世界基金のガバナンスと市民社会

Civil society is connected to the Global Fund

『アフリカNOW』89号(2010年9月30日発行)

執筆:キャロル・ニィレンダ/Carol Nyirenda
Carol Nyirenda :ザンビアでHIV/AIDS・結核・マラリアに取り組む、結核・エイズ・マラリアへのコミュニティ・イニシアティブ[CITAM+ : Zambia Community Initiative for Tuberculosis, HIV/AIDS & Malaria]のリーダー。世界エイズ・結核・マラリア対策基金理事会の三大感染症の当事者と影響を受けたコミュニティを代表する議席の理事を務める。

※ 本稿は、9月4日にAJF主催で開催された緊急シンポジウム「グローバル・エイズ危機は終わっていない-エイズ・結核・マラリアと闘う世界基金に資金を 市民社会の取り組み」における報告をまとめたものです。


この場に招かれて光栄です。昨日は、イベントで菅直人首相を始めとする日本の政治家の皆さんと同席し、話をすることもできてうれしく思っています。エイズ・結核・マラリアという三大感染症の影響を受けるコミュニティを代表して、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の理事という立場から世界基金のガバナンスについて話します。

世界基金の特徴

今年の夏は連日たいへん暑い日が続きました。世界を見れば、パキスタンの大洪水やロシアの猛暑など、明らかに気候変動の影響と思われる異常気象が各地で起きています。しかし、「気候変動」に関する報道は、昨年の気候変動枠組み条約締約国会議[COP15]以降、かくだんに減りました。先進国経済の悪化の中で、地球規模課題の重要性が忘れられつつあるのではないかと、私は大きな懸念を持っています。エイズ・結核・マラリアなど感染症対策は、気候変動と同様の巨大な「地球規模の課題」であり、私たちはこの「地球規模の課題」への関心の低下に大きな危機感を抱く必要があります。

世界基金の成果

世界基金は独立した官民のパートナーシップです。資金を確保し、透明性のある形で、また説明責任を果たした形でその資金を使用し、他の保健に関するイニシアティブと違い、エイズ・結核・マラリアという三大感染症に焦点をあてて活動しています。
世界基金のガバナンスは、理事会と各国で構成される「国別調整メカニズム」[CCM]を反映した幅広いパートナーシップに基づいています。世界基金が個々のプログラムやプロジェクトに資金を直接拠出するのではなく、CCMが設けた仕組みに沿って資金が拠出されるのです。世界基金の理事会は、4つのセクターによって構成され、各国政府を代表する理事、南北のNGOや影響を受けるコミュニティ・当事者団体などの市民社会を代表する理事、企業や財団など民間セクターを代表する理事、そして(議決権はありませんが)世界保健機関[WHO]や国連合同エイズ計画[UNAIDS]、世界銀行など専門機関代表の理事がいます。

市民社会の役割

世界基金の設計・設立・発展において、市民社会は基本的かつ重要な役割を果たしてきました。そして世界基金のさまざまな決定において、市民社会は効果的な声をあげることができています。米国や日本といった国家の代表の一部に席を置いているのではなく、市民社会やコミュニティの代表として、理事会とCCMに議決権を持って参加しているのです。
また、プログラムの実施においても、市民社会組織[CSO]は重要な役割を果たし、世界基金が提供した資金が有効に使われているのかどうかを評価する活動も行っています。そうした活動を通して、政府が対策の対象にしない人びと、たとえば男性と性交渉を持つ男性[MSM]、セックス・ワーカー、ときには移民といった人びとを対象とした取り組みも実施しています。政府はともすれば、対象となる人びとの仕事や社会的地位などを見て対策を実施するのかどうかを決めますが、私たち市民社会は人権を守る立場から取り組みを進めています。
私の国ザンビアでは、MSMについて語ること自体がタブー視されています。しかし、世界基金の理事として私は、そうした人たちのためにも発言し取り組みを求めていかなければなりません。もちろん、働きかけ方についてはさまざまな工夫が求められます。人権を守る立場からこうした取り組みを進めていくことが、市民社会の重要な役割だと考えています。

