エボラウイルスの大流行に立ち向かう

『アフリカNOW』101号(2015年1月31日発行)掲載

2013年末からギニア、シエラレオネ、リベリアで続いているエボラウイルスの大流行は、新規の感染者数は減少しているが、現在もなおひろがっている。さらに、西アフリカの周辺国だけでなく、アフリカを越えて米国、スペイン、イギリスでも感染者が確認された。アフリカ中央部の国々では1976年以来、何度もエボラウイルスの流行が確認されているが、今回の流行は、これまでエボラウイルスの流行を経験したことのない国にひろがり、さらに、これまでの流行を圧倒的に超える甚大な被害をもたらしている。日本のメディアでも2014年4月ころから、エボラウイルスの流行に関するニュースが、ピーク時には連日のように大きく取り上げられ、世界保健機関(WHO)は同年8月に、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」が起きていると世界に警告を発した。2014年のアフリカにおける最大級の出来事であり、日本でも過剰なまでの不安をもたらした今回のエボラウイルスの流行の背景と感染のリスクに対して正確に理解し、適切に対処することが求められている。さらに、なぜ前述した3ヵ国では、他の国とは比較にならないほどの膨大な感染者が生じたのかということも、改めて問い返されるだろう。エボラウイルス対策に詳しい医師へのインタビューとナイジェリアでのエボラウイルス克服の報告を通じて、これらの点について考えてみたい。

エボラ出血熱とは(国立感染症研究所)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/342-ebola-intro.html


仲佐保さんに聞く エボラウイルスの特性を知り適切に対処する

Grasping the characteristics of Ebola for proper actions

インタビュー:仲佐 保
なかさ たもつ:(独)国立国際医療研究センター(NCGM)国際医療協力局運営企画部長。東京生まれ。広島大学を卒業、ジョンズホプキンス公衆衛生大学校にて公衆衛生士(MPH)を取得。国立病院医療センター(現NCGM)で研修医、レジデントを修了し、外科医として手術や診療に携わる。1981年の第8次カンボジア難民救援医療チームへの参加を皮切りに、ボリビア、パキスタン、ホンジュラスなどに長期専門家やリーダーとして派遣。エボラ対策では、国際医療研究センターの一員として、NCGM からの医療従事者の派遣やエボラウイルス感染の疑いがある患者の受け入れなどにも関与。

聞き手:稲場雅紀

※エボラウイルス感染によって起きる病名について、日本では「エボラ出血熱」と呼ばれていますが、本稿では世界保健機関(WHO)の呼び方に即して「エボラウイルス病」と表記します。


エボラウイルスの大流行

稲場 今日はお忙しいところ時間をとっていただき、ありがとうございます。昨年(2013年)末から続くエボラウイルスの大流行は、現状ではギニアとシエラレオネ、リベリアの3ヵ国で多くの人々が感染し、その周辺国の一部でも感染事例が生じています。さらに、アメリカとスペインでも西アフリカの感染地から戻ってきた医療関係者とリベリアからの入国者の感染が確認されました。今回の大流行は、日本でもメディアなどを通じてかなり大きな話題になっています。最初に、今回の大流行の全体状況について、簡単に説明してください。

