加速した、こうした傾向が逆転しない限り、早期警告体制の整備や「国際保健安全保障」に関する新たな国際基金、研究開発体制の整備をいくら進めても、対症療法の域を脱することはできない。
「パンデミック条約」が実際に有効なものになるかどうかは、特許権者の権利保護を超えて肥大化したグローバルな知的財産権制度の相対化によって、「共有と協調」に基づいた医薬品の研究・開発と供給にかじを切れるかどうか、また、より包括的な観点から感染症に対するレジリエンスの再建に向けて具体的な措置が盛り込めるかにかかっている。
「パンデミック準備度向上・対応に関する独立パネル」提言が台風の目に?
「パンデミック条約」は5月のWHOの「世界保健総会」(WHA)や、同様に5月に開催されるG20の「世界保健サミット」(Global Health Summit)などで本格的な検討が開始されるものと考えられる。ここに大きな影響を及ぼすのは、COVID-19への「初動」の問題点を包括的に検証し、パンデミック準備度向上と対応の在り方を提言すべく設置された「パンデミック準備度向上・対応に関する独立パネル」(IPPPR)である。ヘレン・クラーク元ニュージーランド首相とエレン・ジョンソン・サーリーフ元リベリア大統領に率いられた同パネルは、元政府首脳や、マーク・ダイブル氏、ミシェル・カザツキン氏など国際保健専門家など多彩かつ豪華なメンバーで構成される。同パネルは5月10日に最終提言を発表し、その提言が世界保健総会で報告・討議されることになる。提言はWHOの役割、各国の準備度向上、診断・治療・ワクチンなどの平等なアクセスなど包括的なものとなる予定である。
<参考ウェブサイト>
23ヵ国首脳・欧州理事会議長、WHO事務局長の「論説」(英語)