Exhibition of picture books: What do African picture books look like?
【富山でのアフリカに関わる取り組み その2】
『アフリカNOW』105号(2016年6月30日発行)掲載
執筆:村田 はるせ
むらた はるせ 保育士として勤務の後、青年海外協力隊に参加(ニジェール・保育士)。東京外国語大学地域文化研究科博士後期課程終了(博士(学術))。専門はアフリカ文学。富山県で一般向けアフリカ講座、アフリカを知るための読書会(クスクス読書会)を主宰
2015年11月19 日〜12月8 日に地元の富山県で絵本の展示会「アフリカの絵本ってどんなの?」を開催した。展示したのはベナン、ブルキナファソ、コートジボワールなど、おもに西アフリカ諸国で出版された絵本40冊で、会場を訪れたのは約200人だった。この文章では、なぜ、どんな思いで展示会を開いたか、どんな本が展示されたか、来場した子どもや大人がどんな反応をしたかを紹介したい。
なぜ絵本の展示会か
この展示会に並べた絵本の多くは、西アフリカのかつてフランスの植民地だった国々で私が買い集めたものだ。こうした絵本に興味をもったのは、15年ほど前からコートジボワールの作家・画家ヴェロニク・タジョ(Véronique Tadjo) の作品にひかれ、詩、小説、絵本を読んできたこととかかわりがある。絵本の文と挿絵の両方を手がけるタジョは、サハラ以南アフリカではいまだ貴重な児童文学作家だ。伝承や伝統芸術の魅力を現代の視点で描いた彼女の作品は、たとえば『マミ・ワタとかいぶつ』(”Mamy Wata et le monstre”, NEI/Edicef, 1993) がジンバブエ国際ブック・フェアの「20世紀アフリカのベスト100冊」にリストアップされるなど、アフリカ内外で高く評価されている。そんなタジョの絵本について調べるうち、旧仏領西アフリカでは共同出版などによって絵本の出版数が増えていると知った。保育士の経験もある私はそれらについてもっと知りたいと思うようになった。
こうして約200冊を集めると、そのおもしろさ、不思議さ、テーマの重要さを誰かに伝えたくなり、2013年から富山市内で開いている一般向けアフリカ講座で紹介しはじめた。そして2015年6月に富山市の子どもの本の古本屋「デフォー」の店主、田中史子さんに出会い、展示会を共催してもらうことになった。会場は「デフォー」2階のギャラリーだった。説明パネル、目録、内容解説冊子を用意し、県内の新聞各社の取材を受けることができたのは田中さんの知識と経験、人脈のおかげだ。
今回は私の蔵書の中から、ヴェロニク・タジョがこれまで発表した絵本から〈創作物語の絵本〉、〈家族を語る絵本〉、〈紛争を取り上げた絵本〉、〈伝承・教訓の絵本〉、〈パーニュ(アフリカの服地)を語る絵本〉、〈命と性の絵本〉、〈衛生と感染症の絵本〉を選んで展示した。
旧仏領西アフリカで出版された絵本とは
サハラ以南アフリカ諸国の出版状況はきびしく、流通する本の9割は輸入という(Pinhas 2005)。国内出版社による出版数が少ないのは、旧仏領西アフリカの場合、フランスやカナダの出版社が教科書販売による収益をほぼ独占していて、地元出版社の自立的経営が妨げられているからだという(Pinhas 2005:74)。展示された絵本はこうしたなか、アフリカの子どものためにアフリカ人作家・画家によって制作され、アフリカで出版された。これに携わった作家や編集者自身、子ども時代にはフランスで出版された本しか読めなかったという経験を持つ。現代のアフリカの子どもには、身近な世界や伝統的世界が描かれた本のなかで自分について知り、自分と世界の関係を知ってほしいというのが、これらの絵本に込められた願いなのだ。日本の子どもがしているように、よく知っている事柄から出発して想像を膨らませてくれる物語を楽しむ権利はアフリカの子どもにだってあると、私も思う。
ただ忘れてはならないのはサハラ以南アフリカでは、本に触れることさえできない子どもはまだ多いということだ。本は高価な品だし、旧仏領アフリカ諸国では本の大半が公用語のフランス語で書かれているので、十分な就学経験がないと読書はできないのである。それでも「絵本の出版の前にやることがあるはず」とは思わない。識字教育や初等教育の普及と並行して、読んで内面を豊かにする体験、書いて思想を育てる体験も準備しなければ、将来この地の「知」の世界はいびつなものになってしまうだろう。
