スーダンにおけるFGMへの人びとの意識

アンケート調査とインタビューから読み解くFGMの現状

この記事はAJFが発行する会報『アフリカNOW』の No.73(2006年発行)に寄稿されたものです。 >>『アフリカNOW』についてはこちら

執筆:長島 美紀
プロフィール/ながしま みき 早稲田大学政治学修士。2005年より同大学政治経済学部助手。専門は難民法で、ジェンダーに基づく迫害問題などを取り上げている。2005年にFGM廃絶を支援する女たちの会(WAAF)代表に就任。


本稿は、2006年3月18日にFGMを廃絶する会(WAAF)が主催した勉強会「スーダンにおけるFGMへの人びとの意識-アンケートとインタビューから読み解くFGMの現状」で報告した内容をもとに書き起こしました。

FGM(1)実施状況概要

 スーダンにおける女性の地位は、男性と比較して相対的に低く、2004年国連ミレニアム開発目標(MDGs)中間報告では、女性の就学率や進学率での地域格差、雇用面の格差も指摘された。女性は労働人口の38%を占めるものの、民間セクターで働く女性の割合は10%に留まり、女性労働者を受け入れる労働市場が成熟していないと考えられる。国連が発表した2005年度のジェンダー開発指数(GDI)(2)は0.495で、140カ国中110位であり、2005年に国連開発計画(UNDP)が発表したジェンダーエンパワーメント測定(GEM)結果でも、女性の稼働所得割合の男性の稼働所得との比率は0.32で154カ国中141位と、女性が男性と比べ低賃金労働に従事している状況がある(3)。

 そしてそのことは、スーダン社会におけるFGMの受容と無関係ではない。スーダンでは、切除(タイプ2)あるいは縫合(タイプ3)によるFGM(4)が主に実施されている。1999年の中央統計局の統計によると、北部および東部に実施が集中しており、北部州の99.4%など、100%近い実施率を擁する地域も存在している(5)。

調査結果

 筆者は2005年9月から10月にかけての約1ヵ月間、現地NGOで「FGM問題と伝統的慣習に取り組むスーダン国内委員会」(SNCTP)(6)の協力を得て、ハルツーム近郊での第1回アンケート調査および第2回調査、同地域とナイル川州でのインタビュー調査を行った。第1回アンケート調査で対象としたのは、Jareaf SgairgおよびWad Alkhederの2地域の15歳以上の男女計200名(男性30名、女性170名)である。Jareaf Sgairgでは地区内にある小学校および中・高校各1校(いずれも女子校)で、Wad Alkhederでは同地区で生活する住民(7)を対象に調査を行った。第2回調査は、85名(男性13名、女性72名。イスラーム教徒75名、キリスト教徒9名、無回答1名)を対象に行われた。調査に際しては、SNCTPスタッフおよびボランティアが調査協力者として、質問内容を口頭で聞き取った。対象者の概要は図表1、図表2の通りである。

 またインタビューは、アッファード女子大学(Ahfad University for Women: AUW)教員2名、連邦保健省職員1名、連邦社会福祉省職員1名、ナイル川州社会福祉省職員3名、NGO職員5名、宗教指導者2名、男性18名、女性12名(うちセネガル人、コンゴ人各1名)を対象に行われた。

 なお、本調査では調査地域で無作為に対象者を選定して実施しているため、必ずしもスーダンにおけるエスニック状況や全体の状況を反映しているわけではない。

1. FGMの実施状況

 第1回アンケート調査の対象者は、学校での聞き取りが200名中89名であったために、学生が全体の半数を占めた。FGM実施割合は男性を除く回答者全体で97%、受けていない者は170名中5名となった。平均の実施年齢は6.8歳で、小学校就学前後で実施されている(図表1)。就学前にFGMが実施されると言うことは、FGMと本人の教育レベルに必ずしも相関関係にないことを示している。

