=COVID-19技術アクセス・プール(C-TAP)設立をめぐる世界のせめぎあい=
「グローバルな危機には、グローバルな対応を」:全世界が同時に直面している、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の危機に際して、世界では相反する二つの流れがせめぎあっています。「COVID-19に関わるワクチン・治療薬等を国際公共財とし、全ての人に平等なアクセスを」という流れの方が、国際的には大きな流れとなっています。中南米から始まった、COVID-19に関わる医薬品の知的財産権を国際的に共同で管理し、国際公共財として平等なアクセスに向けた活用を促進していくための「特許プール」という仕組みをつくろう、という提案が、5月17日から22日まで開催されたWHOの「世界保健総会」においても支持を受け、29日、ついに「COVID-19技術アクセス・プール」(C-TAP)が設立されました。一方で、トランプ政権の米国を中心に、これらの製品を自国で囲い込もうとする流れや、知的財産権の厳格運用により企業利益を確保しようとする流れも存在します。
COVID-19技術アクセス・プールの設立(英語)
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/global-research-on-novel-coronavirus-2019-ncov/covid-19-technology-access-pool
「医薬品特許プール」は、エイズ・結核・マラリアやC型肝炎の新薬を対象としたものが、2010年に設立されています。この構想はもともと、必須医薬品への平等なアクセスを実現するために、当時「国境なき医師団」(MSF)にいたエレン・トゥーエン氏らが中心となって進めたもので、最終的に、フランスなどが中心ですすめている航空券連帯税によって設立された、第2世代エイズ治療薬や多剤耐性結核薬などの安定的な購入と供給を目的とする国際機関「ユニットエイド」の資金拠出によって実現したものです。この仕組みによって、例えば塩野義製薬が開発し、米ファイザーと英グラクソスミスクラインの合弁会社であるヴィーヴヘルスケア(ViiV)が販売している最新のエイズ治療薬「ドルテグラビル」のジェネリック版がアフリカでも安価で供給されるに至っています。今回の動きは、こうしたすでに実施されている仕組みを、COVID-19に関わる製品についても設立し、「国際公共財」として、知的財産権と「すべての人へのアクセスの保障」を両立しよう、というものです。
COVID-19に関わる製品を国際公共財とし、すべての人へのアクセスを実現しようという流れは、中米コスタリカから始まりました。3月23日、コスタリカのアルバラード=ケサダ大統領とサラス=ペラーザ保健大臣が連名で、WHOのテドロス事務局長に書簡を送り、COVID-19関連特許プールの設立を求めました。この構想は5月中旬の世界保健総会を通じて多くの国が支持しました。5月14日には、パキスタンのイムラン・カーン首相、ガーナのアクフォ=アッド大統領、南アのシリル・ラマポーザ大統領、セネガルのマッキー・サル大統領や、アフリカ連合委員会のムーサ・ファキ委員長、UNDPのヘレン・クラーク元総裁(元ニュージーランド首相)など各国の元首脳、文化人、アカデミアなどが署名して、知的財産権に関する世界貿易機関(WTO)の貿易関連知的財産権協定(TRIPs協定)の柔軟性の活用と知識・データ・技術をプールする仕組みの形成、COVID-19に関するワクチンの開発・製造・配布計画の策定、COVID-19のワクチン・診断・治療が貧困国の保健医療従事者を始め全ての人に行き届くことを保証することを求める声明が発表されました。
COVID-19関連特許プール設立を求める国家元首等の声明(英語)
https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/featurestories/2020/may/20200514_covid19-vaccine-open-letter