エイズに関わる事業の実施主体としてのCSO

世界基金が提供する資金の1/3以上を市民社会が受け取っています。また、世界基金の資金による事業の主要な実施者の20%以上をCSOが占めています。多くの場合、市民社会組織はCCMのもとに設けられる資金供給システムの中で、第2次[sub]あるいは第3次[sub sub]の受給者[recipient]として活動しています。
私の国ザンビアの場合では、世界基金からザンビアに提供された資金は、保健省・財務省など政府機関へ行く分と宗教関連の団体やエイズに対する取り組みをしている団体に行く分の大きく2つに分かれます。このときに世界基金から直接資金を受けとる機関が第1次受給者[PR: Principal Recipient]で、そこからさらに資金を配分される機関・団体が第2次あるいは第3次の受給者になります。つまり、資金の流れは枝分かれしながら末広がりになっていき、いくつかの階層に分かれていきます。
第9回新規案件募集の際、コミュニティの制度的仕組みをより強化することに資金を配分するという「コミュニティ・システム強化」[CSS: Community System Strengthening]の要素が含まれた案件が、全体の80%にのぼることになりました。
政府に対して世界基金の活動を支援するようにアドボカシーを行う際に、CSOはたいへん重要な役割を果たしています。世界基金理事会において、国際的な感染症対策に拠出する資金を増額するよう主張すると同時に、アフリカ諸国の政府に対して、2001年にアフリカ統一機構[OAU](現在のアフリカ連合[AU])が採択した、予算の15%を保健分野にあてることを求めた「アブジャ宣言」の誓約を実施するように働きかけることも、CSOの重要な活動のひとつです。
世界基金理事会に私たち市民社会は3つの議席を持っています。先進国NGO、途上国NGO、そしてエイズ・結核・マラリアの当事者と影響を受けているコミュニティを代表する議席です。私たちは一致団結して、いろいろな問題に取り組んでいます。現在、先進国NGO理事は米国のジョアン・カーター[Joanne Carter]さん(リザルツ教育基金)、途上国NGO理事はセルビアのカルロ・ボーラス[Karlo Boras]さん(ユーゴスラヴィア・エイズと闘う青年協会事務局長)、当事者と影響を受けているコミュニティの理事は、私が務めています。
世界基金の発足当初、当事者と影響を受けているコミュニティの理事はHIV陽性者でした。その後、三大感染症のいずれかに感染している人、あるいは影響を受けている人びとのコミュニティ全体に対象を広げてきました。現在、世界基金のさまざまな問題に情熱を持って取り組んでいくことを期待されて、HIV陽性者である私が理事を務めています。理事会においては、技術的なことと政治的なことが話題になることが多いのですが、当事者あるいは影響を受けるコミュニティの代表がそこにいれば、そのような議論が当事者にとって役に立つのかどうかが判断できるので、当事者が理事としていることは重要です。
私たち市民社会の議決権は、資金拠出国など理事会の他のメンバーの議決権と同等です。むしろもっとも強いと言えるかもしれません。というのも、さまざまな提案がなされたとき、当事者の立場から「それは効果がない」と言えば否決されるからです。
理事会は、資金を拠出する側のブロック(ドナー側ブロック)と資金を受け取って実際にプログラムを実施する側のブロック(実施側ブロック)に分かれています。私たち当事者の理事は、実施側ブロックでたいへん強力な役割を果たしています。また、先進国、途上国を問わず政府が触れたがらないジェンダーや性的指向といった問題を積極的に取り上げてきました。

エイズ対策の転換

1990年代エイズ治療を公共医療に組み込んだブラジルやタイのエイズ対策が成功し、その成功をもとに、南アフリカ、インド、東南アジアやラテンアメリカの諸国でHIV陽性者たちが治療を求めて立ち上がっていきました。また国境なき医師団が、ケニアや南アフリカを始めとする国々でパイロット・プロジェクトを行い、途上国でエイズ治療が可能であることを実証しました。
こうした動きを受けて、2003年にUNAIDSと世界保健機関[WHO]は、途上国でもエイズ治療を実施する方針を打ち出しました。そのための資金を供給したのが世界基金でした。世界基金はエイズ・結核・マラリアに関わる取り組みにとどまらず、保健システム強化に寄与する取り組みも進めてきました。