 図表2は、第2回アンケート調査対象者85名(うち女性72名)のFGM実施状況である。同調査における実施率は83.3%であり、アンケート調査とインタビューでの実施率には格差が生じている。この点に関しては、インタビュー対象者のうち15名が、海外からの帰国子女を多く受け入れているAUWの学生または職員であったことから、FGMの実施率でギャップが生じたと考えられる。

 図表3は、第1回アンケート対象者をエスニックグループ、宗教、就学状況から分類したものである。この図表から、Shulk出身者の間ではFGMが実施されていないことが分かる。他のグループと異なり、Shulk出身者4名中3名がキリスト教徒であり、「私たちの中ではFGMを行わない」とコメントする回答者もいた。またBatahin出身者の場合、大半がタイプ3のFGMを受ける一方で、FGMを受けていない者もおり、今回の調査からは、宗教およびエスニシティーがFGMの実施決定要因となっていると言うことはできなかった。

 また、FGMの実施状況を見てみると、若ければ若いほどタイプ1を実施する割合が高くなっており、高齢の女性の場合は全員がタイプ3であった。FGMを受けていない5名も、全員が小学校に通う少女であった。この状況は、FGMの実施の有無、程度に世代間格差が存在していることを示している。この世代間格差は、FGM施術者のタイプでも顕著であり、高齢者の場合は施術者が伝統的助産婦であったのに対し、若い女性の場合は医師や看護婦、訓練を受けた助産婦など、多様な施術者が存在しており、FGMの実施状況の多様化が見て取れる。

2.本人の認識

 FGMについて事前に本人に説明したかという質問に関しては、第1回アンケート調査では92%(143名)が説明を受けていないと回答した。他方、説明は受けていないものの、FGMの副作用について事前に聞いていたと回答した者は全体の72.5%(145名。うち女性121名、男性23名)であり、FGMについて一定の理解をもっていると考えられる。FGMについての情報網は、若年層であればあるほど多様であり、高齢の女性が主として家族や助産婦から情報を得たと回答したのに対し、小学生、中・高校生の場合、テレビやラジオ、インターネット、書籍など、様々なメディアにアクセスして情報を得たと回答した。

 副作用に関しては、FGMを受けた回答者の大半が事前に認識していた。認識していた副作用は、苦痛(72名)、出産時の困難(81名)、心理的ショック(46名)、排尿が困難になる(49名)などである。副作用を知りながらFGMを受けている者が多くいるのは、社会的伝統だから(52名)、みんなが受けているから(34名)、母親・祖母に薦められたから(16名)などの理由による。

 多くの女性がFGMを受けているものの、FGMの是非については否定的な意見が多い。賛成者は200名中63名(31.5%)であり、特に女性は170名中120名(70.6%)が反対していた(図表4参照)。Wad Alkheder在住の女性は、FGMの副作用を指摘しつつ、スーダンではFGMを受けていることが結婚の条件となっているので、FGMを受けていない女性は結婚できないと指摘していた。第2回調査でも、家族は全員反対しているが、結婚をするためにはFGMが必要であるとして、自分の子どもにもFGMを受けさせるつもりだと述べた女性がいた。

3. 両親・祖父母の影響力

 第1回アンケート調査では、FGMを受けることを決定した者は母親(131名)、祖母(97名)であり、第2回調査では、母親(36名)、祖母(31名)と、FGMの実施に際して母親と祖母の影響力の強さが見受けられた(父親がFGMの実施について決定したと回答した者は、第1回調査では28名、第2回調査では10名であった)。自分自身でFGMの実施を決定したと回答した者は全体の5%に過ぎない。従って、家族の教育環境およびFGMへの意識が、本人のFGMの実施に大きく影響していると考えられる。

 図表5は、第1回調査をもとに、両親の教育レベルと本人のFGM実施状況を示している。対象者のFGMの実施率がほぼ100%であるため、両親の教育レベルによる実施の有無への影響を推察することは難しいものの、概して両親が未就学である場合のFGMの実施はタイプ3(縫合)が最も多い反面、大学卒業者など高学歴者である場合、タイプ1(陰核切除)を実施するに留まるなど、FGMの程度に影響を与えていると考えられる。

