SDGsの時代、NPOとNGOの壁をなくそう

Taking down the wall between NPOs and NGOs in the SDGs era

『アフリカNOW』108号(2017年5月31日発行)掲載

執筆:新田 英理子
にった えりこ 日本NPO センター・SDGs 事業プロデューサー。富山県出身。大学卒業後、民間企業で3年半勤務。その後1年間、環境団体でのアルバイトをしながらいくつかのNPO でボランティアを行う。1998年4月より日本NPO センターの専従有給スタッフとして、NPO とNGO、企業とNPO、行政とNPO をつなぐ仕事をしている。


2017年4月1日から9月30日まで週3日、日本NPOセンターからAJF 内に事務所を置いているSDGs 市民社会ネットワーク(略称:SDGs ジャパン)に出向となり、活動を行っています。日本NPO センターは、特定非営利活動促進法(NPO 法)が施行された1998年の2年前に設立されました。私は、1998年4月から専従有給職員として採用され、2014年から2017年3月末まで事務局長を担っていました。日本全国のNPOの基盤整備と行政や企業とNPO のパートナーシップの推進をミッションに、20人弱のスタッフで50あまりの事業を実施しています。特に東日本大震災以降、これまでの相談事業の蓄積を活かして、民間企業と協働して、東日本大震災で被災された方々を支援するNPO/NGO を対象とした10の助成金事業を実施しており、私自身も被災地を含め、毎年、半数以上の都道府県を訪問し、さまざまな事業を行っています。

NPO が日本社会の中で注目を集めるようになったのは、阪神淡路大震災(1995年)や中越沖地震(2003年)、東日本大震災(2011年)などの大きな災害が起こる中で、行政の力だけでは復興はかなわず、また経済活動のグローバル化によって格差が進んでいるように感じる中で、企業と行政だけでは私たちの生活が守られない、という実感からではないかと思います。

日本では少子高齢化の中、地域コミュニティの再生が喫緊の課題として取り上げられていますが、アメリカでも社会関係資本や包摂の概念が重要だということを分析した本『孤独なボウリング:米国コミュニティの崩壊と再生』( 原題”Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community”、ロバート・D・パットナム、訳:柴内康文、2006、柏書房)が出版されました。その本のことを意識していたわけではないのですが、2005年に日本NPO センターの主催で第1回NPO/NGO ボウリング大会を実施しました。このボウリング大会は、今でも年2回、7月と1月に有志で開催。今年は東京で7月7日に行われ、他の地方でも実施しています。NPO/NGO は職員数も少ないので、野球やサッカーはチームを作れないし、会場を借りるのも大変ですが、ボウリングは少人数でも参加できます。レーンではいろいろな団体の方をまぜこぜのチームにしています。

その当時の日本NPO センターの問題意識は、東京にはNPO 法人が何千と存在しても、国際協力分野の団体と国内課題をテーマに活動している団体の交流がなく、同じ市民活動として「もったいない」ということでした。私は大学時代にタイのスラムでフィールドワークをした経験があり、先輩スタッフはケニアの孤児院で4年間ボランティアを経験しました。日本のNPO より組織化が先行していた国際協力の団体 (NGO)の知見を国内活動にも活かせないかという問題意識を持っていました。とはいえ、何の用事もないのに連絡を取り合うことはありませんので、日常的に緩やかにつながることを願ってボウリング大会を実施してきました。ここでつちかった関係から、実際に東日本大震災で地域とNGO がつながったケースもあります。

2015年にSDGs は日本も含めた先進国にも関係があると聞き、私自身は「これだ!」と思いました。課題は地域ごと、人ごとに違うし、解決の方法や指標も違う。でも、この世界を持続可能にして未来世代に引き継ごうと世界共通の具体的な目標ができたのです。自分の正義は相手の正義ではないので、まず、相手のことを知ることからはじめないとならないでしょう。その意味でも、日本人はあまりにもアフリカのことを知らなすぎると思います。SDGs はアフリカを知る、知りたい人のための一助になることを期待しています。
SDGs ジャパンでは、SDGs の理念「誰ひとり取り残さない」ことに向かって活動を進めていきます。


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