SG2000とネリカ米の将来

食料安全保障研究会 第7回公開講座 報告

日時2002年9月20日(金)18:30-21:00
会場東京都文京区立音羽生涯学習館
題目SG2000とネリカ米の将来
講師高瀬国雄氏(国際開発センター理事。AJF副代表)
内容今回は、モザンビークとマラウィでSG2000(笹川グローバル2000)のプロジェクト評価を行い、ギニアとコートジボワールでネリカ米のプロジェクトを視察してきた高瀬氏を講師にお招きします。

報告

[講師による説明]

レジュメの目次は以下の通り。

  1. 笹川アフリカ協会/笹川グローバル2000(SAA/SG2000)の活動
  2. SG2000の外部評価(マラウィ、モザンビーク)とギニア稲作
  3. アフリカ開発40年の教訓
  4. アフリカ農業の特性とWARDAの研究成果
  5. 「ネリカ米」:アフリカの希望
  6. 主要ドナーの農村開発戦略
  7. 食料生産と肥料投入量の世界的比較
  8. コメ生産の歴史的発展
  9. 西アフリカ稲作農業の中・長期的戦略(提案)
  10. TICAD3への準備

(このうち、5.はWSSDにおけるイベント案内、7.8.10 は図表である。)

これらを抄出して、以下に述べる。

1.笹川アフリカ協会/笹川グローバル2000(SAA/SG2000)の活動

  1. 成り立ち

    1980年代初めのアフリカ諸国の飢餓に対して、笹川アフリカ協会(SAA)を設立。 カーター・センターの農業・保健衛生プログラムのグローバル2000との共同プロジェクトなので、笹川グローバル2000と呼ぶ。1986年にガーナとスーダンで食料増産技術の移転プロジェクトを開始。SAAの会長は緑の革命をもたらした功績によって1970年にノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーログ博士。現在、サブサハラアフリカ10ヵ国でプロジェクトを行っている。

  2. プロジェクト

    小規模農家の生産性を向上させるための技術移転が根幹である。対象国の農業普及部門を通じて、近代的な増産方法を零細農民に伝える方法をとる。SG2000は、農業普及員を通じて、食料穀物の種子と肥料を含む生産財のパッケージをプロジェクト参加農民に有償で配付する。農民は自分の土地(0.1-0.5ha)に、種子を植え、施肥を行い、収穫までの技術を学ぶ。収穫時には、技術の成果を具体的な「量」として実感することができる。通常、ほとんどの国で従来農法による収量の2-3倍以上の収穫を上げることに成功している。

  3. 持続性と現地化

    SG2000は、対象国の農業普及機関と競合する機関を作るのではなく、現地機関の強化を目的としている。現職の農業普及員を再教育するプログラムも行っている。また、農村に貯蓄・融資組合を組織し、SG2000の活動終了後も、生産活動が継続できるよう努力している国もある。

    エチオピアでは1995年より、SG2000の方法をそっくり真似た増産のデモンストレーション活動を政府独自の財源で数百万も展開している。ただ、現実にはほとんどの政府が財政難から小規模農業振興へ予算が振り向けられない。今後は、対象国政府の農業政策が実質的に食料生産の改善に向かうよう、政策レベルでの働きかけを強化していかなければならない。

2.SG2000の外部評価(マラウィ、モザンビーク)とギニア稲作

  1. マラウィ

    SG2000の歴史は浅い(1998年開始)。しかし、メイズの最新技術を駆使して1t/ha以下だった収量を、平均5-6t/haまで上げていた。QPMという新品種の成功は大きかった。しかし、政府予算のうち、農業・自然資源開発に12%しか振り分けられていない現状では、国全体の食料自給はまだ遠いと言わざるを得ない。

  2. モザンビークの場合

    既に7~8年経っているのに、農家の平均収量は、4t/haにも達していない。政府予算のわずか6%しか農業に配分されていないこと、大洪水があったことの他に、農家の作物選択が主食のメイズに集中せず、より収入の多い大豆、野菜、ポテト、牧畜などに分散しているため、技術移転が不充分なこと、荒地開発に重点が置かれていること等にも原因があるのではないかと思われる。

  3. ギニアの場合

    SG2000のプロジェクト実施国10ヵ国の中で、米に重点を置いている唯一の国である。西アフリカの中で、この国が成功した理由は以下の3点。

    • 大統領自身のイニシャティブ
    • SG2000の指導が政府農業研究普及局と一体となって活動したこと
    • 世界銀行、アフリカ農業研究プログラム、日本、UNDPなどのドナーとの協力を適切に組み合わせ、ギニアの雨量・地形に合った戦略をとったこと