4.男性の意見

 アンケート調査では、男性30名中16名がFGMの実施に賛成していた。FGMに賛成する理由として62.5% (10名)の男性が「伝統だから」という理由をあげた。また、「良くはないが」との前置きをした上で、賛成する男性も見られた。他方、独身男性を対象に行ったインタビュー調査では全員の独身男性がFGMを受けない女性と結婚したいと述べた。しかし同時に回答者の多くは、スーダン社会において宗教的・社会的慣習から男女が性について語ることや結婚前に異性と付き合うことがほとんどないこと、親によって結婚相手が決められることから、FGMの有無を結婚前に確認することはできないと指摘した。

 実際、「FGMを受けていない女性と結婚したい」男性は、世代間で増加傾向にある。2003年にバビキール・バドリ女子教育協会(Babiker Badri Scientific Association for Women Studies: BBSAWS)がハルツーム大学学生を対象に行った調査では、「切除されていない女性と結婚したい」と回答した男子学生は74.8%だった。同調査ではFGMを受けている女性と結婚したくない理由として、性行為時の苦痛を挙げる男性もいた(8)。

 今回の調査では、FGMを男女共に議論する「場」が形成されつつ現状も見て取れた。インタビューで回答した男性は、FGMについて新聞などメディアを通じてその女性への身体的影響を知り、反対するようになり、家族と話し合ったと述べた。Wad Alkhederで最高齢の男性は、若いときには恥ずかしくてFGM問題を議論できなかったが、現在は公に話せるようになったと述べた。同地区では、この男性を中心にFGMについて男性同士で話し合い、タイプ1(陰核切除)のみ実施を認めると決定している。

5.家族の反応

 FGMに関する家族の反応は様々である。第1回アンケート調査の対象者に家族のFGMについての反応を聞いたところ、図表6のような回答があった。「FGMを維持するべき」「良くはないが必要」という回答を合わせるとFGMに肯定的な意見は、父親の場合で153名中72名(47.1%)、母親の場合で133名中75名(56.4%)になった。他方、インタビュー調査では、回答者の69%(55名)が、彼女たちの父親がFGMに反対していると述べていた。

変革への試み

1. 立法活動

 スーダンにおけるFGM問題への取り組みは、1924年にイギリス情報局およびスーダン医療サービス局長が当時の植民地政府に報告したことまでにさかのぼる。1945年に医療関係者からFGMに関する報告書が植民地政府総督に提出され、女性のケアと子どもへの手術の抑止に国家が責任を持つべきとの結論が出された(9)。1956年に植民地政府は刑法284条A-1で縫合タイプのFGMの実施を禁止し、最高5年の懲役もしくは罰金を規定した(同条A-2)。ただし、この規定は陰核切除タイプの手術を認める例外規定を設けていたことから、FGMの実施の抑制には事実上効力がなかった。独立後の1957年刑法でもFGM禁止が規定されたものの、1983年には同規定が取り消され、1991年にはFGM禁止規定が削除されるなど、法的規制は無効化される傾向にあった。

 筆者の第1回アンケート調査でも、スーダン国内での廃絶規定の存在を知っていたのは200名中100名(50.0%)だったが、内53名(53%)が「価値がない」あるいは「意味がない」と回答しており、有効に活用されていないとの意見が見られる。それに対し、この規定を知らなかった97名中35名(36.1%)が、FGM廃絶の法制化は「非常に効果的」あるいは「効果的」と回答しており、法制定への期待が見て取れた。

 こうした風潮を反映して、2002年5月に宗教省主催で行われたワークショップでは、 FGM禁止規定を再度法制化する必要性が指摘された(10)ほか 、2003年8月にスーダン政府、国連児童基金(UNICEF)、日本政府の三者共催で行ったFGMシンポジウムでは、スーダン政府のマシャール副大統領が関係者への処分の厳格化を発表する(11)など、FGM廃絶法成立への動きが浮上した。同月2日にはヤーシーン司法相がFGM廃絶法令の整備を近日中に行うことを表明(12)、翌3日にはビラール保健相も閣議および議会でFGM廃絶法を承認し、関与者への処罰を厳格にするとの声明を発表した(13)。

