世界遺産キリマンジャロ山 自然保護と人々の暮らしへの影響

World Heritage Kilimanjaro National Park:Influence of nature preservation on the livelihood of the people

『アフリカNOW』105号(2016年6月30日発行)掲載

執筆:藤沢 俊介
ふじさわ しゅんすけ 大学卒業後、一般企業に8年間勤務。その後公益財団法人緑の地球防衛基金職員として、タンザニア、ベトナムでの造林事業を担当。1997年にキリマンジャロ山での地域住民との協力による環境保全活動を目的として、タンザニア・ポレポレクラブを設立。同会代表として現在に至る。


生活の森” への国立公園拡大政策

タンザニア・ポレポレクラブは1997年の設立以来、森林減少の進むタンザニアで、地域住民と協力しながら森林回復のための植林活動に取り組んでいます。同国では毎年40.3万ha の森林が失われており、これはアフリカ大陸で最大規模の森林減少が続いているナイジェリアの41万ha に次ぐものとなっています(1)。

当会の主力活動地であるキリマンジャロ山(標高5,895m)は、タンザニアの北東部、ケニアとの国境沿いにあり、ほぼ赤道直下にありながら山頂に万年の氷雪を抱くアフリカ大陸の最高峰です。同山はその卓越した景観と熱帯雨林から氷河まで分布する変化に富んだ自然が育む多様な生態系と動植物相から、1987年に世界遺産(キリマンジャロ国立公園)に登録されています。しかしその国立公園がいま、そこに暮らす15万人を越す住民を苦しめています。

キリマンジャロ山は1973年に国立公園が設置されて以来2003年まで、標高約900〜1,700mにかけての村落部、1,700〜2,700mにかけての森林帯(森林保護区)、2,700m 以上の国立公園という、標高別に分かれた3つの帯域での管理が行われていました。管理主体もそれぞれ異なり、標高の低い順から村、地方政府(=県)、中央政府(= 国立公園公社)となっていました。

このうち森林帯では、過去100年間に約3割の森が失われたと言われており、その傾向は現在も続いています。そして森林保護に対する世界からの圧力もあり(2)、タンザニア政府はその対策に乗り出しますが、そこで「森林破壊の元凶」とされたのは地域住民でした。

政府が森林保護政策としてとったのは森林保護区への国立公園の拡大で、2003年と2005年の2度にわたって実施されました。その結果、森林帯のすべてが国立公園に取り込まれることになりました(これにより国立公園面積は当初の75,575haから2.4倍の183,181ha に拡大)。なかでも2005年に実施された拡大は、地域住民にとって欠くことのできない森として存在してきたバッファゾーンの森“ハーフマイル・フォレスト・ストリップ”(面積8,769ha。以下、HMFS と表記)を取り込むことを最大の目的として実施されました。

しかしこのHMFS は、1941年に地域住民が当時タンザニア(タンガニーカ)を統治していた英国統治領政府に請願して設定された特別な森だったのです。なぜなら1921年に当時の宗主国ドイツがキリマンジャロ山に森林保護区を設定した際、森林をすべて取り込んでしまったことから、日々の最低限のニーズ(薪、家畜用の草、薬草など)確保し生活を維持することが困難となった地域住民の請願により、森林保護区内にわざわざ設けられた、まさに地域住民にとっての特別な“生活の森” だったからです。そしてこの国立公園の拡大がいま、地域住民を苦しめるだけでなく、その目的とする森さえ守れない状況をキリマンジャロ山に生み出しています。

 

国立公園が脅かす地域住民の生活権・人権の深刻な侵害

世界遺産の登録・保護を行っているユネスコは、世界遺産管理のすべてのプロセスにおける基本指針として、地域住民の参加と権利に基づいたアプローチをとるべきことをうたっています(3)。ところが、キリマンジャロ山で森林保護を目的として実施された国立公園拡大によっていま起きていることは、自然(HMFS)と人間の隔離による要塞型自然保全、いわゆる“Fortress conservation” です。かつての地域住民たちの生活の森(HMFS)にはキリマンジャロ国立公園公社(KINAPA)の武装監視員が配置され、銃による威圧、相手がたとえ女性や子どもであっても容赦のない暴行、村の誰にも知らされないうちに連れ去られる連行などによる住民排除が行われています(4)。こうした現地の実態は、先の世界遺産の管理指針に明白に反しています。

このようなことが起こるのは、人の勝手な侵入を許さず、ましてやその中の資源利用を認めない国立公園に、地域住民による利用を前提としたバッファゾーン(HMFS)を取り込むという矛盾した政策を強行(5)したことにその原因があります。この国立公園の拡大がはじめから地域住民を“森林の破壊者” とみなし、彼らの“排除” による森林保護の達成を目指して実施されたことは、現場の実態を見れば明らかであり、それはまさに“Fortress conservation” そのものだと言えます。

地域住民の生活権・生存権を脅かし、その管理において人権に深刻な脅威を与えているこのような政策は直ちに改められなければなりません。森林破壊を招いたのは誰か?