仲佐 まず始めに言っておきたいのは、エボラウイルスに感染して発症する病気の名称について、日本では「エボラ出血熱」(Ebola hemorrhagic fever; EHF) と呼ばれていますが、国際的には世界保健機関(WHO)でも「エボラウイルス病」(Ebola Virus Disease: EVD)と呼ばれています。この病気にかかっても必ず出血が起こるわけではありません。この病気の症状は発熱と関節痛、それと嘔吐で、出血傾向は皮下出血のようなものですが必ずしも起こらないし、初期の段階ではまったく出血しません。そのために、誤解を避けるために現在では国際的に「エボラウイルス病」と定義されています。ただし日本では、感染症法で「1類感染症」のひとつとして「エボラ出血熱」と決められています。
今回のエボラウイルスの大流行は、正確な日にちは分かりませんが、昨年の12月ぐらいからギニア、シエラレオネ、リベリアの3ヵ国の国境付近の地域からだんだんひろがっていきました。この辺りはギニアの中でも特に開発が遅れていて、保健・医療施設も少ない地域です。またリベリアとシエラレオネはずっと紛争地であったために保健システムがとても脆弱で、エボラウイルス病の拡大に対応できませんでした。おそら今年の2〜3月には国境を越えて、リベリアやシエラレオネでエボラウイルス病がひろがり、7月ぐらいから急激に患者の数が増えたと思われます。また、ギニアでは患者数がなだらかに増えてきた一方で、シエラレオネとリベリアでは急激に増えたという、明らかに異なる二つの傾向が表れています。
この地域でエボラウイルスの感染が拡大した大きな要因のひとつとして指摘されているのは、亡くなった人を埋葬するときに遺体に直接に触れるという慣習で、その行為を通じてエボラで亡くなった患者の遺体からエボラウイルスが家族や親族にひろがっていったと言われています。
また、エボラウイルスの自然宿主はフルーツバットとも呼ばれるオオコウモリだと考えられていますが、オオコウモリの生息地はこれまでエボラウイルス病が流行したアフリカ中央部から西アフリカ一帯に重なっています。オオコウモリは体内にエボラウイルスを持っていても死にません。オオコウモリが食べた果実類などを媒介にしてエボラウイルスがヒトに感染することもありますが、この地域ではオオコウモリを調理して食べるという習慣もあります。オオコウモリを十分に焼いて食べるならば、エボラウイルスに感染することはありませんが、オオコウモリを捕まえるときや調理するときに、オオコウモリの血液や体液などに触れることによってエボラウイルスに感染することは十分に考えられます。
さらに、エボラウイルス病を発症すると大変なことになると認識され始めると、実際には病院に来る患者の数が少なくなったとも言われています。「病院に行くと死ぬ」と思われてしまったことと、この地域は、医師や看護師などの医療従事者がとても少ないので、十分な対応ができなかったためであると考えられます。また、あまり知られていないことですが、この地域では病院が少ないために、患者が病院に行くのではなく患者の家族が医療従事者を呼ぶケースが多いのです。公的な医療機関ではほぼ無料で治療を受けられますが、医療従事者からすると、患者の家族から呼ばれた方が病院で働いているときよりも多くのお金を得ることができます。病院ではちゃんと防護服を着て治療にあたっていても、患者の家に呼ばれると防護服なしで診療するので、多くの医療従事者がエボラウイルスに感染したとも言われています。
先ほど述べたエボラウイルス病の初期症状だけでは、他の熱性の疾患、特にマラリアとまったく区別がつきません。マラリアはこの地域でもごくありふれた病気で、マラリアの薬を飲めばほとんどは治りますが、エボラウイルス病は治りません。症状が出ても最初の4、5日はマラリアと区別がつかないので、エボラウイルスの感染を防ぐための特別の準備をしない、などの事情によっても感染が急激に拡がったと考えられます。

エボラウイルス病の治療と治療薬

稲場 次に、エボラウイルスがどのようなウイルスなのかについてお聞きします。エボラウイルス病を発症しても、亡くなる人と完治する人が半々ぐらいの割合でいますね。亡くなる人と助かる人の間にはどのような違いがあるのでしょうか。
また、エボラウイルスの拡大がこれだけ話題になると同時に、臨床試験の前だが有効な治療薬があると言われ、富士フイルムの子会社の富山化学工業が開発したファビピラビル(商品名:アビガン)などのいくつか治療薬がエボラウイルス病患者に投与されました。
また、エボラウイルスのワクチンが開発されるかもしれないといった話も突然に出てきました。一方でエイズについては、いまだに完治する薬が開発される可能性があるかどうかすらわかりませんし、これまで膨大な資金を投入しているにもかかわらず、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に対するまともなワクチンの完成はまだかなり先になるだろうと言われています。同じウイルス病であるにもかかわらず、エボラウイルス病では治療薬やワクチンの話がこんなに早く出てくるのはどうしてでしょうか。