 しかし、2003年のこの廃絶規定成立への期待の高まりにもかかわらずFGM廃絶法は2005年10月現在では制定されておらず、保健法によるFGMの禁止(14)や刑法138条1項(15)を援用して対処している。スーダン連邦保健省もFGM廃絶法の制定に先立ちFGM廃絶の戦略計画を国会に提出したものの、議員の反対で採択されず現在に至っている。

 なお調査を行った2005年10月時点では、BBSAWSを中心に法案作成活動が実施されていた。医療関係者から廃絶法制定への賛同署名をすでに集めており、法律家による法案の作成段階にあった。

2.政府による取り組み

 スーダンでFGM問題を取り扱う省は、連邦保健省と連邦社会福祉省であり、連邦による戦略の決定を受けて、各州の保健省および社会福祉省で実際の廃絶プログラムが実施される。連邦保健省がリプロダクティブヘルスの立場からFGMに取り組み、行動計画や戦略を策定するのに対し、社会福祉省は人権問題としてFGMを扱う、という役割分担が成立している。基本的に、保健省が策定した戦略に基づき、社会福祉省がプログラムの実施を推進し、州ごとのプログラム実施状況を監督し、各関係機関とのとりまとめる。同省は、実施報告書が各州から提出された後に、セクター間委員会に報告書を提出、同委員会を通じて保健省にも情報をフィードバックする役割を負っている。

 連邦保健省でFGM問題を管轄するのはリプロダクティブヘルス局FGM・ジェンダー担当である。同省は、FGM廃絶活動家、NGO、国際NGO、国際機関、社会福祉省、教育省、司法省などの関連省庁との連絡調整会議を年に1回開催し、各州の保健省がFGM問題への意識覚醒運動を行う他、廃絶キャンペーンとして地方のTVやラジオを活用したアドボカシー活動を展開している。

 連邦社会福祉省の前身である社会福祉・開発省は法令に基づき、1981年に全国女子割礼廃絶委員会を発足させた。1984年には同委員会を継承する形で、女性と子どもの健康に影響する伝統的に有害な慣習の廃絶機関(EHTP)を設置、NGOと協力して、出産介助者などを対象にしたセミナーやワークショップを開催してきた(16)。連邦社会福祉省では現在、国連人口基金(UNFPA)女性エンパワーメント・ジェンダー主流化プロジェクト担当、連邦社会福祉省女性・子ども問題担当官がFGM問題を取り扱っており、ジェンダーの視点から行動計画を立案し、各州で実施される社会福祉省内の女性・子どものケア委員会によるアドボカシー活動を監督している。

 連邦社会福祉省では以前、禁止法案の作成と立法に向けた活動が試みられたことがあった。しかし、禁止法が制定されることで女性が逮捕・投獄され、罰金刑が課されることで社会を動揺させ、却ってFGM廃絶に悪影響を与える可能性に配慮して、現在では法律整備からアドボカシー活動へその重点を移行させている。

 両省が抱える共通の問題は、予算の欠如である。両省共にFGM関連の独した予算が設定されず、保健省の場合はフィスチェラ(産科ろうこう)の費目、社会福祉省ではジェンダー関連事業の一環としてFGMを取り上げることで、UNFPAやUNICEFなど国際機関から拠出される資金を使って、FGM廃絶に向けたアドボカシー活動を展開している。この点に関して連邦福祉省の担当者は、長期化する国内紛争により、保健・ジェンダー関連の項目にまで予算がつけられる状況ではないことを指摘していた。

