「COVID-19に関わる知的財産権保護の一部免除」=南ア・インド提案がコロナ時代の新たな貿易ルールに道を開く可能性=

越年した「知的財産権保護免除」提案の検討

「知的財産権保護の一部免除」…新型コロナウイルス感染症(COVID=19)に関わるワクチン・医薬品・技術へのアクセスをめぐって、世界貿易機関(WTO)で大きな論争がつづいている。10月2日に南アフリカ共和国、インドの二か国の政府がWTOのTRIPs(貿易関連知的財産権協定)理事会に提出した提案は、何度か公式・非公式の理事会で議論されたのち、12月10日のTRIPs理事会において、3月10-11日の次回TRIPs理事会までにさらに議論を進めることが決定された。

南ア・インド提案は、世界人口の多数がワクチンなどによって免疫を形成し、COVID-19が収束するまでの間、COVID-19の予防、封じ込め、治療に関連して、TRIPs協定で保護されている4つの知的財産権(著作権および関連する諸権利、意匠、特許権、開示されていない情報の保護)の保護を免除する、というものである。昨年10月の提案以降、南部アフリカのエスワティニ王国とモザンビーク、東アフリカのケニア、南米のボリビア、および南アジアのパキスタンが共同提案国となり、共同提案国は7か国に増えた。また、アフリカ・グループ43ヶ国、中国、ベトナム、インドネシアなど完全支持国、トルコ、タイ、コロンビアなど基本的支持国を合わせると100ヶ国以上が同提案に賛成することとなった。一方、反対国は米国、欧州連合、日本、オーストラリアなど先進国と、中南米のブラジル、エクアドル、エルサルバドルなど11ヶ国に限られている。

先進国の反対論の限界=ACTアクセラレーターの資金不足

欧州連合、日本など先進国は、南ア・インド提案への反対論として、知的財産権は主に先進国に存在するワクチンや医薬品などを開発する製薬企業等に、開発に向けたインセンティブを提供するメカニズムであり、これを廃止すればワクチンや医薬品などの開発が滞るといったデメリットがあること、および、COVID-19のパンデミック以降すぐに、知的財産権保護と途上国の医薬品アクセスを両立させるために、COVID-19に関わる新規製品の開発と途上国へのアクセスを一体で手掛ける、政府・国際機関・民間財団の協力メカニズムであるACTアクセラレーター(COVID-19関連新規製品アクセス促進枠組み)、およびそのワクチン・パートナーシップであるCOVAXなどに積極的に取り組んでいることなどを主張している。また、TRIPs協定では各国が強制実施権を発動して、特許で保護されている製品の確保をする柔軟性が確保されていること、途上国における新規技術アクセスの障壁になっているのは知的財産権だけではないことなどを主張している。

しかし、ACTアクセラレーターは著しい資金不足に陥っており、世界保健機関(WHO)によると、12月17日の段階で同枠組みへの資金誓約は合計56億ドル、緊急の資金不足額は37億ドル、2021年末までに必要な資金額への不足分は239億ドルに及んでいる(注1)。ワクチンに関して言えば、途上国へのワクチン供給を担うCOVAX-AMC(事前買取誓約)はもともと人口の20%しかカバーしない設計となっており、途上国・新興国にとっては十分なものではない。また、問題はワクチンのみではなく、人工呼吸器のバルブや医療用N95マスクについても、知的財産権によって途上国・新興国での製造が阻害されており、必要な供給が滞ったり、価格が上昇して必要量を購入できないといった事態が生じている。これらの製品の製造能力を持つのは今や先進国のみではなく、新興国や途上国でも、大規模な製造能力を持つ国も多くなっている。この提案を進める南ア政府などの主張は、COVID-19という緊急事態において、「先進国が独占する資金と技術を、国際協力で途上国に提供する」という古いメカニズムを越え、新規技術に関わる協力と連携を強化し、途上国への技術移転も進めて、今後のパンデミックに向けたより効率的な協力体制を備えることが必要だ、というものである。

提案をめぐる新たな動き

この提案について、新しい動きも出てきた。反対国のオーストラリアとカナダ、基本的支持国のメキシコとチリの4か国がグループをつくり、この提案は討議を続ける価値があるとしたうえで、TRIPs協定の柔軟性として定められている強制実施権の発動がなぜ困難なのか、また、知的財産権の免除がなされた場合、どのようにそれを活用するのかについて、提案者側に質問を行った。また、カナダは人口当たり最大のCOVID-19ワクチンを事前買い取り予約しているが、余った分を低所得国に寄付するとのイニシアティブを検討している。一方、ACTアクセラレーターの一翼を形成するCEPI(感染症対策イノベーション連合)の資金を得てCOVID-19ワクチンの開発に携わっているドイツの製薬企業クレヴァック(CureVac)のハース・フランツ・ヴェルナー最高経営責任者は、「パンデミック状況においては、研究データの共有を進め、特許の停止等も行って、ワクチン開発を進める必要がある」と、ドイツのシュトットガルター・ツァイトゥング紙のインタビューで語っている(注2)。

COVID-19は「最後のパンデミック」ではない。南ア・インドの「知的財産権免除」提案は、COVID-19という未曽有の事態を受けて、「パンデミック時代」における新たな危機管理の必要性を踏まえた新たな貿易ルールの形成に道を開く可能性がある。

注1:WHO 「ACTアクセラレーターへの資金誓約状況把握」(Access to COVID-19 Tools Funding Commitment Tracker)英語、2021年1月6日アクセス確認
https://www.who.int/publications/m/item/access-to-covid-19-tools-tracker

注2:シュトットガルト・ツァイトゥング紙 クレヴァック社CEOハース・フランツ・ヴェルナー氏インタビュー「ウイルスとの闘い、時間との闘いを私たちは闘っている」独語、2021年1月6日アクセス確認
https://www.stuttgarter-zeitung.de/inhalt.interview-mit-den-chefs-des-tuebinger-impfstoffherstellers-curevac-wir-kaempfengegen-das-virusund-die-zeit.8fe0d5d1-ecb6-4f64-aab3-e5e35749fd7e.html?reduced=true