社会的に弱い立場に置かれるほど、保健医療へのアクセスに時間、労力、コストがかかる
=新型コロナ下での日本の「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」の実態が明らかに=
日本の市民社会が日本のUHCの現実に関する調査結果を発表
国際的には、日本はユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成度が高い国の一つとして知られています。しかし、現実には、日本でも、新型コロナの影響も含め、市民、特に脆弱な状況におかれた人々が、必要とする保健・医療サービスにアクセスするうえで、様々な困難があります。アフリカ日本協議会は、日本社会において弱い立場に置かれているコミュニティの当事者や支援者のグループと協力して、新型コロナ下における日本の「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」の実態を調査しました。
UHC実現のための国際機関「UHC2030」が呼び掛ける「UHC誓約進捗状況調査」に呼応
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)とは、すべての人が高額な医療費負担に悩まされることなく、必要とする質の高い保健・医療サービスを受けられる状態を意味します。UHCは持続可能な開発目標(SDGs)にもターゲットの一つ(3.8)として位置づけられており、2030年までに達成されるべき目標となっています。国際機関や政府、市民社会、民間企業などが連携してUHCを達成するための国際調整機関として「UHC2030」(本部ジュネーブ、世界保健機関(WHO)、世界銀行、経済協力開発機構(OECD)が所管)があります。この「UHC2030」は、UHC達成に向けて、各国のUHCの進展状況について、政府のみならず市民社会、当事者団体などに呼び掛けて情報を収集・分析・検証する「UHC誓約進捗状況調査」(State of UHC Commitment Survey)を行っており、2020年から毎年「統合報告書」を発表しています。今回、アフリカ日本協議会が行った調査は、この「UHC誓約進捗状況調査」の呼びかけに応じて行われたものです。
脆弱であればあるほど、医療アクセスに困難を抱える現実が明らかに
この調査では、特に新型コロナとエイズという二つのパンデミック(地球規模感染症)に関連して、制度的・社会的・経済的・文化的に脆弱な状況に置かれている主要なコミュニティのリーダーに対して、保健・医療サービスへのアクセスについてのインタビューを行いました。インタビューを行ったコミュニティは、日本に在住する外国人、高齢者、若者、生活困窮者、障害者、成年および未成年の女性、セックスワーカー、薬物を使用する人々、男性と性行為を持つ男性(MSM)です。また、社会保障制度の運用やコミュニティのケアに取り組むソーシャルワーカーや保健所のスタッフにもインタビューを行いました。さらに、すべてのインタビューの終了後に、日本のUHCの進展にとって障害となっている主な要因を分析するために、インタビューを受けた人々に参加してもらい、2回のコンサルテーション会合を行い、分野やコミュニティの垣根を越えた分析を行う機会としました。
この調査で以下のことが明らかになりました。
- 日本では、保健・医療サービスを受ける個人が、制度的、社会的、経済的、文化的な脆弱性が高い状況にあるほど、保健・医療サービスを受けるためにかかる時間、コスト、労力などの困難が大きくなる、ということです。これは、困窮した人々が保健・医療サービスを受けるために必要な社会福祉や公的扶助、その他の制度が複雑なうえ、申請や審査プロセスへの対応が硬直的に行われていることが主たる要因と言えます。また、医療サービスの中でも、権威主義的な対応や、家父長的な温情主義(パターナリズム)がみられることが報告されています。
- もう一つの課題は、学校教育や社会生活の中で、公的医療保険や社会福祉、公的扶助などの制度について体系的に学ぶ機会が極めて限られており、日本の市民の多くが、これらの制度について体系的な正しい情報を持っていないということです。
- また、ジェンダー格差が大きな日本社会において、ジェンダーに基づく暴力や差別、虐待の経験が、精神疾患を持つ女性や性的マイノリティに大きな苦悩を与えており、これが保健医療アクセスにも影響していることがわかりました。さらに、日本において、精神医療の優先順位は低く抑えられており、質の高さも保障されていません。これは、人々の精神医療に対するアクセスの妨げとなっています。
このように、日本のUHCを支える社会保障制度は、特に社会的に弱い立場に置かれている人々の保健医療アクセスを実現するうえで、機能不全を引き起こしている状況があります。今こそ、制度を利用する人々の立場にたって制度の仕組みや運営の在り方を見直し、利用者にとっての主要な障害を特定し、様々な脆弱性を抱える人々をはじめ、誰一人取り残さないユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現への道筋を見出す必要があります。本調査では、どのような見直しが必要かについての提言も示しています。
本調査の報告書については、以下のリンクからダウンロードできます。
■報告書:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)下の日本における脆弱性を抱える人々の保健・医療アクセスに関する質的調査(日本語)
【関連イベント】
1月20日(木)にウェビナー「コロナから見えてきた保健医療アクセスへ の障壁=複合的な課題を抱えるコミュニティから考える=」をジョイセフと開催し、明らかになった問題について、当事者に近い立場で支援を行っている方々から発表してもらいました。このイベントの報告書は以下のリンクからダウンロードできます。
■報告書:「コロナから見えてきた保健医療アクセスへ の障壁=複合的な課題を抱えるコミュニティから考える=」
各国の「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」の現状を明らかにする市民社会報告書(2021年度版)
報告書(日本語)『誓約を行動へ:UHC達成に向けた市民社会の視点』:
https://ajf.gr.jp/wp-content/uploads/2022/03/JP_From-Commitment-to-Action-CSEM-SoUHCC-Report.pdf
※英語報告書 URL:https://csemonline.net/wp-content/uploads/2021/12/CS-Perspectives-on-UHC_12December2021.pdf
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)推進のための国際的な調整機関である「UHC2030」(本部ジュネーブ)は、2020年から、各国のUHCの状況を集約・分析して示す「UHC誓約進捗状況調査」(SoUHCC Survey)を実施しています。2021年から、国際保健の様々な分野に取り組む市民社会が体系的に加わり、各国のUHCの状況についてのレビューを行っています。2021年には、日本を含む19か国で、保健に取り組む市民社会の関係者や当事者が集まって「コンサルテーション会議」を行い、分析をまとめて調査に還元しています。
2021年末、この市民社会コンサルテーションプロセスを取りまとめている「市民社会参画メカニズム」(CSEM)が、コンサルテーション会議の結果をまとめた報告書「誓約を行動へ:UHC達成に向けた市民社会の視点」(From Commitment to Action: Civil Society Perspectives on Reaching Universal Health Coverage)を発表しました。この報告書について、アフリカ日本協議会(AJF)にて翻訳しています。
『誓約を行動へ:UHC達成に向けた市民社会の視点』
https://ajf.gr.jp/wp-content/uploads/2022/03/JP_From-Commitment-to-Action-CSEM-SoUHCC-Report.pdf
英語版:CSEMウェブサイト参照
Civil Society Perspectives on Reaching Universal Health Coverage