合理性や指導力が欠如した時代に、
国際保健協力の新たな道を開けるか?
2022年:調和なき「増資」の集中
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が徐々に落ち着いてきた2022年は、国際保健に関わる資金拠出機関の「増資」(replenishment)が集中した。2022年3月には「感染症対策イノベーション連合」(CEPI)の増資が英国で開催され、4月にはGAVIワクチン・アライアンスが中心となってACTアクセラレーターのワクチン部門であるCOVAXの増資を行った。グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)は2月にアフリカ5か国が共催した増資準備会議で増資プロセスが開始され、9月のバイデン大統領主催による増資会議までキャンペーンが取り組まれた。「子ども・女性・若者のための地球規模資金ファシリティ」(GFF)も2022年4月に資金確保のためのイベントを開催し、世界ポリオ根絶イニシアティブ(GPEI)も増資を呼びかけた。国際航空税を主な原資とするユニットエイド(UNITAID)も、2022年に増資プロセスを行った。
これらの機関は概ね、3年~5年を周期に資金確保をしており、2022年はたまたま、周期が重なったわけだが、各機関の間の調整がなされないままでの増資機会の集中に多くのドナー国は頭を抱えた。同様に、各国に資金拡大を働き掛ける市民社会にも、統合的な資金戦略はなく、それぞれの増資に向けた取り組みは保健全体へのファイナンシングを見通したものにはならなかった。
「国際保健イニシアティブの未来」検討プラットフォームの誕生
これら保健に関する資金拠出機関は、「ミレニアム開発目標」(MDGs、2001-15年)もしくは「持続可能な開発目標」(SDGs、2016-30年)の開始を機会に、保健分野の個別課題の解決のために設立されたもので、リーマン・ショックやエボラ・ウイルス病、COVID-19など様々な問題に直面する中でその仕組みを発展させてきている。もちろん、これらの機関は保健の各課題については大きな成果を上げてきたが、2022年の増資機会の集中に代表される、各機関の連携や調整の欠如、さらにはグローバルヘルス全体における資金配分の戦略の欠如といった問題が顕在化し、これらをどうしていくかが課題となっていた。そこで登場したのが、英国の保健系民間財団ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)が事務局を務める、「国際保健イニシアティブの未来」(Future of Global Health Initiatives: FGHI)という提言プラットフォームである。このプラットフォームでは、保健に関する資金拠出機関を「国際保健イニシアティブ」(GHI)と命名し、対象として、グローバルファンド、GAVIワクチン・アライアンス、CEPI、UNITAID、GFFおよび「革新的新規診断技術協会」(FIND)の6つを選び、今後20-30年にわたってこれらのGHIが効果的に国際保健上の役割を果たしていく方向性を模索することとなっている。
2022年に組織され、2023年を通じて提言を形成する、このFGHIには、一つの先行者が存在する。世界保健機関(WHO)が主導して、「すべての人に健康と福祉を」をスローガンとするSDGsゴール3の実現に向けた現状のギャップと取り組み課題を整理した「万人の健康的な生活と福祉のためのグローバル行動計画」(Global Action Plan for Healthy Lives and Well-being for All)である。この成果を踏まえつつ、FGHIはより踏み込んで、非感染性疾患の拡大や高齢化といった人口構造の変化、動員可能な資金を効果的に使うという政治的・経済的変化、アフリカ連合やアフリカCDCなど地域レベルの機構が力を増し、新たなアクターが登場する国際保健アーキテクチャーの拡大傾向などに対処する必要を強調する。また、これまでの経緯の中で作られてきた世界レベルでの保健課題の優先順位や力のバランスが、国レベルでの本来の優先順位とずれていたりするところ、各国のニーズをベースにこれらの優先順位などを変えていくこと、これらを踏まえて、保健システム強化とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に向けた適切な優先順位の設定と調整を実現すること、が、FGHIの目的とされる。
マルチステークホルダーの運営とアカデミア優先の調査
FGHIはこれらを実現するために、「運営委員会」(Steering Group)と「調査・学習タスクチーム」(Research and Learning Task Team)を設け、調査に基づいた改革を提案する形式をとっている。運営委員会はケニアのムワンガンギ保健省長官とノルウェーのレッティンゲン国際保健担当大使が務め、委員には途上国・先進国の政府代表以外に、民間財団から1名、市民社会から3名が参加している。調査・学習タスクチームの方は、ジュネーブ大学など5つの大学のサポートの下に、先進国・途上国それぞれのアカデミアや、各国際保健イニシアティブの代表などが顔を並べている。
FGHIでは、この5月に行われたG7広島サミットや9月の国連UHCハイレベル会合などを重要な政治的モメンタムと認識しており、まずは「調査・学習タスクチーム」が行った調査をもとに報告書を練り上げて発表し、2023年を通じてコンサルテーションを行って、これからのGHIとその連携・調整の在り方についての合意を形成していくこととなっている。
難しい時代に「限界」を突破できるか?
FGHIの取り組みは必要であり、非常に重要なものである。一方で懸念もある。FGHIのコンセプトの中心はSDGsゴール3とUHCの実現にあり、そのために、国家、具体的には政府が「運転席」に座って、各国の疾病負荷や保健構造をベースに定めた国家戦略を策定し、これを各国際保健イニシアティブが重複なく効果的に支援する、というビジョンを描いている。これは原則的に正しい立場ではある。しかし、現実には、多くの国家・政府が権威主義に傾き、市民社会スペースが縮減していく状況の中で、国家・政府がその「戦略」の中に、例えば「最も脆弱な、取り残された人々の保健ニーズ」を組みこむことができるかどうかは疑問である。GHIの中には、グローバルファンドのように、こうした人々の保健ニーズに寄り添い、他機関と共にアドボカシーをして、こうした脆弱層の保健ニーズの優先順位を上げてきた経緯もある。また、かつての「援助効果」や国連改革のように、各機関の調整や調和化の努力は、結局それぞれの機関やそれを支持する国々のエゴとの妥協のプロセスと化し、複雑かつ無意味な指標や調整ルールを生み出すことに終わってきた経緯がある。このプロセスがこうした限界を超えるには、より整合的で多くの人々の支持が得られるような合理的な戦略と、強いリーダーシップが不可欠である。