仲佐 HIV を含めて多くのウイルスは球形ですが、エボラウイルスはフィロウイルスという細長い形をしたウイルスの一種になります。エボラウイルスの他にマールブルグウイルスとクエバウイルスも細長い形をしています。このように細長い形をしたウイルスの種類はかなり少ないのですが、ヒトに感染すると死亡率が高いという特徴があります。ただし、この種のウイルスであればなぜ死亡率が高いかは分かっていません。
インフルエンザウイルスでも種類によって死亡率は異なってきます。H5N1 という型の鳥インフルエンザウイルスは、ヒトに感染した場合でも死亡率が高いのですが、豚インフルエンザとも言われたH1N1 という型のインフルエンザウイルスは、さほど死亡率が高くなかった。この違いがどうして起きるのかは分かりません。
エボラウイルスに感染すると死亡率が高く、適切な治療をしなかった場合、死亡率は70〜80% になると言われていますが、その理由もまだ分かりません。エボラウイルスの毒性により全身に障害が起き、エボラウイルス病の症状が起きてから4、5日放置しておくと1週間ぐらいで死んでしまうことが多い、とても重篤な病気であると言えます。エボラウイルス病の治療法は現在のところ、単に点滴をするだけで、脱水によるショックにならないようにして、自分の抗体の力でだんだん治っていくという対症療法しかありません。体温だけ測って、後は症状に応じて点滴をするだけです。また、子どもの患者は暴れることが多いので採血もできません。また、こうした治療法を実施しても、死亡率は50% ほどになると言われています。
ただし、今回のギニア、シエラレオネ、リベリアの3ヵ国におけるエボラウイルスの大流行で何人が発症して何人が亡くなったのかは、実際のところ正確には分かっていません。そのために、WHO や国連では推定値を出しています。それでも、死亡率が50〜70%であることは確実視されています。
治療薬について日本では、鳥インフルエンザ用に開発されてきた治療薬がエボラウイルス病の治療にも効くのではないかということを検証しており、アビガンも治療薬の候補のひとつになっています。ウイルスは細胞内に入って来てデオキシリボ核酸(DNA)やリボ核酸(RNA)をどんどんどんどん複製していくという共通した性質があるので、あるウイルス病の治療薬が他のウイルス病に効く場合もあります。エボラウイルスはすでに1976年に発見され、死亡率が高いので、以前からどのような薬が効くのかということが研究されていました。今回の大流行に際して、急に治療薬の開発が始まったというわけではありません。

稲場 エボラウイルスに感染しても、病院で積極的な治療をしてもらえずに隔離されるだけであるならば、ほとんどの人は病院には行かないようになるのではないですか。感染者からすると、病院に行っても治らないし、行っても損をするだけと考える人が多くなるでしょう。

仲佐 現地では実際にそうした事態も起きていますね。

稲場 エボラウイルス病の治療法は対症療法で、人体の免疫が効くのを待ち、抗体ができて免疫ができてきたら完治するとお聞きしましたが、C 型肝炎ウイルスが潜んでいて、薬を飲み続けないとまたウイルスが増大するということはないのでしょうか。

仲佐 その点についてはまだ分からないことがありますが、現時点では、エボラウイルス病を発症しても完治した場合、エボラウイルス自体が人体から消滅して、再度発症することはたぶんないだろうと言われています。ですから、完治した人はその後は普通に生活することができます。