子どもたちの反応
展示会では、絵本の翻訳の読み聞かせ会を週末ごとに開いた。回を重ねるごとに参加人数が増え、狭い会場がいっぱいになった。タジョの色鮮やかな絵本は子どもたちを引きつけた。小さい子には、アフリカ連合のアフリカ言語専門員委員会(ACALAN) が2007年に出版した『小さな手のための小さな本』( 英語版は”Little Books for Little Hands”, New Africa Books, 2007) が人気だった。アフリカ各地の16の物語を手の平サイズの絵本にして一箱に収めてある。すでにアフリカの23以上の言語に翻訳されている。『いくつ?』(”How many ?”)という絵本では、「おなかいっぱいになったのは何人?」という問いへの答えは子どもによって異なった。挿絵をよく見て、赤ちゃんは人数に入るのか、まだお皿をなめている子は数えるのか、と小さな頭をひねっていた。気持ちのうえでは画面の人物や動物はすでに身近な友だちであった。
うれしかったのは、少し長い物語を読んでも立ち歩いたり、飽きてしまったりする子が一人もいなかったことだ。読み聞かせに参加する子どもはよく本を読んでもらっているからかもしれない。それでも展示した絵本は、日本の子どもにも「物語の世界をずっと先まで追っていきたい」と思わせるのだと確信した。
大人たちの反応
大人の来場者の中には読み聞かせ会に複数回、足を運んでくれる人もいた。参加者がなかでも感銘を受けたのは、ブルキナファソ人の作家A・I・イエン(A. I. Hien) の『平和のハト』(”Les colombes de la paix”, Découvertes du Burkina, 2006) だった。これはコートジボワールでの内戦を下敷きにした物語だ。ある村で、長年村人と暮らしてきた移民たちが虐殺されそうになったとき、子どもたちが「戦争するなら学校には行かない!」と書いたプラカードを掲げて行進する。血気にはやった大人たちは、子どもたちの行動を見てはっとわれにかえり、「われわれは戦争のナタを永遠に土に埋めよう」と宣言するのである。ある参加者は後日、「他者を受け入れ共存していく社会の在り方について、私たちはどうあるべきか。そして子供たちの未来に希望を感じた本でした」と感想を寄せてくれた。絵本は国境を超えて作者の思いを届けたと思った。イエン氏はこの展示会の開催をとても喜び「このことは作家たちにとっても重要です。なぜなら読まれもせず、なんらかの方法で活用されることもない本は生きていない本だからです」とメッセージを寄せてくれた。イエン氏の本がこのように読まれたことを報告できてとてもうれしい。
来場者の中には感染症や紛争の絵本があるのを見て、「やはりアフリカだからだね」と、自分の中のアフリカ・イメージを確認する人もいた。けれども展示会を開催して、アフリカの人々の感覚や思いは私たちのそれと共通する点がたくさんあるとわかった。私たちはこれらの絵本が提示するものから多くを学べると思う。 展示会開催にあたって、私が通う美術教室の樋口裕重子さんは、他の生徒さんとともに版画ポスターを制作する機会を与えてくれた。自分一人ではできないことも、多様な才能をもつ人々の支えで実現できることを学んだ。そしてアフリカに興味を持つ人を少しだけ増やせたのではないだろうか。
【参考文献】
村田はるせ,2015,『アフリカの絵本ってどんなの?〜西アフリカで出版された絵本たち〜第1集』デフォー子どもの本の古本屋発行。
Pinhas, Luc. 2005, Éditer dans l’espace francophone ; Législation,diffusion, distribution, et commercialisation du livre. Paris, Alliance des éditeurs indépendants.
※『小さな手のための小さな本』については以下を参照(2021年9月14日現在不明) http://www.praesa.org.za/files/2012/07/CaroleBloch_StAAf_Ibby_CopenhagenPdf.pdf#search=’STORIES+ACROSS+AFRICA%28StAAf%29%3A’
※子どもの本の古本屋「デフォー」のサイトは https://www.facebook.com/defoe2014