高齢化に向かいはじめたアフリカ社会

長期介護をめぐる潮流

Trends and Challenges of Long-term Care System in Sub-Saharan Africa

『アフリカNOW』108号(2017年5月31日発行)掲載

執筆:増田 研
ますだけん 長崎大学多文化社会学部、大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科准教授。エチオピアにおける辺境地域の民族誌研究に取り組んだのち、2008年から国際保健およびグローバルヘルス分野における人類学的アプローチの探究と教育に携わっている。また2012年からは主として東アフリカにおける未来の少子高齢化に関するプロジェクトを推進している。

 

はじめに

タイトルをみて「アフリカが少子高齢化?」といぶかしく思った読者も多いだろう。実際、いまのアフリカは子供であふれかえっていて「少子」だとはいえないし、高齢化の兆候も見えにくい。いまのアフリカで進行しているのは急速な人口増加である。
ところが、すでに都市部において合計特殊出生率の低下傾向が見え始めている。たとえばケニアの人口保健サーベイ(Demographic and Health Survey; DHS)が示すナイロビの出生率は2.7であり、それがエチオピアのアディスアベバとなると1.5と日本に匹敵するほど低下している(1)。乳幼児死亡率が低下した都市部の、とくに富裕層のあいだでは、少なめに子供を産んで大事にお金をかけて育てるという選択がはたらき始めているのだ。
いわゆる平均寿命が伸び始めていることもあり、アフリカでもやがては高齢者人口比率の高まり、つまり高齢化社会の時代が到来すると予測されている。人口増加が急激なのに比べて、アフリカにおける高齢化の速度は遅い。現時点でサブサハラアフリカ全体の高齢者比率は3%ほどであるが、これが2050年には5%、2100年には13%に上昇すると予測されている(2) ことを考えれば、アフリカで少子高齢化問題を考えるとは、アフリカの未来社会の構想することを同じことを意味するのだと理解してもらえるだろう。
ここでは主として2016年12月にケニアのナイロビで開催された国際老年学・老年医学会(International Association of Gerontology and Geriatrics; IAGG)アフリカ地域会議での報告や議論を踏まえて、サブサハラアフリカ各国における取り組みの現状を報告する。

アフリカの高齢者「問題」への関心

すでに先進国で少子高齢化が大きな取り組み課題となっていることを受けて、日本におけるアフリカ研究の分野においてもすこしずつこの課題への関心が向きつつある。2016 年には田川らによる書籍『アフリカの老人:老いの制度とチカラをめぐる民族誌』(九州大学出版会)が出版された。本書は文化人類学的な視覚から老人の社会的布置を探ろうとしたものであり、とくに個別の民族文化という脈絡における老人のあり方がフィールドからの事例をもとに豊富に提供されている。
他方、筆者は、人類学と公衆衛生、社会保障がクロスする領域からこの課題に取り組んでいる。筆者は主としてエチオピアで活動してきた人類学者だが、この10年ほどは国際公衆衛生の分野で仕事をしてきたこともあり、長寿命化の進展によってもたらされる新たな保健課題(たとえばがんや高血圧、肥満といった非感染症の増加)と年金などの社会保障への関心からアフリカの少子高齢化に着目した経緯がある。その成果の一端は日本アフリカ学会の学術誌『アフリカ研究』90号に「アフリカの人口高齢化:健康・生活・ケアの現在と未来」と題する特集記事となっているのでご一読願いたい。