第3次増資期間会議に向けた取り組み

世界基金の第3次増資期間会議に向けて市民社会は、世界基金事務局が提示した「第3シナリオ」、すなわち200億米ドルの資金拠出を求めています(1)。200億米ドルが拠出されると、これまで以上の取り組みが可能になり、国連ミレニアム開発目標[MDGs]の第6目標である「2015年までにエイズ、マラリア等の感染拡大を押しとどめ、減少に転じさせる」ことを達成することが可能になるからです。さらに、妊産婦の健康を守り、乳幼児死亡率を低下させるというMDGsの第4目標、第5目標の達成にも寄与します。
第3次増資期間会議に向けて、市民社会は南北それぞれで会議を持つ、あるいは定例・臨時の電話会議を持つなどの方法で情報を共有して、200億米ドルの資金拠出を求める取り組みを進めています。具体的には、世界基金の資金でエイズ治療、結核治療にアクセスしている人びとの声を伝える「私はここにいる”Here I am” 」キャンペーンや資金拠出国の首脳に手紙を書くキャンペーンを実施しています。
「私はここにいる」キャンペーンのウェブサイト(2)には、HIV陽性者たちがHIV感染によって生活や仕事にどのような影響を受けたのか、どうやって治療にアクセスするようになったのか、どういった活動に関わっているのかを伝えるレポートが掲載されています。
手紙を書くキャンペーンは、今年の春にオランダ・ハーグで開催された、第3次増資期間会議に向けた会合で討議され、開始されました。資金拠出国から出されている「資金が足りない、資金が遅れているといった問題があったときだけいろいろと言われるが、実際どのように使われているのかという報告がないじゃないか」という不満の声に応えていこうというキャンペーンです。手紙を書いて送る相手は、自分の国の保健大臣や外務大臣、首相などです。一国を代表して資金拠出国の政府高官や首脳に会ったときに、自分の国でどんなことが起きているのか、どのような取り組みがなされているのかについて話してもらえるようにしようとしています。
さらに、この取り組みを広範に紹介しアピールをするための”Born HIV Free”というキャンペーンも行っています。シンポジウムを開いたりパレードをしたりするというやり方もありますし、もっと違うやり方もあるでしょう。また、「命をつなぐ ”Access to Life”」という写真展を中心にしたキャンペーンもあります。私が菅首相と会ったのは、東京で開かれる写真展のオープニング・イベントのときでした。
各国を訪ねて、政府首脳や主要な政治家に会って働きかけるという取り組みも行っています。現在、世界基金の事務局や「私はここにいる」キャンペーンの大使が各国を訪問しているところです。市民社会の代表団が資金拠出国を訪ねて、拠出の増額を訴えることもあります。私は、日本へ来る前にオーストラリアを訪問し、大臣に会うなどの活動を行ってきました。
「私はここにいる」キャンペーンは、私たち当事者が中心になって立ち上げたキャンペーンです。写真に写った、名前を持った人ひとりひとりのストーリーを書き留め、広く公開するキャンペーンです。9月20日に開催される国連MDGsレビュー総会までに200のストーリーをウェブサイトに収録したいと働きかけを進めています。また、このキャンペーンでは、世界基金のポジティブな側面、すなわち何百万もの人が世界基金によって生き延び、そのことを感謝していることも伝えようとしています。現在、「私はここにいる」キャンペーンの6人の大使たちは、世界各国を訪ねて、さまざまな取り組みに参加しています。6人のうち3人はアフリカの人です。
私たちが力を合わせれば、こうあって欲しいと願う社会が実現します。ユニバーサル・アクセスも実現します。一緒に力を合わせていきましょう。

(1) 世界基金の第3次増資期間会議に向けたシナリオについては、本号の「グローバル・エイズ危機と世界エイズ・結核・マラリア対策基金」[pp.5-7]を参照。
(2) http://www.hereiamcampaign.org/


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