ギニア、シエラレオネ、リベリアで大流行したのはなぜか

稲場 次の質問になります。今回、エボラウイルスが大流行したギニア、シエラレオネ、リベリアの3ヵ国に比べて、同じ西アフリカのセネガルやナイジェリアでは、エボラウイルス病の患者が発生しても、その後の感染の拡大を抑えることができました。この3ヵ国だけが保健システムが脆弱で、これほどまでにエボラウイルスが流行していった背景には、何か特別な事情があるのでしょうか。

仲佐 やはり紛争後(ポスト・コンフリクト)の状況にあるということが最大の問題でしょう。リベリアでは2003年まで、シエラレオネでは2002年まで激烈な内戦が続いていたということが、保健システムの脆弱さに大きく影響していると思います。内戦下では保健システム自体がほとんど機能しないか解体されてしまいます。特に首都から離れた地方では、こうした状況が顕著に現れたのでしょう。
さらにこの3ヵ国は国土がさほど広くないので、国境付近の地域から首都まで車で数時間で行くことができ、実際に人々は頻繁に移動しています。また現地の人々が、小川などで区切られただけの国境を超えて移動することもよく行われています。こうした状況が、最初はそれぞれの国の首都からは離れた3ヵ国の国境付近で流行したエボラウイルスが人口密集地である首都まで急速に拡大していったことに大きく影響していると思います。

稲場 西アフリカでは、たとえばコートジボワールでも2003年と2010年に内戦が起きましたが、コートジボワールは1980年代までは「イボワールの奇跡」とも呼ばれた急速な経済成長を遂げ、これまで保健システムなどの社会サービスに投資された金額も、この3ヵ国とは比較にならないほど大きいと言えます。一方でギニアは、1958年のフランスの住民投票で他の植民地がフランス共同体内の自治共和国となった中で唯一、セク・トゥーレ(Ahmed Sékou Touré)政権のもと完全独立を選びましたが、そのためにフランスが撤退間際にインフラを破壊しつくし、独立後には援助も投資もほとんど途絶えてしまいました。さらに、2008年末にクーデターが起きるなど、不安定な政治状況が続いていました。またリベリアとシエラレオネでは、内戦によってインフラなどの社会基盤そのものが大きく破壊されてしまいました。

仲佐 この地域におけるエボラウイルス対策は基本的に、とにかくエボラウイルスの感染者を見つける。その人を隔離する。その人と接触した人を同定して、フォローをする。これらの対策を地道に実施するしかないのですが、これらの対策を担うだけの人員はどの国でも不足しています。その一方で、これまでエボラウイルスの感染者が増え続ける一方であったリベリアの首都モンロビアの近くにあるエボラ治療ユニットでは、新規のエボラウイルス病の患者が減少しているという話も聞きました。エボラウイルス対策を続けてきたことによって、いたるところで感染者がどんどん増えていくという状況から、少しは変わりつつあるのではではないかと思います。
また、この3ヵ国のエボラウイルス対策を支えるために、リベリアではアメリカ軍、シエラレオネではイギリス軍、ギニアではフランス軍と、それぞれの国の旧宗主国の軍隊が大きく関与しています。前述したように、この地域でのエボラウイルス病治療は対症療法しかなく、治療を行っているというよりは隔離しているだけの現状なので、圧倒的な物量を持っている旧宗主国の軍隊が大きな影響力を持つようになります。国際社会の取り組みとその遅れ