国際老年学・老年医学会(IAGG)第2回アフリカ地域会議

ここまで述べてきたアフリカの高齢化は、あくまでも数字の話である。保健状況の改善によって長寿命化が進むことも、人口全体における高齢者比率が高まることも、すでにヨーロッパやアジアが経験してきた。そのうえで浮上してくるのが高齢者の生活をどのように保障できるのかという課題である。アフリカにおいては年金などの公助領域は整備が進んでいるとは言えず、頼みの綱である家族ケア(自助)やコミュニティーケア(共助)などの弱体化も指摘されている。
そうしたなかIAGG の第2回アフリカ地域大会が、2016年12月にケニア・ナイロビにあるアフリカ人口保健研究センター(African Population and Health Research Centre; APHRC)で開催された。アフリカでの地域会議の開催は、その3年前の南アフリカに続いて2回目となる。200名近い参加者はおもにサブサハラアフリカ各国における保健や社会保障の行政担当者、研究者、NGO スタッフなどで、ヨーロッパからの参加者もいた。
舞台上のセッションで各国の取り組みを紹介した国は、ウガンダ、ナイジェリア、モーリシャス、カメルーン、南アフリカ、マラウィ、シェラレオネ、エチオピア、セーシェル、ケニアの10ヵ国で、ほかにケニア、南アフリカ、ガーナ、ナイジェリアからの取り組み事例報告があった。
なお、アジアからの参加者は5名で、日本からは私と宮地歌織(佐賀大学)の2名が参加した。
開催地となったAPHRC は2001年に設立された民間の研究機関で、その活動は5つの研究プログラムから構成されている。「教育」「保健課題とヘルスシステム」「人口動態とリプロダクティブヘルス」「都市化と福祉」とならんで、近年新たに開設された5つめのプログラムが「高齢化と開発」であり(3)、そのリーダーには、アフリカの老年学を牽引する気鋭の研究者、イサベラ・アボダリン(Isabella Aboderin)が就いている。

長期介護(LTC)への取り組みの遅れ

この国際会議の中心議題は長期介護システム(Long-term Care System; LTC)であった。長期介護システムは、いまの日本だと介護保険制度や包括支援といった行政セクターによるサービス提供に相当する部分を意味するが、この会議ではそうした公助領域のみならず、NGO やコミュニティーによる生活支援(共助)、高齢者自身や家族ケアなどの自助までをも含む総合的な仕組みとしてのLTC がイメージされていたように思う。
グローバルなレベルでは、たとえば「持続可能な開発目標(SDGs)」の複数項目において高齢者の長期介護に関連する部分があるほか、WHO の「高齢化と健康に関するアクションプラン」においても高齢者ケアが重要課題として取り上げられている。そこには機会均等、尊厳、介護のクオリティといったキーワードがみられる。
他方、アフリカの地域レベルそして国家レベルでは、高齢化課題への明確な方針があまり示されていない。たとえばアフリカ連合(AU)の「アフリカ保健戦略2016-2030(Africa Health Strategy 2016–2030)」(4)には長期介護への言及がない。だが、2016年1月31日にAU は「アフリカにおける高齢者の人権に関するアフリカ議定書」を承認するなど、高齢化問題が徐々に注目されつつある。
この議定書はしかし、まだどの国でも批准はされていないようである。国ごとの政策課題として人口高齢化がどれほど真剣に取り組まれているかというと、まだようやく始まったばかりというのが本当のところである。国家レベルでの高齢者政策の方向性が示されているのは南アフリカやジンバブエなど数ヵ国にとどまるという。

各国の取り組み状況

会議は(1)グローバルレベルの潮流の確認をするセッション、(2) 各国の政策報告のセッション、(3) 長期介護の取り組み事例検討のセッションと、大きく分けて3つの内容に大別された。とくに(2) と(3)についてはまだ広く知られていない内容を多く含んだために、これを聞くだけでも参加した意義は大きい。
長期介護(LTC)には制度的なバックグランドのあるフォーマルLTC と、家族やコミュニティーによるインフォーマルLTC があり、今回の会議はその性格上、主として前者が多く取り上げられることになったが、話題の端々にインフォーマルケアの重要性が語られる局面があった。その一つは、高齢者ケア政策を実施している国であっても、それが家族ケアを前提としているケースが多いということである。たとえばカメルーンは2012年から長期介護政策の策定を進めているものの、その内容は高齢者が家族の中で生きていくことを前提としているという。他方でウガンダ、ナイジェリア、エチオピアなどからは、家族ケアのキャパシティーの限界や、居住形態の流動化に対応しきれていないこと、農村に残された老親のケア問題といった数々の課題が浮上していることが報告された。
こうした点について、筆者が注目していたのはセーシェルおよびモーリシャスからの報告である。インド洋の島嶼国家である両国は国連の地理区分では東アフリカに分類されるが、高齢化という観点から言えば大陸部諸国家の数歩先を行く高齢化社会である。