3.アフリカ開発40年の教訓

「1960年頃に始まったアフリカ諸国の相次ぐ独立は、数百年の植民地から再生するアフリカ大陸にとって、大きな転換点となった。しかし、政治的には独裁、経済的には計画経済、社会的には部族対立、自然的には砂漠化と環境破壊、そして国際的には一次産品価格低下などの複合的影響に見舞われた。先進ドナーの戦略転換も功を奏せず、アフリカ開発40年の教訓が今こそ問われている。」

4.アフリカ農業の特性とWARDAの研究成果

  1. アフリカの主食はメイズ、イモ類、ソルガム、コメ、小麦、ミレットの順となっているが、近年サハラ以南アフリカではコメ消費量が激増し、年間1,200トンに達している。特に西アフリカでは年間800万トンの消費があり、そのうち300万トンを輸入に頼っている。
  2. 1994年頃から、西アフリカ稲作開発協会(WARDA)で、アジア米とアフリカ米の長所を生かした品種が開発された。2002年3月には、コートジボアールにて「African Rice Initiative(ARI)」が発足し、西アフリカ7ヵ国5ヵ年のパイロット・プログラムがスタートした。

5.「ネリカ米」:アフリカの希望

ヨハネスブルクの「持続的開発サミット」において、日本館を会場にネリカ米のデモンストレーション行われた。

6.主要ドナーの農村開発戦略

1990年、東西冷戦終結と同時に、それまで30年も続いた欧米ドナーに「援助疲れ」が吹き出し、東欧・旧ソ連圏援助へとシフトしていった。この後、日本が引き継いだTICAD1/2の前途も明るくない。

7.食料生産と肥料投入量の世界的比較

アフリカが特別少ない。アジアなどは150kg/haに対し、アフリカは10kg/ha以下である。

8.コメ生産の歴史的発展

日本の1400年間のコメ生産と、アジア・アフリカ各国の現状を、単位面積(1ha)あたりの収量について比較した。日本では、1877年兵庫県の篤農家による神力(しんりき)という品種が開発されたが、これが近代日本における緑の革命である。西アフリカ諸国は現在、1~1.5t/ha、東南アジア諸国は2.5~3.5t/ha、中国・韓国は4~5t/ha、日本は6t/haである。

9.西アフリカ稲作農業の中・長期的戦略(提案)

  1. ネリカ陸稲の開発は「食料増産の出発点に立った」ことである。このまま、陸稲を増やしても焼き畑による環境破壊が進む恐れがあり、食料安全保障の目標には、まだ程遠い。
  2. そこに至るまでの中期計画として「ARIパイロット計画」の目指す2006年を設定する。低地稲、灌漑稲の開発と共に、豆科作物との輪作、水管理、化学肥料の活用、農民組合の結成、農産物加工、市場、インフラの整備等が必要である。
  3. 日本として中期計画に協力すべきものを以下に提案する。
    • パイロット国の普及・研究機関へのアドバイザー派遣
    • 国際肥料開発センター(IFDC)に、肥料・調達への技術協力を委託する。
    • 南南協力による国際機関、NGOなど(WFP,SG2000,FAO,AICAF)の活用・JICA協力のFlexibilityの増加
    • 2KR(食糧増産援助)の拡大(食料増産→農村開発)とその見返り資金の活用
    • WARDA研究のPhase3による西アフリカのコメ自給率改善
    • 食料、環境、貧困格差是正のためのMinimumインフラ(low cost)
    • 各国の多様な稲作の実態を把握し、統計を整備する。
    • 青年海外協力隊シニアのアフリカ国際協力への積極的投入。
    • NEPADの優先順位の確定と、NERICAの位置づけ。

10.TICAD3への準備

外務省のTICAD2経験とヨハネスサミットから得られた構想の下に、TICAD3までの具体的提案を行う。それには、全日本協力体制の強化が必要である。

Q&A

(Q:質問 A:回答 C:コメント)

笹川グローバル2000に関しては、その成立からプロジェクトの内容まで、講師による説明に多くの時間を使った。そのこともあり、質疑応答・ディスカッションは、以下に記すように、殆どネリカ米に関するものであった。

Q.ネリカ米はハイブリッド米か?

A.ハイブリッド米ではない

Q.多くの肥料が必要ではないか。

A.土に養分があるなら要らない。しかし、アフリカは古い地層で地味がよくないので、最も肥料を多く必要とするはずである。

Q.肥料を農民はどこから得るのか。

A.現在では手に入らない。そこで二つの方法を考えている。ひとつは、硫酸塩岩の山を崩して肥料にし、地味を肥やす方法である。もうひとつは、IFDCがバングラデシュ等で行ったように、国営肥料工場の民営化によって、肥料を安価に提供することである。バングラデシュでは15年掛けて自給に至った。アルバニアやコソボでも成功した。アフリカで出来ない筈はない。IFDCの技術協力を得られれば、アフリカの肥料の問題は、ずっと改善されるだろう