稲場 メディアでは、国境なき医師団(MSF)がこの3ヵ国におけるエボラウイルス病の治療のために活躍していると伝えられています。

仲佐 MSF はこれまで、エボラウイルス病治療の豊富な経験を積んできました。1995年に起きたコンゴ民主共和国でのエボラウイルス病の流行のときから現地での治療に携わり、治療のためのノウハウも蓄積してきました。WHO や国際赤十字と比べても、その蓄積のレベルが違っています。たとえばエボラの感染を防ぐための防護服にしても、WHO では今年の9月まで首まわりが露出した防護服を着用していましたが、MSFでは最初から首まわりを含めて全身を覆った防護服を着用していました。また、エボラウイルスの検査については、米国のアメリカ疾病管理予防センター(Center for Disease Control and Prevention; CDC)が一手に引き受けています。
今回のエボラウイルスの大流行に対する国際社会の関わりの経過は、最初にMSF が現地での治療を開始し、今年(2014年)の6、7月ころからWHO が現地での取り組みを始め、9月からは国連が担当スタッフを派遣して、現地での対策をすべて統括・調整しています。実は私の娘も、国連の募集に応じて、リベリアで国際移住機関(IOM)の調整員として働いています。リベリアでは国連が統括・調整を開始してから、ある程度の数の治療ユニットがそろうようになってきたと聞きました。

稲場 今回のエボラウイルスの大流行に対して国際社会が動き始めるのはかなり遅かったのではないでしょうか。昨年12月にエボラウイルスの流行が伝えられてからもしばらくの間は国際社会では何の対応もなされなかったようですが。

仲佐 WHO が自ら認めているように、当初、国際社会は今回のエボラウイルスの流行を過小評価していました。これまでエボラウイルスの単発的な流行は何回もありましたが、エボラウイルス病の症例数はこれまで最大でも400人台で、症例数がその数十倍にもなる今回の大流行もこれまでの流行とさほど変わらない規模だと、過小評価していたのでしょう。さらに当初は、今回エボラウイルスが大流行している地域での医療・保健システムの脆弱性や社会の慣習、人々の頻繁な移動などの状況についても、理解が不足していたのではないかと思います。結局、WHO が本格的にこの地域でのエボラウイルス対策に取りかかったのは7月になってからでした。8月8日にWHO は、今回の流行が「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」であると宣言します。

稲場 先ほど言われたように、エボラウイルス病を発症した患者にとっては、病院に行っても隔離されるだけで、積極的な治療がされないのであれば、病院には行かずに自分の家で療養して、死を迎えた方がいいと思うのがごく普通の感覚でしょう。現に患者が病院から逃げ出した、患者を受け入れている病院や診療所が襲撃されたというニュースもありました。また、死んだ人を大事にして、埋葬までにいくつものプロセスを経るということは、どの国にもある文化的な習慣ですね。その意味では、現地におけるエボラウイルス対策において、保健・医療の文脈だけでは対応しきれない側面もあると思います。現地で対策に従事しているスタッフは、こうした患者の心情や文化的な習慣に配慮しているのでしょうか。

仲佐 少なくともコミュニティのリーダーなどを通じて、エボラウイルス病で亡くなった人の遺体を埋葬するときには遺体に直接に触れないように、家族・親族やコミュニティに伝えています。ただし、実際にこのことがどの程度まで現地の人々に伝わっているのかはよく分かりません。また、病院や診療所が襲撃されたことの背景には、もちろんエボラウイルス病の治療に対する不信感があるでしょが、一方で、この機に乗じて現政権を打倒したいと考えている勢力が社会不安を煽っているということも考えられます。