モーリシャスとセーシェルから見えてくる課題

現在のモーリシャスの人口は130万人で、平均寿命は74歳である。人口全体に占める60歲以上人口比率は2015年に15%であるが、2055年には35%に達すると予測されている。多産多死から少産少死への移行(いわゆる人口転換)が進んだ理由として挙げられるのが教育への投資だという。実際モーリシャスにおける国家支出の50%は教育と保健に投じられている。またGDPの7.3%に相当する金額が社会保険に宛てられている。
他のアフリカ諸国では未整備と言ってよい高齢者年金については、基礎年金のほかに拠出型年金があり、多様な社会サービスを無料で受けられるなどの支援策も充実している。こうした手厚いサービスの持続性は、観光業を中心とするアフリカ地域屈指の経済力にあると言えよう。
他方のセーシェルは人口わずか9万5千人の小さな国であるが、観光業の支えもあり、一人あたりGDPは1万5千ドルとアフリカ随一である。高齢化も進んでおり、2015 年時点での60歳以上人口比率は11%、それが2050年には27%に上昇すると予測されている。現在は退職年齢が63歳に設定されているが(他のアフリカ諸国では60歳)、おいおい65歳に引き上げられるという。
セーシェルもまた政府による長期介護政策が他のアフリカ諸国に比して充実している。年金は基礎年金と拠出型年金からなり、また高齢者に関する諸政策は憲法や社会保障関連諸法によって基礎づけられている。
モーリシャスとセーシェルはともに、他のアフリカ諸国に先んじて高齢化の兆しが現れたために、1980年代あたりから徐々に長期介護政策への取り組みに本腰を入れてきた。とくにモーリシャスはデイケアの設置やコミュニティーサポートの組織化、またいわゆる民間の老人ホームが30あまりも設立されるなど、その取り組みは群を抜いている。
他方で両国がその経験から指摘する共通した課題もある。そのひとつは、長期介護政策が社会保障、保健、労働分野など数多くの省庁にまたがる課題であるがゆえに、行政上の横の連携に課題を残すことである。さらには高齢者の尊厳と自立、高齢者の社会参画といった価値観の創成が今後の課題であることも指摘された。