 

森を守れるのは誰か?

キリマンジャロ山の森林に関する多くの研究は、バッファゾーンの森(HMFS)がもっとも良く守られたのは、その管理が地域住民の手に委ねられていた時期(1941〜1961年)であったこと、そして彼らの持つ高い森林管理能力を指摘しています(6)。地域住民が管理した20年間に、HMFS では約450haの植林が取り組まれました。一方、1962年にその管理が政府に移されると、政府は保護よりもHMFS の商業利用を重視する政策に転換します。加えて地域住民たちのように効果的な森林管理ができなかったことから、HMFS における森林伐採と荒廃が進んだことが知られています(7)。1962〜1990年の28年間に政府は245haの植林を実施しましたが、これは地域住民より長い期間をかけてその半分しか植林できなかったことを意味し、さらに伐採が植林を上回っていたと報告されています(6)。その上、政府が自らの収入のためにHMFS の商業利用を押し進める一方で、地域住民に対しては利用制限を強め、また利用税を課したことから彼らの反発と非協力を招き、そのことがその後の森林保護区全体にわたる森林破壊を防げない原因となっていきました。

このように政府の誤った政策と、地域住民を森林管理に関与させなかったことが、今日のキリマンジャロ山の森林破壊を招いたといえます。そして政府管理下でバッファゾーン(HMFS)に広がった裸地に森林を回復しようと植林を続けてきたのは、やはり地域住民でした。その植林ですら2005年にバッファゾーン(HMFS)が国立公園に取り込まれると、国立公園内での植林は違法行為とされ、政府(KINAPA)は地域住民による一切の植林を禁止したのです。

これに対して森林に沿う大多数の村(8) が、バッファゾーン(HMFS)への国立公園の拡大が初めから彼らに対する不信(地域住民を森林破壊者と決めつけ、その森林管理能力や実績を評価しないこと)を出発点としたものであり、さらには森林破壊の原因を一方的に彼らに負わせ、その排除によって森林保護の達成を目指すという著しく不公正な政策であるとして、この国立公園の拡大とそれによる森林保護政策を拒否しています。

 

破綻している国立公園による管理

このようにキリマンジャロ国立公園では、ユネスコの基本的な管理方針に反し、住民排除による実質的な“Fortress conservation” が実施されています。しかし法(国立公園法)で人々の基本的ニーズが消えるわけではない以上、住民たちは森に入り続ける以外に選択肢がありません。そこで起きたことは、違法行為であることを承知で毎日森に「不法侵入」し続ける住民たちという現実です。国立公園の管理を担うKINAPA の武装監視員によっても、圧倒的多数の地域住民の完全排除は不可能で、この状況にKINAPA は、国立公園法の認めない「不法侵入」を一部で認めざるをえなくなります((9)。この時点ですでに国立公園によるバッファゾーン(HMFS)の管理は破綻しているといえます。誰にも遵守できない法の下に森を置くことの誤りは明らかであり、そのような政策によって森林が健全に保てるはずもありません。

バッファゾーン(HMFS)を取り囲むそれぞれの村は環境規則を整備しており、その規則の下で森林を利用してきました。しかし違法行為であることを自覚して森に「侵入」する村人たちにとって、森に入った先にはもはや守るべきルールはありません。政府(KINAPA)による恣意的な法の運用と相まって、キリマンジャロ国立公園に出現したのは、国立公園という名の無法地帯だといえます。

キリマンジャロ国立公園は、住民利用を前提としたバッファゾーン(HMFS)を国立公園に取り込んで管理するという政策の矛盾を露わにしています。地域住民の暮らしとキリマンジャロ山の貴重な森林の双方を守っていくための新たなバッファゾーン(HMFS)の管理政策そして制度が求められています。

 