グローバルヘルス対策への影響

稲場 今回のエボラウイルスの大流行は、グローバルヘルス対策の中でどのような政策上の影響や教訓を及ぼしていると考えられますか。

仲佐 今まで途上国において他の感染症が流行したときは、国際社会は積極的に援助を行い、いくつもの国から医療従事者などのスタッフが、ときには集まりすぎるほど多く派遣されてきました。ところが、今回のエボラウイルスの大流行に対しては、どの国の政府も援助に関わるスタッフに対して「(エボラウイルスの流行地域には)行くな」「行くなら、帰ってくるな」いう対応をしています。リベリアに赴任している私の娘も、前任地のケニアから出国するとリベリアを出国してから21日間はケニアに再入国できません。他の国の対応も同じようなもので、現地でエボラウイルス病の治療を支援するための医療従事者を積極的に募集しないし、エボラウイルスが流行している地域に行った人々の帰国や再入国はスムーズに認めない。この人々が帰国しても、他の人にエボラウイルスを感染させてしまう可能性はほとんどないにもかかわらず、各国の政府はエボラウイルスに過剰なまでの反応を示しています。
こうした現状から判断しても、今回のエボラウイルスの大流行がグローバルヘルス対策にもたらした衝撃はとても大きいと言えるでしょう。これからの世界における環境の変化に伴って、既知のウイルスが変容したり、新たなウイルスがどんどん現れてくることが予測されます。そのときに、この新たな事態を早期に把握して、世界的に適切な対策を講じることが必要になってきます。これからの国際社会は、こうした新たな事態に対応していけるのか、ウイルスが流行している国や地域に対してどのような援助をしていくのかということが問われてくるでしょう。たとえばHIV も、いまから振り返ってみるならば、先進国にまで感染が拡大した1980年代より前の1950〜1960年代にはすでにアフリカに存在していたにもかかわらず、公衆衛生の枠組みで把握されることなく放置されていました。そのことによって、その後の世界に巨大な数の感染者を発生させてしまったと言うことができます。現在の世界では、アフリカで発生したウイルスだから他の地域や先進国にはあまり関係がないとは言えません。この事実を誰に対してもはっきりさせたということが、今回のエボラウイルスの大流行がもたらした最大の教訓になるのではないかと思います。

稲場 そうですね。各国政府は今回エボラが大流行した地域に医療従事者は積極的に派遣しない一方で、米国もイギリスも軍隊を派遣しています。軍隊のような自己完結的な組織だけを現地に派遣して、医療従事者などに対しては行くなという対応は、感染症に関わるこれからの援助体制の傾向を示唆していると言えるのでしょうか。

仲佐 そのとおりだと思います。日本は今まで、自然災害などに対する緊急援助はすぐに実施してきましたが、国内の組織だけで今回のエボラウイルスの流行地域にスタッフを派遣することについては消極的ですね。国際協力機構(JICA) はスタッフの派遣に消極的ですし、防衛省も、自衛隊員の感染の可能性を恐れて自衛隊の派遣に否定的です。今回の事態には間に合わないでしょうが、これからの感染症対策は、流行地域の援助についても、各国ごとの対応よりは国際社会総体としての対応が追求されていくでしょう。

エボラウイルスは適切に対応すれば感染しない

稲場 最後に、今回のエボラウイルスの大流行に対する日本の対策やメディアの報道などに対して、ぜひ言っておきたいことはありませんか。

仲佐 やはり、エボラウイルスはなかなか感染しないウイルスであるということを強調しておきたい。メディアは、感染者と同じ場所にいても感染者に直接に接触しない限り感染することはない、ということをはっきりと伝えてほしいですね。

稲場 現状のメディアは、そのような事実はまったく伝えずに、逆にエボラウイルスの感染者と同じ飛行機に乗っていたからとても不安だといった声ばかり報道しています。

仲佐 かつて、HIV は蚊を媒介としても感染するというデマが流れたことがあります。今回のエボラウイルスの大流行に対する日本の反応には、こうしたレベルの騒ぎ方と割と似ているところがあるという印象すら受けます。

稲場 日本などにおける現在の騒ぎ方は、エボラウイルス対策を進めていくうえで逆効果でしかない。しかも、エボラウイルス病の患者が入院している病院に報道関係者が殺到するという事態も起きていて、もういい加減にしてほしいと思います。

仲佐 それはなんとかしてほしいですね。私が勤務している国立国際医療研究センターでも、エボラウイルスを取り扱っていると思われているのか、患者の数が減っています。多くの人々に、客観的な根拠を欠いたままでとにかく怖い、不安だと思われてしまったことは、今回のエボラウイルス報道がもたらした大きな問題だと言えるでしょう。

2014年11月10日 ( 独)国立国際医療研究センター会議室にて

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