NGO と民間セクターの活動領域

すでに述べたように、長期介護課題は行政面において保健、労働、社会保障などの複数分野にまたがる取り組み課題である。そのためアフリカ各国はこの課題に取りかかるにあたって近年、省庁をまたがる多数のワーキング・グループを立ち上げている。このことは、アフリカ諸国における未来の高齢化を見据えた重要な変化であると言えるが、長期介護課題を政府任せにしてしまうことのリスクも大きい。
たとえばセーシェルとモーリシャスの事例からは、国家によるLTC の実施が中心で、民間セクターやNGO セクターが弱いことが指摘できる。セーシェル保健省の担当者が語るところによれば、こうした状況では社会保障の最大のリスクファクターはむしろ国家である。国家による牽引力が強ければ強いほど、制度の維持に関しては逆説的に国家がリスクともなり得るのだ。
国家が牽引する「公助」領域と、弱体化が指摘される家族ケアなどの「自助」領域を補完しうるのが、コミュニティーが支える「共助」領域である。その共助領域、あるいは、いずれの「助」にも含まれない隙間領域を埋めるものとして期待されるのはNGO セクターおよび企業などの民間セクターである。
IAGG ではNGO の取り組み事例が4件ほど、高齢者ケアを業務とする企業の事例が2例ほど報告された。南アフリカのランド・エイド(Rand Aid Association)は100年以上の歴史を持つNPO あるが、400名を超えるスタッフ、数多くのユニット(デイケアなども含む)を持ち、その活動は手広い。現時点での高齢者受益者は1,800人いるが、ウェイティングリストには1,300名ほどの名前があるという。
より小規模なものとしては、ガーナのNGO であるAkrowa Aged Life Foundation がある。ここは2006年に設立された団体で、14人のボランティアが160人の高齢者を訪問する生活支援サービスを提供している。その予算はほとんどが寄付ベースだという。
他方、国際NGO であるHelpAge International は主に東から南部アフリカにおいて複数のプロジェクトに取り組むと共に、アドヴォカシーにも熱心である。その主な取り組みは高齢者の健康、金銭的支援、栄養改善、精神的支援などをカバーし、また長期介護についていえば介護者のトレーニングやサポートに力を注いでいる。

実感しにくい課題

社会保障に関して、整備された統計を利用できるのは南アフリカだけであるという。その南アフリカでも社会保障に回されている金額はごくわずかであり、他のアフリカ諸国では手つかずのままである。人材育成についても、たとえば今のアフリカには老年学や老年医学の教育が皆無であることが問題視されている。
しかしながら、長期介護システムにはいくつかのモデルがあり、日本のような社会保障モデルの長期介護が最善であると言い切ることもできない。都市部への人口集中と農村の過疎化といった、日本で起きたことと同じことがアフリカでそっくりそのまま再現されるかどうかはまだ分からない。要はその国、その社会の状況に適合的なモデルをその場で生み出してゆけば良いのだが、人口高齢化を経験していないアフリカは、まずは日本や韓国、ヨーロッパ諸国のような「先進国」の先行事例を参照することから始めるのが良いのだろう。
当面の問題として筆者が感じるのは、アフリカ社会の高齢化などという「未来の」課題にはたしてどのくらいの関心がむくだろうか、という点である。すでに述べたように、アフリカの高齢化は「ゆっくり進む」。HIV/AIDS やマラリアなどとちがって、長期介護問題には、「直面する課題」の顔が見えにくいという不利な点がある。
数字上のことでいえば、現時点での3%という高齢者比率は、サブサハラアフリカ全体で「高齢者が増えた」と実感するには充分高い数字とは言えない。高齢者が増えることで非感染症やいわゆる成人病への取り組み強化が必要になるとはいっても、ヘルスシステム全体のデザインの再設計のなかで考えるべき問題であり、道のりは遠く、イメージするのはなかなか難しいだろう。ここでは詳しく述べられないが、エチオピアの首都アディスアベバでは高齢者ホームレスの増加が可視化されつつある。だが、これも高齢者イシューというよりは都市部の貧困問題としてのほうがアフリカの開発課題としては想像しやすい。
このような少子高齢化課題のイメージのしにくさは、日本がすでに経験してきたことでもある。公助、共助、自助のそれぞれの領域において、あるいは、その隙間領域において、高齢者を社会の参画メンバーとしてきちんと定位した社会設計をするにあたり、日本から発信できることはたくさんあると思う。

(1)増田研(2016)「〈老いの力〉の未来を左右する少子高齢化」田川玄、慶太克彦、花渕馨也(編)、『アフリカの老人:老いの制度と力をめぐる民族誌』、九州大学出版会p.234
(2) United Nation Department of Economic and Social Affairs Population division(https://esa.un.org/unpd/wpp/の統計および推計値データをもとに筆者が算出した。
(3)http://aphrc.org/our-work/research-programs
(4) https://www.au.int/web/sites/default/files/documents/24098-au_ahs_strategy_clean.pdf


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