地域主体による持続的森林保全・管理の実現に向けて

タンザニア・ポレポレクラブではこうした状況に対して、バッファゾーン(HMFS)に沿う村の地域横断的連携を図り、その森を地域が主体となって管理していくための枠組みの構築に取り組んでいます。具体的には、バッファゾーン(HMFS)の約6割が属しているモシ県農村部(Moshi rural district)の森林に沿ったすべての村(39村)と協力し、地域連合Kilimanjaro Half mile forest strip Conservation Network(KIHACONE)を設立(10)し、そのもとで森林を一元的に管理していくための制度枠組みの作成に取りかかっています。個々の村で村人たちがいくら声を上げても、残念ながら政府が彼らを相手にすることはありません。またそれぞれの村が個別に森林管理規則を整備しても、政府のみならず世界が注目しているのは、世界遺産としてのキリマンジャロ山全体の森のあり様であり、その管理です(11)。それ故、バッファゾーン(HMFS)への国立公園の拡大が、森の一元管理のための手っ取り早い便法として持ち出されました。その結果はすでに触れた通り、バッファゾーン(HMFS)本来の機能を無視し、押しならすように適用された住民排除による要塞型自然保全でした。

歴史的にも、また諸研究が明らかにしているように、過去バッファゾーン(HMFS)の持続的管理に最も成功したのは地域住民であり、彼らの排除によってではなく、彼らの持つ優れた森林管理能力に信頼を置いた森林管理政策こそ正しい政策のあり方だと当会では考えています。したがって村々が政府に対する交渉力をつけ、さらには個々の村によるバラバラな管理ではなく、地域横断による森(HMFS)全体の一元管理を実現していくためにも、地域の組織化が必要とされていました。

地域住民が望んでいることは、彼らが平和に安心して暮らしていける環境を取り戻すことであり、同時に彼らが安心して森を守っていける環境を取り戻すことです。そして彼らへの信頼に基づき、その能力と実績を公正に評価したバッファゾーン(HMFS)の管理政策への転換を図ることです。そこで当会はKIHACONEとともに、以下によりその実現を目指しています。

(1)バッファゾーン(HMFS)からの国立公園指定解除(管轄は国立公園化以前の県政府に)。

(2)バッファゾーン(HMFS)における新たな森林管理制度として、“地域主体による持続的森林保全・管理”の枠組みをKIHACONE との協力により構築し、その実現を図る。

(3)政府は森林条例等により、その枠組みをバッファゾーン(HMFS)管理の制度枠組みとして法的に位置づける。

(4)政府、国際機関は、バッファゾーン(HMFS)での“地域主体による持続的森林保全・管理” を、(バッファゾーン(HMFS)を含まない)本来のコアエリアである世界遺産キリマンジャロ国立公園保護のための管理政策の一つと位置づける。

(5)政府、国際機関は、この枠組みを支援していくための「基金」を設立する。

 “地域主体による持続的森林保全・管理” の枠組みはすでにドラフトが完成し、現在、環境法令の専門機関に依頼し、法律面での精査を受けているところです。一方、国立公園指定解除については、キリマンジャロ山のお膝元である地方政府のモシ県に対するこれまでの働きかけによって、昨年ついに県議会においてバッファゾーン(HMFS)の返還決議を全会一致で通すところまで来ました。州、中央政府、国会議員に対する働きかけも行っていますが、タンザニアで2015年10月に実施された総選挙の結果、陣容が刷新されたため、あらためてアプローチを開始するところです。今後は国際機関(UNDP、ユネスコ世界遺産委員会など)に対しても、キリマンジャロ山でバッファゾーン(HMFS)への国立公園拡大がもたらしている問題について提起していく予定です。

 

世界の力を

そこに暮らす人々の生活権・人権が無視され、脅かされる世界遺産を、それでも私たちは人類の宝として誇れるでしょうか? 自然は守るが(実際には守れませんが)人は守らない政策を、果たして公正、妥当な政策と呼べるでしょうか? 当会はこの問題解決のためにこれからも全力を尽くしてきましたが、小さなNGO にできることには限界があるのも事実です。その限界を乗り越え、この問題の解決を図っていくためには、世界の人々の声の力が必要であると痛切に感じています。そこでインターネットによる賛同署名を呼びかけていくことにしました。集まった署名は、タンザニアの天然資源観光省大臣及びキリマンジャロ国立公園を管理しているKINAPA長官に提出することにしています。人類の宝、キリマンジャロ山の森と人を守るための署名に、みなさまぜひご協力をお願いいたします!

