コロナ下でWTOの知的財産権規定の一部を執行停止すべきとのインド・南ア政府の呼びかけに多くの市民社会団体が賛同

インドと南ア政府がWTOに知的財産権保護の一部規定の停止を求める

インドと南アの呼びかけについて説明するWTOの文書

途上国・新興国においても拡大を続ける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、こうした国々ではワクチン・治療薬・診断薬などの医薬品や診断薬、個人防護具(PPE)その他、COVID-19に対応する物資が不足しており、その多くで、国内生産ができるものは国内生産しようという動きが広がっている。これについて、知的財産権がこうした生産の障害とならないよう、WTOが「貿易関連知的財産権協定」(TRIPs)を一時的に停止することを決定するよう、10月2日、インドと南アフリカ共和国の政府がWTOに呼びかけた。(原文は末尾リンク参照)

途上国における必須医薬品や医療物資への平等なアクセスの確保と知的財産権保護の矛盾は、90年からのエイズ危機においても指摘され、その結果、2001年のWTOドーハ特別宣言で、各国がその主権において、保健上の危機において医薬品特許の「強制実施権」を発動する権限があることが確認されるなど、一連の「TRIPS協定の柔軟性」の確保が行われた。また、航空券連帯税を原資とする「UNITAID」による定期・大量購入による途上国での医薬品価格低下の取り組みや、新たに開発された医薬品の知的財産権をプールしてジェネリック薬企業とマッチングし、安価なジェネリック薬を生産して低所得国・中所得国に提供する「医薬品特許プール」(MPP)といった取り組みなども進んだ。一方で、自由貿易協定・経済連携協定などにおいて、20年と定められている医薬品特許について、本質的でない変更を加えて延長する「常緑化」や、臨床試験データの独占期間を延長する「データ保護」など、医薬品関連の知的財産権保護を強化する「TRIPSプラス」を導入しようとする動きも存在し、せめぎあいは続いている。

コロナ危機での医薬品アクセス拡大に相矛盾する動き

こうした中、コロナ危機においては、4月にはWHOと欧州連合、ゲイツ財団などの連携で新規医薬品開発と平等なアクセスを一体で実現しようとする「ACTアクセラレーター」(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)が設立され、また、5月にはWHOとコスタリカが主導して37か国の参加のもとに、COVID-19関連の特許プールとして機能することを目指す「C-TAP」(COVID-19関連技術アクセス・プール)が設立された。また、米国の企業や大学などを中心に、COVID-19危機において自身の持つ特許権を停止する「オープンCOVID-19誓約」(OCP: Open COVID-19 Pledge)などの動きも進んでいる。

一方で、米国はこれらの国際協調の動きに完全に背を向けているほか、欧州、日本などの富裕国は、ACTアクセラレーターで一定積極的な役割を果たしつつも、一方で、開発系製薬企業との間で、新規ワクチンの開発に際して大量独占購入を行う二者間契約を締結し、また、PPEなどについても相当量の買い付けを進めるなど、富裕国による市場独占も進みつつある。その一方、国際協調の枠組みであるACTアクセラレーターは、4兆円の資金ニーズに対して、今のところ、その10%程度しか資金が集まっておらず、ワクチンや治療薬、診断薬等の調達をこの枠組みに頼らざるを得ない途上国では、本当にACTアクセラレーターが機能するのかという不安が生じつつある。また、ACTアクセラレーターの枠組みで開発された製品の知的財産権をC-TAPにプールするといった流れは必ずしも表に出てきていないことから、ACTアクセラレーターの枠組みは、必ずしも北から南への技術移転や医薬品産業の利益構造の改革を進めるものではなく、知的財産権による技術独占といった仕組みも変わらないのではないか、という懸念も、市民社会や途上国を中心に生じつつある。

インド・南アの呼びかけに市民社会が呼応

こうした中での今回のWTOへのインド・南ア政府の知的財産権保護規定の一部停止の呼びかけには、途上国の市民社会を中心に多くの支持が集まっている。草の根からのプライマリー・ヘルス・ケアの促進を目指す「民衆保健運動」(People’s Health Movement: PHM)は、PHMと連携する市民社会団体に向けて、インド・南アの呼びかけを支援し、知的財産権による技術独占を打破するためのキャンペーンを開始することを呼びかけた。また、マレーシアのクアラルンプールに本拠を置く「第3世界ネットワーク」(Third World Network)による、このインド・南ア政府の呼びかけを支持する声明には、アフリカやアジア、ラテンアメリカの団体を中心に、400団体近くの賛同が寄せられており、その中には、南アでHIV治療アクセスの実現に取り組んできた「治療行動キャンペーン」(TAC)や、米国の消費者運動団体パブリック・シチズン、また、国際NGOとしては、有力な環境系NGOである国際地球の友(Friends of Earth International)、世界の医療団、国境なき医師団の必須医薬品キャンペーン、オックスファム、トランスパレンシー・インターナショナル、また、国際労働組合総協議会(ITUC)や地方公務員の労働組合連合の国際組織である公共サービス・インターナショナル(PSI)なども名前を連ねている。

(参考)
◎インド・南ア政府の呼びかけ文(WTO)
https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/SS/directdoc.aspx?filename=q:/IP/C/W669.pdf&Open=True
◎第3世界ネットワーク(TWN)による声明
https://twn.my/announcement/signonletter/CSOLetter_SupportingWaiverFinal.pdf
◎民衆保健運動(PHM)による声明
https://phmovement.org/urgent-call-for-action-on-covid-19-technologies-statement-by-peoples-health-movement/