これを受けて、5月15日、テドロスWHO事務局長とコスタリカのアルバラード大統領にチリのセバスチャン・ピニェラ大統領が相乗りして、5月末にCOVID-19に関する特許プールを設立することを表明。実際、5月29日に予定通り、COVID-19に関わる製品に関する知的財産権、データ、知見、技術をプールし、これを「国際公共財」とする多国間の仕組みである「COVID-19技術アクセス・プール」(COVID-19 Technology Access Pool: C-TAP)が、テドロス事務局長とコスタリカのアルバラード大統領の署名、オランダやインドネシア、アルゼンチンなど37ヶ国の賛同によって発足しました。このC-TAPは、ユニットエイドや医薬品特許プールとも連携して、COVID-19関連製品の国際公共財化の進展を図る予定となっています。
コスタリカとチリがCOVID-19関連特許権プール設立を呼びかけ(英語)
https://healthpolicy-watch.org/who-costa-rica-announce-official-launch-of-covid-19-intellectual-property-pool/
ただ、この構想は全世界の支持を受けて進められているわけではありません。冒頭に述べたように、「グローバルな対応」と「利益の囲い込み」という相反する動きが混在しているのが、COVID-19をめぐる現実となっています。
米国のトランプ大統領は、C-TAP設立と同日の29日、WHO脱退の意向を発表。これは当然、WHOを軸に中南米や欧州がリードして進められている、COVID-19に関わる製品の「国際公共財化」への米国の反発を端的に示すものでしょう。結果、C-TAP設立は国際的な大ニュースにはなりませんでした。また、ファイザーやアストラゼネカなど先進国の開発系製薬企業のトップは、国際製薬団体連合会(IFPMA)が29日に開催したウェビナーで、この構想への懸念を表明。ファイザーのアルバート・ブーラ最高経営責任者(CEO)は、「現段階で、この構想はナンセンスで、危険でもある」と主張。同連合会のトーマス・クエニ事務局長も「すでに『医薬品特許プール』があるのに、新しく作る必要があるのか」と発言しました。
米国の新興開発系製薬企業ギリアド・サイエンシズは独自に、日本が真っ先に承認した自社の医薬品「レムデシビル」について、世界127ヶ国に自発的にライセンスを提供し、ジェネリック製薬能力の高いインドとパキスタンの製薬企業がジェネリック版を作って各国に提供するプログラムを発表しました。一見よく見えるイニシアティブですが、じつは、この127ヶ国の中には、カリブ海や中米の国は入っているものの、旧オランダ領のスリナム、旧英領のガイアナを除いて南米大陸の国が入っておらず、ラテンアメリカ諸国の市民社会はこのプログラムを厳しく批判しています。
ギリアド・サイエンシズ社のレムデシビルに関する自発的ライセンス提供(英語)
https://www.gilead.com/purpose/advancing-global-health/covid-19/voluntary-licensing-agreements-for-remdesivir
また、フランスの製薬企業サノフィ・アベンティスのポール・ハドソン最高経営責任者(CEO)は、米国から多額の研究資金を提供されていることを明らかにし、同社がワクチンを開発した場合、米国政府がこれを最初に確保する権利があると発言、欧州をけん制しました。
米国は医薬品のみならず、防護服など個人防護具(PPE)に関しても、自国優先の姿勢をあらわにしています。米国国際開発庁(USAID)は、自国が提供する国際協力資金によって、援助機関やNGOなどがPPEや人工呼吸器を調達して被援助国に供給することを規制する方針を明確にしました。
米国の援助資金によるPPE購入規制の波紋(英語)
https://www.thenewhumanitarian.org/news/2020/04/29/USAID-bans-masks-and-gloves-NGO-grants
90年代の世界貿易機関(WTO)の設立と知的財産権絶対の時代を経て、90年代末のエイズ治療薬へのアクセスのための闘いを経て、MDGs時代を通じて、知的財産権と普遍的アクセスの均衡が図られ、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)やユニットエイド、医薬品特許プールなどの多国間の仕組みも整備されてきました。COVID-19にかかわる新規医薬品へのアクセスを巡るせめぎあいは、この歴史の延長上に存在します。「グローバルな危機に、グローバルな対応を」:世界の市民社会は、COVID-19の予防・診断・治療への普遍的なアクセスを求めて、政策提言を進めています。