 署名サイト: change.org → https://t.co/n5LRzXpbfi

 

(1)Food and Agriculture Organization of the United Nations.(2010). Global Forest Resources Assessment 2010 Global Forest Resources Assessment 2010. FAO. Rome

(2)たとえば:Shardul Agrawala, Annett Moehner, Andreas Hemp, et al. (2003). Development and Climate Change: Focuson Mount Kilimanjaro. OECD. Paris

(3)The UNESCO World Heritage Centre より(http://whc.unesco.org/en/news/1203 2014.11.25 時点)’Recent policy and conceptual developments in World Heritage, and in conservation generally, set the stage for new approaches that engage indigenous and local communities in World Heritage. The inclusion of communities as one of the five Strategic Objectives in the World Heritage Convention reflects an increasing demand for community engagement at all stages of the World Heritage process, and for rights-based approaches that link conservation and sustainable development.’

(4)2014年9月、KINAPA の武装監視員による暴行で病院に運ばれた村人が存在していることを、天然資源観光省の副大臣(当時)は村長に直接電話をして把握している。また、同様に森に入った村の女性に対する監視員によるレイプ事件が国会議員によって取り上げられ、天然資源観光省の大臣(当時)が調査を約束している(2014年10月)。村人に聞き取りを行えば、KINAPA による暴行の実態については数多くの証言が得られる。

(5)すでに本文中でも触れたように、国立公園の拡大は、2003年にまずHMFS を除く森林保護区を取り込む形で実施され、次いで2005年にHMFS を取り込むことを目的として“再拡大” が実施された。

(6)たとえば:Kivumbi, C. O. , Newmark, W. D. (1991).”The history of the half-mile forestry strip on Mount Kilimanjaro”, in W. D. Newmark (ed.). The Conservation of Mount Kilimanjaro, pp. 81-86. IUCN. Gland, Switzerland and Cambridge, UK

(7)たとえば:Mboline, J.M., Misana, S.B., Sokoni. C.(2003). Land Use Change Patterns and Causes on the Southern Slopes of Mount Kilimanjaro, Tanzania, Land Use Change Impacts and Dynamics (LUCID) Project Working Paper 25. International livestock Research Institute.Nairobi, Kenya.

(8)バッファゾーン(HMFS)は、キリマンジャロ山を取り囲むシーハ(Siha)、ハイ(Hai)、モシ地方県(Moshirural)、ロンボ(Rombo)の4県(district)にまたがって存在している。このうちモシ地方県とロンボ県に属するバッファゾーン(HMFS)の面積は8,005ha(各5,120ha、2,885ha)で、この2県で全体の93%を占めている。ただし、ロンボ県に属するバッファゾーン(HMFS)のかなりの部分が森林プランテーション(1,000ha)と荒廃裸地であり、国立公園化による排除政策の最大の影響を受けているのは、モシ地方県の村である。このモシ地方県のバッファゾーン(HMFS)に沿う39のほぼすべての村が、国立公園の拡大政策とそれによる森林保護政策の受け入れを拒否している。

(9)2005年の国立公園化から10年経った2015年になって初めて、村の女性に限り、週2回4時間だけ森に入ることが許可された(それまでは森へのいかなる侵入行為も国立公園法を犯す犯罪行為として取り締まられた)。しかしこの許可自体、以下の理由により、地域住民の猛反発を買っている。

(a)国立公園法は地域住民による資源利用はもとより、森の中に入ることを認めておらず、その法律を正規の改正手続きも経ることなく、一組織(KINAPA)が恣意的に変えて良いのか。

(b)日々の基本的ニーズの充足のためには、村人たちは男性や子どもを含めて毎日、場合よっては1日に何度も森に入り、薪や家畜のための飼料などを採集する必要がある。それを女性のみ週2回とする命令は、住民の生活実態をまったく無視したものであることに加え、これはそれまで男性が担っていた作業まですべて女性に背負わせる過酷なもので、女性の人権を無視している。さらに妻を失った世帯は生活を維持することができない。

(10)KIHACONE は2014年に、39村の地域住民を代表するCBO(Community Based Organization)としてモシ県に正式認可された。

(11)たとえば、(2)で取り上げたOECD の資料では、キリマンジャロ山の保全管理政策として、森林帯をすべて国立公園に取り込み、そこに武装した軍隊に準ずるレンジャーを配置することが提言されている。


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