 また、各州によって実施状況が異なる状況も見られる。筆者がインタビューしたナイル川州社会福祉省職員は、FGM関連の活動は行っていないと述べた。スーダンには26の州があるが、各州政府の経済状況は脆弱であり、現状ではFGM関連の事業を各州政府が主体的に行うことは難しいと考えられる。

3. NGOによる取り組み

 政府による廃絶プログラムは、予算上も期待できない状況であることから、スーダンにおける主なFGM廃絶運動は国際機関、国際NGOおよび現地NGOによって担われることになる。現地NGOは国際機関やドナー国政府、国際NGOからの事業ベースの資金提供を受け、廃絶運動を展開している。FGM廃絶支援事業は、基本的に下記の5アプローチに分類される (17)。

 (1)統合アプローチ:収入創出活動、保健活動サービス、識字訓練など社会的・経済的発展イニシアチブの中にFGM廃絶問題を盛り込む長期的手法。

 (2)FGM儀式に変わる代替儀礼の実施:通過儀礼としてのFGMの実施を抑止する試み。

 (3)人権・社会動員アプローチ:集団内でのFGM問題に関する協議の場を設定して、女性の参加を奨励することや女性のエンパワーメントを進めるだけでなく、コミュニティー全体でFGMを廃止すると決定するアプローチ。

 (4)社会的マーケティング:FGMの実施と廃絶のそれぞれかかる費用と利益を算出・評価することで、FGMの廃止を導く方法。

 (5)積極的な逸脱アプローチ:社会の保守的な期待(=FGMを行う)から逸脱する(=FGMを行わない)個人を創出し、FGMに反対するモデルケースを確立、広く認知させる。

 筆者の調査協力団体であるSNCTPは、2005年9月にナイル川州アッバラ郊外の村でワークショップを実施し、20名の女性が参加した。このワークショップでは、人権やジェンダー問題を学ぶことを通じてFGMがなぜ問題なのか理解するだけではなく、最後に地域での廃絶のためのネットワーク作りを検討するグループワークが行われた。またフォローアップ事業として、参加者の中で将来、村の廃絶推進コーディネーターになる女性が、学生や社会福祉省担当者などを対象に行われた大学でのワークショップに参加し、より専門的な勉強を行っていた。

4.宗教指導者による取り組み

 イスラーム教の宗教指導者(イマーム)の間でもFGM廃絶のための取り組みが行われている。一般的にタイプ1のFGMは、イスラーム教徒にとって正しい伝統や基準を意味するスンナ(sunna)として受け止められ、高潔な行為とされてきた。そのために、FGMを宗教的義務と解釈する者も多い。筆者がインタビューしたイマームの一人は、本人が国会議員であった4年前に、同じく議員であったイマームを中心に、スンナ擁護キャンペーンが展開されようとしていたと述べた。

 イマームの中にはTVやインターネットを活用したFGM推進活動を展開する者もいる。その結果、アンケート調査でも、イマームがFGMを推進しているからという理由でFGMに賛成する回答者もいた。しかし、イスラーム教の聖典であるクルアーンやムハンマドの現行を伝承するハディースには、FGMに関連する表現が記載されていないことから、現在では多くのイマームやイスラーム法研究者が、スンナとFGMとの宗教的関連性を否定している(18) 。またAUW教員で弁護士でもあるSonia Aziz Malikも、2005年4月に開催されたFGM調査会議で、FGM禁止規定はシャリーア(イスラーム法)とは矛盾しないと指摘している(19)。

5.医師会による取り組み

 スーダン家族計画協会とスーダン産婦人科医師会は、1975年と1977年にFGM廃絶要求勧告を提出し、1979年にハルツームで開催された第5回WHOセミナーでは、あらゆるタイプのFGMの廃絶を求める声明を社会福祉・開発省に提出するなど、医師会はFGMに一貫して反対してきた。2003年8月27日の第366回医師会会合でも、FGMを含むあらゆる「人体に有害な、あるいは人体に有害な恐れがある」処置を禁じ、医師会の内規として、改めてFGMへの関与を禁止した(20)。医師会では、医療従事者による患者への身体的、精神的苦痛を伴う治療行為を倫理規定で禁止している。また、保健省も医師会による取り組みに同調し、助産婦訓練学校卒業者がFGMの施術に関わったことが判明した場合、本人に助産婦資格があることを証明する専用の鞄を取り上げることにしている。

