懸念される人権や労働権に関する規定などの空洞化
あと3カ月に迫る期限
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを踏まえて、これからの時代のパンデミック予防・対策・備え(PPPR)の在り方を包括的に規定することを目指す、国際保健規則の改定とパンデミック条約の策定交渉は、期限となる本年(2024年)5月の世界保健総会まであと2カ月を残すのみとなった。国際保健規則改定作業部会については、2月の第7回交渉会合を終え、次は4月22-26日の第8回交渉会合となる。また、パンデミック条約策定のための「多国間交渉主体」(INB)交渉は、第9回会合を3月18-29日に開催する。いずれも予定されている中では最後の交渉会合となる。
交渉は最終局面に入っているが、重要課題に関する各国の意見の違いは埋まっていない。医薬品への公正なアクセスを担保するための様々な制度提案、特に「病原体情報へのアクセスと利益配分」(PABS)については、積極的なグローバルサウス側と消極的な先進国側の溝は埋まっていない。
人権規定の空洞化について市民社会が警告
また、交渉が進む中で、パンデミック対策に必要な様々な要素が薄められ、内容が空洞化しつつあるとの指摘もある。主権国家の政府を主役とする交渉で割を食っているのが人権に関する規定である。「パンデミック条約における人権に関する市民社会連合」(CSA)は、2月の第8回INB交渉に向けて、同条約の人権規定に関するブリーフィング・ペーパー「パンデミック条約において人権を置き去りにするな」(Do not leave human rights behind in WHO Pandemic Agreement)を発表した。CSAは以下のポイントを強調している。
(1)保健への権利:「保健への権利」が条約において明確に定義づけられていないことを指摘し、特に脆弱な状況に置かれた人々の保健への権利を明記することや、国レベルで「保健への権利」の確立を目指すことを明記すべき。
(2)人権の完全な実現:最新の交渉テキストでは「人権の尊重」を一般的な原則として掲げているが、これを強めて、各種の国際人権条約等と調和化した形で、人権の「完全な実現」を掲げ、そこに「非差別と平等」「参画」「透明性」「アカウンタビリティ」を入れるべき。
(3)人権の制限に関する規定:パンデミック時における人権の制限に関する規定が最新の交渉テキストで削除されたことについても、他の国際人権法に基づくガイドラインとの調和化の観点から、これを復活させるべき。
(4)国際援助と連帯:パンデミック対策における「保健への権利」をはじめとする人権を、国境を越えて完全に実現するために、パンデミック対策医薬品の技術共有や公平なアクセスの実現を「国際連帯」の課題とし、そのための国際的な協力について明記すべき。
労働界も保健医療ワーカーの労働権と安全について注文
一方、世界の公共部門で働く労働者の国際組織である国際公務労連(PSI)とこれに加盟する24の労働組合も、第8回INB交渉に向けて声明を発表した。PSIはこの声明で、保健医療ワーカーを幅広く位置づけ、その労働権を守ること、ディーセント・ワーク(良い仕事)や雇用における安全と健康の優先化などを明記するように求めた。さらに、保健に関する技術を公共財として認識し、公衆衛生危機の際の知的財産権の免除を強制力のある自動的なメカニズムとして整備すること、「病原体情報へのアクセスと利益配分」(PABS)をより拡大する形で条約に盛り込むことなどを求めた。
G7はオンライン保健大臣会合を開催
一方、イタリアを議長国とするG7は2月28日、オンラインで保健大臣会合を開催し、「国際保健アーキテクチャーの改善とパンデミック予防・対策・対応の重要性に関するG7声明」を発表した。この声明は、この5月の世界保健総会におけるパンデミック条約策定、国際保健規則改定について強く意識し、交渉の最終段階においてG7の姿勢を明確化したものとなっている。特に製造能力強化や技術移転については、積極的に進めるとしながらも、製薬企業等の「双方の合意に基づく自発的な技術移転」によるものとすべき、とくぎを刺している。5月の一応の終幕に向けて、先進国とグローバル・サウス諸国の駆け引きや、様々なステークホルダーの意見表明などがますます活発になるものと思われる。