C.ザンビアで硫安工場立て直しに失敗した例がある。アフリカの国々は、市場が小さい。複数の国で共同運営ということになっても、それはそれで大変だ。IFDCのやり方をそのまま導入するのは難しいのではないか

C.先月、ザンビアに行って来た。工場自体は動いているようだが、よそから買った方が安いという現実がある

Q.アジアとは稲に対する感覚が違うと思うのだが、その辺りをどう考えているか。

A.その通り。アフリカで稲というのは雑草のひとつ。おそるおそるやっている。しかしながら、西アフリカの都市を中心にコメの消費は増えている

Q.種の選別も行っているようだが。

A.行っている。個人単位で行うものと、コミュニティ単位で行うものがある(注1)

Q.CGIARとは? 活動の内容は公開されているのか。

A.Consultative Group on International Agricultural Research(国際農業研究協議グループ)のこと。WARDAは1986年、CGIARの傘下に入った。世界の16機関の連合である。活動の内容は全部公開されている

Q.ネリカ米をどこまでやれば、「アフリカの食料安全保障」になるのか。元々の主食とは別の「コメ」を導入するのだから、外部の人間がどこまでやるのが真っ当と考えるか。 A.百論百出。アフリカでは、まずコメを食べている地域に導入する

C.先進国は食料が余っている。そことの兼ね合いも常に見ていく必要がある

C.ネリカ米については、どこのホームページを開いても、同じ内容が書いてあり、情報源がひとつなのかと思った

C.ヨハネスブルクのサミットで行われたネリカ米のデモンストレーションについて話を聞きます。

C.ウブンツ(注2)のJapan Pavillionで、ネリカ米の紹介・試食があった。短粒種で少し粘りがある。まずいコメではない。一緒についていたカレーはおいしかった。試験場の苦労話等は、それなりに面白いものだったし、ネリカ米を栽培している農家からは、「農業は期間の長いものなので、この先のことは未だわからない。」というコメントがあった。スポンサー(国連・世銀・日本政府)の意見は、絶賛ばかりで些か驚いた。別の会場で、広報担当者に「ネリカ米の将来について少し懸念がある」と言ったら、ものすごい目つきでにらまれた

Q.ネリカ米はGM(遺伝子組み替え)か。

A.GMではない

Q.援助とは、ドナーが何かを特定の地域に持ち込むやり方である。WARDAの近くにも失敗したサイトが拡がっている。現地のコメを食べない地域に、別のコメを持ち込むのは危険ではないか。

A.ギニアでは、コメを食べている。導入地域の選定は慎重に行っている

C.農家は現実的だ。カンボジアでは、3000から4000種類の米がある。コメ不足の時は、収量が多くて安全なものを選ぶが、コメの余剰が予測される時には、一番味の良いコメを選ぶ。ネリカ米も市場出荷して競争に勝てるなら、現実的に商品作物としてやっていけるだろうが、実際にはアフリカのコメをアフリカ人が食べていない

Q.「緑の革命」がもたらした悪影響というのは考慮されないのか。

A.食料増産は重要である。その上での話ではないか

Q.貧富の格差が拡がるのではないか。

A.ある期間は、やむを得ない。ある程度条件のそろった農家の収量が上がり、全体の収量が上がる。その後、低収量であった農家も続く。このことは避けられないのではないか。アジアでも、5-10年のズレは合ったが、長期的に見れば問題ではない

C.2KRの活用が提案されているが、2KR自身は「廃止も含めての前提で見直す」ことになっているので、活用は難しいのではないか

Q.ネリカ米の栽培時期はいつなのか。

A.6月に播種。8月末に稲刈り。ネリカ米以外は10月に稲刈りをするのに比べ、極めて短期間で収穫に至る。しかも乾期に入る前に、ネリカ米は収穫ができので、危険も少ない。

Q.環境に対する悪影響が心配だが、どう考えているか。

A.環境破壊については、明らかに進むと思われる。首都からネリカ米のプロジェクトサイトまで飛行機で飛んだが、上空からは点々と荒れた畑が続いていた。1年目に収穫をして、2年目以降、放ったらかしにした結果である。ネリカ米による自給が先か、環境破壊が先か、かなりせっぱ詰まっている。余程注意しないと、今の陸稲ネリカ米だけでは危ない。今研究中の天水低地用、灌漑水田用のネリカ米が2~3年内に開発されると、この問題はずっと助かる。

注1:「農民参加型品種選別」(PVS:Participatory Varietal Selection)と「コミュニティーによる種子生産システム」(CBSS:Community Based Seed Production System)を指す。多様なニーズに適応した品種が選別され、遺伝資源の多様性維持を考慮するならば、この両者の組み合わせが重要である。

注2:ヨハネスブルク市内の地名。WSSDの会議場であるSandton地区から車で10分程度。政府、国際機関、企業による展示やサイドイベントが行われた。

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