今後の課題

 AUWは1981年以来FGM廃絶運動を推進し、大学のカリキュラムにもFGM問題を組み込んできた。AUWがBBSAWSとの協力で、2004年1月から6月にかけて実施した調査(21)では、最近の卒業者50名の中でFGM実施率は76%であり、大学の廃絶カリキュラムに感銘を受けて、自分の娘にFGMを受けさせないつもりだと回答した者は48名(96%)となった。これとは対照的に、卒業して10年以上が経過した者50名のFGM実施率は92%であり、娘にFGMを受けさせるつもりだと述べたものも22%に上るなど、世代間格差を示す結果となった。

 同調査の結果は、世代間でのFGM実施状況の変化を示すと同時に、廃絶カリキュラムなど教育プログラムがFGM廃絶に果たす影響力の大きさを示している。しかしその一方では、今回筆者が行った調査で明示されたように、FGMの実施の有無の決定は、母親や祖母など上の世代によって決定されていることから、家族やコミュニティー内部でFGMの実施をめぐり世代間対立を引き起こす可能性がある。インタビューに応じた連邦保健省職員は、近年、欧米諸国でFGMを理由に難民認定申請を行うケースがあることに関し、スーダンでは就学年齢前にFGMを受けることから、実質的な申請者として母親が考えられると指摘した。特に、祖母や家族内での高齢の女性がFGMの実施を決定することが多いスーダン社会の環境では、家族内でFGMを受けることを強要する社会的・伝統的な抑圧に抵抗するため、母娘で避難することを選択せざるをえない可能性が高いと言えよう。

 今回の調査ではまた、FGMをめぐる政府と宗教関係者の混乱が見られれた。政府によるFGM禁止法の成立が先送りにされている現状では、FGMを法的処罰の対象とすることができないために、FGMを厳格に禁止できない状況を生み出している。

 さらに最大の課題は、女性の社会進出の弱さである。アンケートに答えた高校生は、伝統的に一人で女性が村から出ることができないため、FGMが嫌だとしても逃げ出すことはできないと述べた。AUW教員の一人は、スーダン社会における女性への家庭内暴力の問題を指摘した。特に所得水準が低く、ハルツームから離れ周辺化された地方で生活している場合、法的扶助が困難であり、結果的に女性に対する暴力が発生しやすいことを指摘した上で、「女性の社会進出の弱さから国内の他の地域へ避難し、家族と離れて生活することは難しい」と述べている。

 こうした状況を概観すると、FGM廃絶の課題としては教育プログラムによる意識変革を進め、女性のエンパワーメントを推進することが不可欠であると言えるだろう。近年、スーダンでも女性の社会進出が顕著だが、それでも女性の多くが結婚して専業主婦になるという現状があり、女性の家族への依存を強め、結果的に結婚が女性の社会的地位を固定化させる結果となっている。教育やアドボカシー活動によって女性の意識が変わり、FGM実施率が低下するまでには、なお課題は残されていると言えるだろう。


