=キャサリン・タイ米通商代表、関係者と精力的に討議=
10月から世界貿易機関(WTO)で続く「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19)関連の知的財産権の一時免除提案をめぐって、米国バイデン政権の動きに注目が集まっている。バイデン政権のキャサリン・タイ新通商代表は4月30日のWTOの公式TRIPs理事会でも、知的財産権免除の支持や、南アフリカ共和国など共同提案国が求めている「テキストベースの交渉」までは踏み込んでいない。しかし、タイ通商代表は、4月14日にWTOが開催した「COVID-19とワクチンの衡平」会議では、「例外的な時代には、例外的な指導力とコミュニケーション、創造性が必要だ(中略)。それは政府だけでなくワクチン業界も同じだ」と述べ、2001年のHIV/AIDSとの闘いにおいて加盟国に強制実施権の発動による医薬品の製造や輸入を認めた「ドーハ宣言」の意義を強調して以降、精力的に関係者や専門家らと会合を重ね、米国のとるべき方向性を吟味している。
世界の危機的状況の打開に必要な「新しいアプローチ」
バイデン政権が「新たなアプローチ」に傾斜する理由は明白である。英国、イスラエルなどはワクチン接種の拡大により少なくとも現時点ではCOVID-19の抑制に成功しつつあるように見える。一方、世界的にCOVID-19の変異株が拡大し、特にインドでは、適切な抑制政策がとられなかったこともあって変異株への感染が急拡大、病床や酸素不足で大規模な医療崩壊が生じている。国際協調によって途上国へのワクチン供給を行う枠組みであるCOVAX(ACTアクセラレーターのワクチン・パートナーシップ)は、ワクチンの供給の半分以上をインドでライセンス生産された英アストラゼネカ社のワクチンに依存しているが、自国のワクチン接種が進まない中で世界最悪の感染拡大に襲われたインドは、ワクチンの輸出を停止。COVAX自体が機能停止に追い込まれかねない状況が到来している。この状況において、米国が他の先進国と同様に「成功するCOVAXに投資しているから」といった理由でWTOでの検討を引き延ばし続けていれば、世界的に厳しい批判にさらされることは目に見えている。
精力的に会談を積み重ねるキャサリン・タイ通商代表
4月14日の「COVID-19とワクチンの衡平」会議には、タイ米国通商代表と並んでWHOのテドロス事務局長など関係国際機関、関係国政府と製薬企業の幹部が参加。主催したWTOのンゴズィ・オコンジョ=イウェアラ事務局長は自身もウェイバーに賛成する方向性を示しつつ、自身が主導する、特許権保有企業とジェネリック薬企業の積極的なライセンス契約拡大によるワクチン等の生産拡大という「第3の道」に向け、企業側の積極的な行動を促した。タイ通商代表は4月26日、ファイザーのアルバート・ブーラCEOおよびアストラゼネカのルード・ドバー副社長と会談し、「バイデン政権の最重要課題は命を救い、米国と世界でパンデミックを終わらせることだ」「米国は他のWTO加盟国とともに、ワクチンの世界での製造とグローバルな供給に関する死活的なギャップの問題解決に向けて、途上国の果たす役割について検討している」と述べた。タイ氏はさらに4月28日、ACTアクセラレーターで枢要な役割を果たすゲイツ財団の共同議長であるビル・ゲイツ氏とも会談、米国の意図を説明、継続的なコミュニケーションに合意している。
世界の訴えに呼応しつつあるバイデン政権:他の先進国は取り残される?
バイデン政権にCOVID-19関連製品への知財権免除を求める動きは、3月以降、活性化している。4月17日には、ブラウン英元首相、オランド仏元大統領などを含む175人の元国家元首やノーベル賞受賞者がバイデン大統領に対してCOVID-19に関する知的財産権免除を求める共同書簡を提出。フランチェスコ・ローマ教皇も知財権免除を支持した。この共同書簡の動きを主導したのは、オックスファム、アクションエイド、アムネスティ・インターナショナルなど英国由来の国際市民社会組織を中心に組織された「ピープルズ・ワクチン連合」(People’s Vaccine Alliance)であった。知財権免除を求める市民社会にはいくつかの潮流があるが、これらの協力体制も確立しつつある。
米国内でバイデン政権に知財権免除を求めてきた民主党の進歩派議員たちも、バイデン政権への働きかけをさらに強めている。その中心にいるヤン・ストコフスキー下院議員(イリノイ州選出)は4月23日、同国政府の中で米国国際開発庁(USAID)が知財権免除を支持しつつあるといったことから、米国が知財権免除を支持する希望はあると述べた。同氏は3月に60名以上の民主党議員とともに知財権免除支持を表明し、ナンシー・ペロシ下院議長も非公式に知財権免除を支持していると述べている。4月30日のWTOのTRIPs理事会では、米国などがより積極的な方向性を示しつつある中、欧州連合や英国などの消極姿勢が目立つ状況となっている。
<参考記事>
White House is split over how to vaccinate the world (April 30, 2021, Washington Post)