WTO知財免除提案、途上国の支持広げる

審議は膠着の一方、

先進国でも免除支持の運動広がる

インドの首都デリーでの市民団体の反対国大使館へのアクション(©Candice Sehoma/MSF)

10月2日に南アフリカ共和国とインドが世界貿易機関(WTO)に対して行った「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の収束(注1)まで、COVID-19の予防・封じ込め・治療に関する知的財産権を免除する」提案は、提出から4か月たった現在も、WTOのTRIPs(貿易関連知的財産権協定)理事会および一般理事会において審議が続けられている。

同提案は途上国を中心に共同提案国が増え、2月23日に開催された公式のTRIPs理事会では、それまでに共同提案国になっていたエジプト、エスワティニ王国、ケニア、モザンビーク、ジンバブウェ、モンゴル、パキスタン、ベネズエラ、ボリビアに加え、43ヶ国を有するアフリカ・グループおよび35ヶ国を擁する後発開発途上国(LDC)グループが共同提案国となり、共同提案国は合計58ヶ国となった(注2)。また、アフリカ諸国にカリブ海や大洋州の島嶼国を加えたACP(アフリカ・カリブ・大洋州)グループなども公式に支持を表明し、提案に対する支持国はWTO加盟国全体の3分の2に達している。

また、このTRIPs理事会では、カトリックの総本山であるヴァチカン(Holy See)ジュネーブ代表部のイヴァン・ユルコヴィチ大司教が声明を発表した。声明の中で紹介されたのが、「ワクチンがすべての人にとっての普遍的なものでなく、特定の国の所有物になるとしたら、悲しいことだ」といったフランチェスコ教皇の発言である。教皇は声明の中で、ワクチンに関わるあらゆる権利を独占的に運用しようとする製薬企業や、資金にものを言わせてワクチンを二者間交渉で買いあさろうとする先進国に対してて、「私たちは、過激な個人主義のとりこになり、私たちの兄弟姉妹の苦痛に無関心になってしまうこと、市場と特許の法を愛と人間性の法に優先することを許してはならない」と厳しく非難した。

結局、23日のTRIPs理事会では、米国、英国、欧州連合、日本などの先進国が同提案に反対の姿勢を堅持し、同提案は、「テキストベースでの交渉」に移行するかどうかも含めて合意に至らず、議論の場は3月1日・2日に予定されているWTO一般理事会に持ち越されることとなった。

一方、同提案については、広範な市民社会が反対国の政府に対して、同提案への態度を変えるよう求める運動が、国境を超えて幅広く展開されている。韓国では2月4日、民主社会のための薬剤師連合(KPDS)、人間性のための医師協会、保健と社会変革センター(CHSC)など20以上の市民社会団体が、韓国政府に対して、同提案を支持するように訴える声明を発表。日本では2月17日、アジア保健研修所(AHI)、アジア太平洋資料センター(PARC)、アフリカ日本協議会(AJF)、国境なき医師団日本などの市民社会団体と日本政府(外務省・経済産業省)の会合が開催され、国内56団体、海外56団体の賛同を得た共同声明が政府に提出された。出席した政府の代表は「市民社会と政府は立場は違うが、公正な医療アクセスが最も大事だというのは共通の理解だ」と発言した。

米国では2月26日、パブリック・シチズン、世界保健アクセス・プロジェクト(Health GAP)、国境なき医師団、ヒューマン・ライツ・ウォッチなど、保健や人権、消費者運動などに関わる市民社会団体400以上が、バイデン政権に対して、同提案を支持するよう求める記者会見を開催した。この記者会見には、ロサ・デ=ラウロ(コネティカット州選出)、アール・ブルームナウアー(オレゴン州選出)、ジャン・スカコフスキー(イリノイ州選出)の3名の民主党下院議員が参加して声明を発表。デ=ラウロ下院議員は「私はバイデン政権が、世界の仲間たちを支援し、COVID-19を終わらせるために、この提案を支持することに期待をかけている」と発言した。

イタリアでは2月20日、本年10月にローマで開催されるG20サミットの公式の「エンゲージメント・グループ」に認定されている「市民20」(C20:市民社会組織によるG20への提言グループ)と「労働20」(L20:労働組合によるG20への提言グループ)が共同で、「誓約を行動に移せ:TRIPsの免除はCOVID-19パンデミックを終わらせるために不可欠だ」と題する共同声明を発表した。C20はイタリアの市民社会が主導しつつ、様々な分野に取り組む世界の市民社会組織が結集している。また、L20も国際労働組合総連合会(ITUC)が主導する枠組みである。

南ア・インド提案は提出以来4か月を経て、ワクチンの配分の混乱や不公正への怒りを吸収し、既存の貿易・投資の国際秩序に対する大きな抵抗のうねりとなっている。また、COVID-19に関わる市民社会においても、ACTアクセラレーターやCOVAXへの資金拠出の拡大を求める運動などがあまり盛り上がらない中で、世界的により多くの注目と支援を獲得する状況となっている。

注1:正確には、ワクチンが広範囲に供給され、世界人口の多数がCOVID-19に関する免疫を形成するまでの期間。
注2:旧来の共同提案国にアフリカ・グループ、LDCグループを加え、重複を省いた数。