【注】
(1) 1997年に世界保健機関(WHO)、国連児童基金(UNICEF)および国連女性基金(UNIFEM)が共同で発表した声明によると、FGM(Female Genital Mutilation:女性性器切除)とは、「文化的あるいは非治療的理由により女性外性器の一部または全体の切除や、女性性器その他の損傷を含めたすべての処置」と定義される。 WHO, Female Genital Mutilation: A Joint WHO/UNICEF/UNIFEM Statement, 1993, p.3.
(2) 人間開発指数(平均寿命・教育水準・成人識字率・1人当りGDPで決定される)に男女間格差を加えたもの。
(3) スーダンではGEMの指数すべてが判明していないので、順位は出ていない。 http://hdr.undp.org/statistics/data/country_fact_sheets/cty_fs_SDN.html
(4) WHOによるFGMタイプの分類についてはp.29を参照。
(5) Babilir Badri Scientific Association for Women Studies, Women, Issue No.21, June 2004, p.50.
(6) FGMに取り組むアフリカ地域間のNGO、IAC(Inter-African Committee on Traditional Practices Affecting the Health of Women and Children)のスーダン国内委員会。 http://www.snctp.org/aboutus.htm
(7) 人口455名、96家族が生活。1世帯あたり平均人数は4.7人。
(8) 1979年にクライン(Klein, H.L.)がスーダンで行った聞き取り調査では、性行為の苦痛を述べた女性は27名中19名(70.3%)、男性で挿入時の困難や性的不満足を指摘した者は5名中3名(60.0%)であった。 Klein, H.L., (1989). Prisoners of Ritual: An Odyssey into Female genital Circumcision in Africa (pp. 247-88). New York: Harrington Park Press
(9) ElSheikh, M.A.A., (2003, August 26). The Sudanese Medical Profession Combating FGN: Role and Future Challenges.「FGM廃絶シンポジウム」資料; Hosken, op.cit., pp.94-5.
(10) Sudanese Women’s Rights Group, (2002, June 18). Press Release: Legalization of Female Circumcision in Sudan. Retrieved 8 February 2004, from Transnational Radical Party.
(11) (2003, August 28). Professor Moses Machar, Vice-President of the Republic Addresses Regional Symposium on Abolition of FGM, Sudan Vision, 8.
(12) Al-Aam Al-Ray, 2 September 2003. p.1.
(13) Obied, J., (September 2003). War Against FGM Practice Declared, Sudanow, pp.37-39.
(14) Boyle, E.H. & Preves, S.E. (2000). National Politics as International Process: The Case of Anti-Female-Genital-Cutting Laws. Law & Society Review, vol. 34, pp.717.
(15) 手術関係者を処罰する場合、身体の一部を切り取る行為を行った者に刑を課す規定。
(16) See Rahman, A. & Toubia, N. (2000). Female Genital Mutilation: A Guide to Laws and Policies Worldwide, Zed Books. pp.215-7.
(17) Dr. Nafisa Mohamed A. Badri, “Innovative Campaigns for the Abolition of FGC”, Women, Babilir Badri Scientific Association for Women Studies (Issue No.21 June 2004, pp.43-6.)
(18) [参照文献] マレク・シュベル著、盛弘仁・盛恵子訳(1999)、『割礼の歴史:10億人の包皮切除』、明石書店、p.64、66/Hassan, A.A.R. Female Genital Mutilation (FGM) Historical Background: Views in Islamic Shari’a & Recent Research’s Finding on FGM. Retrieved September 24, 2002, from SNCTP, pp.6-7/大塚和夫編(2002年)、『岩波イスラーム辞典』、岩波書店、p.273/大塚和夫(2000年)、『近代・イスラームの人類学』、東京大学出版会、pp.99-126/大塚和夫(2001年)、「女子割礼および/または女性性器切除(FGM) 一人類学者の所感」江原由美子編『性・暴力・ネーション:フェミニズムの主張4』、剄草書房、pp.257-93
(19) Sonia Aziz Malik, “The Legal status of Female Genital Mutilation under Sudanese laws”, Conference on Research about FGM in Sudan: Recent Findings and Future Outlook, 17 April 2005, pp.10-11.
(20) ElSheikh, M.A.A., (2003, August 26). The Sudanese Medical Profession Combating FGN: Role and Future Challenges.「FC/FGM廃絶シンポジウム」資料
(21) Ms. Alia Karar, Ms. Amel Hashim, Ms. Mai Tambel, ‘Research on FGM: The Impact of Ahfad University for Women Curriculum for Eradicating Female Genital Mutilation on its Graduates’, Women, Babilir Badri Scientific Association for Women Studies (Issue No.21 June 2004, pp.35-7)

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