国際保健イニシアティブの未来(FGHI)、最終成果物「ルサカ・アジェンダ」を発表

ポストSDGs時代に向け、保健への多国間援助の「出口戦略」を探る

多セクターの討議を反映して「ルサカ・アジェンダ」発表

デザインもなく地味な成果物「ルサカ・アジェンダ」

2023年の一年間をかけて途上国の保健課題への多国間の資金援助のあり方を検討してきた、「国際保健イニシアティブの未来」(Future of Global Health Initiatives:FGHI)は、2023年の「国際ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ・デー」(UHCデー)である12月12日、最終成果文書として「ルサカ・アジェンダ:国際保健イニシアティブの未来プロセスの結論」(日本外務省による要約はこちら)を発表し、一連の調査、対話、合意形成のプロセスを締めくくった。この「ルサカ・アジェンダ」は、8月に公開されたFGHIの調査報告書を基にしつつ、10月4~6日に開催された英国ロンドン近郊のウィルトン・パークでのFGHI運営委員会メンバー間の対話、および11月26-27日にアフリカ南部ザンビアの首都ルサカで開催された対話(11月27-30日にルサカで開催された「2023年アフリカ公衆衛生国際会議」(International Conference on Public Health in Africa: CPHIA2023)に併設する形で開催された)、加えて、このプロセスに向けて多くの関係団体が表明した意見を導入して策定されたものである。

ポストFGHIはとりあえず「非公式の暫定ワーキンググループ」

同文書の発表にあたっては、ケニアやガーナ、日本、ノルウェーを始め、このプロセスに関与した各国政府や、グローバルファンドやGAVIワクチン・アライアンスなど、このプロセスでの討議の対象となった「国際保健イニシアティブ」などから、文書への支持や今後の取り組みへの積極的な参加を表明する声明が出された。FGHI自体はこの文書の発表を以て活動を終えるが、2024年1月から、当面4カ月間、非公式の暫定ワーキング・グループが活動し、ルサカ・アジェンダの実施に向けて各国際保健イニシアティブやアフリカ連合の取り組みを支援し、国際保健への資金の生態系に変化をもたらす為に取り組むことになっている。この委員会の共同議長には、ガーナの公的保健サービスをつかさどる「ガーナ保健サービス」のパトリック・クマ=アボアジェ事務局長(Patrick Kuma-Aboagye)と、ケニアに本部を置く国際保健NGOである「AMREF・ヘルス・アフリカ」(旧アフリカ医療・研究財団)のパートナーシップ・渉外ディレクターであるデスタ・ラケウ氏(Desta Lakew)が就任することになっている。

ルサカ・アジェンダは、10月の英国ウィルトン・パークでの会議や11月のルサカでの対話、また、市民社会や個別課題の影響を受けたコミュニティや各イニシアティブからの意見が反映されている。また、8月の報告書ではあまり取り上げられていなかった、ユニットエイドやCEPI、FINDなど、新規技術開発やその公平なアクセスに取り組む国際保健イニシアティブについての記述も増えている。8月の報告書に批判的だった国際保健イニシアティブや市民社会の一部が、ルサカ・アジェンダには支持や賛同の声明を寄せているのは、このような記述の内容や様式における進展があったからだと考えられる。

国主導のUHC実現:国際保健イニシアティブに求められる変化

FGHIプロセスは、ポストSDGsに向けて、「国内資金を中心とした国主導でのユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現」を主目的に据えることによって、2001年に始まるMDGs(ミレニアム開発目標)以来の「保健のための開発援助」(Development Assistance for Health: DAH)への需要拡大や、複数の国際保健イニシアティブの調和化なき併存といった現状からの「出口戦略」を形成するプロセスの端緒をなすものである。その「出口戦略」は、ルサカ・アジェンダの「保健のための開発援助の未来の為のビジョン」という段落に明確に示されている。即ち、保健のための援助を、気候危機やその他の地球規模の脅威への対応、債務危機などを含む、より大きな開発援助の変革の流れと結び付けつつ、首尾一貫し、触媒的で、国主導で、各国の保健への国内投資を補完するものにしていき、長期的には、保健について、各国が外部資金から卒業していくことを目指すというものである。「ルサカ・アジェンダ」では、そのために、各国際保健イニシアティブには、その実現に向けて、世銀やWHO、その他国連機関などと連携しつつ、共同理事会を開くといった意思決定レベルでの協働の促進、共通の評価基準の開発、共同の作業計画の形成を行い、各国政府のシステムの整合性を強化してその活用を図るといった努力を、1年ないし数年といったかなり短期的な一定の年限を設定して行うなど、協働、連携、調和化を進めていくことを求めている。

債務救済・気候危機対応と整合性…本質的な矛盾は解消せず

「ルサカ・アジェンダ」の方向性は、多くの低所得国・下位中所得国が直面する債務危機の克服や、膨大なインフラ投資を必要とする気候変動資金の拡大に向けて、現在目指されている世銀・IMFや国際開発金融機関(MDGs)の改革のもとで、保健への多国間援助をどう位置付けていくかについての議論とかなりの整合性を持っている。実際のところ、リーマン・ショック以降、欧州を含め、主要先進国が2000年代に隆盛を極めた援助効果論に基づく援助の統合や調和化をかなぐり捨てていく中で、各国における効果的な援助の実現という観点から、援助効果アジェンダを実務的に進展させたのは世界銀行グループであった。また、COP28を皮切りに、「気候と保健」を資金の観点からつなぐ議論が力を増していることは、FGHIの議論と一定の整合性をもつものであるということもできる。

ただ、忘れてはならないのは、国民国家体制を主軸とする「国主導のUHC」に向けたこの改革の流れでは解決のできない矛盾が、現代世界で拡大しているということである。「国主導」から零れ落ちる、国境を越えた移民や難民の人口が、拡大の一途をたどっていること、多くの国々で、権威主義化と保守化の流れの中で、周縁化され、政府のサービスを受けるのが困難だった人々の社会的・経済的・政治的な位置づけがより悪化していること、途上国でもSNSによる情報流通や世論形成などが隆盛を極めるようになった中で、国内における社会の分断が加速し、各国における「社会連帯」の意識が後景化し、税ベースであれ、公的保険ベースであれ、社会連帯を前提とする、公平な保健医療アクセスのための公的な資金プールの構築が難しくなっていることなどである。これらはいずれも、「国主導のUHC」実現に向けた制度構築を困難にし、その制度の機能を低下させるリスクをはらむ。一方で、「食と農」へのトランスナショナルな資本の独占が進む中で、「肥満と非感染性疾患のシンデミック」は都市貧困層を中心にますます深刻化している。これは将来的に、医療費を急速に増大させ、公的な保健医療を財政的に圧迫する。

政策形成プロセスにおいて、その基礎をなす報告書や成果物の書きぶりを包括的にし、関連するステークホルダーを一定納得させることは、レトリックだけの話で、それほど困難なことではない。しかし、それは、本質的な問題の解決とは異なる。市民社会にとっては、保健にとどまらない視野を以て政策形成に参画することが、これまで以上に重要になる。